眠い姫

つなざきえいじ

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眠い姫

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周囲を高い山々に囲まれた国、夏でも山頂に雪が残る寒い国。
そんな北の国に青い屋根、白い壁の大きな城が在りました。

この城には一人の美しい姫が住んで居ます。
姫の名前は、レミファ。
優しい王様と王妃様、そして沢山の召使達に囲まれて幸せに暮らしていましたが、ただ1つ問題がありました。
姫は、眠る事が何よりも大好きだったのです。


何だそんな事と思った人…。

姫の眠りを甘く見ていますね。
姫は、自分から起きる事はありません。

王様、王妃様、そして侍女のアリサの呼びかけにしか反応しないのです。
余りに眠りすぎる姫を心配した王様が、お医者様に診てもらった事があります。

「眠りすぎる原因は分かりませんが、姫様は健康です。」

との診断でした。
王様も王妃様も姫が健康であれば良いと、姫の眠りを気にしない事にしました。
それと言うのも姫の寝顔は、余りにも可愛らしく美しく、王様も王妃様も、そして召使達も姫の寝顔を見る事が何よりの幸せだったのです。


今朝も姫は眠ったまま、侍女のアリサに起こされます。

「姫様、朝ですよ…。 起きて下さい。」

「…ふぁあ…。 おはにょう…、アリサ…。」

姫は、寝起きは大変良いのですが、起きぬけは口が回りません。


食堂へ行くと、王様と王妃様が待っています。

「おはようレミファ。 今朝も良い天気だよ。」

「おはようレミファ。 さあ、朝御飯を食べましょう。」

「おはようございます。
お父様、お母様、ご機嫌麗しゅうございます。」

姫がテーブルに着くと朝食です。
姫は、少食でパン半分とカップ一杯のスープでお腹1杯です。

「それでは、お父様、お母様、お休みなさい。」

食事が終わると姫は部屋へ、再び眠りに就きます。


お昼も、侍女のアリサに起こされます。

「姫様、お昼ですよ…。 起きて下さい。」

「…ふぁあ…。 おはにょう…、アリサ…。」

姫は、寝てばかりいるので、朝・昼・夜、挨拶は全て『おはにょう』です。


「ごきげんようレミファ。 よく眠れたかい。」

「ごきげんようレミファ。 さあ、お昼御飯を食べましょう。」

姫がテーブルに着くと昼食です。
姫は、朝と一緒のメニュー。
食べ物の好物などはありません。
姫は、早く食事を済ませて、眠りたいのです。

「それでは、お父様、お母様、お休みなさい。」

食事が終わると姫は部屋へ、再び眠りに就きます。


夜、姫を起こすのは王妃様です。
王妃様は夕方から姫の部屋へ、ベッドの横に座り姫の寝顔を眺めるのが日課になっています。

「王妃様、お食事の準備が整いました。」

侍女のアリサの報せで、王妃様は姫を起こします。

「レミファ、夕食の準備が出来ましたよ。 起きなさい。」

「…ふぁあ…。
あっ! おはにょうございます…、お母様…。」

レミファは、王妃様が起こしてくれることで、今が夜だと分かるのでした。


夕食…。

「レミファ。
今日は南国の珍しい果物が手に入ったんだ。
食べてみないか?」

王様は、珍しい食べ物を手に入れては姫に食べさせていましたが、姫は一口食べると…、

「ごめんなさいお父様。 私の口には合わないみたい。」

と、いつもの食事に戻るのでした。

「それでは、お父様、お母様、お休みなさい。」

食事が終わると姫は部屋へ、再び眠りに就きます。


しばらくして、食事を終えた王様と王妃様が姫の部屋へやって来ます。
そしてベッドの横に座り、二人して飽きることなく、いつまでも姫の寝顔を見ているのでした。


姫が16歳になりました。
国民達は、姫の顔を一度も見たことがありませんが、城勤めの者たちから、

「あんなに美しい姫は、見たことがない!」

と、聞かされていました。
この噂は、近隣の国々にも届き、ある日、南の国の王子が姫を妃に迎えたいとやって来ました。
南の国は軍事大国、逆らった国は、ことごとく滅ぼされています。
どうしても姫を嫁に出したくなかった王様は、

「姫は、悪い魔法使いに呪いをかけられ、ずっと眠ったままなのだよ…。」

と、嘘をついてしまいます。

「そんなバカな!?
いい加減な事を申すでないわ!!」

激怒した王子は、召使達の制止を振り切って、ズカズカと姫の寝室へ乗り込みます。
そこで見たのは、スヤスヤと眠るレミファ姫…。

(!!)

