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後日譚
パブロ子爵のその後
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シューリース家は都市部から少し離れた郊外の領地を持つ子爵家である。その歴史は特段長いというわけでなく、爵位も貴族の中では下の方に属する子爵であり、加えて領地も特別栄えているわけではなく、特別な功績がある訳でもなかった。
それでも、当主であるパブロ=シューリースは今までの生活に満足していた。彼には強い野心がある訳ではなかった。それでも彼が必要以上に目上の相手へ媚びへつらうのは、家族と今の生活を守るためであった。
「退屈だな……」
「そうね……」
パブロが寂しそうに呟き、妻であるフランもそれに同意した。長女であるセリアがアベル公爵の元へ嫁いでから数日が経った。
パブロはあまりに突然の出来事に今でも朝、使用人に起こされ食堂に行くと、セリアもどこかにいるのではないか、などと思ってしまっていた。それほどまでに今の現実を受け入れられずに居たのだ。
彼とて父親だ。次女であるサラの方を溺愛していたといっても、娘の幸せを祝福したい気持ちは十分にあった。それでも、セリアが結婚した相手が初対面の公爵、ということを考えれば複雑な気持ちを抑えられなかった。
パブロには、セリアが本当にアベルを愛していた様には思えなかった。セリアが一流の女優となり得ることをパブロは理解したのだ。
今までの日々を思い返す。少し形は歪でも、家族を愛していた彼の脳裏には、家族の幸せそうな様が焼き付いていた――
◇
「お願いお姉さま! お姉さまのケーキ、わたしにちょうだい!」
何時のことだったか、サラがセリアにケーキを譲るように頼んだことがあった。セリアは少し哀しそうな顔をした後、すぐにサラに向かってにっこりと笑った。
「いいわよ。私の分も食べなさい」
「やったあ!」
「ふふ……セリアは優しいなぁ! いいお姉ちゃんだ! 優しい子に育ってくれて私も鼻が高いよ!」
「そうねあなた」
てっきり私は、その時セリアが本当に望んでサラに譲っていたのだと思った。ケーキに限らず、ドレスもジュエリーも、サラが望めばセリアが譲るのは、優しさかサラへの愛情からだと思っていた。
けれど――今ならわかる。セリアは誰に似たのか、相手に忖度するのが上手な子だったのだ。周りに合わせて演じるのが得意な子だったのだ。
それをセリアの意思だと勘違いして、当たり前の様に彼女がサラに何でも譲るはずだ、と思ってサラのわがままを正せなかった私は、父親失格なのかもしれない。
その事を、私はフランとサラには話せなかった。私は、少し静かになってしまった家だけでも守っていかねばならなかった。
それに、本当は気付いているのは私だけでは無いかもしれない。フランもサラも、その事に気付いてしまったのかもしれない。
セリアの居なくなったシューリース邸は静かで、物寂しく、私たちは言葉に出すことこそなかったが、彼女の帰りを望んでしまっていた――
それでも、当主であるパブロ=シューリースは今までの生活に満足していた。彼には強い野心がある訳ではなかった。それでも彼が必要以上に目上の相手へ媚びへつらうのは、家族と今の生活を守るためであった。
「退屈だな……」
「そうね……」
パブロが寂しそうに呟き、妻であるフランもそれに同意した。長女であるセリアがアベル公爵の元へ嫁いでから数日が経った。
パブロはあまりに突然の出来事に今でも朝、使用人に起こされ食堂に行くと、セリアもどこかにいるのではないか、などと思ってしまっていた。それほどまでに今の現実を受け入れられずに居たのだ。
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パブロには、セリアが本当にアベルを愛していた様には思えなかった。セリアが一流の女優となり得ることをパブロは理解したのだ。
今までの日々を思い返す。少し形は歪でも、家族を愛していた彼の脳裏には、家族の幸せそうな様が焼き付いていた――
◇
「お願いお姉さま! お姉さまのケーキ、わたしにちょうだい!」
何時のことだったか、サラがセリアにケーキを譲るように頼んだことがあった。セリアは少し哀しそうな顔をした後、すぐにサラに向かってにっこりと笑った。
「いいわよ。私の分も食べなさい」
「やったあ!」
「ふふ……セリアは優しいなぁ! いいお姉ちゃんだ! 優しい子に育ってくれて私も鼻が高いよ!」
「そうねあなた」
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けれど――今ならわかる。セリアは誰に似たのか、相手に忖度するのが上手な子だったのだ。周りに合わせて演じるのが得意な子だったのだ。
それをセリアの意思だと勘違いして、当たり前の様に彼女がサラに何でも譲るはずだ、と思ってサラのわがままを正せなかった私は、父親失格なのかもしれない。
その事を、私はフランとサラには話せなかった。私は、少し静かになってしまった家だけでも守っていかねばならなかった。
それに、本当は気付いているのは私だけでは無いかもしれない。フランもサラも、その事に気付いてしまったのかもしれない。
セリアの居なくなったシューリース邸は静かで、物寂しく、私たちは言葉に出すことこそなかったが、彼女の帰りを望んでしまっていた――
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