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戦場で散りゆく命

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~シリウス視点~

目をつぶることさえできず、スローモーションのように迫りくる剣先をみつめているしかなかった。

その剣が額に届く瞬間、剣を跳ね返し、その敵の首をはね除けた。
吹き出す血潮が周りを染めるなか、自分のすぐ隣に立つ人影を見上げると、

「はは…うえ…?」

微笑みを消し、そこには敵の亡骸をただ無表情でみつめる母上の姿があった。

「大丈夫…?シリウス、怪我はない?」

心配そうにそう問いかけてくる母上は最近よく見る母上で…いま見た冷酷な母上は幻だったのか…?

そう思っていると、母上の後ろから敵の騎士が剣を振り上げ母上に切りかかろうとするのが視界に入った。

(母上、あぶないっっ)

そう叫ぶ暇もなくすぐ後ろに迫る敵に、母上は見ることなく敵を切り伏せた。

あまりの強さに呆然としていると、にっこりと笑って、手をさしのべわたしを立たせてくれた。

「シリウス、陛下とルイスはどこ?」

先ほどと打ってかわったように可愛く首を傾げる母上に複雑な心境になりつつも、周りでなりやまない喧騒にそんな暇はないとすぐに気を切り替えた。

「ルイスは国から出られないため、辺境に位置するベネッセル伯爵の領地を拠点として、食料や武器の調達の指示を行っています。怪我をした騎士の手当てもそこで行っております。

父上は本陣まで敵に押された時、拠点まで下がらず自分も戦闘に加わると出ていって…しばらくは近くにいたのですが、見失ってしまいました。…申し訳ございません。」

苦虫を噛み潰したようにそう答えると母上は眉を寄せた。

「そう…陛下には困ったものね。わたくしが探すわ。シリウス、貴方は拠点まで下がってちょうだい。もうすぐアレンが援軍と物資を送るそうよ。それまで持ちこたえるように伝令をお願い。
いまのままバラバラに戦っていても勝ち目はないわ。陛下がいないなら、貴方が指示をだしなさい。貴方たちが撤退できるように、わたくしが時間を稼ぎます。

……さあ。いきなさい!」

「……みなっ!撤退だ!」

周りに聞こえるよう、初めて張り上げただろう大声でそう呼び掛けた。近くにいた騎士が撤退の合図の打ち上げの炎を放った。

騎士たちは我先にと逃げ出すものや、どうにか時間を稼ごうと全線で奮闘するもの、後方から魔法を放ち支援するもの、その有り様は様々だった。
隊は組めておらず、みな自分の意思で行動している。それほどまでに崩れている我が国が押されているのは当然だった。

母上はその声とともに走りだし次々と敵を切り馳せていく。まるで、舞をみていかのように。剣を振り、軽やかに、美しく、敵を殺し続けていく。

その様に後退するべきか悩んでいたのだろう何名もの騎士たちは

おぉー!

そう叫びながら、全線で時間を稼ごうとする騎士たちや母上と並び、また闘い始めた。

それでも、仲間の騎士たちは次々に殺されていく。

(わたしは…ほんとうに未熟だ。)

このまま闘い続けることも、撤退させることも一人では決心できない。ただただ仲間を殺されて、…最低な王子だ。

足を引きずる兵士に気付き、急いで体を支えると、他の兵士たちも怪我をおった者から支え合って撤退し始めた。

(……母上は強い。わたしなんかよりも遥かに。
悔しいがいまは母上に甘えよう、隊を組み直し、全滅を避けなければ。)

唇を噛みしめ、悔しさや不安を紛らわすかのように撤退することだけに集中することにした。


~王妃視点~

(全く、陛下ったら何をしているのかしら。王が殺られたら誰が指示をだすっていうの。シリウスだって、もう少しで死ぬかもしれなかったのに……。)

ひたすら剣をふるいながらも、心の中は陛下への不満が増していく。
闘いに思考は邪魔だというけれど、わたくしの場合は、身体と思考は別物だと言ってもいい。頭で考える前に戦闘が染み付いたこの身体は勝手に動き、敵を殺していくから。

この数分で一体どれだけの敵を殺しただろうか。名も知らない敵国の騎士たち。どれだけの人数を殺そうとも、不思議と心が動くことはなかった。
殺して…殺して…殺して…
次第に敵も焦りを見せ始めた。

「撤退!撤退だー!」

リーダー格であろう、一人の騎士がそう叫んだ。考えるまでもなく、身体はその騎士に向かい走りだし、ひと振りで首をはね除けた。

リーダー格の騎士を一瞬で殺され、恐れを抱いたかのように一人、また一人と敵国の騎士たちは後退し始めた。

その騎士たちをわたくしは追わなかった。

(……よかった。まだ、この身体は鬼にはなっていないようね。)

思考とは別に止まることなく殺し続けるこの身体に恐れを抱いたのは敵だけではなかった。

自分が殺し、山のように重なった敵の騎士たちをみつめながら、まだ人でいられることにわたくしは心底安堵していた。

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