ひとまず一回ヤりましょう、公爵様4

木野 キノ子

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第4章 結婚

1 首尾は?

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今は初夏…日はとても長い。
私とギリアムは、それでも殆ど沈みかけた太陽を背に、馬を…ただひたすらに走らせる。
そしてファルメニウス公爵家についた時、

「首尾は!!」

「成功いたしました!!」

フォルトの軽快な声が響く。

私もギリアムも、思わず抱きしめ合い、

「やった~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

と、叫ぶのだった。

見れば門前には…ファルメニウス公爵家のすべての家臣が揃っていた。

「おかえりなさいませ、旦那様、奥様…」

そして皆を代表したフォルトが、

「奥様…この度、正式なファルメニウス公爵夫人となられましたこと、心よりお慶び申し
上げます」

と。

そう!!!!
私は今日から正式に…ファルメニウス公爵夫人になったのだぁ!!

え?
王家の妨害は、無かったのかって?

それは当然あると思っていたから、対策していたのさ。
私は結婚する気は暫くなかったが、かといってすると決めた時にできないのもムカつくからね。

え?
詳しく?
…………………………………わかった。
でも、ちと長くなるよ。

まずこの国の、婚姻届けの出し方について。
貴族の婚姻は、平民よりもはるかに重く、離婚もしがたい。
ゆえに出せる人間がまず限られる。
新郎・新郎父・新婦父の3名だ。
出す場にそれ以外が居てもいいが、逆に上記のうち誰か一名でもいないと、いくら言っても
受理してくれない。
ギリアム父は死んでるから、出せるのはギリアムかウチのパパンだけ。

そして提出先の役所は王宮内の本部と、国全体に散らばった支部に分かれる。

王都、地方限らず力のある貴族家は、大抵王宮内にある本部に行く。
理由は簡単。
本部と支部では受理印が違うゆえ、箔をつけるというただそれだけのため。
カッコつけるために命かけてる人種の集まりだからさ~、王族・貴族って。
さりとて支部でも受け付けてくれるから、あまりカッコつけに興味がなかったり、こじんまり
してたり…世知辛いが、王都までの旅費が賄えない貧乏貴族などは…支部で済ませる。
まあ、大抵バカにされるらしーけど。

で、皆さんご承知の通り、ギリアムは超有名人。
支部の人間だって、知らない人はいないだろう。
そして王家だって約一名以外バカじゃないんだから、支部で出そうとすることを警戒して、ちゃんと
通達は出しておいた。
ギリアムが出そうとしたら、王家の方に連絡を入れてくれと言えと。
守らないと自分たちの首が飛ぶと言えば、ギリアムは無理しないことを王家は知っていた。

以上が前提。

ただ王家よ…一つ大穴があるのがわかっているかい?
ウチのパパンも法律上、出すことができるのだよ。

貴族と平民は、纏う雰囲気からして違うことが多い。

役所の人間だってプロなんだから、即興で化けたってだいたいわかる。

けどさ…ウチのパパンは10歳までド平民。
そして貴族になってからも、金なんかカツカツだったから、暮らしぶりはド平民のまま。
さらに本人の性格が、虚勢を張りたい!!という人間とは真逆。
すごーく、腰が低くて、気弱で温和。
ピシっとした服を着て、背筋をシャンとするより、ゆるーいヨレヨレの服を着て、縁側で茶でも飲んで
いたいタイプ。

何が言いたいかって言うとね…ファルメニウス公爵家に来た今でさえ!!この超の付くド平民オーラは
全く衰える気配なし。

というわけで!!
入念に下調べし、支部の中でも特にずさんでいい加減な所に、パパンを派遣!!
もちろん時間は終業間際。
鞄には必要な物はもちろん、フォルトさんが書いた、完璧なカンペも持たせてね。