王子は、姫の美しさに心を奪われます。

「姫! レミファ姫!!」

王子が声をかけ、体を揺さぶっても姫は目覚めません。

「これでわかったであろう!
姫は嫁にやれん! 帰られい!!」

王様は王子を一喝。
ショックを受けた王子はガックリと肩を落とし、国へ帰るのでした。


国へ戻った王子は、何とか呪いを解く方法は無いものかと旅に出ました。
一年後、そんな旅を続けていた王子は、病に倒れてしまいます。

「…姫…。 私が必ず…、呪いを…。」

王子は、熱にうなされながらも、レミファ姫のことを思います。
南の国王は、そんな息子が不憫でたまりません。


数日後、治療の甲斐なく王子は亡くなってしまいました。
葬儀が終り、王は最善を尽くしてくれた医師たちに、ねぎらいの言葉をかけます。
その席で、一人の医師が王に尋ねました。

「国王様。
治療中、王子様は何度も”呪い”と呟いておられました…。
呪いとは、何のことでございますか?」

王は、レミファ姫のことを医師たちに話します。
すると、

「国王様! レミファ姫は、呪われてなどおりません!!」

声を上げたのは、数年前に姫を診察した医師でした。

「どう言うことじゃ。 申せ!!」

医師は、王にレミファ姫のことを話しました。
全てを聞き終えた王は、怒りに体を震わせながら叫びます。

「皆の者! 出陣じゃ!!
王子の敵を討ち滅ぼすぞ!!」


南の国が、軍隊を率いて攻めて来た事は、すぐに知れました。
王様は、急ぎ兵を徴集、迎え撃つことになりました。
しかし、勝てる見込みは薄いものでした。


出陣前夜、いつものように王様と王妃様は、姫の部屋へ…。
いつものように、姫の寝顔を眺めていた王様でしたが、しばらくして…、

「レミファ…。 起きておくれ、レミファ…。」

と、姫を起こします。

「…ふぁあ…。
あっ! お父様…、あれ、お母様も…。」

ここ数年、食事以外で起こされることがなかった姫は、何事かと首を傾げます。

「レミファ。 少し話しを聞いておくれ…。」

王様は、姫に心配をかけぬよう。

所用で南の国へ行く。
しばらく会えなくなる。

とだけ話しました。

「お父様、旅のご無事を祈っております。
気を付けて行ってらっしゃいませ。」

姫は、笑顔で王様に答えます。

「起こして悪かったね…。 お休み、レミファ…。」

王様は、姫の頭を撫でながら寝かしつけます。
そんな王様の影で、王妃様は姫に気付かれぬよう泣いているのでした。


翌朝、日が昇る前に、王様の軍隊は、南の国へと向かって行きました。
朝食の席で、姫は王妃様に尋ねます。

「お母様…。
お父様は、しばらく会えないっておっしゃりましたが、しばらくって、どれ位なのでしょう?」

王妃様は、少し困った顔を見せると、

「多分、来月には、戻られると思いますよ。」

と、答えました。
来月までは、あと20日…。
王妃様は、勝っても負けても、それまでに決着が着くと考えていました。


2週間後、王様が戦死したとの報せが城に届きます。
しかし、王様の死を悲しむ時間はありません。
南の国は、進軍を止めていないのです。
急遽、王妃様が女王に即位しました。


