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第一章 観劇

10 囚われのレイチェルと、悪趣味な催し

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舞台の上にいるレイチェルは…。
中膝をつき、手にリンゴを持ち…衣装は正体がわかない先ほどの物ではなく、
全体的にウェーブのかかった薄布一枚。
古代ギリシャ神話の神々が着るような形をしていた。
そしてレイチェルの横には、シルクハットの男…。

とりあえず男に連れ込まれていなくて良かったが…さりとて安全な状況じゃ
ないな。

「今日は皆さまに友情にまつわる、数奇な運命をご覧に入れましょう」

司会の男がレイチェルを指し、

「舞台上におります、この女性!!
この女性が今から、毒リンゴを食します」

はああぁ?
私は思わず叫びそうになる。

「そしてそれを救うのは、王子ではなく…。
果たして誰か…皆様、乞うご期待ください!!」

そこまで言うと、司会の男はスッとレイチェルの方へ行き、耳元で

「さっさと喰え!!
おばあ様がどうなってもいいのか!!」

小声でささやく。

次の瞬間、レイチェルは…。

毒リンゴをかじった。

そして…。

ふっとその場に倒れ込んだ。

私は思わず全速力で駆けだしたが…

「いやあああああああっ!!
レイチェル!!レイチェル―――――――――――――!!」

私よりも先に、絶叫と共に舞台に駆け上がった女性がいた。
その女性の後を追うように、大柄な男も一緒だ。

そしてその後に私と、フェイラ、ルイーズが続く。

女性は倒れたレイチェルを抱き上げ、

「しっかりして!!しっかり!!」

泣きじゃくっている。
その仮面はいつの間にか外れていて、

「おい、あれはジュリア侯爵夫人じゃないか…。
じゃあ、あの女性はブライト小侯爵の妹の、レイチェル本人なのか…」

外野がざわざわしだした。

「ブライト!!この悪魔!!」

ジュリアは司会の男を激しくにらむ。
司会の男…ブライトは余裕の態度で、

「そんなに声を荒げないでください、お客様…。
まだ死んだわけではありませんよ」

その時丁度、私は舞台の上に上がった。

そしてそれを待ち焦がれていたかのように、

「おお、ようやっと本日の主役がいらしてくださった。
どうぞ、舞台の中央に…」

私はブライトに、

「こんな衆人環視の中、毒を盛るってことは…、
ちゃんと解毒剤は用意してるんでしょ?
とっとと出して」

「随分と上から目線ですねぇ」

「そりゃそうよ、このままレイチェルを見捨てれば、アンタは完全な
犯罪者よ」

「なるほど…」

ブライトは唇を吊り上げ、

「では、お教えする対価として、あなたの仮面をお取りください」

…………………………………。

へぇ…。
それが狙いか…。

この仮面舞踏会は、ただでさえいかがわしいものだ。
出席していることがバレただけでも、後ろ指刺す奴は一定数いるだろう。

でもさぁ…。

私はブライトが言葉を言い終わったのと、ほぼ同時位に自分の仮面を
とり、投げ捨てた。
ええ、そりゃーもう、一切ためらいなく軽快にね。

すると会場のざわざわが一層強くなる。

「あ、あれはオルフィリア・ステンロイド男爵令嬢…」

「ギリアム公爵閣下の婚約者の…」

「何でこんなパーティーに…」

「ギリアム公爵閣下はご存じなのか…、いやしかし、あの方がそんなことを
許すはずは…」

「なら黙って来たってこと?」

う~ん、見事に予想通りの反応をしてくれるね、外野諸君。

対してブライトはと言えば…、私が躊躇なく仮面を脱ぎ捨てたことに、少々
困惑気味だ。
まあ、そうだろうね。
アンタのパーティーに出席する人間の大半は、正体を明かすことを最大限に
嫌がるだろうからね。
だが、まだまだ動揺まではいかず、

「ふふ…見事ですね…。
さすがギリアム公爵閣下のご婚約者様…といったところでしょうか?」

「御託はいい!!
解毒剤!!さっさと!!」

ブライトは私の焦った顔を見て、とてもいい笑顔になり、

「解毒剤は…あなたのドレスに隠してあります」

だとぉ?

