シロ

つなざきえいじ

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シロ

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大きな川を望む小高い丘の上に、大きな桜の木が目印の1軒の古びた小さな家が在りました。
この家には、年老いたお婆さんが住んでいます。

去年…、長年連れ添ったお爺さんが亡くなりました。
お婆さんは、一人ぼっちになりました。

出かける事も少なくなり、日課にしていた散歩も行かなくなり…。
近所の人が心配して、度々訪ねて来ましたが、お婆さんが元気を取り戻すことはありませんでした。


お爺さんが亡くなって、ちょうど一年…。
お婆さんは、お爺さんと毎朝一緒に歩いていた散歩道を久しぶりに歩いてみました。

川に沿った土手の小道…。
お爺さんとの想い出が溢れてくる道…。
お婆さんは、河原のベンチに腰掛けると、ぼんやりと川面を眺めます。

(…お爺さん…。
もう、そっちへ行って良いかい?)

お婆さんが、そんな事を考えていると…。

…クーン…クーン…。

何処からか声が聞こえてきました。
声のする方を見ると、小さな木箱が川に流され、その中から真っ白な子犬が顔を出して泣いています。
驚いたお婆さんは、急いで川の中に入り子犬を助けました。


お婆さんの故郷は、この川のずっとずっと上流にあり、今はダムの底に沈んでいます。
そのダムを見下ろす山には、お爺さんのお墓が有り、お婆さんには、子犬が故郷から…、お爺さんからの贈り物に思えました。
お婆さんは、子犬を家に連れ帰り、シロと名前をつけて一緒に暮らすことにしました。

お婆さんの家の桜は、今が満開…。
桜舞い散る庭の中を楽しそうに駆け回るシロを見て、お婆さんは自然と笑顔になるのでした。


シロが、庭で遊んでいると、桜の木が話しかけてきました。

『…そこのちっこいの、ちょっとこっちへ来てくれないか…。』

シロは、トコトコと桜の木の前へ行きます。

『お爺さん。 何か用?』

『ああ、お前に一言お礼が言いたくてな。』

『お礼?』

シロは、首を傾げます。

『お前が来てくれたおかげで、お婆さんが元気になった…。
ありがとうよ、ちっこいの。』

桜の木は、笑顔でシロにお礼を言いました。

『ちっこいのじゃないよ!
僕には、シロって名前があるんだ!
お婆さんが、付けてくれた名前なんだ!!』

シロは、頬を膨らませ怒ります。

『おぉ…、すまんすまん。
そうか、シロか…。 いい名前じゃないか。』

『えへっ!』

シロは、名前を褒められて嬉しそうに微笑みます。

『挨拶が遅れてしまったが、わしは「桜ヶ山金四郎作治」と申す。
よろしくな、シロ。』

『えーっと…、さくらがやまきん…。
うーん…、さくじぃ…。
あっ! サク爺だね。 よろしくサク爺!』

まだまだ子供のシロは、「桜ヶ山金四郎作治」と言う長い名前を憶えることが出来ませんでした。

『誰が、サク爺じゃ!
桜ヶ山さんとか、金四郎作治さんと呼ばんかい!!』

と、桜ヶ山金四郎作治が、シロを怒鳴りつけようとした時、お婆さんの声が聞こえてきました。

「シロー。 シロやー。 ご飯だよー!」

『あっ! お婆さんが呼んでる!
じゃあ、サク爺また後でね!!』

シロは、お婆さんのもとへ、まっしぐらです。

『おーい! こら、待て!
わしは、サク爺じゃなくて、桜ヶ山金四郎作治と言うそれはそれは由緒正しい…。』

桜ヶ山金四郎作治の抗議は届かず、シロは縁側に座っているお婆さんに飛び付き膝の上でゴロゴロと甘えます。

『…まあ…、良いか。
サク爺でも…、ほっほっほっ…。』

そんな二人を見てサク爺は笑うのでした。


翌朝から、お婆さんとシロは、一緒に散歩するようになりました。
お婆さんは、川沿いの道をゆっくりゆっくり歩きます。
シロは、お婆さんの周りを駆け回ったり、土手を下ったり登ったりと元気一杯です。

「シロや、少し休もうか。」

そう言ってお婆さんは、河原のベンチに腰掛けました。
シロは、お婆さんの目の前で、おとなしくお座りしていますが、尻尾をフリフリ…。
遊びたくてたまらないようです。
その時、土手の上から声がしました。

「お婆ちゃん、おはよー!」

近所に住む小学1年生の女の子、早苗ちゃんが駆けてきます。

「おや、早苗ちゃん。 おはよう。」

お婆さんは、早苗ちゃんにシロを紹介します。

「早苗ちゃん。
この子は、昨日からうちの家族になったシロだよ、よろしくね。」

ワン!