んで、以下は役所でのやり取り。

「あの~、すみません…娘が結婚するので、婚姻届けを書きに来ました…」

パパン…とっても穏やかな、ゆったりした声。

「ここ貴族用の窓口だけど?」

パパンの姿を一瞥した役所の人間は、そう言い捨てる。
よっしゃ、パパンはやっぱすげぇ。

「いえ…よく言われますが、ぼく…一応貴族でして?」

「は?」

パパンが貴族の証明である、ステンロイド男爵家の印璽を見せる。
あ、ステンロイド男爵家の印璽なんて、知っている人間ほとんどいないと思うよ。
パパンこれを使った事なんて、ママンとの結婚の時と、生まれた私の出生届の時だけらしいから。

とはいえ、王家に警戒されている以上、ステンロイド男爵家の印璽がひっかかる場合もある。
だからまず…パパンに別の支部で印璽を別の物に登録しなおしてもらう。
因みに印璽って…家紋さえしっかり入っていれば、デザインは割と自由にしていいの。

これは実印変更と同じような事だろう。
実印が登録した日から有効なように、印璽も登録した日から有効だ。
まして現代日本であったなら、登録した日付だけでなく、時間まで記載されると思うが、
この世界は日付だけ。
ゆえに印璽変更前の書類に、変更予定の印璽を使っても問題ないが…そこは完璧を期した。

「30年前の戦争で…父が爵位をもらいまして…」

パパンがそう言うと、役所の人間は面倒くさそうに、

「じゃ、ここに必要なことを書いて、出して」

と、かなりぶっきらぼうに婚姻届けを渡してきた。
これも私たちの作戦の内。
ある程度の貴族なら、家の名前とかを聞かれてもおかしくないが、30年前の戦争で叙爵された人間など、
最下位中の最下位だ。
酷いと平民以下の生活をしている(実際私らはそうだった)。

だから媚びる必要などなく、横柄に扱ってもいい。
そう思っている人間達に、私らは幾度となく出会って来たからね。

さて…貴族用の婚姻届けは、役所で印璽を見せないともらえない。
そしてその場で書くのが通常一般的。

パパンはフォルトのカンペを見ながら、ちょこちょこと書き出す。

ここでジェードの補佐が入る。
コッソリと…役所の窓より、第二の秘密兵器投入!!
何かって?
この時のためにファルメニウス公爵家で飼っていた…ドブネズミさま50匹!!

「わ――――――――――――――――っ!!ねずみぃぃぃぃっ!!」

役所の人間がこれだけ騒ぐのは、嫌いだからではない。
この時代の紙は貴重品のため、紙を使える人間は大抵貴族と金持ちだけ。
つまり書類をダメにした場合、最悪リアルで首が飛ぶ。

そしてねずみは書類を…かじるかじる。
だから、一匹でも姿を見たら、職員総出で仕留めるまで、全ての仕事は中断。

それが50匹も入ってきたら…阿鼻叫喚になるのは必然。

さて、ウチのパパンはかなり気弱でビビりではあるが、前もってこういう状況になる、危険は一切ないと
言い聞かせておけば、かなりマイペースに行動できる。

全力でねずみ様と格闘する職員たちを尻目に、フォルトのカンペ通りに書けたことを確認し、

「あの~、書けましたので、ハンコ~」

と、すっごくその場にそぐわない声を出す。

「今それどころじゃない!!」

「ハンコー、ハンコー、ハンコー」

この辺は発声練習してもらいずみ。
んで、オウムのように繰り返してもらう。

「ハンコくれなきゃ、ボク帰れませ~ん、ハンコー」

マイペースが服着て歩いているようなパパンの声は…一刻の猶予もなく動いている人間を、
さぞ苛つかせるものだっただろう。

「ああもう!!ハンコはこれ!!押して切り離して、さっさと帰れ!!」

パパンの前に、乱暴にハンコと朱肉を叩きつけるように置いた職員が、再度ねずみと格闘を始める。

そして無事婚姻届けにハンコは押され、パパンは自宅用のものと印璽を鞄に入れる。
あ、そうそう、婚姻届けは全部で3枚出すのよ。
結婚する本人たち用と、新婦実家用、新郎実家用って具合にね。

