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ラシア編 Side 空

10日目 ニホニアを知らないマダム

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 グレイシャーの人々の話す言葉は、訛りがキツすぎたが、人々の所作を観察していれば、なんとなく単語のボキャブラリーも増えていくもので、そうすれば、フレーズなんかも理解出来るようになり、そうなってしまえば、おのずと意志の疎通もスムーズになっていくもの。

 会話が出来るようになるまで、さほど時間はかからなかった。

 ぼくは、拙いグレイシャー語を駆使して、串焼き肉やらフィッシュアンドチップスやらハンバーガーやタコスやらを調達し、それらを手に、ようやく見つけた席に腰掛けた。

 ジェロームくんも、なんだかんだでエンジョイしているようで、彼は頭に幽霊のお面をかぶっていた。

 この街のものは、どれもこれも安かった。

 物価は、ハバネロフスクやニホニアの4分の1くらいだろうか。

 ぼくは、ビールを啜りながら、空に浮かんでいる、蜃気楼のように半透明なモニターを見上げた。

 グレート・ブリタニア対ウズべキスタニアで、ウズべキスタニアが一歩リードしていた。

『いただきぃっ』その声に振り返ると、ジェロームくんが焼き鳥にかぶりついたところだった。

「あっ、こらっ!」

『いやー、久々の肉は美味いなー、にゃーにゃー』

「もー」ぼくは、ビールを啜り、フィッシュアンドチップスのフィッシュにかぶりついて、そのフライを、ビールで流し込んだ。「くーっ、たまんねーっ!」

『たまんねーにゃーっ!』

「ねーっ」

「お嬢ちゃん、良い飲みっぷりですわね」

 その声に、そちらを見れば、ドレスに身を包んだ女性がいた。顔立ちはスラブ系。手に持っている扇子には羽がついていて、なんか、前に見た19世紀のイギリスを舞台にした映画に出て来そうな格好をしていた。「観光かしら?」

 ぼくは、背筋を伸ばして頷いた。「左様でございます。ニホニアから来ましたですわ」

「あらあら、これまた随分と遠いところから……」女性は首を傾げて、「(ニホニアって……、どこだ……?)」と、呟いた。彼女は隣に座っているタキシード姿の男性を扇子でちょんちょんと叩いた。「あんた、ねぇ、あんた」

「なんだ?」
「ニホニアって知っとる?」
「知らん」
「んだねー」

 ぼくはビールを啜った。

 マダムは、再びこちらを見てきた。「お嬢さん、失礼ですが、ニホニアとはどこかしら」

「海の向こうにある島国です」

 マダムは首を傾げた。「海?」

「失礼ですが、森の向こうに出たことは?」

 マダムは暗い顔をした。「ありません。この街の人々は、森には入りませんよ。魔物がいるので」

「魔物ですか……、そんなものは見ませんでしたけれど……」

「運が良かったですね……。先日は、街にやってきた商人の方が、バジリスクという、恐ろしい大蛇を見たとおっしゃっておりました……」

「あ……」ぼくは、ジェロームくんを見たが、ジェロームくんは素知らぬ顔で焼き鳥を頬張っていた。久々のお肉にすっかり夢中になっている。

「そんなことを聞いてしまったら、街の外に出るのが恐ろしくて恐ろしくて……」

「なるほど……」ぼくは頷いた。「あの、宿屋を探しているんですけれど、見当たらなくて」

「この街には、宿屋はありませんよ。役所に、仮眠室があるので、そこに泊めてもらってはいかがかしら。たまにこの街にやってくる旅人はみんなそうしますわ」

「なるほど……」ぼくは頷いた。しょうがない、今夜もまた森の中でキャンプだな。シャワーはサンクト・トルーツクまで我慢しよう。

『ってことだな』ジェロームくんは言った。『さっさと出ようぜ。こんな街』

「そだねー」ぼくは美味しい屋台の料理を食べながら相槌をした。「そうだ」ぼくはマダムを見た。「この街に、時計を取り扱っているお店などはありませんか?」

 マダムは暖かく微笑んだ。「ありますわ。この街はハンドメイド製品の輸出で成り立っているので、それなりに上等なものだと自負しておりますわよ。商人の方々も喜んで買い取ってくださっております」マダムはお店のある通りを教えてくれた。

 グレイシャーは、広場を中心に12の通りが伸びた作りとなっている。
 時計や衣類などを扱っている店は、西へ伸びる通りにあるらしい。
 ぼくは、料理を食べ終えると、その通りへ向かった。
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