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アインワース大陸編
迫(ちかづく) 其の1
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――リブラ帝国上位区画内 要人宿泊施設内
『まぁ、説明し終わればこっちは空振りって訳さ。』
情報収集の結果を淡々と伝えるルチルの言葉にトリオはそうかと落胆する。何事もそうそう上手く進む保証はない。
『コッチはそうでもないけど、その代わりに散々だったわッ。』
開口一番、パールは不満を漏らした。どうやら大変な目にあったらしい。
『えぇ。そりゃあもう。何せ正体不明の敵に襲撃されたんですから。』
彼女に続いて不満を零すのはグランディ。
『とにかく、今は持ち寄った情報を交換しましょう。とは言っても俺達の方も上位区画に向かった学長の後を付けていたらパールの家に辿り着いた位でして。』
仕方ないとばかりに場を仕切るブルーが口火を切るが、どうやら彼の方にそれらしい収穫は無かったみたいだ。
『そう言う訳だから私が纏めて話すわね。先ずは家に戻って話を聞こうと思ったんだけど、だけどまともな情報を引き出せなかったのね。何せ戻るや"何でいう事を聞かない!!"とか"親心が分からないのか!!"とか、"平穏無事にこの都市から出られるチャンスだったのに!!"ってとにかく怒るばかりでまともに話が出来なかったんだから!!で、そのまま口論になってェ……』
が、当時の事を話し始めるやどんどんと憤慨、更に露骨なまでに嫌な表情を浮かべ始めた。彼女から語られる情報は殆どなく、口からマシンガンの如く吐き出されるのは両親への不満ばかり。こりゃあ駄目だな。
『ま、まぁそう言う訳ですよ。で、彼女の両親から話を聞けないと知った俺とグランディは手分けして彼女の知り合いに話を聞いて回ることにしたんです。結果、俺の方は空振りだったんですけど。』
『俺も特に何もなかったんですけど、だけどちょっとした伝手があったんでソッチ当たってたら、妙な話を聞けましてね。』
と、いう訳で冷静なグランディが代打で話を続ける。怒り心頭のパールは暫く話にならないだろう。だけど一体何があったんだろうか。
『いや、妙って言ってもここ数カ月の間にソコソコの数の縁談が決まったって話なんですよ。』
『別に不思議じゃないだろ?』
上流階級の常識に疎いルチルが疑問を口に出すと、アメジストとブルーも同じ反応を返した。俺も同じだ。ただの偶然に見えるけど、でも何がおかしいんだろう?
『貴族って特に横方向の繋がりを重視していましてね、だからそう言った畏まった場に出席しないって不義理を働きづらいんです。各方面と調整とかも大変って話だから基本的に示し合わせるモンなんですよ。』
そう言う事か。俺達にはよく分からないしがらみがあるんだな、とグランディの説明に全員仲良く相槌を打ち……
『上位区画に住む貴族達の一部は、具体性はないけど何かキナ臭い気配を感じている。だから結婚という形で子供を逃がし、次に自分達も逃げようとしている、と言ったところでしょうかね?』
そこまでの情報を元にブルーが貴族の行動理由を予測すると全員が"なるほど"と声を上げた。
『確たる証拠はありませんが、でも少しずつ事実を積み上げていけばそうなるでしょう。そして、魔術学舎の学長も何らかの形で関与しているようです。高位の魔術を使って上位区画に侵入してましたからね、あの人。』
『そーですねぇ。でも学長さん、何の用があって上位区画に行ったんでしょうね?』
『俺、余り詳しくないんですけど、そのご老人は貴族ではないんですか?』
事実についていけないのか、オブシディアンはしどろもどろに問いかけた。彼は下位区画出身なのか。
『叩き上げですよ。苦学生で色々と苦労した、なんて昔話を自慢げに話していましたから。』
『で、結局どんな要件だったんだ?』
『それが襲撃に続く訳です。』
