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国外追放されたのに
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これは私が、篠原 蝶子だったときの物語です。
私は数年前まで、とある貴族の娘でした。
許嫁もおりまして、その方は吉川 透 様という見目麗しい殿方です。秀才でスポーツ万能、そして誰からも好かれておりました。
とても優しい素敵な方で、私も透様を愛していたのです。
私と透様の関係がおかしくなったのは、学園に女性の転入生が来てからでした。
「透様……今日は、」
「すまない、今日も美玲と図書室に行くんだ。……なにかあったか?」
「……いいえ。なんでもありませんわ」
「……そうかい? なにかあればいつでも言ってくれ。蝶子は僕の大切な許嫁なのだからね」
優しく微笑んで、私ではない女性の方の元へ行ってしまう透様。だれにも分け隔てなく、優しい透様。
そう。わたしが許嫁だからと言って、私に特別優しく接してくれるわけではないのだ。
私だけではないその優しさが、憎くもあったけれど……私はそんな透様が誇らしくて大好きでした。
本条 美玲 様。季節外れのとても綺麗な転入生で、明るく笑顔を絶やさないとても素敵な女性です。
彼女はとある資産家の養女に迎えられ、この学園にやってきました。もともとは私たちと同じ教育を受けていない彼女ですが、勉強熱心でそんなことは気にもなりません。
だから、すぐに……学園の人気者になりました。優しい透様は転入直後に、世話役をかって出て学園での時間はほとんど彼女と過ごすようになったのです。
少しの間だけ……そう思っていたけれど、二ヶ月が経っても離れることはありませんでした。
優しい優しい、透様。そんなあなたを愛しているけれど、私のことを少しだけでもいいから〝特別〟に扱ってほしいと思ったのも事実です。……ですが、私は彼女を憎んだことも、邪魔だと思ったことも一度もありません。
だって私は、透様のただ一人の許嫁、ですもの。
ある日、私……というより、私たち一家は吉川家に呼び出されました。婚約の話かしら……と少し浮足立っていたのですが、そんな幸せな話では、ありませんでした。
応接間に通され、そこにはなぜか……美玲様が。透様の隣に座っているのです。どうして、ここに、どうして……透様の、隣に。
「とお、るさま……」
「今回呼び立てたのは、彼女……本条 美玲さんの件に関してだ」
私の目をじっと見つめて、そんなことをいうのです。美玲様に関して……?
私には何も心当たりがありません。なにも、わかりません。
「蝶子、君は美玲に嫌がらせをしているというのは本当かい」
私は、ただ口をぽかんと開くことしかできませんでした。だって、本当に何を言われたのか全く分からなかったのです。
私が美玲様に、嫌がらせ、を……? 困惑している私に透様はもう一度「どうなんだ」と問いかけます。
「して、おりません。意味が理解できないのですが……どういうことでしょうか」
声が震えそうになりましたが、私の非はまったくないのですから、怯える必要はないと凛とした態度で言葉を発しました。
「ああ。わかっている。蝶子がそんなことをしないのは。すまない、ただの確認だ」
……そうは言われても納得なんてできません。それだけのために私たち一家を呼び立てたわけがないのですから。それに、美玲様もここにいらっしゃいます。さきほどの問いも理由があるのでしょう?
