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第3章 事後

4 ルイザーク伯爵家での一幕

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リグルド卿の問いに、エリザ伯爵夫人は、

「ハッキリ言って、よくないですね…。
お茶会の件はひとまず置いておいて…ルベンディン侯爵家の仮面舞踏会での傷が
かなり大きいです」

「そう…ですか…」

リグルド卿も暗くなる。

「致し方なかろう。
精神的に正常ではなくなった者たちに囲まれ、追いかけられたり、襲い掛かられる
など、鍛えている人間でもしんどいものだ。
ましてあの二人では…」

フェイラもルイーズも、仮面舞踏会の後寝込んでしまい、あまり体調が良くない。

「ひとまずは…時間が解決するのを待つしかないでしょう。
その後に、社交界でどうしていったらよいか、行儀作法も含め、色々教えることは
致しますので」

「あ、ありがとうございます!!」

リグルド卿は大げさに頭を下げる。

「気にしないでちょうだい…フレイアとの約束もあったから」

「母上との?」

「ええ…。
ルイーズは気弱で、相手に少し強く出られると、途端に言いたいことが言えなくなる。
フェイラは元気がいいのは良いことだけれど、考えなしにモノを言ったり、行動したり
してしまう…。
どちらも社交界ではマイナスに働くことが多いから…って。
自分はもう、教えてあげる時間が残っていないから、あなたのできる範囲でいいから、
お願い…って」

「そうだったんですね…」

リグルド卿は何とも言えない、虚ろを見る目になる。

「幸い二人とも、私には心を開いてくれているから、ちょっとずつ話を聞いていくわ。
ただ…一つだけ確認させてください」

「なんでしょう」

テオルド卿とエリザ伯爵夫人が向き合う。

「テオルド卿は、私が単にフレイアの従姉として…関わることを望みますか?
それとも、私に仕事として、あの二人を見ろとおっしゃいますか?」

「!!」

エリザ伯爵夫人は、行儀作法はもちろん水準以上の物を持つが、21世紀日本で言うところの、
心理療法士を生業としている。
別に仕事をしなくても生活できるが、本人の生きがいとしてやっているのだ。

「…正式に依頼させていただいても、よろしいでしょうか?」

するとエリザ伯爵夫人は、少し安堵した表情を浮かべ

「ええ、もちろん。
では…」

エリザ伯爵夫人は、顔を引き締め

「お茶会の件とルベンディン侯爵家の仮面舞踏会…そしてそれにまつわること…どんな些細な
ことでも包み隠さず…私にお話しください」

「え?」

「もちろん2人に聞くのは大事ですが…周りの人の意見も聞きたいのです」

これはおそらく、エリザ伯爵夫人の流儀なのだろう。
相手が望まなければ、深くは突っ込まない。
相手が望めば、できるだけの情報を集め、対処する。
まさしくプロだ。

だからこそテオルド卿もリグルド卿も、自分の知りうることすべて、かなり正確に話した。

エリザ伯爵夫人はそれを全て聞くと、何とも大きなため息をつき、

「フェイラの考えなしは今に始まったことじゃないけど…まさかルイーズまでそんな…」

「私たちも驚きました。
あの子はそんな大それたことが、できると思いませんでしたので…」

テオルド卿もいまだに、信じられないようだ。
するとエリザ伯爵夫人は、

「……確かに、ルイザーク伯爵邸であったからこそ…と言う予想は当たっているかも
しれないけれど…、相手が王女殿下であったことも、大きいと思う」

と。

「それはまた…なぜ…」

「ルイーズは…デビュタントしてすぐに、社交界に殆ど出なくなったでしょう?」

「ええ、でも…。
母上の手伝いをして、家の中のことをするためと、やりたい勉強があると…」

「それは、建前よ」

エリザ伯爵夫人は、キッパリと答える。

「私も当時それを聞いて、お節介だけどフレイアに言ったの。
勉強も大事だけれど、やれる範囲で社交活動はした方がいいって。
そしたら…誰にも話さないでと打ち明けられたことがある」

「フレイアに…ですか?」

「ええ。
フレイアは亡くなってしまったし、ことが大きくなってしまったから言うけど…
ルイーズは王女殿下に、大分ひどい目にあったらしい」

「ええ!!」

テオルド卿もリグルド卿も初耳のようだ。

「な、何で…」

「王女殿下はギリアム公爵閣下と関係が深いかもしれない女性は、必ずと言っていいほど
攻撃するから…」

「で、でもルイーズとギリアム公爵閣下には何も…」

「事実がそうでも、あの当時、大分社交界では噂になっていたのよ。
ギリアム公爵閣下は誰を選ぶのか…なんて賭けの対象にしていた人たちもいた。
王女殿下の耳に入らないワケはない」

テオルド卿はため息をつき、リグルド卿は言葉を失う。

「しかし、そんな話は全く…」

「そうでしょうね…。
私もあなたたちや、ギリアム公爵閣下に言って、正式に抗議するべきだと言ったのよ。
ギリアム公爵閣下がルイーズと関係を持つ気は、全くなかったのですから」