ブルーの口からグランディと同じ単語が出た。襲撃……漸く話が本筋に向かう様だ。しかし、コッチは何の問題も無く終わったものだからてっきり上位区画側も平穏無事に済むと思っていたが、まさか襲撃されているとは。
『どうやら後を付けていたのがバレていたようでして、面目ない。』
もう引き返せないとは言え、だからと言って無理をすべきじゃない。寧ろ命があって良かったと、素直にそう思う。
『えへへ。心配されちゃった。』
……前言撤回します。
『で、具体的に何があったんだ?』
『へふへーふふんへはりゃひへー。』
(説明するんで離してー)
『お前はちょっと黙ってろ。』
が、仮にもエルフの代表であり魔術界隈の頂点であるアメジストのだらしなく緩んだ頬を抓るルチルという構図を見たブルーは驚き固まった。俺の視界の外で何やったんですかね。
『じゃあ私が。』
ならばと横から口を出したのはパール。漸く冷静になったのか、彼女は事の経緯を語り始めた。
『私達、3人でアチコチ聞きまわって。で、一通り聞き終わったんで帰ろうってなって話になったんですけど、でもその前に一応両親にもう戻るつもりないって啖呵切りにいったら使用人含めて誰もいなくて。そんな矢先に庭先に不審な人影を見つけたんで、急いで向かったら……』
『鉢合わせたんだ?』
『はい。俺達もまさか学長が向かった先がパールの家だというのは予想外でして……ですが、その時は学長を見つけられませんでした。』
『それから、一旦引き上げようって話になりました。パールのご両親とか使用人までが消えたのは不自然だけど、魔術界まで関わってるなら俺達は足手纏いにしかならないよって提案したんです。』
そう説明したオブシディアンの判断は現状では正しい様に思える。
『だけど、引き上げようとした矢先……ドカンとやられてしまった訳です。』
『まさか上位区画内で仕掛けてくるとは思いませんでしたよ。何せ近くにはリブラ城もあります。そんな場所で暴れるなんて正気の沙汰とは思えない。しかも異様な程に強い手練れをわんさか連れてきているようで、その様子から明らかに俺達が邪魔だという気配を感じました。』
当時を思い返したブルーの目にはどことなく恐怖の色が浮かんでいた。それ程の衝撃を受けたのだろう。良く生きてたな、と思う。
『まぁ、総裁のお陰が大きいです。事実、私達じゃあ全く歯が立ちませんでしたから。』
その時を思い出したパールはそう評した。彼女達も決して弱いという訳じゃない筈なのに、ソレを容易く押し込む様な連中を簡単に用意するというのも驚きだ。
『えへへ。褒め……』
アメジスト、落ち着け。
『でも流石の総裁も私達と言うお荷物を抱えながらでは限界がありまして、少しずつ押され始めたところに助っ人が現れました。』
「助っ人?」
『ジルコン殿とアゾゼオ殿です。この事態に真っ先に駆け付けて頂いたお二方と総裁により難なく事態は鎮圧。俺達はジルコン殿の計らいで事情聴取からすんなり解放されるとそのまま下位区画で大人しくしてました。結果として、何か怪しいとは分かったんですが、しかし具体的に何がどう怪しいというのは分かりま……』
と、そこまでブルーが話しているとコンコンと部屋の扉をノックする声が響いた。全員の視線が扉へと集まると……
『全員ココに居ると踏んだのだが、入っても良いかね?』
その向こうから聞こえてきたのはジルコンの声だった。
※※※
扉を開けた俺達の前に姿を見せたのはジルコン、アゾゼオ、そして後1人……は、誰だこの人?着ている服とか雰囲気から上流階級の偉い人っぽい雰囲気は出しているが、それ以上は分からない。何せその人、誰とも目を合わせないし何も喋ろうともしない。
『あ、叔母様!!』
背後からパールの驚く声が聞こえた。
『オバ?』
『ウチの直ぐ近くに住んでるの、でもどうして叔母様がここに?』
パールはそう言いながら入口に立つ俺をすり抜け叔母様の元へと駆け寄った。一方、その叔母は知り合いの顔を見てホッとしたのか、まるで糸が切れた人形の様に膝から崩れ落ちた。顔を見れば頬から涙が幾つも伝っており、その様子を見たパールも俺達も一様に驚いた。一体何がどうしたのだろうか?
