ひとまず一回ヤりましょう、公爵様4

木野 キノ子

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第3章 二頭

18 頭が良すぎる大馬鹿

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「……ギリアム公爵閣下のご命令とは、どういう事でしょうか?
どなたがそのようなことを?」

…話をする気になったのではなく、ただ確認したいから聞く…ってとこだね。
アイリン夫人はわかったろうけど…。

「あ、はい…。社交界の皆様が…」

声が明るくなったところを見ると、気づいてねぇなぁ。

クァーリア夫人がかなり頻繁に、ファルメニウス公爵家に来て、私と話をしているのは
すでに社交界の噂の的だ。
それもそのはず…引退表明した今でさえ、引く手あまたな行儀作法講師だ。
常に社交界を裏表関わらず牽引し、その存在を不動のものにした人…。

だから…私の身分のせいだろうなぁ…。
一部の奴らが、男爵令嬢ごときがギリアム様の寵愛をいいことに、クァーリア夫人を
金で買った…なんて馬鹿な事ほざいてる。

クァーリア夫人…鼻にもかけてなかったなぁ。

「まあ…そう思いたいなら、そう思っていなさいな」

そういう答えになるよな、うん。
クァーリア夫人は間違いなくできる人なんだから、二言三言話しただけで、その人間が
どういう考えを持っていて、どういう意図で言葉を発しているか、だいたいわかる。

それだけ言い捨てると、さっさと出て行こうとするから、

「クァーリア夫人は…それでよいのですか!!」

ドロシーの声は…やるせなさが混じっている。
もちろんクァーリア夫人は振り向きもしない。

「いくらギリアム公爵閣下のご命令とはいえ…、クァーリア夫人の貴重なお時間を…
たかが男爵令嬢ごときのために…」

……悔しいのはわかる!!わかるが…。
せめて落とそうとする人間の、好みぐらい把握しとけ~、これ同性・異性共通よ。
アイリン夫人も出ようとしたようだが…、クァーリア夫人が早かった。

「たかが…男爵令嬢…ごとき?」

今までの声は、取るに足らない者と喋るときに使う声だったんだろうが…、今回は明らかな
怒気…そして敵意を放った。

ヤバいなぁ…。
私はふっと、クァーリア夫人をギリアム4号さんと命名したんだけど、無意識化で思ったこと
って…結構当たる。
ギリアムは原則、弱い者いじめが大嫌い。
だから、普段は取るに足らない者なんて、相手にしない、気にもしない、視界に入れない。
でも…もしも気に入っている人間を侮辱したら…少なくとも10倍返しする。
それがどんなに、小さな小虫だったとしても…。
アイリン夫人はわかっているだろうが…、ドロシーがわかっているとは思えん。

ただ一点…ギリアムと違うのは…この人は老獪すぎるぐらい老獪だってこと。

「そこまで言うからには…アナタはオルフィリア嬢よりも優秀…という事かしら?」

「もっ!!もちろんです!!私…礼儀作法の修練を欠かしたことはございません」

ドロシーは…わかっているのかなぁ…いないよね。
ギリアムと同性質を持つ者に…ロックオンされる恐ろしさを…。

「では…どこが優れているか、自分の口から言ってみてください」

「すべてです!!」

まあ、そう思うのも無理はない。
私の経歴は、ギリアムの婚約者になった時点で、ほぼすべての貴族に出回った。
でも…私の力は…ある程度示したとはいえ、実際に触れてみないと、まだまだ身分も相まって
不当に低く判断されているだろう。

「わかりました…ツァリオ公爵閣下…」

「なんでしょう…」

ツァリオ公爵閣下は、クァーリア夫人の変化に気づいたろうが…正直自業自得だからなぁ。

「昼間…閣下がオルフィリア嬢に行ったことと、同じことをこの子にしてください」

「な…何を?」

おいおい。
そこは親父殿に聞いていないのかい?
ま、卑下したい人間の凄い所なんざ、言いづらいのはわかる。

「オルフィリア嬢は、閣下がいいと言うまで、ずっとお辞儀の体制を崩さず、微動だにしなかった
のです」

するとドロシーは、パアッと顔を明るくし、

「そのような…基本中の基本。
わたくしがオルフィリア嬢より長くできないなど、あり得ません!!」

若いからしょうがないんだろうけど…。
まあ、だから私はジュリアや…敵だけどレベッカには一目置いているんだ。
若くしてあの練度に到達するには…才能もあるけど、絶対本人のたゆまぬ努力が必要。

