ひとまず一回ヤりましょう、公爵様

木野 キノ子

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第2章 求婚

2 いざ、公爵邸へ

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私が公爵邸の壁の端から、歩きだして一時間後―――。

町の人が怪訝な顔をしていた意味を、身をもって知ることになる。
一時間歩いたのに、壁の先が見えないどころか、正門すら見えてくる
気配がない。
間違いなく一個人のお家のはずなのに!

うん…。
流石、この国で序列第一位の公爵家…パねぇ広さだ…。
舐めてた…完全に舐めてました、お詫びいたします。

私は座り込んだまま、一度街に帰ろうか、真剣に考えていた。
すると後ろから馬車の音が。

もしや…と思って振り返れば、公爵家の紋章をでかでかと掲げた
馬車がこちらに向かってくるではありませんか!

ラッキー!!!
うまく手紙を託せれば帰れる!

「すっすみませーん!止まってくださーい!」

必死に手を振り、馬車を止める。

「あ…あの…、公爵家に手紙を届けるように言われたのですが
初めてきたので、ここまで広いと思わなくて…。
申し訳ないのですが、一緒に手紙を運んでいただいてもよろしいで
しょうか…?」

話しかけていたのは御者なのだが、御者が何か言う前に馬車の
扉が開いた。

中から出てきたのは、還暦前ぐらいの男性だった。

シンプルだがピシっとしたスーツに身を包み、髪も鼻の下の口髭も
しっかり手入れされている。
全体的な清潔感が、男性の所作をより美しく見せている。
体系もひょろっとした感じはなく、むしろ普段から鍛えているだろう
事がうかがえる。

「初めまして…。
私はファルメニウス公爵家の執事を務める、フォルトと申します。
失礼ですが、貴家のお名前をお聞きしても?」

う~む。
公爵家の執事ってことは、下手な貴族よりよっぽど身分が高い
だろうに、下の人間に対して傲慢な態度は一切ないな、うん、
すごい。

「ありがとうございます。
私はステンロイド男爵家から参りました」

「!!ステンロイド男爵家…?!」

家の名前を出すと、執事さんはじぃっと私の顔を見て

「あなたは…フィリー様ではありませんか?」

ぐおお…男の子のカッコしていたのに一発でバレたか…。

私の髪色と眼の色は、この国の人間としては珍しいからな。
公爵様から聞いていたなら、知っていてもおかしくない。

髪も眼も金色と赤を混ぜた色。
私はとても気に入っている。
だって、太陽の色に見えるから。

「はいそうです…。私はフィリーです」

肯定した瞬間、

「ギリアム様に会いに来てくださったのですか!」

うおお、かなり前のめりで聞かれた。

「え、ええと…、会いに来たというか、一度会ってお話ししませんか
という内容の手紙を届けに来たというか…、あと別件でも…」

自分でも訳が分からないことを言ったのだが、

「では、ギリアム様に会っていただけるんですね!」

「へ?ああ、はい…」

まあ、最終目標はそれだし…。
って、返事をしたら馬車に半ば押し込まれる形で、乗せられる。

一体何がどーなってんの?と聞きたかったが、聞ける雰囲気ではなく
黙って拉致されることにした。

-----------------------------------------------------------------


その部屋は、真昼間だというのに、すべての窓にカーテンがかかり、
わずかに光が差し込むだけの、暗い…暗い部屋と化していた。

そんな中の、かろうじてシルエットからベッドであるとわかる
場所に、この部屋の主が横たわっている。

その主…。
ギリアム・アウススト・ファルメニウスは3日間、ほとんど死人の
ようにベッドに横たわるだけの生活をしていた。

何も考えたくなかったが、嫌でも頭は回る。
一体何が悪かったのか…。
考えても考えても答えは出ない。

本当はフィリーに会いに行きたい。
けれど、会いに行ってまた拒絶されたらと思うと怖くて行けない。

ギリアムは自嘲気味に、

「全く…どんなに過酷な戦場であっても、こんな気持ちになった
ことは無いというのに…」

涙がこぼれる。

「フィリー、フィリーどうして…。
私が好きだと…一緒にいて幸せだと言ってくれたのに…」

一体何回こうして声を殺して泣いたろうか。

静かな所で、何もしたくない。
考えたくない。
それが今のギリアムの一番の願いだった。
主人の言いつけを厳格に守る使用人たちは、とにかく静かにして
くれていたので、一応静かな場所という願いはかなっていたの
だが…。

「…………っギリアム様!!ギリアム様!!フォルトです!!
出てきてください!!!」

よりによって一番信頼している使用人に、最初に言いつけを
破られた。

「うるさい!!私が言いつけたことを忘れたのか!!」

「忘れておりません!!しかし緊急対応のお客様が…っ!!
今、エマ(侍従長)に庭のテラスにお通しするよう言い、まかせて
来たところです。
とにかく鍵を開けてください!!中でお話しします!!」