『積もる話はあるが、先ずは部屋に入っても良いかな?ソコのご婦人はベッドで休んでもらった方が良いだろう。』
ジルコンの提案にパールは叔母を軽々と持ち上げると部屋に入り、ベッドに寝かせると飲み物を持ってきて彼女の傍に置いた。一方、ジルコンとアゾゼオは集まった俺達を見て軽く会釈すると、ココに来るまでに何があったか語り始めた。だがその顔は神妙を通り越し悲痛の色が浮かんでいる。
『先に結論から言っておいた方が良いだろう。パール君。君には言い辛い話だが……』
『何となく分かっています。』
『そうか。先程、君のご両親と使用人が遺体で見つかった。プロの暗殺者の仕業だ。』
『そう、ですか。』
パールはそう言うと隣に立つ俺にしだれ掛かって来た。顔を見れば真っ青で、更に目元には涙が滲んでいる。分かっていたとは言え、面と向かって突きつけられればやはり耐えられなかったようだ。彼女はそのまま俺の胸元に顔をうずめ、暫く動かなくなった。流石のこの状況にルチルもアメジストも何も言えず、ただ黙ってその様子を見守る。
『ところで、どうしてプロの仕業だと断定出来たんです?』
重苦しい雰囲気に耐えかねたブルーがアゾゼオにそう尋ねた。この人なら傷口とか手口から特定しそうなものだけど、でも確かに断定するのはちょっと不思議だと思っていた。
『あぁ、捕まえたからな。』
『えッ?つ、捕まえた?』
この人、しゃあしゃあと凄いこと言うなぁ。グランディが驚き戸惑う声を漏らせば、ブルーとオブシディアンもソレに続いた。
『あの程度ならば雑作も無いよ。しかし君達、運が良かったね。』
『運って、まさか……』
『昨日、我々の到着がもう少し遅ければ君達の誰か、あるいは総裁以外の全員が命を落としていた可能性もあった。如何に総裁が強かろうとも、君達と言う荷物を無傷で守り通すのは困難だ。』
『あぁ。狙いは恐らくそこのご婦人と君達、理由は真相に近づいたからとみていい。』
ジルコンはそう言うとベッドに横たわるパールの叔母へと視線を移した。自然と全員の視線がその女性へと向かう。この人が、いやこの人も真相に近づいてしまったのか。
『そうだ。元々は彼女の方から我々に保護を求めてきたのだ。パール殿のご両親の遺体が見つかってから程なくだったから、恐らくご婦人は何か重要な話を聞いてしまったか教えられたのだろうが、当人達が揃って遺体となった事で次は自分の番だと怖くなったんだろうね。』
『で、我々が保護して君達のところに向かう最中、暗殺者が襲撃してきたという訳だ。ご婦人は良い勘をしているよ。もう少し遅ければ凶刃に掛かっていた。』
アゾゼオは一連の出来事をそう締めくくった。
『でも、コレで事態は好転しますよね?暗殺者を捉えたというならばそっちからも情報を引き出せるでしょうし。』
『ソレは無いよ。暗殺者に最も必要な素養から判断すれば、ね。』
襲撃犯が捕まったという事実に安堵したのか、それとも真相に近づけると考えたのか。話を聞いたブルーは若干興奮気味だったが、しかし直後アゾゼオに冷や水を浴びせられた。
『素養?強さじゃないんですか?』
『ソレは当たり前。最も必要なのは信頼だよ。例えば君が誰かに秘密の依頼を持ち掛けると仮定する。候補は2人いて技量は同じ、但し口の軽いヤツと硬いヤツに分かれている時、君は何方に依頼するか、と考えれば分かりやすいだろう?』
『そうか……暗殺なんて絶対に周囲にバレたくない仕事を頼むのに、口の軽いヤツに依頼する訳ないですよね。』
『つまり、もう死んでるって事か?』
アゾゼオの問答に納得したブルーの言葉に重ねる形でルチルが口を開いた。
『恐らくは。だが念のため、君に診て貰いたい。解毒を含む高度な治療措置が出来るならば、無理やりにでも蘇生させて情報を引き出せるかもしれない。』
『分かった。だけどその前にこのご婦人が一体何を知っているのか聞いておきたいな。』
ルチルの言葉に再び全員がベッドに横たわるパールの叔母を見つめる。何時の間にか意識を取り戻した彼女は全員の視線に何かを覚悟したようだ。
『は、はい。あの、実は兄から教えられたんです。近々、ココで大きな騒動が起きるって。だから逃げるなら今の内だって。』
『騒動?』