「でも、フレイアが言うには、ルイーズの精神状態が、とてもそんな状態じゃないって
事でね…。
私もルイーズの性格は知っていたから、その時はそれで終わりになったわ」

いきなり降ってわいた事象に、2人は困惑しつつも、

「確かに当時の状況では…十分考えられることですね…」

当然だが、リグルド卿の顔は暗い。
実際、王女殿下にまつわる悪評は、かなり出回っていた。

「しかし…私に何の報告もないとは…フレイアのやつ…」

テオルド卿が少し悲し気に、拳を握りしめた時、

「テオルド卿…お願いだから、フレイアを責めないでちょうだい…」

やはり悲痛な面持ちのエリザ伯爵夫人が、声を出す。

「ルイーズが王女殿下に酷い目にあった時…ちょうど王立騎士団が大変革を遂げて…随分と良い
組織になったところだった。
そんな組織の中に…テオルド卿とリグルド卿は、無くてはならない人だったの。
そんな二人が王家に睨まれたら…やりずらくなることは火を見るよりも明らかだった」

エリザ伯爵夫人は言葉を続ける。

「幸いルイーズも、社交界に出なくなって、王女殿下と接点がなくなったら…どんどん元気を
取り戻しましたし…。
もともと社交界に積極的に出たがる性格ではなかったから、家にこもってフレイアの手伝いや
家の諸々の事を勉強している方が、本人としては良かったようです」

「そうでしたか…」

テオルド卿は深いため息を一つつき、それ以降は話さなくなった。

は~い、ここでヘドネちゃんの余談が入ります。

王女殿下は当然、クレアにもキッチリ粉をかけました。
しかし、クレアはルイーズと違ってかなり気が強い上、いつも取り巻き複数で自らを囲っている
ような人だったため、王女殿下をそれなりにかわすことはできたのです。
それでも相手は、腐ってもこの国一番の権力者の娘。
いずれ避けることが難しく、痛手を被ることは、容易に想像できました。
ゆえに3年前のようなバカなことをして、ギリアムとの関係を公の物にしたかったようです。
……そもそも根本的に、ギリアムと関係ないって言えばよかったんだけどね…。
ギリアムを手に入れたかったクレア嬢としては、否定するのも嫌だった…と。
…………………………………自業自得や~。

対してルイーズは…実は社交界にでなくなってからも、王女殿下からの牽制の手紙や、
社交界に出てこいみたいな手紙が、届いたらしい。
しかしこれは、フレイア伯爵夫人が対応した。
フレイア伯爵夫人は、ギリアムに内々に、王女殿下からルイーズに対して、そう言った手紙が来て
困っている。
全くその気がないと言っても、聞き入れて貰えない。
テオルド卿に報告したら、怒って何をするかわからない。
だから、あくまでギリアムの一存でそういった勘違いは自分にとって、非常に迷惑。
気分が悪い。
と、王女殿下や他の貴族たちに言ってもらえないか…と。
もともと弱い者いじめが大っ嫌いだったギリアムは、即行動に移した。
王女殿下はもちろん、面白おかしく言っている人間に対しても、正式に抗議したのだ。
その否定&拒絶っぷりはすさまじく、すぐにルイーズに対しての王女殿下からの手紙はなくなった。
そしてギリアムはそのことを、ルイザーク伯爵家に行っても、もちろんおくびにも出さず、ごく普通に
接したのだった。

…………………………………フレイア伯爵夫人~、カムバ~ック!!
本当にできる人やったのね~、あなた。

そしてバカ王女!!
アンタそんなことやってたにもかかわらず、さもルイーズと仲が良かった…みたいに言って、ホーム
パーティーに参加したん?

厚顔無恥もここまで行くと、称賛に値するわ~。
あ、悪い意味でね。

黙ったままのテオルド卿に視線を向けつつ、エリザ伯爵夫人は少し考えて、

「先ほども話したように、フェイラとルイーズには、時間が必要です…」

「やはり…早く解決するのは無理でしょうか?」

「もちろんです。
まず、ルベンディン侯爵家の仮面舞踏会で負った、心の傷から治療せねばなりません。
お茶会の話は、やはりその後…。
そして、どうしてそういう行動に出たのかも含め、自分の気持ちを受け止めつつ、事実を受け入れ、
今後、どう行動するか…これは誰かが指示したりせず、本人たちが考えて、決めねばならないことです。
でないと、同じようなことがあった時、また同じようなことをしてしまいます」

「わかりました…。
依頼する以上、お任せいたします」

するとエリザ伯爵夫人は少しだけ安堵の表情になり、

「そう言っていただけると、助かります。
やはりテオルド卿は、フレイアの言っていた通りのお人柄ですね」

「は?」

「頑固一徹ではありますが、自分が間違ってしまったと思えば、身分の高低に関わらず、真摯にお詫び
するし、聞く耳を持たないようで、こちらの話を決して無視する人ではない…と」

「そんなことを…」

テオルド卿は何だか感慨深そうだ。

「亡くなる少し前に会った時も…大変なこともあったけれど、テオルド卿の妻になれて幸せだったと
言っていました」

「それは…」

なんだかテオルド卿、泣きそう。

「ただ一つ…心残りなのは…」

「え…?」
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