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アインワース大陸編

揺(うごく) 其の1

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 ――湖畔の街
 
 アレから2日が経過した。予定通り俺達は一旦リブラを離れ、アゾゼオが滞在する湖畔の街にまでやって来た。リブラの外へ出れば独立種への差別はより苛烈になるそうだけど、当然誰も彼もが敵対的という訳ではない。

 このホテルを経営する貴族はアゾゼオに恩義があるようで、独立種であっても分け隔てなく接してくれるそうだ。だから結構な大所帯での訪問だったけどホテル側は快く受け入れてくれたので特段のトラブルは何も無かったし、絨毯、椅子と机からベッドに至るまでの全内装はとても豪華で、傍目にも貴族が利用するんだろうなと分かる位に大きな部屋を俺達の為にポンと貸し出してくれた。

『じゃあ会議始めるか。題名は"怪しいのは誰だろう?"さぁ情報を整理するぞ。』

 やや投げやりに会議開始の合図を出したのはルチル。もうあれからねちっこく責められて大変でした。

『長男のアンダルサイトだが、個人的にはシロとみていいと思う。』

 まず切り出したのはジルコン。彼は鉄騎兵と近衛の指南役として来都した関係上、アンダルサイトと長期間接触できるので人選としてはうってつけだった。

『根拠は?』

『あくまでも状況的に不可能な可能性が高い、と言うだけだ。今は大陸各都市合同の大規模作戦の会議真っ只中でね。しかもそれが活動期に入ると予測されるスノーホワイトの討伐作戦とくれば尚の事だ。』

 スノーホワイト?そう言えば前にも聞いたな。

『死凶。正体不明の災害。概ねバラバラに無軌道に活動する奴等だが、スノーホワイトは長期間の休眠期と短期間の活動期という極端な周期を繰り返す為に中々討伐のタイミングが合わない。で、今スノーホワイトの活動開始時期になるという頃合い。起き抜けの弱り切った時が唯一最大、絶好の好機という訳で各都市奮起している訳だ。仮にアンダルサイトが人類統一連合だとして、二足の草鞋を履く真似をするかと言われたら有り得ない。死凶はそれ程に危険で、常に甚大な被害を各地に齎したと歴史に刻まれているのだ。』

『ウム。それにアンダルサイトはアレで慎重に物事を進める質だ。仮に奴だと仮定するならば、何らかの理由で討伐作戦自体を白紙にするとワシは思う。例え独立種ワシらを一掃できたとして、死凶に人類を根こそぎ刈り取られたならば意味はあるまいし、逆に死凶を討伐できたとても、疲弊した状態で独立種との戦争に勝てる筈も無い。』

 成程。ジルコンの情報とアゾゼオの推察も確かに納得がいく話だ。

『では次は次男のスピネルだな。彼はアンダルサイトと違いかなり怪しい。帝国財務管理長官の立場ならば資金援助もお手の物だし、ギルドのクエストも操作出来る。全てでは無いが、幾つかの要素において犯人と決めるに十分な要素を持っている。』

 アゾゼオの推測も合点がいく内容であり、全員が大きく頷いた。が……

『でもそれも早計かもしれません。パールのご両親によれば貴族側も相当の資金を提供していたという話です。それに、もしスピネル様が主犯だと仮定しても、国庫から資金を持ち出せば如何に財務管理長官というお立場と言えど露見する可能性は高いと思います。皇帝陛下は3人の誰かが怪しいと予測したが特定には至らなかった、という前提に立てば国庫からの資金流出はゼロと考えるべきはないでしょうか。そうなるとクエストの件だけとなりますが、確かに怪しいものの現状では決定打に欠けます。』

