ひとまず一回ヤりましょう、公爵様

木野 キノ子

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番外編

2 フィリーと出会う一年前、ガフェルの村にて…

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フィリーとギリアムが再会する約1年前…。

「お邪魔します」

ギリアム・アウススト・ファルメニウスは古い木の扉を静かに
開ける。

「ん?おお、誰かと思えば、救国の英雄様じゃねぇかよ」

診療所で薬を整理しつつ、おっちゃんことガフェルが答える。

「そんな風に呼ばないで下さいよ。
あなた方には、できればポチと呼んでいただきたいです」

「そう言われてもねぇ…。
アンタはあまりにも、有名になりすぎた。
こんな山奥の村にまで、アンタの英雄譚が轟くくらいに」

ギリアムはその後、家に帰ってからも、この村には足繁く通って
いた。
自分を治してくれたお礼ももちろんだが、フィリーとの思い出の
場所であることが大きい。

「ああ、そうそう。
遅くなっちまったが、ありがとうな。
蜂蜜の毒性の件…発表を渋ってたやつら、お前が何とかしてくれた
んだろ?
おかげで最近じゃ、こんな辺鄙な村のヤツまで知っているよ」

「ええ、まあ…。
たいしたことではないですよ」

今から約3年前…、戦争も終わり、ひと段落突いたころ、蜂蜜の
1歳未満の子供に対する毒性が、様々な実例から、いよいよ立証
されたのだ。

しかしまあ…お決まりと言えばお決まりなのだが、高級品の毒性
など、絶対に発表したがらない人間はどの世界にもいる。
特に蜂蜜は、高級品である上に需要が高いからなおさらだ。

というわけで、ギリアムは公爵家の私費を余すことなく使い、
国内外の変えるだけの蜂蜜産業の利権を買い占め、蜂蜜販売の
時には、1歳未満の子供に与えぬようにとの断り書きを必ず
添えた。
それに加えて、ギャーギャーいう人間たちを、ファルメニウス
公爵家の権力で、余すことなく抑えつけた。

それがいいか悪いかはさておき、こういった過程を経て、今では
蜂蜜が1歳未満の子供に毒ということが、ほぼ浸透した。

…………………………………かなりたいしたことだ。

その時裏の扉が開いた。

「あらまぁ、ポチちゃんじゃないの~」

マーサことおばちゃんは、親し気にギリアムに話しかけた。

「おい、お前…」

「ありがとうございます。
そう呼んでいただけると、嬉しいです」

おっちゃんが何か言う前に、ギリアムが先制した。
おっちゃんはため息交じり、

「しっかし、本当に世の中ってなわからねぇもんだ。
ともすればあの日、山の中で死んでいてもおかしくなかったチビ
が、今や俺なんかよりたくさんの人間を救った英雄とはね」

するとギリアムは自嘲気味に、

「そう言うなら、たくさんの人間を救ったのはフィリーです。
私はフィリーとの約束を、守っただけです。
弱い者いじめしないで、苦しんでいる人を救え…と」

するとおっちゃんは呆れたように、

「だからってよぉ。
お前さんレベルでできるやつぁ、そうそういねぇよ!!
十分誇っていいぜ」

おっちゃんの言葉に、ギリアムは何も答えなかった。
代わりにフィリーとギリアムが、当時使っていた食器を愛しそう
に眺めている。

「フィリー嬢ちゃんの情報は、その後も入ってこねぇよ…。
オレもほうぼうの医者に知り合いがいるから、情報提供は頼んで
いるんだがな」

するとギリアムは、

「私は後悔しているんだ」

「ん?」

「自分の家に捨てられたと思っていたから、自分の名を本気で
捨てるつもりだった。
それに怖かった。
周りの大人が、私が誰だかわかったら、望まぬあの家に私を戻し
てしまうと思ったから…」

「まあ…確かにな。
連絡くらいは、したと思うよ」

おっちゃんはできる限り、ギリアムの希望を聞いたかもしれない
が、ファルメニウス公爵家の跡取り息子となると、さすがに連絡
を入れないわけにはいかなかったろう。
場合によっては、村自体が危険にさらされる。