「そうですか…オルフィリア嬢は炎天下の、一番熱い日中に行ったようですが…今は夜ゆえ、
この部屋でいいでしょう」

まあ…この後の事を割愛しつつ、結果を言うと…。

ドロシーは私よりずっと、短くしか持たなかった。
正確には、13分ほど…。

「い、痛い、いったぁぁいっ!!!」

足つったみたい…。
バカだねぇ…。
使用人が揉んであげてらぁ。

パントマイムってな、芸として認められている。
それは突き詰めると、物凄く難しくて、誰にでもできる事じゃないからだぞ。
人間は激しく動くのも苦しいけど、全く動かないのも同じくらい苦しいんだ。
ハシビロコウじゃあるまいし。

「では、ご機嫌よう」

クァーリア夫人はドロシーには目もくれず、去っていった。

んで、ドロシーの足のつりが直ってから、まあ反省会…があった。

「大丈夫…?」

母親が心配そうに背中をさすってやる。

「ドルグスト…ドロシーに話さんかったのか?」

少し…責めるような空気が入っていた。

「申し訳ございません…その点は…」

「取るに足らない事だと思うなら、お前にもやらせるぞ?公式の場でな」

ドルグスト卿…何も言えなくなってるな。
体使う仕事しているから、過酷さがわかっているんだろう。

「あの…一体オルフィリア嬢は、どのくらいの時間…」

侯爵夫人が聞けば、

「50分」

「は?」

「50分だ」

まあ…侯爵夫人とドロシーが絶句したのは言うまでもない。

「しかも終わった後、ふらついたりもせず非常に優雅に振舞っていた」

「そ、それは!!きっと何かズルを…」

「ふざけるな!!!」

……ここでツァリオ公爵閣下が切れた。

「お前のそう言うところが、クァーリア夫人に嫌われているのだと、いい加減認めろ!!
オルフィリア嬢は他の誰でもない、この私の目の前で行い、目の前から一歩も動かなかった
のだ!!
貴様はわしの眼が節穴だと言いたいのか!!」

「そっ、そのような事!!申し訳ございません!!!!」

母親と一緒に…潰れたカエル第二弾…。

「お前はたかが男爵令嬢ごときに負けたんだ!!
何か文句が言いたいなら、まずは同じことができるようになってから言え!!」

んで…まあ、母親とドロシーは、部屋から叩きだされました…と。

「申し訳ございません…閣下…。
娘にはよく…言って聞かせますので…」

それに対して、ツァリオ公爵閣下は何も答えない。

「でも…たいしたものね、オルフィリア嬢は。
もう十分、公爵夫人としての実力がある…16歳だなんて信じられないわ。
ウチの末っ子より幼いだなんて」

ガルドベンダ公爵夫妻には3人の子供がいるが、末っ子は18歳だ。

「オルフィリア嬢は…いつ頃公爵夫人に、おなりになるのでしょう…」

バドセットは年長者だけあって、私への評価をすぐ改めたようだ。

「しばらくは、難しいだろうな…」

ツァリオ公爵閣下は言う。

「王女殿下のギリアム公爵への執着は並ではない。
そして王家は、ギリアム公爵に王女殿下が無理なら、せめて王家傍流のご令嬢を
嫁がせたいと思っている。
だから役所に通常通り行っても、何かと理由をつけて、婚姻届けを受理しないだろう。
まあ、あの若造は最終的には通すだろうが…。
まだだいぶ、先と思っていい」

「とにかくそれまでに…少しはドロシーをマシになさい。
あれでは師匠にダメ出しを受けた…8歳の時と何も変わらないわ」

「はい…」

ドルグスト卿…すっげぇ小さくなってる。

かいつまんで説明しますが、8歳の時、クァーリア夫人はドロシー含め、同年代の弟子希望者を
すべて集めてテストしたのだ。
その時集められた人間の中で、ドロシーは一番身分が高かった。
もちろんテスト以前にも、しっかりと教育は受けていたので、表立って身分の高さを前面に出し
たりは、一切しなかった。
だが…その端端から、自分が一番身分が高いのだから、自分が選ばれるのが当然と思ってしまって
いるオーラが出ていた。
それを見抜けない、クァーリア夫人ではない。
結果、クァーリア夫人は他の子を弟子にして、ドロシーは落選。

その後、アイリン夫人に会いに来ることはたまにあったから、その都度自分を弟子にして欲しいと
懇願しているが…クァーリア夫人は相手にもしなかった。
まあ、今日の一連の行動を見る限り、納得だけど。

こうしてガルドベンダ公爵家での、一連の騒動は日付の交代のころには、終わりを告げた。

ツァリオ公爵閣下…私言いましたよね…アナタの頭は良すぎると。
そしてこの国で…誰もが羨む身分にいる…。

たぐいまれなるものを持って生まれてしまう事が…決していいことではない…。

ツァリオ公爵閣下はこの後…己がいかに、頭が良すぎる大バカか、思い知ることになるのだが…。
それはもう少し、先の話…。
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