 ブルーが淀みなく反論し……

『確かに、貴族に話を持ち掛けてコッソリ金出させた方が怪しまれないよなァ。』

『ウン。だからその情報を知る父と母は口封じをされた。』

 グランディとパールが同意すると全員が押し黙った。アゾゼオの話も信ぴょう性がある一方、ブルーの反論も的を射ている様な気がした。つまり……分からない。

『な、ならジェット様という事になりませんか?』

 オブシディアンがおたおたとした様子で話を続ける。

『でもぉ、彼つい最近までクエストで遠征してたんですよねぇ?』

『らしいな。ソレに色々と話を聞けば聞くほどに裏から手を回せるような人間には見えない。だよね?』

 アメジストとルチルはジェットが人類統一連合であるという説に否定的だけど、確かに言われてみればクエストから帰ったばかりだと言っていたからアリバイはある。他に仲間がいなければ、だけど。

『ウム。お二方の言葉通り、彼に怪しい要素は少なすぎる。性格も実直……まぁちょっと単純で思い込みも激しいがね。信奉者の数は多いとはいえ、何か事を構えるには余りにも不向きな性格も後押ししている。あれ程に嘘がつけない性格も珍しいよ。』

 そう語るのはアゾゼオ。彼の談が正しければジェットもまた犯人足りえない。

『結局絞り込めませんねぇ。』

 アメジストがポツリと漏らした通り、持ち寄った情報を幾ら精査しても犯人の特定には至らない。誰ともなく溜息を漏らすと、部屋の空気がじんわりと重くなる感覚に包まれた。

(中々難しい状況になっているようだね。)

 頭の中に神様の声が響いた。お前、見とったんかい。

(こんな状況だしね。おっと、プライベートにまでは踏み込んでいないぞ。例えば風呂トイレそれからベッドで……)

 取りあえずその辺は後回しでいいから何しに来たの?

(ウム。犯人の特定が困難である以上、無理やりにでも誰かを犯人と仮定するべきではないかと思ってね。)

 やっぱりそれしかないよね。

「アンダルサイトは討伐作戦の準備中。ジェットはつい最近までクエストで遠征に行っていた。となると現状で一番怪しいのはスピネルになる。クエストの件、編入試験の件まで踏まえると一番可能性は高い。確たる証拠はないからちょっと強引だけど、一番怪しいスピネルが人類統一連合と仮定して行動しよう。」

 これで良いかな?

(問題ないぞ。君達を応援したいというのは私の嘘偽りない心だ。やんごとなき事情で直接介入は出来ないが、応援しているぞ。)

 と、言うや神様はそのままフェードアウトしてしまった。直接手助けできないから遠回しに手を回している、にしては異能の種って無茶苦茶なモンくれたけど良いのか?

『そう、ですね。現状で絞り込みが不可能な以上、潰せる場所から潰すのが無難でしょう。』

『現状で一番疑わしいのが彼ならば、ソコから責めるべきか。しかし、君こう言う判断も出来たのだな?』

『あぁ。お前、時々妙に冴えた事言うよな。』

 本当は俺じゃなくて神様なんだけど、それ言うと話が酷く拗れそうなので黙って俺の手柄にしておこう。ちょっと悪い気もするけど……

(HAHAHA、気にしなくて良いぞ!!)

 アンタ。何度も思うけど、ホントに神様か?
 
『じゃあ、スピネル理事長を犯人と仮定して……でも具体的にどうしよう?』

『先ずは彼の周辺から洗い出す。仮に彼が人類統一連合だとしても、幸い君達にはクエスト取り違えの調査という名目もあるから幾分か動き易いだろう。』

『では、さっそく調査に向かいましょうか。』

 アゾゼオの指示に俄然やる気を見せるオブシディアンが率先して動き、全員がソレに続く。が、ルチルとジルコンの様子がおかしいことに気づいた。他の全員が立ち上がり入口へと向かう中、2人だけは何故か窓の外をジッと眺めている。

