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第4章 結婚

2 王宮の結婚発表場所にて…

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アイリン夫人のサロンから一夜明けた早朝…コウドリグス侯爵家の馬車が、王宮へと
向かっていた。

中には満面の笑みをたたえたジュリアと、いつもの仏頂面のベンズ卿。

「楽しそうだな…」

ベンズ卿が話しかければ、

「そりゃあもう、200年ぶりに、うちが侯爵内部で第一になるんですから!!
楽しくないわけないじゃないですかぁ~」

随分と浮かれている。

あ、これはあんまりない事なんだけど、爵位の順位が変わった場合、様々な書類の書き換えが
必要なため、役所で手続するのだ。
まあ貴族は普通、自分で役所に行ったりせず、使用人を使うが…。
それだけジュリアが嬉しいという事だろう。

「私はあまり気にしていなかったんだがなぁ」

「あなたは…いいんですけど!!私は…かなり苦労したんです!!」

そう。
レベッカは自分がジュリアより爵位が上なことを、しっかりと利用していた。
厳密に言うと、夫人と令嬢では、立場が違う。
夫人は何かあった時に、当主代理になるわけだから、持つ権限は令嬢よりずっとデカい。

しかし、いくらデカいとはいえ、家自体の爵位が上であれば気を使わざるを得ない。
そのことを踏まえた上で、うまく立ち回れないほど、レベッカは愚図じゃない。

「あのクソ女…次に会うのが楽しみだわぁ~」

ジュリアは最上級の笑顔をたたえつつ、全身からどす黒いオーラを出していたため、
ベンズ卿は剣を持った敵と対峙した時より、よっぽど冷や汗が出た…と、のちに語る。

そして王宮に付いた二人は、丁度やって来たローカス卿と鉢合わせ。

「おはようございます、団長…」

「おりょ、早いなぁ…。
今日はゆっくりでいい日じゃなかったか?」

「ええ、ですので…。
ジュリアと一緒に役所の手続きをしようかと」

「あ~、それ、少し待った方が、いいんじゃないか?」

ローカス卿は少し怪訝な顔をする。

「なぜですか?ファルメニウス公爵家から、正式にスタリュイヴェ侯爵家を破門すると
通達があったのです」

「そうだけどよ…スタリュイヴェ侯爵家から不当だと訴えが起こる可能性もあるんだぜ」

ギリアムがまだ未成年の時に、一門に出した、破ったら破門に処すと言った条項は、2つ。
①二度とファルメニウス公爵家の敷地に足を踏み入れない事。
②ファルメニウス公爵家の人間(使用人含む)に、許可なく接触しない事。

「それで言うと…オルフィリア嬢は非常にあいまいな立場なんだ。
ファルメニウス公爵家に入っているとはいえ、正式な夫人でない以上、オルフィリア嬢は
ステンロイド男爵家の人間と解釈される」

「さらにレベッカ嬢がオルフィリア嬢に色々、ファルメニウス公爵家との関係について、
事実無根の事を言ったらしいが…それだって証拠があるわけじゃない。
レベッカ嬢はその辺はしっかり計算できるって、ジュリア侯爵夫人ならわかるだろう?」

「ええ、本当に…」

結構悔しい思いしたのを思い出したのか、顔が歪むジュリア。

「ギリアムは救国の英雄になった時、何も一門に通達せず、普段硬く閉ざした門を、解放した。
それをいいことに、入り込んだ一門を、未成年時に通達していた条項に違反したとして、
全員切った」

