ひとまず一回ヤりましょう、公爵様

木野 キノ子

文字の大きさ
上 下
11 / 71
番外編

2 フィリーと出会う一年前、ガフェルの村にて…

しおりを挟む
フィリーとギリアムが再会する約1年前…。

「お邪魔します」

ギリアム・アウススト・ファルメニウスは古い木の扉を静かに
開ける。

「ん?おお、誰かと思えば、救国の英雄様じゃねぇかよ」

診療所で薬を整理しつつ、おっちゃんことガフェルが答える。

「そんな風に呼ばないで下さいよ。
あなた方には、できればポチと呼んでいただきたいです」

「そう言われてもねぇ…。
アンタはあまりにも、有名になりすぎた。
こんな山奥の村にまで、アンタの英雄譚が轟くくらいに」

ギリアムはその後、家に帰ってからも、この村には足繁く通って
いた。
自分を治してくれたお礼ももちろんだが、フィリーとの思い出の
場所であることが大きい。

「ああ、そうそう。
遅くなっちまったが、ありがとうな。
蜂蜜の毒性の件…発表を渋ってたやつら、お前が何とかしてくれた
んだろ?
おかげで最近じゃ、こんな辺鄙な村のヤツまで知っているよ」

「ええ、まあ…。
たいしたことではないですよ」

今から約3年前…、戦争も終わり、ひと段落突いたころ、蜂蜜の
1歳未満の子供に対する毒性が、様々な実例から、いよいよ立証
されたのだ。

しかしまあ…お決まりと言えばお決まりなのだが、高級品の毒性
など、絶対に発表したがらない人間はどの世界にもいる。
特に蜂蜜は、高級品である上に需要が高いからなおさらだ。

というわけで、ギリアムは公爵家の私費を余すことなく使い、
国内外の変えるだけの蜂蜜産業の利権を買い占め、蜂蜜販売の
時には、1歳未満の子供に与えぬようにとの断り書きを必ず
添えた。
それに加えて、ギャーギャーいう人間たちを、ファルメニウス
公爵家の権力で、余すことなく抑えつけた。

それがいいか悪いかはさておき、こういった過程を経て、今では
蜂蜜が1歳未満の子供に毒ということが、ほぼ浸透した。

…………………………………かなりたいしたことだ。

その時裏の扉が開いた。

「あらまぁ、ポチちゃんじゃないの~」

マーサことおばちゃんは、親し気にギリアムに話しかけた。

「おい、お前…」

「ありがとうございます。
そう呼んでいただけると、嬉しいです」

おっちゃんが何か言う前に、ギリアムが先制した。
おっちゃんはため息交じり、

「しっかし、本当に世の中ってなわからねぇもんだ。
ともすればあの日、山の中で死んでいてもおかしくなかったチビ
が、今や俺なんかよりたくさんの人間を救った英雄とはね」

するとギリアムは自嘲気味に、

「そう言うなら、たくさんの人間を救ったのはフィリーです。
私はフィリーとの約束を、守っただけです。
弱い者いじめしないで、苦しんでいる人を救え…と」

するとおっちゃんは呆れたように、

「だからってよぉ。
お前さんレベルでできるやつぁ、そうそういねぇよ!!
十分誇っていいぜ」

おっちゃんの言葉に、ギリアムは何も答えなかった。
代わりにフィリーとギリアムが、当時使っていた食器を愛しそう
に眺めている。

「フィリー嬢ちゃんの情報は、その後も入ってこねぇよ…。
オレもほうぼうの医者に知り合いがいるから、情報提供は頼んで
いるんだがな」

するとギリアムは、

「私は後悔しているんだ」

「ん?」

「自分の家に捨てられたと思っていたから、自分の名を本気で
捨てるつもりだった。
それに怖かった。
周りの大人が、私が誰だかわかったら、望まぬあの家に私を戻し
てしまうと思ったから…」

「まあ…確かにな。
連絡くらいは、したと思うよ」

おっちゃんはできる限り、ギリアムの希望を聞いたかもしれない
が、ファルメニウス公爵家の跡取り息子となると、さすがに連絡
を入れないわけにはいかなかったろう。
場合によっては、村自体が危険にさらされる。

