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最終章 笑顔の絶えない世界

漆黒のドラゴン(前編)

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 かつてこの世界には、圧倒的な力を持つドラゴンが二頭存在していた。一頭は白銀のドラゴン、もう一頭は漆黒のドラゴン。どちらのドラゴンにも、名前は存在しない。名前を付ける事すらおこがましいとされていたのだ。この二頭のドラゴンが存在していた事で、世界の均衡は保たれていた。しかしある時、漆黒のドラゴンが行方を眩ました。世界の均衡を保っていたドラゴンの片方が突然いなくなった事で、白銀のドラゴンは世界を支配しようと動き出した。だがその野望も、初代勇者によって打ち滅ばされた。



 『我こそは“漆黒のドラゴン”、かつて世界の均衡を保ちながら、世界の均衡を崩した者だ』



 そんな、世界の均衡が崩れる切っ掛けとなった漆黒のドラゴンこそが、ラクウン本人であった。



 『し、漆黒のドラゴンだと……!?末裔とかでは無く、漆黒のドラゴンその者だと言うのか!?』



 「信じられない……」



 漆黒のドラゴン、伝記などでしか語られない白銀のドラゴンと対をなす存在。フォルスはもちろん、白銀のドラゴンの末裔であるシーラまでもが、驚きの表情を浮かべていた。



 『まさか……この姿を見せる事となろうとは……今までこの姿を見せたのは、“あの女”と“我が王”の二人だけだ……』



 ラクウンは、ドラゴンに戻った自身の体を念入りに見回した。



 『そして……この姿を見たお前達は、我の手によって葬り去ってくれるわ!!』



 『「!!!」』



 そう言うとドラゴンと化したラクウンは、巨大な右前足を振り上げシーラ目掛けて振り下ろして来た。



 『くっ…………!!』



 咄嗟にシーラは左前足を前に突き出して、ラクウンの右前足を防いだ。



 『さっきのブレスのお返しだ!!』



 するとラクウンは、右前足でシーラを押さえつけながら、鼻から大きく息を吸い込み溜め込んだ。そして口を開くと、シーラとは違った真っ黒な炎を吐いた。



 『がぁあああ!!熱いんだよクソが!!』



 ラクウンから吐かれる真っ黒な炎に身を焼かれながら、シーラは右前足をラクウン目掛けて突き出した。



 『痒いな……』



 シーラの右前足に押され、後ろへと下がったラクウンだが、まるで蚊に刺されたかの様に押された箇所を掻いた。



 『今度はこっちの番だ!!“ブレス”!!』



 すると今度はシーラが、鼻から大きく息を吸い込み溜め込んだ。そして口を開いてラクウン目掛けて炎を吐いた。



 『いや……お前の番はもう来ない……』



 迫り来る炎にラクウンは、背中に生えた大きな翼を広げ、シーラ目掛けて突風を巻き起こした。それによって、吐いた炎は押し返されてしまった。



 『ぐっ……スキル“ホワイトドラゴン・スタンプ”!!』



 続けてシーラはスキルを発動させた。光輝く右前足を振り上げ、ラクウン目掛けて勢い良く振り下ろした。



 『残念だが、お前の攻撃では我にダメージを与える事は出来ない』



 『!!!』



 しかし、その右前足もラクウンの左前足によって防がれてしまった。



 『私のスキルを受け止めただと!?』



 『何も不思議がる事は無い……それだけ、お前と我の間に実力差があるというだけだ。スキル“シャドウ・クロウ”』



 その瞬間、ラクウンの爪が淀んだ黒色へと変化した。



 『お前に、本当のスキルというものを思い知らせてやろう』



 そう言いながらラクウンは、淀んだ黒色に変化した爪で、シーラ目掛けて切り裂きに来た。



 『ふざけるな!!お前に防げて、私が防げない訳が無いだろう!!』



 襲い掛かるラクウンの爪に、シーラは左前足を前に出して防いだ。



 『無駄だ。何故ならこの爪は、伸びるのだからな』



 『な、何!?』



 ラクウンのスキルを、左前足で防いだと思った矢先、淀んだ黒色に変化したラクウンの爪が突如伸び始め、シーラの左前足にまとわりつく。



 『くそっ!!は、離せ!!』



 『シャドウ・クロウは、自身の爪を影と同じ性質に変えるスキルだ。お前の左前足と接触した事で、お前の影を通して爪を伸ばせる』



 左前足にまとわりついたラクウンの爪は、そのままシーラの体へと侵食し、シーラの体へと突き刺さった。



 『ぐぁあああ!!?』



 『影としての柔軟性と、爪としての強度を持ち合わせている。かなり効くだろう?』



 『ぐぅ……!!こ……このやろぉおおおお!!!』



 『!!!』



 シーラは痛みに必死に耐えながら、無我夢中でラクウンの喉元に噛み付いた。



 『な、何をしているんだ!!?』



 『ふごっ!!ぐぅううう!!!』



 顎に全神経を集中させる。決して離すまいと食らい付く。



 『くそっ、離せ!!お前に、ドラゴンとしてのプライドは無いのか!!?』



 ラクウンはもう片方の前足で、シーラに攻撃を加えていく。しかし、それでもシーラは噛み付くのを止めない。



 『(プライド……そんな物、とうの昔に捨てた!!)』



 更にシーラは逃げられない様に、両方の前足を使ってラクウンを抱き締めた。



 『この!!この!!この!!いい加減、離せ!!』



 『(絶対に離さない……お前の喉元を食いちぎるまで、絶対に離さない!!)』



 次第に噛み付く力は強くなり、ラクウンの喉元から血が流れ始めた。



 『!!…………そんなに離したくないか…………それなら、絶対に離すなよ…………』



 『!!?』



 するとラクウンは翼を羽ばたかせ、シーラもろとも空中へと舞い上がった。



 『……さて、この辺でいいかな……それじゃあ早速で悪いが、前言撤回だ。やはりお前には離して貰う。スキル“漆黒龍の威圧”』



 『(な、何だ!?急に……体が重くなった!?)』



 まるで鉛の様に、突如としてシーラの体は重たくなった。



 『漆黒龍の威圧は、自分より下位の生き物に対して十倍の重力を与える事が出来る。さぁ、離して貰うか』



 『(ま、不味い!!体が重くなったせいで、下に引っ張られる!!)』



 十倍の重力を受け、次第に下へとずり落ちて行くシーラ。今は何とかラクウンの喉元に噛み付いているおかげで、下に落ちずに済んでいる。



 『まぁ……両方の前足が離れた時点で、無理矢理離す事は出来るんだがな』



 『(し、しまった!!)』



 重力に負け、抱き締めていた両方の前足を離してしまった。それにより、ラクウンは両方の前足を使って喉元に噛み付いているシーラの口を、無理矢理こじ開けた。



 『あ……ああ……がぁ……!!』



 『…………落ちろ』



 喉元から離れた事で、十倍の重力に押し潰されながら床へと落下した。床は砕け、その瓦礫から土煙が上がる。



 「す、凄い……これが……ドラゴン同士の戦い…………俺はこの戦いに付いて行く事が出来るのだろうか……?」



 人知を越えたシーラとラクウンの戦い。激しさが増す中、完全な力不足を実感しながら、フォルスは静かに呟くのであった。
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