『はい。でも、あの……具体的に何が起こるかまでは教えてくれなかったんです。曖昧に、濁して。だけど今にして思えば、言ってしまえば確実に殺されてしまうって分かっていたんじゃないかと思えるんです。』
彼女はそう言うと黙り込んでしまった。
『何ともふわっとしているな。』
『あぁ。しかしヴィルゴの件を考えれば、下手すればこの大都市リブラ全域を巻き込む可能性もある。』
その言葉に誰も、何も言えなかった。何かが起こる。それまで曖昧だった予感がはっきりとした輪郭を取る。朧気ではない、はっきりとした悪意を纏った敵の姿が見える。
『まぁ、説明し終わればこっちは空振りって訳さ。』
情報収集の結果を淡々と伝えるルチルの言葉にトリオはそうかと落胆する。何事もそうそう上手く進む保証はない。
『コッチはそうでもないけど、その代わりに散々だったわッ。』
開口一番、パールは不満を漏らした。どうやら大変な目にあったらしい。
『えぇ。そりゃあもう。何せ正体不明の敵に襲撃されたんですから。』
彼女に続いて不満を零すのはグランディ。
『とにかく、今は持ち寄った情報を交換しましょう。とは言っても俺達の方も上位区画に向かった学長の後を付けていたらパールの家に辿り着いた位でして。』
仕方ないとばかりに場を仕切るブルーが口火を切るが、どうやら彼の方にそれらしい収穫は無かったみたいだ。
『そう言う訳だから私が纏めて話すわね。先ずは家に戻って話を聞こうと思ったんだけど、だけどまともな情報を引き出せなかったのね。何せ戻るや"何でいう事を聞かない!!"とか"親心が分からないのか!!"とか、"平穏無事にこの都市から出られるチャンスだったのに!!"ってとにかく怒るばかりでまともに話が出来なかったんだから!!で、そのまま口論になってェ……』
が、当時の事を話し始めるやどんどんと憤慨、更に露骨なまでに嫌な表情を浮かべ始めた。彼女から語られる情報は殆どなく、口からマシンガンの如く吐き出されるのは両親への不満ばかり。こりゃあ駄目だな。
『ま、まぁそう言う訳ですよ。で、彼女の両親から話を聞けないと知った俺とグランディは手分けして彼女の知り合いに話を聞いて回ることにしたんです。結果、俺の方は空振りだったんですけど。』
『俺も特に何もなかったんですけど、だけどちょっとした伝手があったんでソッチ当たってたら、妙な話を聞けましてね。』
と、いう訳で冷静なグランディが代打で話を続ける。怒り心頭のパールは暫く話にならないだろう。だけど一体何があったんだろうか。
『いや、妙って言ってもここ数カ月の間にソコソコの数の縁談が決まったって話なんですよ。』
『別に不思議じゃないだろ?』
上流階級の常識に疎いルチルが疑問を口に出すと、アメジストとブルーも同じ反応を返した。俺も同じだ。ただの偶然に見えるけど、でも何がおかしいんだろう?
『貴族って特に横方向の繋がりを重視していましてね、だからそう言った畏まった場に出席しないって不義理を働きづらいんです。各方面と調整とかも大変って話だから基本的に示し合わせるモンなんですよ。』
そう言う事か。俺達にはよく分からないしがらみがあるんだな、とグランディの説明に全員仲良く相槌を打ち……
『上位区画に住む貴族達の一部は、具体性はないけど何かキナ臭い気配を感じている。だから結婚という形で子供を逃がし、次に自分達も逃げようとしている、と言ったところでしょうかね?』
そこまでの情報を元にブルーが貴族の行動理由を予測すると全員が"なるほど"と声を上げた。
『確たる証拠はありませんが、でも少しずつ事実を積み上げていけばそうなるでしょう。そして、魔術学舎の学長も何らかの形で関与しているようです。高位の魔術を使って上位区画に侵入してましたからね、あの人。』
『そーですねぇ。でも学長さん、何の用があって上位区画に行ったんでしょうね?』
『俺、余り詳しくないんですけど、そのご老人は貴族ではないんですか?』
事実についていけないのか、オブシディアンはしどろもどろに問いかけた。彼は下位区画出身なのか。
『叩き上げですよ。苦学生で色々と苦労した、なんて昔話を自慢げに話していましたから。』
『で、結局どんな要件だったんだ?』