『どうかしたんですか?』

『外の様子が妙だ。』

 ルチルの声に窓の外へと意識を向ければ、牧歌的な風景の中に不協和音が聞こえる。ザワザワと何か騒ぐ声だ。何か様子がおかしい、漠然とした嫌な予感と共に窓から外を眺めると、道行く市民が何処かを指さし、あるいは不安げな声と共に見つめている。方角は……リブラだ。

『やられた……』

『まさかこうもアッサリと……入念に巡回をしていた筈だが。』

 臍を噛む2人は同じ方角を見て力なく呟いた。視線の先、遥か遠くに見えるのはつい数日前までいたリブラ。但し仄かに輝いている事を除けば、だ。あの光はヴィルゴで見たことがある。超巨大な魔法陣が起動する青く淡い光だ。あの時と同じく、記憶を操作する魔法陣が都市の中心から全域に広がり、やがて呑みこんだ光だ。

 ※※※

 ――リブラ下位区画

 ほんの2日前に見たリブラの光景はもうドコにも無かった。都市全域を包む淡く青い輝きは酷く不気味で不快感と恐怖を煽り、道行く市民の多くは何が起こったのか狼狽える……?おかしいな、市民の誰にも何か記憶を弄られているような印象を受けない。ただただ地面から浮かび上がる青い輝きを不気味がっているだけだ。

『何があったかなんてこっちが聞きたい位だよ?』

 試しに道行く1人に話しかけてみたけど、まぁ当たり前の返事しか返ってこない。やはりもう少し……中央付近にまで行かないとダメだろう。しかし幾ら状況が状況とは言え、俺1人では限界がある。道中を転移ですっ飛ばし大都市の入り口までやって来たまでは良かった。

 が、今展開されている魔法陣が記憶を弄るアレならば耐性を持つのは俺だけ。現状でそれ以外の誰かが都市に侵入すればミイラ取りがミイラになる。よってルチルがシトリンとローズを呼び出すまでの間は俺一人で凌ぐか、さもなくば事態を打開しなければならない。

 最良は結界の無力化、最低でもその場所の把握。とは言え、それらしい場所に心当たりが無いし、そもそもこの都市だってつい最近来たばかりでまだ碌に知らない状態。

『オイ、アンタ確か……』

 不意に背後から声が聞こえた。誰だ?と、振り向くと3人ほどの男達の姿。彼等は……そう、武術学園の生徒だ。確かオブシディアン達と仲良く話していた記憶がある。良かった。知り合いに……

『いたぞ!!伊佐凪竜一だッ!!』

 が、明らかに様子がおかしい。

『殺せッ!!』

『裏切者がココに居るぞォ!!』

 やはり記憶を操作されている。だけどどうして、さっきの市民と何が違うのだろう?コレは記憶を好きなように改竄してるんじゃないのか?

(いや、改竄出来ている。変えたのは君と言う人物に対する認識だ。故に知らない人間には効果が無く、知っている人間にのみ作用している。)

 そういう事か。

(敵は1枚も2枚も上手だ。改竄する記憶を最小限に、効果を最大限に利用している。)

 確かに。市民相手ならば容易に逃げられるけど、相手が強ければそうはいかない。

(違う。問題は……リブラ家と君が知り合いという事だ。かつての時とは違う、今度は本気で殺しに来るぞ。)

 あぁ、そう言う……と神の言葉に意識が逸れた瞬間、凄まじい何かが俺の頬を掠めていった。背後から叫び声と、続いて石造りの壁が崩落するガラガラという音が聞こえる。

(不味いな。このような事態を想定していた訳ではなかったのだが、しかしこうも性急に事を進めるとは……)

 全く持ってその通り。俺の目の前には異様な光景。露骨な敵意と殺意に満ちた鉄騎兵、近衛、そして……

『よくも父上を殺したな裏切者!!』

 最悪だった。ソコにいたのはエンジェラ=リブラ。純粋な殺意で濁ったその目を見た俺の心に、殺さなければ殺されるという言葉が浮かんできた。
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