お婆さんに紹介されたシロは、嬉しそうに早苗ちゃんに挨拶します。

「わぁ! 子犬だ!! 可愛いなぁー。」

早苗ちゃんは、シロの頭を撫でます。
シロも早苗ちゃんが気に入ったのか、シッポをフリフリしています。

「お婆ちゃん、シロと遊んで良い?」

「ああ良いよ。 シロ、早苗ちゃんと遊んでおいで。」

ワン!

シロは、嬉しそうに早苗ちゃんと河原を駆け回ります。
そんな二人をお婆さんは、ベンチから優しく見守るのでした。

この日から早苗ちゃんもお婆さん達と一緒に散歩するようになりました。
早苗ちゃんとシロは、お婆さんが見守る中、河原で仲良く遊ぶのでした。


【シロの一日】
寝ぼすけのシロは、朝ご飯の匂いで目覚めます。
お婆さんと一緒に食事をして、少し休んで散歩に出かけます。

ワン! ワンワン!

歩き始めて10分ほどで、早苗ちゃんの家に到着します。
シロの呼び声で、早苗ちゃんが玄関から飛び出してきました。

「お婆ちゃん! シロ! おはよー!!」

「おはよう、早苗ちゃん。」

ワン!

3人は仲良く河原へ。
お婆さんは、ベンチに座って一休み。
シロと早苗ちゃんは、元気一杯駆け回ります。

「早苗ちゃん。 シロ。
そろそろ帰ろうか?」

「うん!」

ワン!

ひとしきり遊んで、散歩は終了です。
散歩から戻ると、お婆さんは掃除や洗濯をします。
ハシャギ疲れたシロは、サク爺の木陰で居眠りです。

「シロやー! ご飯だよーっ!!」

昼、お婆さんの声でシロは目覚めます。
お婆さんと一緒にお昼ご飯を食べた後、シロはサク爺とお話をします。

サク爺の故郷が、あの遠くに見える山の向こうに在ること。
サク爺とお婆さんは、同じ村の生まれで、村がダムの底に沈むことになったとき、想い出にとサク爺をここに連れてきたこと。
サク爺は、命を助けられた恩返しに毎年満開の花を咲かせて、お爺さんとお婆さんに喜んでもらっていたこと。
サク爺は、色んな話をしてくれました。

『サク爺の村か…、僕も一度行ってみたいな…。』

『ほっほっほっ…。
行っても湖の底じゃよ…。』

楽しそうに故郷の話をするサク爺でしたが、シロには何だか寂しそうに見えました。

夕方になると、お婆さんとお買い物です。
シロは、メロンパンが大好きで、いつもパン屋さんの前でおねだりしてお婆さんを困らせます。
お婆さんがメロンパンを買ってあげるとシロは大喜び、早く家に帰りたがって、またまたお婆さんを困らせます。

家に帰って晩御飯を食べ、お婆さんと一緒にお風呂に入って、お婆さんと一緒に寝ます。
こんな平凡で、幸せな毎日が続いていました。


季節は巡り冬になりました。
朝から小雪が舞い落ちる肌寒い日。
このところ、お婆さんの調子が悪く、ゴホゴホ…、と咳き込み、一日中寝たきりの日が度々ありました。

今日は、そんなお婆さんを心配して、お医者さんが訪ねて来てくれました。
診察の間、シロは部屋から追い出されます。
心配そうに部屋の前をウロウロしていたシロでしたが、しばらくしてサク爺のもとへ…。