「でも…フィリーにだけは…。
私の本名を言っておけばよかったと…。
そうすれば…。
名乗り出てくれたかもしれない…。
私を訪ねてきてくれたかもしれない…」

ギリアムの肩は震えている。
ファルメニウス公爵家の情報収集能力をもってしても、依然
フィリーの行方はわからない。

まるで雲をつかむような…そもそもフィリーが存在したのか
どうかさえ、わからなくなりそうだった。

だからこそ、ギリアムはこの村に足繁く通っている。

この村には確かに自分と同じように、フィリーを知り、その存在
を実証づけるものが、残っているから…。

「……ちゃん、ポチちゃん」

ギリアムははっとする。

「ああ、おばちゃん…。
すみません、ぼーっとしてしまって…」

するとおばちゃんは、ちょっと黒雲がかかったような顔をし、
迷いながら、

「あのね…。
これは何の根拠もない、私の推測なんだけど…」

「はい…」

「フィリーちゃんのお母さんね…貴族の方じゃないかと思う
のよ」

これにはギリアムもおっちゃんも、驚きの表情を隠せない。

「…なぜそう、お思いに?」

「ただの勘よ…。
実は…私は昔…貴族のお屋敷の使用人だったから…」

「そーいや、オマエ昔、そう言ってたなぁ…」

おっちゃんが宙を見ながら、思い出したように言う。

「ただお父さんの方は、そんな感じが全くしなくて…」

「あ~、つまりあれか?
貴賤結婚だったってことか?」

「ええ…。
もしあの時、逃げていたのだとしたら…偽名を使っていたのも
納得がいくから…」

おばちゃんはだいぶ話ずらそうに、話している。

「けどよ…いきなり何でそんな話をしたんだ?
フィリー嬢ちゃんがいなくなって、もう10年も経つってのに」

するとおばちゃんは、少し押し黙ったが、やがて意を決した
ように、顔を上げ、

「10年たったからよ」

「?」

「フィリーちゃん、15歳でしょ?
貴族だったら、そろそろデビュタントの年齢よ」

「!」

おばちゃんはいよいよ、暗い顔になって、

「ポチちゃんにこんな事、言いたくないけど…。
一部の貴族様は、貴賤結婚で生まれた私生児に、人間の扱いを
しない…」

「……」

「だからフィリーちゃん…もしかしたら、家の利益の為だけに、
性格最悪の人間の所に、嫁がされたり…。
もっと酷ければ…慰み者にされたりするんじゃないか…って…」

「!!!」

「おいおい、お貴族様だって決まったわけじゃねぇだろ?」

「だから…可能性の一つですよ。
でも…もしかしたら…って…」

するとギリアムは、おばちゃんに向かって軽く頭を下げ、

「言いにくいことを言っていただき、ありがとうございます。
とても貴重な情報です。
助かりました」

「おいおい、ポチよぉ。
コイツの勘で、本当に何の根拠もないんだぜ」

「いいえ…例え可能性であったとしても、フィリーに関する
あらゆることに、備えておきたいのです」

おっちゃんはため息をつき、それ以上は何も言わなかった。

ギリアムは二人に深く挨拶をし、その場を後にする。

おっちゃんの家の裏には、あの時フィリーと見た花畑が、誰に
世話されずとも、見事に花開いていた。

それを懐かしそうに眺めながら、ギリアムは歯をかみしめた。

(家の繫栄のための道具にする…だと?)

(慰み者にするだと…)

(あの優しいフィリーを…)

(私のフィリーを!!)

そんな考えが浮かびつつ、花畑を後にしたギリアムは、道すがら
フォルトに、

「フォルト…、先日欠席と返事した、建国記念パーティー…。
出席に変えておけ」

無表情なまま、指示を出す。

「…よろしいのですか?
面倒くさいことが、かなり増えるでしょう」

実際、わんさか来ていた求婚の申し込みが、断り続けてようやっと
落ち着いてきていたのだ。
それが建国記念パーティーに出れば、貴族のある意味重要な義務
である、後継者を得る(嫁を取る)ことを考え始めたと思われても
おかしくない。

「構わん!!」

(フィリー…あなたは今、どうしているのですか?
あの時の私のように、不当な目に合って、一人ぼっちで泣いて
いるのですか?)

ギリアムは唇をかみしめる。

(もしそうなら…私が必ずあなたを救います!!
かつてあなたが…私にそうしてくれたように!!)

「言ったはずだぞ」

ギリアムはフォルトに視線を送らず、前を向いたまま

「私は!!フィリーの為なら何でもできる…と!!!」

歩き続けるのだった。
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