「…っ客ぅ…!!帰らせろ!!!」

「そういうわけにはいかないのです!!とにかく…」

補足するが、当然天下の公爵家故、予定外の客は毅然とした態度で
接し、大抵は帰らせる。
ただ、使用人では対応できない身分持ちがじかに来てしまうと
ギリアムが対応せざるを得ない。
そしてギリアムは、本人の潔癖な性格も相まって、こういった迷惑を
考えないヤツがこの世で一番嫌いだ。

勢いよくギリアムの部屋の扉が開き、フォルトが何かを言う前に、
ギリアムの体がテラスに向かって走り出した。

フォルトは勿論力の限り叫んで制止しようとしたが、その声は
ギリアムの耳に届くことは無かった。

--------------------------------------------------------------------

「わぁ~、すごーい」

フォルトさんが呼びに行ったギリアム様の状態など知る由もない私は
公爵家の庭園の広さときらびやかさにただただうっとりしていた。

庭園は色とりどりの花が、見事な調和を生み出し、本当に一つの
芸術作品といってよい出来であったからだ。

「フィリー様に喜んで頂けて、とても嬉しいです」

感嘆する私の横で、侍従長さんはお茶の用意をしている。
侍従長さんの名前はエマ、年は50代だと思う。こげ茶色の髪に白髪が
所々入ってはいるが、整った顔立ちに、品のいい皺が自然となじんで
いる。
若い頃は相当な美人だったんだろーなーと言う感じ。

そしてお茶の用意されたテーブルには、色とりどりのお菓子が
まさにタワーのように積み上げられている。

いやこれホント。

よく高級ホテルのデザートバイキングで見るようなタワーそのもの。
この庭園もそうだが、ホントに個人宅のレベルじゃないよ、うん。

「好きなだけお召し上がりください」

「ありがとうございます」

何だか公爵家の使用人は、本当に私に優しい人ばかりだなー、うん。

拉致同然に連れてこられた時は、ご当主のせっかくの申し出を突っぱ
ねたバカ女みたいに言ってくる人もいると思ってたのに。

だからわざわざ使用人とか平民にしか見えないカッコして、手紙だけ
置いて帰るつもりだった。

まあそんなことを思いながら、お菓子に手を伸ばした時ですよ、うん。

「オマエかぁっ!!こちらの迷惑を考えないヤツはぁっ!!」

その声のする方に思わす振り向く私。

お~~~~!!

思わず感嘆の心の声が。

私の目の前にはな・ん・と!

好みドンピシャな筋肉質のパンイチ体躯が!

いや~、見とれずにはいられませんよ、これは。

しばしじーっと見ていると、何やら横で音がした。
音の方を見ると…剣だ。

上から落ちてきたみたい~、危ないな~と思いながら上を向けば、
真っ青な顔した公爵様が。

ああ、見たことある体躯だな~と思ったら、公爵様だったか。
相変わらず素敵やね、公爵様の体!

「フィ…リー…」

少しだけすすすと後ずさった公爵様は、

「しょ…少々お待ちくださいー」

脱兎とはまさにこのことだ。

公爵様の姿はすぐに見えなくなる。
後に残されたのは、落ちた剣と金縛りにかかった執事・侍従長・
メイドさん達…。

で、私はと言えば…。

「あのー」

私の声で皆の金縛りがとける。

「ここで待ってればいいんですよね?
お茶とお菓子はいただいていいですか?」

「え…、ま…待っていただけるのですか?」

全員一斉に私の方を向くから、少したじろいだ。

「もともと話をするつもりで来ていますし…。
待てば話を聞いてくださるならば、待ちますよ」

などとのほほんと言う私に、皆が皆尊いものを見るまなざしを
向ける。
なんでじゃ?
よーくメイドさん達の話に耳を傾けると、

「ああ、剣を振り上げられてとても怖かったろうに…あんなに
毅然として…」

「しかもあんなふしだらなカッコをしてきたのに、まだお話し
してくださると…」

「完全にこちらのミスなのに、一切騒がずこちらに当たらず…」

ああなるほど。
私、剣で切られそうになってたんだ~、ふーん。

…全然気づかんかった!

いやさだってね。すっごい好みの体躯がですよ。目の前にドンと
置かれたらですよ。それに集中するじゃないですか、ふつー。
で、そういう時って、下半身中心に見ますよね、ふつー。
他の事なんか考えないですよ、ふつー。

…はい、すいません。
ふつーじゃないのは、私です。
わかっております、はい。

でもそのおかげで、私には一切恐怖心はわかなかったんですよ!
めでたしめでたし(←?)


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公爵家執事、フォルトさんとの出会い



公爵邸の庭の素晴らしさと、エマさん

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