「美玲がここ一ヶ月ほど嫌がらせを受けていてね。あぁ。誤解しないでくれ、美玲が君にされたといったわけではないんだ」
「……なら、どうして」
「周りの者が、君じゃないかと口を揃えて言うんだ。それを聞いても僕は蝶子がしていると思いもしなければ疑いもしなかったさ。だが、事実確認はしなければならないだろう」
「……それは、どなたが」
「すまない。それは言えない」
ああ。優しい優しい透様。残酷なほどに、お優しい。
「……蝶子、僕は君を愛してる。それは理解してほしいんだ」
「なんで、ございましょうか」
「ほとぼりが冷めるまで、国外へ留学して欲しい」
隣で母の息の飲む音と父がの叫ぶ声も聞こえ、私は、乾いた笑いが音にもならず漏れました。
説明されたのは、吉川家の将来の嫁にそんな噂が流れる者は不釣り合いだと。それが真実でも、そうじゃなくても。
だから、国外留学をしてほしいと。いいえ、留学ではないのです。私の戸籍も、消されるそうです。
吉川 透の許嫁がそんな人間であったことは〝なかったこと〟にしようという、そういうお話でした。この話を飲めば、父も、母も、篠原の一族を見捨てることは生涯あり得ないと。
私が国外へ出た後のことは一年間吉川が面倒を見てくれるが、私は二度とこの地に足を踏み入れることも、家族にも友人にも会うことは叶わない。
向こうでの戸籍は吉川が作ってくれ、生きていく場所もすべて手配してくれると、まるで優しさのように透様はいうのです。
あなたの優しさが、こんなにも憎く感じるなんて私は思いもしませんでした。生まれて初めて、人を憎いと思ってしまったのです。
両親は私を庇ってくれますが、その言葉が届くのならば最初から……こんな話になるわけがありません。私を守ることで、両親や親族に迷惑をかけるわけにはならないのです。
私は言いました。
「私の戸籍も、人生もすべてあなたに渡します。だから、約束は必ず守ってください」
と。
透様は深く頷き「ああ。必ず守る」と仰りました。
家に帰り父と母に抱きしめれて三人で声が枯れるまで泣きましたが、心が晴れることはありません。
つらい、悲しい。憎い。許せない。だけれど、届くことは一生ないのです。
透様、私はあなたの特別だったのでしょうか。本当に私を愛していたのですか?
こんな特別も、愛も私は欲しくない。
あなたの特別になりたかった。そう願った私への罰なのでしょうか。
国外追放される当日、透様は見送りに来てくださいました。
「蝶子……」
「……もう、その名前で呼ばれることもないのですね」
「……ああ」
優しい優しい透様。こんなにもお優しいのに私を助けてはくれないのですね。
車に乗り込んだ私に透様はお別れの言葉をくださいました。
「君は幸せになれるよ。さようなら。篠原 蝶子。」
もう涙も出ませんでした。
ここまでが、私が篠原 蝶子だった時の物語です。
今から話すのは……私が、胡蝶と呼ばれるようになってからのことになります。
吉川の家から車で、飛行場に向かっていたのですがわたしは気づいたら眠ってしまっていました。先日一睡もできなかったからだと、目が覚めた時に思ったのですが……私はどこかの屋敷の部屋にいたのです。
誘拐……などと思いましたが、これはきっと吉川の仕業だろうと。私の戸籍も消して、天涯孤独にさせるなら、もうこの世からも消してしまったほうがどう考えても楽に決まっている。そう思うと納得もしましたし、私自身も楽になれると、そう思ってしまったのです。
ああ、あとは殺されるの待つだけ……。もう怖いものなんて何もありません。
少し経ってから、ドアが開きました。私を殺してくれる方は……透、様でした。
「ああ、起きたんだね。どこかおかしいところや痛いところはないかい」
優しい声で問いかけながら、優しく私の頭を撫でました。……意味が、わからない。
「ちょ……ああ、もうこの名前ではなかったね。君の名前は今この瞬間から、胡蝶だよ」
「、こちょ、う」
「僕が考えたんだ。綺麗だろう?」
「……どういう、」
私を抱きしめて、髪を一筋掬い口づけた透様は「答え合わせをしようか」と、とても優しく微笑んだ。
僕はね、君が欲しくてたまらなかったんだ。許嫁ではあったけれど、君はみんなに好かれていただろう? 君を嫌いだなんて言う人間になんて僕は出会ったことがない。まあそれはそうだよね。君はとても素敵な人だから。僕も君が好きで好きでたまらなくて、狂おしいほどに君を愛していたんだよ。……ああ、誤解しないでくれ。今でも、この先も、来世も君を愛しているよ。
そう。君を狂おしいほどに愛してしまってね……誰にも見せたくなくて、誰とも接してほしくなくて、これは血の繋がりも関係なくね。でも、それは無理だろう? 君に正直に伝えてもわかってくれないと思ったし……もしかしたら僕の目の前から姿を消す可能性もあるだろう。