『それが襲撃に続く訳です。』
ブルーの口からグランディと同じ単語が出た。襲撃……漸く話が本筋に向かう様だ。しかし、コッチは何の問題も無く終わったものだからてっきり上位区画側も平穏無事に済むと思っていたが、まさか襲撃されているとは。
『どうやら後を付けていたのがバレていたようでして、面目ない。』
もう引き返せないとは言え、だからと言って無理をすべきじゃない。寧ろ命があって良かったと、素直にそう思う。
『えへへ。心配されちゃった。』
……前言撤回します。
『で、具体的に何があったんだ?』
『へふへーふふんへはりゃひへー。』
(説明するんで離してー)
『お前はちょっと黙ってろ。』
が、仮にもエルフの代表であり魔術界隈の頂点であるアメジストのだらしなく緩んだ頬を抓るルチルという構図を見たブルーは驚き固まった。俺の視界の外で何やったんですかね。
『じゃあ私が。』
ならばと横から口を出したのはパール。漸く冷静になったのか、彼女は事の経緯を語り始めた。
『私達、3人でアチコチ聞きまわって。で、一通り聞き終わったんで帰ろうってなって話になったんですけど、でもその前に一応両親にもう戻るつもりないって啖呵切りにいったら使用人含めて誰もいなくて。そんな矢先に庭先に不審な人影を見つけたんで、急いで向かったら……』
『鉢合わせたんだ?』
『はい。俺達もまさか学長が向かった先がパールの家だというのは予想外でして……ですが、その時は学長を見つけられませんでした。』
『それから、一旦引き上げようって話になりました。パールのご両親とか使用人までが消えたのは不自然だけど、魔術界まで関わってるなら俺達は足手纏いにしかならないよって提案したんです。』
そう説明したオブシディアンの判断は現状では正しい様に思える。
『だけど、引き上げようとした矢先……ドカンとやられてしまった訳です。』
『まさか上位区画内で仕掛けてくるとは思いませんでしたよ。何せ近くにはリブラ城もあります。そんな場所で暴れるなんて正気の沙汰とは思えない。しかも異様な程に強い手練れをわんさか連れてきているようで、その様子から明らかに俺達が邪魔だという気配を感じました。』
当時を思い返したブルーの目にはどことなく恐怖の色が浮かんでいた。それ程の衝撃を受けたのだろう。良く生きてたな、と思う。
『まぁ、総裁のお陰が大きいです。事実、私達じゃあ全く歯が立ちませんでしたから。』
その時を思い出したパールはそう評した。彼女達も決して弱いという訳じゃない筈なのに、ソレを容易く押し込む様な連中を簡単に用意するというのも驚きだ。
『えへへ。褒め……』
アメジスト、落ち着け。
『でも流石の総裁も私達と言うお荷物を抱えながらでは限界がありまして、少しずつ押され始めたところに助っ人が現れました。』
「助っ人?」
『ジルコン殿とアゾゼオ殿です。この事態に真っ先に駆け付けて頂いたお二方と総裁により難なく事態は鎮圧。俺達はジルコン殿の計らいで事情聴取からすんなり解放されるとそのまま下位区画で大人しくしてました。結果として、何か怪しいとは分かったんですが、しかし具体的に何がどう怪しいというのは分かりま……』
と、そこまでブルーが話しているとコンコンと部屋の扉をノックする声が響いた。全員の視線が扉へと集まると……
『全員ココに居ると踏んだのだが、入っても良いかね?』
その向こうから聞こえてきたのはジルコンの声だった。
※※※
扉を開けた俺達の前に姿を見せたのはジルコン、アゾゼオ、そして後1人……は、誰だこの人?着ている服とか雰囲気から上流階級の偉い人っぽい雰囲気は出しているが、それ以上は分からない。何せその人、誰とも目を合わせないし何も喋ろうともしない。
『あ、叔母様!!』
背後からパールの驚く声が聞こえた。
『オバ?』
『ウチの直ぐ近くに住んでるの、でもどうして叔母様がここに?』
パールはそう言いながら入口に立つ俺をすり抜け叔母様の元へと駆け寄った。一方、その叔母は知り合いの顔を見てホッとしたのか、まるで糸が切れた人形の様に膝から崩れ落ちた。顔を見れば頬から涙が幾つも伝っており、その様子を見たパールも俺達も一様に驚いた。一体何がどうしたのだろうか?