『…サク爺…。 お婆さん、大丈夫かな?』

シロは、今にも泣き出しそうな顔でサク爺に尋ねます。

『ほっほっほっ…。
心配するなシロ。
お婆さんは、元気にお医者さんと話をしておるぞ。』

『えっ! サク爺、お婆さんの声が聞こえるの?』

『わしの根っこは、家の下まで伸びとるからのぉ…。』

『へぇー、凄いなー。』

シロとサク爺が話をしていると、お婆さんの部屋のドアが開きました。
シロは駆け出し、部屋から出てくる、お医者さんの足元を抜け、お婆さんに飛び付きます。
お婆さんは布団に入ったまま、優しくシロを抱き止めてくれました。

「お婆さん。 明日、待っているから…。
必ず来てくださいよ!
それじゃ、お大事にね。」

そう言って、お医者さんは帰って行きました。


その夜、お婆さんとシロは一緒の布団でお休みです。
シロは、スリスリとお婆さんに頭を擦りつけ甘えます。
そんなシロの背中を優しく撫でながら、お婆さんは話し始めます。

「シロや…。
お婆さん、明日病院に行ってくるから、お留守番頼むよ…。」

…クーン、クーン……。

シロは、心配そうな声を上げます。

「…心配しないで大丈夫だよ…。
良いかいシロ。
お婆さんが居ない間、人に吠えたり咬んだりしちゃダメだよ…。
いい子でね…。 約束だよ…。」

ワン!

シロは、笑顔で返事をしました。

「じゃ、おやすみ…、シロ…。」

お婆さんも笑顔を見せ、二人はそのまま眠りに就きました。


翌朝、お腹を空かせたシロが先に目を覚ましました。
お婆さんは、優しい微笑を浮かべたまま…、眠ったまま…。

…ペロ…ペロ……。

シロは、お婆さんの顔を舐めて起こそうとします。

『お婆さん…、起きてよ…。
朝だよ、お婆さん……。』

しかし、お婆さんが目覚めることはありません…。
困ったシロは、サク爺のもとへ向かいます。


『…うおぉん…、おぉん…、うっううっ…、うおぉぉん……。』

サク爺は、泣いていました。

『どうしたのサク爺…、どこか痛いの?』

シロが問いかけても、サク爺が泣き止むことはありません。

『ねぇ、サク爺。 泣いてないで教えてよ。
お婆さんが、起きてくれないんだ。
どうしたら良い?』

サク爺は、声を詰まらせながら答えます。

『…シロ…、お婆さんは…、死んじまったんじゃよ…。
もう…、目覚めることは無いんじゃよ…。
うおぉぉん…。』

シロは一瞬、サク爺が何を言っているのか理解できませんでした。
やがて、シロの瞳から涙が溢れ出してきます。

『…そんなの嘘だよ…。
だって、お婆さん笑っているよ…。
苦しくないよ…。
だから死んで無いよ…。
サク爺の嘘つき!!』

シロは、お婆さんのもとに駆け戻ります。

『…お婆さん…、お婆さん……。』

シロは、お婆さんに話しかけながらペロペロと顔をなめます。

『…お婆さん…、起きてよ…。
お婆さん…、僕、おなか空いたよ…。
一緒に…、ご飯…、食べようよ…。
お婆さん…、お婆さん……。』

お婆さんは優しい微笑を浮かべたまま…、目覚めることはありません。

『…お婆さん…、お婆さん…、お婆さーん!!』

シロは、お婆さんの枕元に座り大きな声で泣き叫びます。
すると、初めて聞くシロの遠吠えに何事かと近所の人が集まってきました。
そして、お婆さんが天国に旅立ったことを知り、丘の上の家は悲しみに包まれるのでした。


翌日、お婆さんのお葬式が行われました。
沢山の人々が、お婆さんとの最後のお別れに訪れます。

シロは、お葬式の間、お婆さんの棺から離れようとしませんでした。
棺が運び出される時、棺が車に乗せられる時もシロは棺から…、お婆さんから離れようとしませんでした。
そんなシロを早苗ちゃんが抱きかかえます。
お婆さんの棺を乗せた車が走り出しました。

