いつかの君の異世界

時ノ暮

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6話 旅立ち

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 情けない。
 何が情けないって、今の状況のことだ。

 頬へと撫でるように薬を塗りつけるフェリア。

「痛たたた……」
「我慢してください、こうしないと効き目がないんです」

 傷口に塩を塗られている気分だ。
 結局のところ、今回は運で助かったが次助かる自信はない。

 かすり傷の治療をしてもらっていると、老婆……もとい、フェリアによると長老がこちらへと歩いてくる。
 僕は急いで正座をして、いつでも土下座が出来るように準備した。

「大問題を起こしてくれたみたいじゃな」
「いやーなんかこう、刺激が必要かなって……」
「確かに、里の者には良い刺激になったじゃろうな。人間が危険な種族であるという再認識にも、な」
「ちょっと待っ―」
「それは違います!」

 僕を追い抜くようにフェリアが声を上げる。

「彼は私を助けてくれました」
「その原因を作ったのも奴じゃ」
「彼に害があるなんて、証拠がないじゃないですか」
「安全という証拠もない」
「もういいです」

 フェリアは立ち上がると、僕の手を引く。
 本当にこれで良いのか? このままじゃ―

「駄目だ!」

 フェリアの手を逆に強く引き、その場で立ち止まる。

「どうして……」
「このままじゃ何の解決にもなっていない! 僕らが危険だって誤解されたままじゃないか」
「でも……」

 僕は長老の方へと向き直り、いつも以上に目を見開く。
 長老は一瞬気圧されたものの、すぐにいつも通りのすまし顔へと戻る。

「長老様、あなたも薄々分かっているんでしょう? 人間は全てが危険なわけじゃ無いって」

 長老はだんまりを決め込む。

「それに、あなた自身も僕にあの木の実をくれたじゃないですか。それって少しだけ、雀の涙ほどだったとしても人を信用したってことなのでは?」
「ええい煩い! もう出ていけ!」

 僕の頭にも血が上る。
 話が通じない奴ほど嫌いなものは無い。

「フェリアの言う通り、駄目だな」
「待っ―」
「フェリアはここに残って! よく長老と話すんだ」

 僕はフェリアをその場に残して、建物を出た。



 ―とは言ったものの。
 正直ここからの出方が分からない、それどころかどっちが森の出口なのかもさっぱりだ。

 切り株に腰を掛けて一人で頭を抱えていると、突然背中を叩かれる。

「なっ!?」
「俺だ、そう驚くな」

 ロアガだった。
 向かいに丁度あった切り株に腰を掛けると、彼は申し訳なさそうな顔をして話を始めた。

「まずは言わせてくれ、すまなかった」
「いや、もういいよ。過ぎたことだしな」

 正直、腹の中は煮えたぎる程イラついていた。
 がその相手がここまで味気なく萎むと、僕の怒りも冷めてくるというもの。

「俺もどこかでこの里のことを嫌っていて、それがプレッシャーになっていたのかも知れない」
「エルフなのに?」
「エルフだからこそだ。俺は他のエルフ達とは違う、ダークエルフって種族でな」

 あー聞いたことあるある、よく覚えてないけど。

「仲間内でもな煙たがられてよ、それで種族の違いだけで虐められて、次第に誰も信用できなくなって……まあ、そういうこった」

 初めて会った時もそうだが、こいつはあまり悪い奴には見えなかった。
 正直、純粋すぎるのではと心配したくなる程だ。

 僕が黙って見つめていると、ロアガはもじもじしながら何か言いたそうにしている。
 やめろ気持ち悪い、言うならさっさと言え。

「あーその、なんだ。謝罪も兼ねてなんだが……俺達の竜車りゅうしゃに乗っていかないか?」
「竜……なんだって?」
「ん? ああ、竜車も見たこと無いのか? どこから来たんだ一体?」

 僕が聞きたいのはここが何処なのかなんですがね。

「竜車ってのは―」

 ロアガは僕の背後を指さす。

「―ほら、あれのことだよ」

 ロアガの指を追うように振り向くと、そこにはダチョウのような竜が二足歩行で立っており、こちらを見下ろしていた。
 この初見生物を前に僕は言葉を失う。

「なあに、こいつぁ噛んだり……はまあするけど、襲ったり……はまあ、うん! しないさ」
「おいまて、なんだその間は」
「大丈夫、コイツは車ようの竜だからそこまで狂暴じゃない」

 裏を返せば狂暴ではあるということだろう。
 しかしまあ、自分で言うのも何だが僕は肝が据わっている方だと思う。
 何も疑わずにとりあえず荷台に乗り、いつでも出発できるぞとロアガに合図しているくらいなのだから。

「忘れ物は無いんだな?」
「元から何も持ってきてないよ」

 強いて言うなら、フェリアにお礼を言い忘れたくらいか。
 もしこの世界で生き残ることが出来ていたのなら、またここに来て今度こそお礼を言おう。

「準備はいいな? それじゃあ行く―」
「待ってください!」

 聞き覚えのある声に身体が動き、荷台のカーテンを開けた。
 そこには大荷物を背負い、息を切らしながらこちらに走ってくるフェリアの姿があった。

「ふぇ、フェリア!?」
「あの! 私も異人さんに着いていきます!」
「い、異人って……あのね、僕には常無宗二郎っていうちゃんとした名前があるの!」
「ご、ごめんなさい。だって名前をまだ教えてもらっていなかったから……」
「あ、そう言えばそうだ。こちらこそごめん」

 本当に情けないし、申し訳ない。

「あの、ソウジロウ様。私もその旅のお供として連れて行ってください」
「お供って、長老との話は?」
「ソウジロウ様に着いていくといったら、色々と道具をくれました」

 ったく、あの婆さんは。
 年寄りのツンデレなんて流行らないっての。

「分かった、ただし危険な旅だぞ。特にこのロアガって奴とか」
「もう悪さはしねえよ!」
「はい! ロアガを許します」

 フェリアはにっこりと笑い、荷台へと乗りこんできた。
 確かに、これからの旅に男達だけっていうのは辛いものがあるな。

 それに、この子の笑顔ははずるい。

「それじゃあ今度こそ……出発だ!」

 こうして僕らを乗せた竜車は走りだした。
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