『積もる話はあるが、先ずは部屋に入っても良いかな?ソコのご婦人はベッドで休んでもらった方が良いだろう。』
ジルコンの提案にパールは叔母を軽々と持ち上げると部屋に入り、ベッドに寝かせると飲み物を持ってきて彼女の傍に置いた。一方、ジルコンとアゾゼオは集まった俺達を見て軽く会釈すると、ココに来るまでに何があったか語り始めた。だがその顔は神妙を通り越し悲痛の色が浮かんでいる。
『先に結論から言っておいた方が良いだろう。パール君。君には言い辛い話だが……』
『何となく分かっています。』
『そうか。先程、君のご両親と使用人が遺体で見つかった。プロの暗殺者の仕業だ。』
『そう、ですか。』
パールはそう言うと隣に立つ俺にしだれ掛かって来た。顔を見れば真っ青で、更に目元には涙が滲んでいる。分かっていたとは言え、面と向かって突きつけられればやはり耐えられなかったようだ。彼女はそのまま俺の胸元に顔をうずめ、暫く動かなくなった。流石のこの状況にルチルもアメジストも何も言えず、ただ黙ってその様子を見守る。
『ところで、どうしてプロの仕業だと断定出来たんです?』
重苦しい雰囲気に耐えかねたブルーがアゾゼオにそう尋ねた。この人なら傷口とか手口から特定しそうなものだけど、でも確かに断定するのはちょっと不思議だと思っていた。
『あぁ、捕まえたからな。』
『えッ?つ、捕まえた?』
この人、しゃあしゃあと凄いこと言うなぁ。グランディが驚き戸惑う声を漏らせば、ブルーとオブシディアンもソレに続いた。
『あの程度ならば雑作も無いよ。しかし君達、運が良かったね。』
『運って、まさか……』
『昨日、我々の到着がもう少し遅ければ君達の誰か、あるいは総裁以外の全員が命を落としていた可能性もあった。如何に総裁が強かろうとも、君達と言う荷物を無傷で守り通すのは困難だ。』
『あぁ。狙いは恐らくそこのご婦人と君達、理由は真相に近づいたからとみていい。』
ジルコンはそう言うとベッドに横たわるパールの叔母へと視線を移した。自然と全員の視線がその女性へと向かう。この人が、いやこの人も真相に近づいてしまったのか。
『そうだ。元々は彼女の方から我々に保護を求めてきたのだ。パール殿のご両親の遺体が見つかってから程なくだったから、恐らくご婦人は何か重要な話を聞いてしまったか教えられたのだろうが、当人達が揃って遺体となった事で次は自分の番だと怖くなったんだろうね。』
『で、我々が保護して君達のところに向かう最中、暗殺者が襲撃してきたという訳だ。ご婦人は良い勘をしているよ。もう少し遅ければ凶刃に掛かっていた。』
アゾゼオは一連の出来事をそう締めくくった。
『でも、コレで事態は好転しますよね?暗殺者を捉えたというならばそっちからも情報を引き出せるでしょうし。』
『ソレは無いよ。暗殺者に最も必要な素養から判断すれば、ね。』
襲撃犯が捕まったという事実に安堵したのか、それとも真相に近づけると考えたのか。話を聞いたブルーは若干興奮気味だったが、しかし直後アゾゼオに冷や水を浴びせられた。
『素養?強さじゃないんですか?』
『ソレは当たり前。最も必要なのは信頼だよ。例えば君が誰かに秘密の依頼を持ち掛けると仮定する。候補は2人いて技量は同じ、但し口の軽いヤツと硬いヤツに分かれている時、君は何方に依頼するか、と考えれば分かりやすいだろう?』
『そうか……暗殺なんて絶対に周囲にバレたくない仕事を頼むのに、口の軽いヤツに依頼する訳ないですよね。』
『つまり、もう死んでるって事か?』
アゾゼオの問答に納得したブルーの言葉に重ねる形でルチルが口を開いた。
『恐らくは。だが念のため、君に診て貰いたい。解毒を含む高度な治療措置が出来るならば、無理やりにでも蘇生させて情報を引き出せるかもしれない。』
『分かった。だけどその前にこのご婦人が一体何を知っているのか聞いておきたいな。』
ルチルの言葉に再び全員がベッドに横たわるパールの叔母を見つめる。何時の間にか意識を取り戻した彼女は全員の視線に何かを覚悟したようだ。
『は、はい。あの、実は兄から教えられたんです。近々、ココで大きな騒動が起きるって。だから逃げるなら今の内だって。』
『騒動?』
『はい。でも、あの……具体的に何が起こるかまでは教えてくれなかったんです。曖昧に、濁して。だけど今にして思えば、言ってしまえば確実に殺されてしまうって分かっていたんじゃないかと思えるんです。』
彼女はそう言うと黙り込んでしまった。
『何ともふわっとしているな。』
『あぁ。しかしヴィルゴの件を考えれば、下手すればこの大都市リブラ全域を巻き込む可能性もある。』
その言葉に誰も、何も言えなかった。何かが起こる。それまで曖昧だった予感がはっきりとした輪郭を取る。朧気ではない、はっきりとした悪意を纏った敵の姿が見える。
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