『…お婆さん…、お婆さーん…。』

シロは早苗ちゃんの腕の中でお婆さんを見送るのでした。


お葬式が終わり、早苗ちゃんはシロを自分の家に連れ帰ろうとしましたが、シロはお婆さんの家から離れようとしませんでした。
早苗ちゃんは、シロの気持ちを思い、毎日ご飯を届けることにしました。

シロは、早苗ちゃんが持ってきてくれたご飯を食べるとサク爺の傍らで眠り、目覚めると夢で見たお婆さんとの思い出をサク爺に話す。
そんな日々が続いていました。


「シロ! おはよーっ!!」

朝から曇り空のある日、いつもの様に、早苗ちゃんがご飯を持って来てくれました。

「じゃあシロ! 行って来まーす!!」

そう言って早苗ちゃんは、学校に駆けていきます。
早苗ちゃんを見送ったシロは、朝ご飯を食べ、サク爺のもとへ。

『おはよう! サク爺。
今日は少し寒いね、年寄りには応えるんじゃないの?』

『年寄り呼ばわりするでないわ!
来月には、満開の桜を咲かせて、若いところを見せてやるからな!』

いつもの挨拶…、いつもの会話…、シロもサク爺もこんな何気ないひと時に幸せを感じるのでした。

『サク爺の桜か…、初めてこの家に来た時を思い出すよ…。
あれからもう直ぐ1年になるんだね。』

『ああ、今年はお前と早苗ちゃんの為に、最高の桜を見せてやるからな!
楽しみにしておれ!!』

シロは、お婆さんを思い出します。
満開の桜、縁側のお婆さんの笑顔…。

『…サク爺、今日もお婆さんの夢を見ることが出来そうだよ…。』

そう言って、シロはサク爺の木陰でウトウトと眠りにつくのでした。


『シロ! シロ! 起きろ! シロ!!』

ウーン…。 むにゃむにゃ…、クー……。
サク爺は、必死でシロを起こそうとしますが、寝ぼすけのシロは目覚めません。
すると…。

…ガシャーン! ガシャーン! ガラガラガラ……。

突然、大きな音が響き渡りました。
ビックリしたシロは飛び起きます。
寝ぼけまなこで辺りを見ると、大勢の男達がお婆さんの家を壊していました。

お婆さんの家は売られ、壊されることになったのです。
シロは、何が起きているのか訳が分かりませんでしたが、男達に向かって猛然と駆け出します。

ワン! ワンワン!!
(やめろ!お婆さんの家だぞ!!)

シロは、壁を壊している男に吠え掛かると、ズボンに咬み付き必死に止めようとします。

「何だ! この犬!!」

驚いた男は、思わずシロを蹴り飛ばしました。

キャイーン……。

シロは、庭石に強く体を打ち付けられました。

『シロ! 大丈夫か! シロー!!』

サク爺が、シロを心配して声をかけます。
シロは、必死に立とうとしますが、足を痛めたようで、思う様に動けません。

『…お婆さん…、ごめんよ…、お婆さん……。』

シロは、泣きながらお婆さんの家が壊れていくのを見つめるのでした。


しばらくすると2人の男がサク爺の方へ…、男の手には斧が握られています。
シロは、痛めた足を引きずりながらサク爺のもとに駆け寄ります。

ウゥゥ…、ウウゥー…、ワンッ! ワンワンッ!!
(サク爺に手を出すな! 近付くと咬み付くぞ!!)

シロは、牙を剥いて吠えかかり、サク爺に近づけさせないよう頑張ります。
そんなシロを見て、サク爺は言いました。

『…ありがとう…、シロ…。 でも、もう良いよ…。』

『良くない! サク爺が居なくなったら、僕は一人ぼっちじゃないか!!』

サク爺の言葉にシロは泣き叫びます。
サク爺は優しく語りかけ、シロを諭します。

『…早苗ちゃんが居るじゃないか…。
早苗ちゃんの家で幸せになって…。』

『ダメだ! ダメだ! ダメだ!
サク爺が、居なくなるなんてダメだ!!』

シロは、サク爺の言葉に耳を貸そうとしません。

『…シロ……。』

サク爺の目に涙が滲んでいました…。

シロの優しさが嬉しくて…。
シロの頑張りが嬉しくて…。
何も出来ない自分が悲しくて…。

しばらくして、サク爺は涙を拭い大きな声で、シロを怒鳴りつけました。

『シロ! お婆さんとの約束を忘れたか!!』

(!!)