「ドレスのどこ!!」

「それを教えては、興ざめと言うもの」

まあ、そうだろうな!!
もう、聞かん!!

その時、大柄な男が、スッと動いたのだが、それとほぼ同時に私は、

「うっりゃぁぁああああ――――――――!!」

威勢のいい掛け声とともに、己のドレスを脱ぎ捨てた。

「どこだ――――――――!!解毒剤ぃ――――――――!!」

あらん限り叫びながら探すが、このドレス!!
飾りが色々ついていて邪魔!!
ガラス瓶に入っていたら、手荒な真似なぞ、余りできんし!!

つーわけで、大柄な男の短刀を借りて、ドレスをビリビリにした、わたくし。

さすがのブライトも、私のこの行動は予想の範疇外だったらしく、目がテンに
なっとったな。

舐めんな、ばーか。
こちとら満員御礼のコロシアム(観客はすべて男性)だろうと、往来の真ん中
だろーと、平気で素っ裸になれる女だぞ!!
今更下着姿ごときで、恥じらいなど微塵もないわ!!

しかしドレスを小さい生地になるまで切り裂いても、一向に何も出てこなかった。

「ちょっと!!何もないんだけど!!」

下着姿の私に詰め寄られて、ブライトは初めて目の焦点が戻ったようで、

「それは…おかしいですね…」

と、ニヤニヤしている。

私はここでハッとなり、急いでレイチェルの脈をとる。
確かに青白いが、心臓の鼓動もいつも通りだし、脈にも異常が見られない。
呼吸も穏やかだし、皮膚の変色も何もない…。

こりゃ、ひょっとすると…。

「ちょっとそこの、大柄な人!!」

呼ばれて素直に来てくれたベンズ卿に、私はあることを耳打ちし、

「わかりました、やってみます」

ベンズ卿がレイチェルを抱きかかえ、

「ふんっ」

と、気合を入れて肩を抱くと、

「う…んっ…」

レイチェルは目を覚ました。

「ああ、レイチェル!!レイチェル!!」

泣きじゃくりながら、レイチェルに抱きつくジュリア。

「ジュ…リア」

うん、声も小さいけど、いつも通りだね。
レイチェルはジュリアを見て安心したのか、再び目を閉じた。

「レイチェル!!」

「気絶しただけだ、心配いらない」

そんなジュリアに、ベンズ卿が言う。

ひとまずアッチは大丈夫そうだ。

さて…私は…。
改めてブライトに向き直り、

「随分と悪趣味極まりない舞台を、用意したものですね…」

下着姿を隠しもせずに、私は静かにのたまった。

恥ずかしがる姿なんか、見せてやらねーぞ、ばーか。
てめぇらの目的が、おそらくそれだろーからな。
実際、微塵も恥ずかしくねぇし。

「アナタに言われたくはないな…。
そのようなふしだらな格好で、衆人環視の前に立つとはね」

ニヤニヤしているようで、焦っているのわかるよ。
だって、アンタが私にさせたかった行動を、私は一切していないからね。

「あら?
だってあなたがおっしゃったから」

私は本気でにこにこしながら、

「私のドレスに解毒剤があるって。
人命救助のために行ったことがふしだらだと言うのなら…あなたは妹さんの
ようになった時、お助けしないことに致しますわ。
淑女のために身を挺するなんて、紳士の鏡ですわねぇ」

嫌味たっぷりに言ってやった。
もちろん、極上の笑顔を添えてね。

お、悔しがってるね。
唇への字になってるよぉ~。

私の快進撃はまだまだ続くから…覚悟せい!!
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