じゃあ、君を僕だけのものにするにはどうしたら……と考えているときに美玲が現れた。美玲を一目見た瞬間にね、今回のことを思いついたんだ。僕が世話役をするのも不自然じゃない。ある程度性格も知っていないとうまくいかないと思っただけで本当に他意はないんだよ。僕が愛してるのは胡蝶、君だけだ。神にも、君にも誓うよ。
彼女はね、本当にいい子だったよ。勉強熱心で、この学園にも生活にも馴染もうと本当に頑張っていた。安心して、努力家な彼女は僕にひとかけらの興味はなかったよ。
嫌がらせをされていたのも本当でね、特に気にしてはいなかったけれど、僕がこんなこと許されるわけがないと言って、調査をすると言ったんだ。
調査の結果は、遠山家の御令嬢だということだったんだけど、……わかるよね。はは、物分かりがいい君が好きだよ。……ああ、ごめん、泣かないで。どんな胡蝶でも僕は愛しているさ、もちろん。不安にさせてごめんね。
それでまあ、僕は君のすべてを手に入れたというわけなんだけどね。胡蝶、君も同じ気持ちでいてくれたのが僕は嬉しかったよ。
「私の戸籍も、人生もすべてあなたに渡します。だから、約束は必ず守ってください」
あの愛の告白を僕は一生、いや、死んでも忘れない。
もう戸籍もないから、君はこの世にはいないも同然の人間だけど大丈夫。僕が一生君を守るから。
ここでずっと、僕と二人で生きていこうね。
ああ、泣くほど喜んでくれてうれしいよ胡蝶。僕のかわいい、僕だけの胡蝶。
言っただろ、君は幸せになれるって。僕も今までで一番幸せだ。
あの日から、篠原 蝶子は消えてなくなり、私は胡蝶として生きるようになりました。
ここから出ることは叶いません。出れたとしても、私は生きていく術もないのです。
透様は毎日私に愛を囁いては、だれよりも、蝶子として生きていた時に見ていたすべてより優しいのです。特別も愛してるも、そんな言葉だけでは足りないと何度も何度も私に伝えてくださります。
特別とは、いったい何でしょうか。私は、わたしは……
「胡蝶……どうしたんだい。魘されていたよ」
「……とおる、さま。少し前の……私の夢を見ていま、した」
「ああ、それは怖かったね……大丈夫、君は僕の愛する胡蝶だよ」
「……はい、私は透様の胡蝶です」
「うん、そうだよ。今日も朝まで抱きしめて眠るし、今日も明日も、ずっと、来世だって僕たちは愛し合って幸せだ」
「……はい、私は幸せです」
私は数年前まで、とある貴族の娘でした。
許嫁もおりまして、その方は吉川 透 様という見目麗しい殿方です。秀才でスポーツ万能、そして誰からも好かれておりました。
とても優しい素敵な方で、私も透様を愛していたのです。
私と透様の関係がおかしくなったのは、学園に女性の転入生が来てからでした。
「透様……今日は、」
「すまない、今日も美玲と図書室に行くんだ。……なにかあったか?」
「……いいえ。なんでもありませんわ」
「……そうかい? なにかあればいつでも言ってくれ。蝶子は僕の大切な許嫁なのだからね」
優しく微笑んで、私ではない女性の方の元へ行ってしまう透様。だれにも分け隔てなく、優しい透様。
そう。わたしが許嫁だからと言って、私に特別優しく接してくれるわけではないのだ。
私だけではないその優しさが、憎くもあったけれど……私はそんな透様が誇らしくて大好きでした。
本条 美玲 様。季節外れのとても綺麗な転入生で、明るく笑顔を絶やさないとても素敵な女性です。
彼女はとある資産家の養女に迎えられ、この学園にやってきました。もともとは私たちと同じ教育を受けていない彼女ですが、勉強熱心でそんなことは気にもなりません。
だから、すぐに……学園の人気者になりました。優しい透様は転入直後に、世話役をかって出て学園での時間はほとんど彼女と過ごすようになったのです。
少しの間だけ……そう思っていたけれど、二ヶ月が経っても離れることはありませんでした。
優しい優しい、透様。そんなあなたを愛しているけれど、私のことを少しだけでもいいから〝特別〟に扱ってほしいと思ったのも事実です。……ですが、私は彼女を憎んだことも、邪魔だと思ったことも一度もありません。
だって私は、透様のただ一人の許嫁、ですもの。
ある日、私……というより、私たち一家は吉川家に呼び出されました。婚約の話かしら……と少し浮足立っていたのですが、そんな幸せな話では、ありませんでした。
応接間に通され、そこにはなぜか……美玲様が。透様の隣に座っているのです。どうして、ここに、どうして……透様の、隣に。
「とお、るさま……」
「今回呼び立てたのは、彼女……本条 美玲さんの件に関してだ」
私の目をじっと見つめて、そんなことをいうのです。美玲様に関して……?