シロは、お婆さんの最後の言葉を思い出します。

(…人に吠えたり咬んだりしちゃダメだよ…。 いい子でね…。)

『…でも…、サク爺…、でも……。』

シロは、涙を流し立ちすくみます。
おとなしくなったシロは、首輪を持たれ押さえつけられました。


コーン…コーン……。

サク爺に斧が当てられ切られていきます。

『サク爺、サク爺…、サクじーい!!』

シロは、押さえつけられたまま、サク爺に向かって叫び続けます。

『シロ…、今まで有難う…、お前が居てくれて楽しかったよ…。
さよなら…、元気で……。』

バキバキバキ……。

という音と共にサク爺は倒れていきました。

『サクじーい!!』

シロは、男の手を振り払うと泣きながらサク爺に駆け寄ります。

『サク爺、サク爺…、サク爺…。
何か言ってよ! サクじーい!!』

シロの呼びかけに、サク爺が答えることはありません。

…ポツ…ポツ、ポツポツ…サーサー……。

突然、雨が降り始めました。
男達は作業を止め、引き上げていきます。

『…サク爺…、約束しただろ…。
最高の桜、見せてくれるんだろ…。 サク爺…。』

1人残されたシロは、サク爺の切られた幹をペロペロと舐めていましたが、やがて力尽きサク爺の傍らに倒れました。
シロの目に壊されたお婆さんの家が映ります。

『…お婆さん…。
ごめんなさい…、僕…、約束守れなかった…。
男の人、咬んじゃった…、吠えちゃったんだ…。
僕…、お婆さんの家を守りたかった…、サク爺を守りたかった…。
でも、お婆さんの約束…、守らなくっちゃって…。
僕…、何にも守れなかった…。
家も…、サク爺も…、約束も…。
お婆さん、お婆さん…、僕…、僕……。』

雨は、ザーザーと激しさを増し、シロとサク爺の姿を覆い隠すのでした。


(凄い雨だけど…、シロ大丈夫かな?)

降りしきる雨の中、真っ赤な傘を差した早苗ちゃんが、お婆さんの家に向かっています。
今日の給食はメロンパンでした。
シロの大好物。
早苗ちゃんは、シロのためにメロンパンを残していました。

(シロ、喜んでくれるかな?)

シロが大喜びでメロンパンを食べている姿を思い浮かべ、早苗ちゃんは楽しそうに微笑むのでした。
そろそろ、お婆さんの家が見えてきます。

…様子が変です。
いつも見えている桜の木が見えません…。
早苗ちゃんは、急ぎ足でお婆さんの家へ。

「えっ!」

早苗ちゃんは、お婆さんの家が壊されていることに驚きました。
裏庭に行ってみると、桜の木が切り倒されていて、シロの姿が見当たりません。

「シロ、シロ…、シロー…。
どこ? シロー…。 どこー?」

早苗ちゃんは、シロを探しながら大きな声で叫びます。

「シロ…、メロンパンだよ…。
シロ…、シロー…。」

しばらく探しましたが、シロは居ませんでした。

(あっ! もしかしてシロ、私の家に…。)

早苗ちゃんは、雨の中、ビショビショになりながら走って家に帰りました。

「シロー! シロー! どこー…、どこに居るのー…。」

家の周りにもシロは居ません。

「…シロ…、ぐすっ…、うぇーん…。
シロー! シーロー! うぇーん…。」

土砂降りの雨の中、早苗ちゃんは、泣きながらシロを探し歩きましたが、見つけることは出来ませんでした…。



ひと月後、ダムが見えるお墓の前で、真っ黒に薄汚れた子犬が死んでいました。

体中傷だらけ…、ずいぶん長い距離を歩いて来たのでしょう、足には血がにじんでいます。
口に小枝が咥えられていて…、何だか笑っているように見えます。
どこからか、お婆さんの声が聞こえてきました。

(…おやすみ…、シロ…。)

お墓の周りには、桜が満開に咲き誇り、降り積もる花びらが、シロとサク爺を暖めるように包み込むのでした……。
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