貴女が好きなのはもう一人のわたくしだった。

yuーー

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人垣が割れ、まるで示し合わせたかのように真っ白な衣装を纏い、輝くような金色の髪を靡かせながら…
ただ歩くだけで周りを魅力し、
ただ一言口を開くだけで皆が頭を垂れる。
王族。それだけの風格がいまの彼には備わっていた。

見たこともない優しい表情を浮かべながら悠々と歩く殿下は、わたくしの知らない、物語の王子さまのようだった。

「はじめまして、ご令嬢。よろしければ、わたしに今宵エスコートする栄誉を与えては頂けませんか?」

凍るような視線も、胸を締め付ける低い声も…

……これは…だれ?

わたくしが知る殿下の面影はなかった。


優しく包み込んでくれるような優しい声にそっと差し出された大きな手のひら。わたくしは呆然と見上げたまま気付けばその手に重ねていた。

初めてのダンスは殿下が上手なのか、それともアイシアが呆けているからか…緊張することもなく身体が勝手に動いていく。流れる曲に身を任せ、寄り添いながら踊る二人はまるで長年パートナーであったかのように一つとなって周りを魅了していた。
呆然と殿下を見上げる突如現れた儚げな美しい少女と、まるで愛しいものを見るかのように穏やかに微笑む殿下の姿はため息が溢れるほど美しい光景であった。

短くも長く感じられたダンスの演奏が終わると、次は自分こそがと男たちはホールの中心に競うように向かい始めた。しかし、そんな男たちを押しどけるかのように小柄な少女がカツカツとヒールを響かせながら詰め寄るように二人に近づいた。

「アーノルド様!」

瞳にいまにもこぼれ落ちそうな涙を溜めながら、悲痛な表情を浮かべる可愛らしいその少女は、責めるように殿下のお名前を口にした。

……そう。殿下のお名前を口にしたのだ。

(もしかして…この子が……。)

その少女が何処の家のご令嬢かは分からないが婚約者のいる男性の名を…ましてや人前で、皇太子殿下のお名前を口にするなどあってはならない。

小柄な身長にか弱そうな細い身体…目は溢れそうなほど大きく小さな鼻と唇は小動物のように可愛らしい。
守ってあげたくなるような存在。

(こういう方が殿下はお好みなのね…。)

じっとその少女をみつめていると、その少女は殿下から視線をそらし、キッッとアイシアを睨み付けた。



「……アーノルドさま…、いったいこちらはどちらのご令嬢ですの…?」

一瞬見せた攻撃的な目付きはなりを潜め、またうるうると悲しそうに殿下に問いかけた。

「それを…君に言う必要はあるかな。」

「え……?アーノルドさま……?どうしてそんなこと仰るのですか?」

はらはらと涙を流す女性に殿下はため息を溢した。

「君はわたしの婚約者でもないだろう?婚約者が夜会に出れない時のパートナーとして君に同伴する役目を任せて欲しいと…君と君のお父上の侯爵が頼み込んできたのではないか。
ただ、それだけの約束だろう。名前で呼ぶことを許した覚えも、ましてや婚約者のように振る舞うことも許可した覚えはないよ。……きみに特別な感情などない。」

「……そんなッッ、ひどいわッッ」

うわぁーんと大声で泣き喚きながら走り去るご令嬢に周囲は呆れた視線を送った。貴族女性は走ることも、人前で泣き喚くような行為も品がないとみられてしまうのだ。

名前も知らない侯爵家のご令嬢が殿下の恋人ではなく、あの噂は嘘だったのだとアイシアは胸を撫で下ろした。

「巻き込んでしまってすまなかったね。このままここにいると、きっとダンスの申し込みが次々とあるだろう。少し…テラスで話さないかい?」

申し訳そうに苦笑する殿下に、そんな顔もされるんだ…と、アイシアは胸が高鳴った。

「はい、喜んで。」

微笑み合いテラスに向かう二人を男性たちも、そして女性たちも残念そうに見送るしかなかった。

婚約して社交界デビューのエスコートをして頂けるのだと夢にまでみた幸せな時間。
けれど…殿下はわたくしと分かってはいない。
婚約者のアイシアだと思っていないからこそ、優しくしてくれるのだ。その事実は一層アイシアの胸を暗く染め上げたのだった。

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