私には何も心当たりがありません。なにも、わかりません。
「蝶子、君は美玲に嫌がらせをしているというのは本当かい」
私は、ただ口をぽかんと開くことしかできませんでした。だって、本当に何を言われたのか全く分からなかったのです。
私が美玲様に、嫌がらせ、を……? 困惑している私に透様はもう一度「どうなんだ」と問いかけます。
「して、おりません。意味が理解できないのですが……どういうことでしょうか」
声が震えそうになりましたが、私の非はまったくないのですから、怯える必要はないと凛とした態度で言葉を発しました。
「ああ。わかっている。蝶子がそんなことをしないのは。すまない、ただの確認だ」
……そうは言われても納得なんてできません。それだけのために私たち一家を呼び立てたわけがないのですから。それに、美玲様もここにいらっしゃいます。さきほどの問いも理由があるのでしょう?
「美玲がここ一ヶ月ほど嫌がらせを受けていてね。あぁ。誤解しないでくれ、美玲が君にされたといったわけではないんだ」
「……なら、どうして」
「周りの者が、君じゃないかと口を揃えて言うんだ。それを聞いても僕は蝶子がしていると思いもしなければ疑いもしなかったさ。だが、事実確認はしなければならないだろう」
「……それは、どなたが」
「すまない。それは言えない」
ああ。優しい優しい透様。残酷なほどに、お優しい。
「……蝶子、僕は君を愛してる。それは理解してほしいんだ」
「なんで、ございましょうか」
「ほとぼりが冷めるまで、国外へ留学して欲しい」
隣で母の息の飲む音と父がの叫ぶ声も聞こえ、私は、乾いた笑いが音にもならず漏れました。
説明されたのは、吉川家の将来の嫁にそんな噂が流れる者は不釣り合いだと。それが真実でも、そうじゃなくても。
だから、国外留学をしてほしいと。いいえ、留学ではないのです。私の戸籍も、消されるそうです。
吉川 透の許嫁がそんな人間であったことは〝なかったこと〟にしようという、そういうお話でした。この話を飲めば、父も、母も、篠原の一族を見捨てることは生涯あり得ないと。
私が国外へ出た後のことは一年間吉川が面倒を見てくれるが、私は二度とこの地に足を踏み入れることも、家族にも友人にも会うことは叶わない。
向こうでの戸籍は吉川が作ってくれ、生きていく場所もすべて手配してくれると、まるで優しさのように透様はいうのです。
あなたの優しさが、こんなにも憎く感じるなんて私は思いもしませんでした。生まれて初めて、人を憎いと思ってしまったのです。
両親は私を庇ってくれますが、その言葉が届くのならば最初から……こんな話になるわけがありません。私を守ることで、両親や親族に迷惑をかけるわけにはならないのです。
私は言いました。
「私の戸籍も、人生もすべてあなたに渡します。だから、約束は必ず守ってください」
と。
透様は深く頷き「ああ。必ず守る」と仰りました。
家に帰り父と母に抱きしめれて三人で声が枯れるまで泣きましたが、心が晴れることはありません。
つらい、悲しい。憎い。許せない。だけれど、届くことは一生ないのです。
透様、私はあなたの特別だったのでしょうか。本当に私を愛していたのですか?
