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2日目 朝 職場へ向かう

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4:00

 
 俺は目を覚ました。
 自分の部屋に備え付けられていたベッドの上だった。
 ソファではアナさんが眠っていたし、フロアでは空ちゃんがウォッカの瓶を抱きしめ、いびきをかいていた。
 グラムくんは、折り畳んだフェルトコートを枕にして、フロアで眠っている。
 部屋は暖かかった。
 オイルヒーターはつけっぱなしだ。
 俺は、シャワーを浴び、外出着に着替えた。
 早朝の散歩が好きだ。
 静かで、空気は排気ガスとかで臭くないし、酸素が濃い気がする。
 深夜は車両の交通量が減るからだと思うけど、わからない。
 ただ、この時期の北欧は日の出が遅い。
 日の出まで、俺は部屋で過ごすことにした。
 キッチンに立ち、朝食を作る。
 半熟の目玉焼き、ラムソーセージ、サラダボウル、フルーツボウル。
 ベジタブルブレッドをスライスして皿に乗せる。
 コーヒーメーカーのスイッチを入れて、準備完了だ。


5:00


 俺は、窓際に立って、スマートフォンで、この時期のこの地域の日の出時間を調べた。
 9時くらいになるまで、太陽は出てこないらしい。
 仕事の開始は10時。
 終了は16時。
 この分だと、しばらくは朝日を浴びながらの散歩が出来ないかもしれない。
 俺は、コーヒーを啜り、窓の外を見た。
 オレンジ色の街灯が、浅く雪の積もった通りを照らしている。
 トラムが静かに通りを進んでいく。
 良い景色だ。
 背後からの物音にそちらを振り返ると、空ちゃんが起きたところだった。
「おはよー」と、空ちゃん。
「飯出来てるよ」
「あんた本当良い嫁になるわ」
 俺は笑った。
 空ちゃんは、あくびとともにバスルームへ向かった。
 以前、からかってやろうと思い、覗き見をしたことがあったが、「こんなもん見て何が楽しいの?」と、真顔で言われてしまって以来、俺がその手の悪ふざけをすることは無くなった。
 空ちゃんの裸を見てもドキドキもしなかったし、体の方もこれといった反応がなかったので、俺にとって空ちゃんはお姉ちゃん(お兄ちゃん)ということなのだろう。
 それが確認出来ただけでも、意義のある試みだったと言える。
 バスルームから出てきた空ちゃんからは良い香りがした。
 バスタオルを巻いていたが、空ちゃんが指を弾くと、一瞬でその体は、濃紺のデニムと黒のTシャツに包まれた。
「もっと男っぽい格好すれば良いのに」と、俺は自分の体の下の方に意識を向けないように努めながら言った。
「好きな服を着て好きな格好をするのが好きなんだよ」空ちゃんは、コーヒーを啜った。
「今日バイト初日じゃん? なんか気をつけることとかあるかな」
「きちんとした格好で、リラックスしてれば平気」
 俺は頷いた。


9:27


 俺とグラムは、アパートの階段を上がっていた。
 向かう先は6階。
 エレベーターもあったが、こういうところでちょっとした運動をする癖をつけておく方が健康にも良い気がした。
 このアパートは下に行くほど部屋の数が増え、上に行くほど部屋の数が減っていく。
 下の階の部屋の方が狭く、上の階の部屋の方が広い。
 アパートは6階建てで、つまりは俺たちの職場はこのアパートの最上階ということになる。
 さぞかし見晴らしも良いのだろう。
 今回のバイト先は、空ちゃんから紹介してもらった。
 なんでも、こちらにある【学園】の高等部3年生たちが集まってなんらかのプロジェクトを進めるらしい。
 【学園】は世界中にある。
 俺は日本の【学園】に通学し、その寮に住んでいた。
 教育カリキュラムは国や地域ごとの差異はあるにしても、基本的には同じで、【学園】の生徒は、世界中にある【学園】の敷地に自由に立ち入ることが出来るし、その施設を使うことも出来る。
 今回の仕事先は、北欧にある【学園】の高等部3年生たちであり、その優秀さを見込まれて、それなりの予算も与えられているらしい。
 俺やグラムに払われる給料は、その予算から捻出されるものなので、実質的に今回の雇い主は【学園】という言い方も出来るだろう。
「グラム、きみは【学園】の生徒なの?」俺は、昨日の夜に勉強したパシュトゥー語で言った。俺は魔法使いなので、人間と比べると、色々と物覚えや頭の回転が早いらしい。辞書をパラパラとめくればそれらの単語や解説なんかが頭にするすると入ってくるし、一度聞いたことは忘れない。そういった技能は、魔法族特有のもので、人間にはないのだと知ったのは、物心付いてすぐ、【学園】付属の幼稚園にいた人間の子たちと話をした時のことだった。
 グラムは首を横に振った。「今は違うよ。来期から」グラムは、パシュトゥー語で言った。
 俺は頷いた。「楽しみだな。いつでも日本に来てくれよ」
 グラムは、小さく頷いた。彼の口元には微笑が浮かんでいた。「ありがとう」
 そうやって話しているうちに、6階にたどり着いた。
 通路の両側にドアが並んでいる。
 その数は、右に6つ、左に6つ。
 俺たちの部屋がある3階の半分だ。
 仕事先は、【12-6】号室。
 左側の1番奥だ。
 俺たちは、そこまで歩いていき、ドアをノックした。
 数秒ほど間を置いて、室内から声が返ってきた。
 ドアを開けてくれたのは、明るい笑顔を浮かべた、背の高い北欧の女の子だった。
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