即位した夜…。
女王は、姫の寝顔を眺めながら悩んでいました。

姫と共に、国の最後を見届けるか…。
残りの兵を率いて、戦いを挑むか…。

朝までに、決めなければなりません。
姫には何も知らせていません。
王様の死も、女王に即位したことも…。

女王が悩んでいると、アリサが部屋に飛び込んできました。

「女王様! 反乱です!!」

南の国に姫を差し出せば助かるとの噂が流れ、一部の兵士が反乱を起こしたのでした。

「アリサ、姫を頼みます。
…レミファ、大丈夫だからね。
ゆっくりお休み…。」

女王は、姫のおでこにキスをすると部屋を後にします。
そして親衛隊と共に反乱軍の制圧に向かいました。


翌朝、町に人影は在りません。
城で戦が起こったことで、人々は南の軍が攻めてきたと勘違し、夜のうちに町を離れたのです。

反乱軍と正規軍の戦いは、終わろうとしていました。
姫の奪取を諦めた反乱軍が、城に火を点けたのです。
反乱軍は逃走、兵達は必死に消化を続けていましたが、燃え上がる炎を止める事は出来ませんでした。

「皆の者、ご苦労であった…。
長きにわたる王国への働き、感謝する。」

女王が、兵達に向かって話し始めました。

「最後に1つだけ、私の願いを聞いて欲しい…。
皆、生きて家族の元へ帰りなさい…。」

そう言って女王は、今だ燃え続ける城の中へ、入っていきました。


姫の部屋に、まだ火は回っていません。
部屋に入るとアリサが迎えてくれました。

「アリサ…。
今まで、ありがとう…。
今ならまだ逃げられます。
さあ、早くお逃げなさい。」

女王の言葉に、アリサはひざまずいて願います。

「女王様。
私には親も兄弟もおりません…。
どうか、ご一緒させて下さい…。」

女王は、アリサの手を取るとベッドの横へ…。
二人して椅子に座り、姫の寝顔を眺めながら話し始めます。

「もしレミファが、南の国にお嫁に行っていたら、幸せになれたでしょうか?」

「女王様。
南の国は、大変に暑いところだと聞いております。
その様なところで、姫様が気持ちよくお休みになれるとは思いません。」

「もし王が、王子に本当ことを言っていたら…。」

「女王様。
南の国の王子は、大層な乱暴者だと聞き及んでおります。
その様な方が、寝てばかりいる姫様を許すとは思えません。」


少しの沈黙…。
女王は、両手をギュッと握り締めると、アリサに最後の質問を投げかけます。

「…レミファを守るために、戦を行いました…。
沢山の方が亡くなりました…。
アリサ…。
お前は、これを正しいことだと思いますか…?」

驚いたアリサは、女王を見ます。
女王は、うつむき…、固く目を閉じ…、小刻みに体を震わせていました…。
アリサは、しばらく考えると、力強く答えます。

「親が子供を守るのは、当たり前のことじゃないですか。
その親に力が有れば…。
その全てを使って子供を守ろうとすることは、絶対に正しいことです!」

「…ありがとう、アリサ…。」

女王の目には、涙が浮んでいました。


姫の部屋に煙が立ち込めてきました。

ゴホン、ゴホン、ゴホゴホ…。

女王とアリサは、苦しそうに咳き込みます。
女王は、懐から2本の小ビンを取り出すと、1本をアリサに手渡します。

「アリサ、これは苦しまずに死ねる薬です…。
苦しくて、我慢出来なくなったら、お飲みなさい…。」

アリサは、薬が2本だけなのを見て、

「私が頂いては、姫様の分が無くなります。
どうか姫様の為に取っておいて下さい。」

と、薬を女王に返しました。

「レミファを見てごらんなさい…。
この煙の中でもいつもと同じ…。
幸せそうな顔で、眠っているではないですか…。
レミファが、苦しいようであれば、薬を飲ませようと思っていましたが、不要なようです。
だから…。」

「この先、苦しくなるかも知れないじゃないですか!
だから、頂くわけにはいきません!!」

アリサは、頑として薬を受け取ろうとしません。
そんなアリサを女王は優しい瞳で見つめ、少し考えるとテーブルの上に薬を置きました。
そして、静かに話し始めます。

「私は、この部屋に来るまで迷っていました。

レミファと一緒に逃げる…?
寝たままのレミファに薬を飲ませる…?
全てを話して、一緒に薬を飲む…?