こんな特別も、愛も私は欲しくない。
あなたの特別になりたかった。そう願った私への罰なのでしょうか。
国外追放される当日、透様は見送りに来てくださいました。
「蝶子……」
「……もう、その名前で呼ばれることもないのですね」
「……ああ」
優しい優しい透様。こんなにもお優しいのに私を助けてはくれないのですね。
車に乗り込んだ私に透様はお別れの言葉をくださいました。
「君は幸せになれるよ。さようなら。篠原 蝶子。」
もう涙も出ませんでした。
ここまでが、私が篠原 蝶子だった時の物語です。
今から話すのは……私が、胡蝶と呼ばれるようになってからのことになります。
吉川の家から車で、飛行場に向かっていたのですがわたしは気づいたら眠ってしまっていました。先日一睡もできなかったからだと、目が覚めた時に思ったのですが……私はどこかの屋敷の部屋にいたのです。
誘拐……などと思いましたが、これはきっと吉川の仕業だろうと。私の戸籍も消して、天涯孤独にさせるなら、もうこの世からも消してしまったほうがどう考えても楽に決まっている。そう思うと納得もしましたし、私自身も楽になれると、そう思ってしまったのです。
ああ、あとは殺されるの待つだけ……。もう怖いものなんて何もありません。
少し経ってから、ドアが開きました。私を殺してくれる方は……透、様でした。
「ああ、起きたんだね。どこかおかしいところや痛いところはないかい」
優しい声で問いかけながら、優しく私の頭を撫でました。……意味が、わからない。
「ちょ……ああ、もうこの名前ではなかったね。君の名前は今この瞬間から、胡蝶だよ」
「、こちょ、う」
「僕が考えたんだ。綺麗だろう?」
「……どういう、」
私を抱きしめて、髪を一筋掬い口づけた透様は「答え合わせをしようか」と、とても優しく微笑んだ。
僕はね、君が欲しくてたまらなかったんだ。許嫁ではあったけれど、君はみんなに好かれていただろう? 君を嫌いだなんて言う人間になんて僕は出会ったことがない。まあそれはそうだよね。君はとても素敵な人だから。僕も君が好きで好きでたまらなくて、狂おしいほどに君を愛していたんだよ。……ああ、誤解しないでくれ。今でも、この先も、来世も君を愛しているよ。
そう。君を狂おしいほどに愛してしまってね……誰にも見せたくなくて、誰とも接してほしくなくて、これは血の繋がりも関係なくね。でも、それは無理だろう? 君に正直に伝えてもわかってくれないと思ったし……もしかしたら僕の目の前から姿を消す可能性もあるだろう。
じゃあ、君を僕だけのものにするにはどうしたら……と考えているときに美玲が現れた。美玲を一目見た瞬間にね、今回のことを思いついたんだ。僕が世話役をするのも不自然じゃない。ある程度性格も知っていないとうまくいかないと思っただけで本当に他意はないんだよ。僕が愛してるのは胡蝶、君だけだ。神にも、君にも誓うよ。
彼女はね、本当にいい子だったよ。勉強熱心で、この学園にも生活にも馴染もうと本当に頑張っていた。安心して、努力家な彼女は僕にひとかけらの興味はなかったよ。
嫌がらせをされていたのも本当でね、特に気にしてはいなかったけれど、僕がこんなこと許されるわけがないと言って、調査をすると言ったんだ。
調査の結果は、遠山家の御令嬢だということだったんだけど、……わかるよね。はは、物分かりがいい君が好きだよ。……ああ、ごめん、泣かないで。どんな胡蝶でも僕は愛しているさ、もちろん。不安にさせてごめんね。
それでまあ、僕は君のすべてを手に入れたというわけなんだけどね。胡蝶、君も同じ気持ちでいてくれたのが僕は嬉しかったよ。
「私の戸籍も、人生もすべてあなたに渡します。だから、約束は必ず守ってください」
あの愛の告白を僕は一生、いや、死んでも忘れない。
もう戸籍もないから、君はこの世にはいないも同然の人間だけど大丈夫。僕が一生君を守るから。
ここでずっと、僕と二人で生きていこうね。
ああ、泣くほど喜んでくれてうれしいよ胡蝶。僕のかわいい、僕だけの胡蝶。
言っただろ、君は幸せになれるって。僕も今までで一番幸せだ。
あの日から、篠原 蝶子は消えてなくなり、私は胡蝶として生きるようになりました。
ここから出ることは叶いません。出れたとしても、私は生きていく術もないのです。
透様は毎日私に愛を囁いては、だれよりも、蝶子として生きていた時に見ていたすべてより優しいのです。特別も愛してるも、そんな言葉だけでは足りないと何度も何度も私に伝えてくださります。
特別とは、いったい何でしょうか。私は、わたしは……
「胡蝶……どうしたんだい。魘されていたよ」
「……とおる、さま。少し前の……私の夢を見ていま、した」
「ああ、それは怖かったね……大丈夫、君は僕の愛する胡蝶だよ」
「……はい、私は透様の胡蝶です」
「うん、そうだよ。今日も朝まで抱きしめて眠るし、今日も明日も、ずっと、来世だって僕たちは愛し合って幸せだ」
「……はい、私は幸せです」
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