で、役所保管用は机の上に3枚、残して帰る。
ん?ねずみにかじられやしないかって?
そこは抜かりないよ。
ねずみが大っ嫌いなにおいを、振りかけてもらうよう指示しておいたからね。
だいたい、提出済みの書類を破損したら、それは役所側の落ち度。
こちらにも同じ書類がある以上、特に問題はないんだけど…やっぱ役所の人が可愛そうだからさ。

そして阿鼻叫喚が続く役所から、やっぱりマイペースに出て行ったパパンは、影で待機していた
フォルトに、

「出来ました」

と、お使い終わって親に渡す子供の用に渡した。
フォルトは、それに間違いが無いことを確認すると、

「素晴らしいです、リッケルト卿!!
どうぞ、馬車でごゆるりとお帰りください。
私は急ぎますゆえ、先に失礼いたします!!」

「はーい」

フォルトは颯爽と馬に乗り、瞬く間に消えた。

パパンは馬車の中にあった、フォルトが用意してくれていたお菓子とお茶を頬張りつつ、ゆーっくり
帰って来たそうな。

あ、ねずみは職員が可愛そうだから、ことが全部済んだら、ジェードに匂いで釣って、回収するよう
指示してあった。
ほどなくして役員は、阿鼻叫喚から解放されたのだった。

「あ~、焦ったぁ…なんであんなにたくさん出たんだよぉ…。
生ごみとかの処理、すごく気ぃ使ってんのにぃ…」

「わからん…だが、暗くなる前に全部いなくなったんだ。
良かったじゃないか。
原因は明日以降に、追求すればいい」

「そうですね…今日はもう、提出すべき書類を王宮の本部に置いたら、さっさと飲みに行きましょう」

支部で提出された書類…特に貴族のものは、その日のうちに王宮の本部に提出するのが決まりだ。

「おーい、ところでなんか机の上に、書類が置いてあるけど、あれ誰だぁ?」

「あ、さっきの名ばかり貴族の奴か…」

職員が本気で疲れた顔で、3枚の書類を無造作につかむ。

「へぇ…名ばかり貴族なんて、貴賤結婚が当たり前なのに、貴族同士でくっついたんだ」

貴賤結婚のお相手である平民は、愛人扱いになるため、基本提出の義務はないし、そもそも
提出しようとしても、受け取ってもらえない。

「まあ、相手もたかが知れてるけどなぁ」

「ほんとほんと」

激闘を終えた後だからだろう。
随分とやり切った感からくる…和やかなムードが漂っている。

「ちなみにどことどこがくっついたんだぁ?
まあ聞いてもわからんと思うがなぁ」

自分達より身分が高い癖に、自分達より惨めなものを嘲笑うのは…どこの世界でもあることだ。

「え~っと、なになにぃ。
新郎:ギリアム・アウススト・ファルメニウス
新婦:オルフィリア・ステンロイド
提出者:リッケルト・ステンロイド
だとさぁ~」

まあ…この後の役所職員の人々の反応は…皆様のご想像にお任せいたします。

私達は、ファルメニウス公爵家で祝宴を上げる…前に、一つ。

「ギリアム…スタリュイヴェ侯爵家の事なんですけど…」

「今晩中に、全ての貴族に向けて、破門状を出します。
当然ですからね」

ま、そうなるよね。

「あ…そう言えば…私たちが結婚したのって、やっぱ今日中に他の家に伝わる?」

「いえ…明日になるでしょう」

「なんで?」

「手続きした場所が王宮の役所本部ではないからです。
支部からの書類は、夜王宮に集められ、翌日朝に発表されます」

なるほど…建国記念パーティーの時は、本部に提出したから、夜出回ったのか。

かくして私は…これから来るである幾重にも重なったビックウェーブを乗り切るため…今はただ
楽しもうと思う。
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