どうすれば良いのか…、何が正しいのか分からなかったのです…。
でも、部屋に入り、レミファを見たとき決めました。
レミファの眠りを…、王が守りたかったものを最後まで守ろうと…。

そして、もしレミファに薬を飲ませる時が来たら、私は…。
私は、娘殺しの罰を受けなければ…。
苦しんで、死ななければと…。
だから、私の薬は要らないのよ、アリサ…。」

アリサは、泣いていました。

「女王様!
私も…、最後まで姫様を見届けます…。
そして…、姫様殺しの罰を受けます!!」

女王の目にも涙が浮んでいます。

「…私は、レミファが苦しまない限り、薬は飲ませないつもりです。
でも、もし私が先に死んでしまったあとで、レミファが苦しむことがあれば…。
アリサ、お前が薬を飲ませてくれますか?」

「…はい…。」

女王とアリサは、抱き合って泣き続けるのでした。


数分後…。
部屋は煙で埋め尽くされ、息をするのも辛くなってきました。
先程まで咳をしていた女王が、ベッドに顔を埋めたまま動きません。
苦しい息の中、アリサは女王の安否を気づかいます。

「…女王…様…。
大丈夫…です…か…?」

(……)

女王からの返事はありません…。
姫を見るとずっと変わらぬ寝顔…。

「…姫様…。 平気な顔…して…。
フフフッ…。
これなら…南の国…でも…、ゆっく…り、お休みに…なれました…ね…。」

アリサは、笑顔で息を引き取りました。
テーブルの上には、2本の小ビンが残されていました…。


アリサが亡くなってしばらくすると、雨が降り始めました。
まるで、姫が苦しまないようにと心配した、女王とアリサが降らせたかのようです…。

ザーザーザー…と、猛烈な雨。
城の炎は、みるみる勢いを失っていきます。


姫の寝室に、炎が届くことは有りませんでした。
この城の中で、息をしているのは、レミファ姫ただ一人。
いつもと同じ、幸せそうな顔で、眠り続けているのでした。


数日後、南の軍隊がやってきました。

無人の町…。
焼け崩れた城…。

南の王は、生き残った者を探し出し、何があったのか、姫は何処にいるのかを聞き出しました。
城で焼け死んだと聞かされても信じず、焼け跡や周辺の村を探し回りましたが、見つかりません。

「王子よ…。 敵は討ったぞ…。」

南の王は、空を見上げ呟くと軍を引き上げます。


しかし、レミファ姫は生きていました。
姫の部屋へと続く階段が焼け落ちていた為、誰も部屋を調べることが出来なかったのです。
姫が生きている事に気付く者など、誰も居ないのでした…。


さらに数日が経ちました。
レミファ姫は、夢を見ています。
王様が、南の国から沢山のお土産を持って帰ってくる夢を…。


「お父様ったら、私が口に合わないって言った果物をこんなに沢山。」

「ごめんよレミファ。
いろいろと忙しくって、ついうっかりな。」

「フフフッ…。
しょうがない国王様ね。」

王様と王妃様とレミファ…。
いつもの食卓…、いつもの笑顔…。

「そうだ! レミファ、一緒に東の国へ行かないか?」

「えっ!? でも、私すぐ眠くなってしまうから…。」

「レミファ、今は眠くない?」

王妃様の問いに、レミファは、いつもと違って、眠気を全く感じないことに気が付きます。

「あれ? 眠くない…。 眠くないです、お母様。」

「じゃあ行こう。」

そう言って王様は、レミファの右手を取りました。

「行きましょう、レミファ…。」

王妃様が、左手を取りました。
すると3人の体が、ふわりと宙に浮き上がります。

「えっ!? なに???」

レミファが驚いている間にも3人の体はグングン空へ。

(あれ!? これ夢なのかしら…?
夢でも良いわ。 初めての旅行ですもの…。)

レミファは、不思議に思いましたが、夢の旅を楽しむことにしました。
辺りを見回すと、いつの間にか王妃様の隣にアリサが…。
2人は、楽しそうに話しをしています。

「お母様、アリサも一緒に行くのですか?」

「ええそうよ、私とアリサは仲良しなの。 フフフッ…。」

楽しそうに笑う、王妃様とアリサ。
レミファは、大好きな3人と一緒に旅が出来ることを幸せに感じます。

「アリサ! 向こうに着いたら一緒に遊びましょうね。」

「もちろんです姫様。 一緒にお花畑へ行きましょう!」

4人は笑いあいながら、光の中へ消えて行きます。


レミファ姫は、眠ったまま…。

幸せな寝顔のまま…。

天国へ、旅立ったのでした……。
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