「でも…フィリーにだけは…。
私の本名を言っておけばよかったと…。
そうすれば…。
名乗り出てくれたかもしれない…。
私を訪ねてきてくれたかもしれない…」

ギリアムの肩は震えている。
ファルメニウス公爵家の情報収集能力をもってしても、依然
フィリーの行方はわからない。

まるで雲をつかむような…そもそもフィリーが存在したのか
どうかさえ、わからなくなりそうだった。

だからこそ、ギリアムはこの村に足繁く通っている。

この村には確かに自分と同じように、フィリーを知り、その存在
を実証づけるものが、残っているから…。

「……ちゃん、ポチちゃん」

ギリアムははっとする。

「ああ、おばちゃん…。
すみません、ぼーっとしてしまって…」

するとおばちゃんは、ちょっと黒雲がかかったような顔をし、
迷いながら、

「あのね…。
これは何の根拠もない、私の推測なんだけど…」

「はい…」

「フィリーちゃんのお母さんね…貴族の方じゃないかと思う
のよ」

これにはギリアムもおっちゃんも、驚きの表情を隠せない。

「…なぜそう、お思いに?」

「ただの勘よ…。
実は…私は昔…貴族のお屋敷の使用人だったから…」

「そーいや、オマエ昔、そう言ってたなぁ…」

おっちゃんが宙を見ながら、思い出したように言う。

「ただお父さんの方は、そんな感じが全くしなくて…」

「あ~、つまりあれか?
貴賤結婚だったってことか?」

「ええ…。
もしあの時、逃げていたのだとしたら…偽名を使っていたのも
納得がいくから…」

おばちゃんはだいぶ話ずらそうに、話している。

「けどよ…いきなり何でそんな話をしたんだ?
フィリー嬢ちゃんがいなくなって、もう10年も経つってのに」

するとおばちゃんは、少し押し黙ったが、やがて意を決した
ように、顔を上げ、

「10年たったからよ」

「?」

「フィリーちゃん、15歳でしょ?
貴族だったら、そろそろデビュタントの年齢よ」

「!」

おばちゃんはいよいよ、暗い顔になって、

「ポチちゃんにこんな事、言いたくないけど…。
一部の貴族様は、貴賤結婚で生まれた私生児に、人間の扱いを
しない…」

「……」

「だからフィリーちゃん…もしかしたら、家の利益の為だけに、
性格最悪の人間の所に、嫁がされたり…。
もっと酷ければ…慰み者にされたりするんじゃないか…って…」

「!!!」

「おいおい、お貴族様だって決まったわけじゃねぇだろ?」

「だから…可能性の一つですよ。
でも…もしかしたら…って…」

するとギリアムは、おばちゃんに向かって軽く頭を下げ、

「言いにくいことを言っていただき、ありがとうございます。
とても貴重な情報です。
助かりました」

「おいおい、ポチよぉ。
コイツの勘で、本当に何の根拠もないんだぜ」

「いいえ…例え可能性であったとしても、フィリーに関する
あらゆることに、備えておきたいのです」

おっちゃんはため息をつき、それ以上は何も言わなかった。

ギリアムは二人に深く挨拶をし、その場を後にする。

おっちゃんの家の裏には、あの時フィリーと見た花畑が、誰に
世話されずとも、見事に花開いていた。

それを懐かしそうに眺めながら、ギリアムは歯をかみしめた。

(家の繫栄のための道具にする…だと?)

(慰み者にするだと…)

(あの優しいフィリーを…)

(私のフィリーを!!)

そんな考えが浮かびつつ、花畑を後にしたギリアムは、道すがら
フォルトに、

「フォルト…、先日欠席と返事した、建国記念パーティー…。
出席に変えておけ」

無表情なまま、指示を出す。

「…よろしいのですか?
面倒くさいことが、かなり増えるでしょう」

実際、わんさか来ていた求婚の申し込みが、断り続けてようやっと
落ち着いてきていたのだ。
それが建国記念パーティーに出れば、貴族のある意味重要な義務
である、後継者を得る(嫁を取る)ことを考え始めたと思われても
おかしくない。

「構わん!!」

(フィリー…あなたは今、どうしているのですか?
あの時の私のように、不当な目に合って、一人ぼっちで泣いて
いるのですか?)

ギリアムは唇をかみしめる。

(もしそうなら…私が必ずあなたを救います!!
かつてあなたが…私にそうしてくれたように!!)

「言ったはずだぞ」

ギリアムはフォルトに視線を送らず、前を向いたまま

「私は!!フィリーの為なら何でもできる…と!!!」

歩き続けるのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

処理中です...