この時のギリアムは、初めて一門が自分の望む行動をしてくれたと、随分喜びいさんで、
キッチリ破門したらしい。

「だがその誘いに、唯一のらなかったのがスタリュイヴェ侯爵家だ。
通常出遅れれば、利益が少ないとして他の連中がこぞって押し掛けた中、静観を守った」

「舞踏会その他でも、ギリアムと接触しないようにしているしな。
ギリアムが王立騎士団団長に就任した時も、即座に王立騎士団員だった次男を、近衛騎士団に
移した」

そうなんだよね。
私もこの一連の事を聞き、間違いなく優秀なんだと思った。

「だから今回の事だって…オルフィリア嬢の今の身分と、口頭での証拠が無いことを理由に、
多分取り下げ要請をするぜ。
場合によって、裁判沙汰になる」

貴族の爵位問題に関する裁判は、年単位が普通…。

「スタリュイヴェ侯爵家が序列第一位になってすでに200年が経過した…。
つまりもう、変革期は過ぎたのさ」

序列絶対の社会において、序列を上げるのがものすごく難しいのと一緒で、序列を下げるのも
物凄く難しい。
ともすれば、社会構造の混乱を招きかねないからだ。

「上げられたのが直近であれば、混乱は少ないから結構通るけど…。
もう何世代も前だし…こういった事だって、スタリュイヴェ侯爵家は言ってくると思うぞ」

するとコウドリグス侯爵夫妻は顔を見合わせ、

「我々もそのことは昨日、破門するという通達が来てから、よくよく話し合ったのです」

「ですが…ギリアム公爵閣下は、そんなスタリュイヴェ侯爵家の動きを予測できないほど
愚鈍ではありません」

するとローカス卿は頭を掻き、

「オレだってそう思う…って、普段ならいえるんだがよぉ」

「逆に団長は何を懸念されているのですか?」

「いや…オレ王立騎士団にはよく行くから…。
とみにギリアムは、オルフィリア嬢のことになると…脳内お花畑になるなぁ…ってのが
よくわかってるから…」

それは否定できない…と、ジュリアとベンズ卿はちと暗くなる。

「しかし…昨日のサロンを取り仕切っていたのは、アイリン公爵夫人です。
レベッカ嬢の話の証人になってもらうことも、できるのでは…」

真っ当なご意見なんだけどさ、ベンズ卿。

「それはかなり難しい」

「……やっぱりですか、ローカス卿」

ジュリアはある程度予測がついていたみたいだね。

「まず、武のファルメニウス公爵家と文のガルドベンダ公爵家は、建国以来不可侵が暗黙の了解だ。
お互いがお互いを庇ったりってのは、他の家より難しい。
それによぉ…」

ローカス卿は少ししかめっ面をして、

「参加したご令嬢なりご婦人なりに聞いたけど…オルフィリア嬢、サロンを大分ひっかきまわした
らしいじゃねぇか」

そう、近衛騎士団関係者が多かったからこそ、ローカス卿の耳には早々に入ったのだ。

「しかしそれは…しっかりとした理由が…」

「それも聞いた。
オルフィリア嬢の判断が間違っていたとは、オレも思わん、だが…」

かなり真剣なまなざしで、少し下を見ると、

「今回ばかりは、もう少し静かにするべきだったと思う。
アイリン公爵夫人が、どうしてオルフィリア嬢にファルメニウス公爵夫人としての振る舞いを要求した
のかわからんが…オルフィリア嬢の立場はあくまで男爵令嬢だ。
出しゃばりすぎだと言われても、しょうがないぞ」

そう、レベッカは有能だから、この辺まで計算してたよ、多分…うん。

「ベンズ卿も知っているから、当然ジュリア侯爵夫人も知っているだろう?
王家はギリアムの結婚を、何があっても妨害する気でいる。
あいつは何があっても通すだろうが…王家に抵抗されれば、時間はかかる」

やっぱ王宮勤めだったら、よくわかっているよね。
ヤバい事しちゃったから、身分固めようなんて、甘いって。

…………………………………もう固めちゃいましたが、なにか?

「まあ…最終的にはお前ら夫婦が決めることだから、オレは口出しせんがね」

「ありがとうございます、団長…。参考に致します」

「参考に致します」

3人がそんな話をしていると、役所前の掲示板に…。

「うっわ、何だありゃ」

黒山の人だかりが。

王宮内の役所掲示板には、その日の朝に昨日までに決まった、貴族の様々が発表される。
これを見に、各貴族の使用人たちは、朝っぱら王宮に日参するのだ。
そして速やかにサラサラと書き写して、早々に去る。
こんな黒山の人だかりなど、殆ど出来上がることは無い。

つまり…それだけ重大発表だという事だ。

しかしローカス卿がピキリときたのは…、

「オイこら!!お前ら何してんだぁ――――――っ!!
懲罰くらわすぞ、クラぁっ!!」

警備を担当しなきゃいけない近衛騎士まで、かなりの数集まっていたこと。

「わああっ!!団長、副団長!!」

近衛騎士達一斉にビビる。
当然だろう、職務怠慢もいい所だ。

「すっ、すみません!!しかしあまりにも、突然に降ってわいたような話だったので…
皆呆然として…」

「一体何なんだ!!そんなことで近衛騎士が務まるか!!」

ローカス卿の額には、青筋。

「あの…一番上のやつ…」

当たり前だが、序列が高い貴族家ほど、上の段で発表される。

「なになに…昨日の婚姻届けの受理をもって、オルフィリア・ステンロイド男爵令嬢を
正式なファルメニウス公爵夫人とする…か。
普通の結婚発表じゃねぇか…」

「………………………………………」

「なぁにぃぃ―――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」

ローカス卿は…そのまま、しばらくフリーズしたそうな。

「俺たちが止まってたわけ、わかってくれました?ねぇ!!」

「あ…ああ…スマン…今日は…ここにいた奴…ら全員…不問にする…すまん…うん…」

壊れかけたロボットのように、ギギギギと声を発する。

「あなたぁ!!今すぐ窓口に行きますよ!!早く行きますよ!!さあ行きますよ!!」

ベンズ卿の返事を聞かず、一人突っ走るジュリア。
慌てて後を追うベンズ卿。

そして王立騎士団では、貴族団員の皆様から報告を聞いた団員たちが、狂喜乱舞していた。
ちなみに、アイリン夫人のサロンの後だから…と、ギリアムは休みを取っていた。
何かがあった時、即対応するためである。

酒など一切ないのに、詰所全体が大祝賀会ムードだ。

「いやー、良かったですねぇ(ヴァッヘン)」

「ここ最近で一番めでたい日だ(ガイツ)」

「イェーい、今日は飲むぞ~(レオニール)」

「でも団長は、どうやって王家の包囲網を突破したんですかねぇ(リグルド)」

「わからんが…とにかくめでたい!!(テオルド)」

「今度、オルフィリア嬢…いえ、オルフィリア公爵夫人にお聞きしましょう(デイビス)」

皆、心の中では心配していたのだろう。
バカ王女の執着もそうだが、王家はファルメニウス公爵家と懇意にしたがっていた。

なぜなら…ガルドベンダ公爵家だって、当然金持ちだが、商会は持っておらず、昔ながらの
貴族の生活を守っていた。
つまり財産は平行線…だが、ファルメニウス公爵家は…ギリアムが救国の英雄になって、商会を
作ってから…ただでさえたくさんあった財産が、さらに天井知らずと思われるくらい、増えたのだ。

まあ、財政一気に潤うだろう。
でもよぉ…そんな企みあるんだったら…、バカ王女をもう少しましに育てられなかったのかねぇ。

ほんと、しょーもな!!
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