上 下
45 / 72
アインワース大陸編

武術学園 ~ 次男スピネル

しおりを挟む
 ――入学試験の翌日

「この人は?」

 俺は隣に立つ教師にそう尋ねた。外を見れば朝もやが掛かっており、まだ起きるには少々早い時刻だ。が、そんな時間に部屋の扉を激しく叩く音に起こされた俺は、扉の前にドンと立っていたこの教師に連れられる形で学園の一室に連行された訳なのだけど、正直何故この時刻?どうして俺?等々、頭から疑問点が浮かんでは消える状態だ。

『当学園の理事長であり、また皇帝陛下の次男でもあるスピネル様です。同時に帝国財務管理長官でもありますから、くれぐれも失礼のない様に。』

 教師はそう教えてくれると、目が一気に冴えた。昨日派手に暴れた甲斐が有ったのか無かったのかは定かではないけど、トントン拍子に2人目と接触できたのは幸運だ。眠気が完全に冷めた俺は目の前の豪華な机の奥に座るまだ年若い理事長を見つめるが……

『ふあぁぁあ……やぁ、おはよ。』

 開口一番が欠伸とは、さてはコイツやる気ねぇな。

『君の噂はかねがね。生徒達には余計なことは喋らない様に注意したけど、肝心の兄上が熱心に話していたからね。』

 アンダルサイトが?どんな風に言っていたんだろうか。と言うか試験とは言え皇子殴り飛ばしても何のお咎めも無いのか。

『さて、君の編入試験の件だけど……改めて学長である僕から合格を出そう。実力については申し分ない。が、流石に申し分なさ過ぎてね。なので君専用の特別カリキュラムを組ませて貰いたいと思って呼びつけたのさ。』

 特別?その言葉が何とも心地よい響きではあるのは知っているけど、でも何をさせられるんだろう。出来れば目立たず地味であることを祈るばかりだ。

『そう構えなくて良いよ。ただ、ちょっとばかし授業を前倒しするだけさ。ところでギルドって知ってる?』

 藪から棒にそんな質問をされた。ギルド……ギルド?あぁ、聞いた記憶がある。確かハイペリオンから出た直後の船内でアイオライトと揉めた連中がナントカギルドから派遣されたとか言っていたし、ジルコンもギルドの偉い人だと言っていたな。

『ちょっと理事長、まさか……前代未聞ですよ。入学したばかりの生徒にクエスト任せるなんて!!』

 それまでボケっと立っていた教師が突然反抗した。何だろう、また嫌な予感がする。

『そのまさか。君にはクエストを受けて貰いたい。ギルドとは職業組合。彼等が抱える問題を解決し、報酬をもらう。この一連を我が学園ではクエストと呼ぶ。内容は様々だが、当然武術学園に依頼する内容だから危険な内容が多く、油断すれば命を落とすケースもある。けどメリットも多いよ。先ず当然ながら報酬。学園が幾らか紹介料を差し引くが、残りは参加メンバーで等分される。次に名声、解決すれば当然各所に名が知れる。鉄騎兵にせよ近衛にせよ基本的に個で動くことなど滅多にないんだけど、例えば名を上げた者は重要な任務をに対し名指しで指名されるケースも往々にしてある。どうだい、やってみるかい?』

 この人、金の話になった途端にエラく生き生きとし始めたが、でも騙しているとか嘘を言っているような感じには見えなかった。が、これ以上目立つなって釘刺されたばかりなんだよなぁ。

『アレ、あまり乗り気じゃないねぇ?生徒の間じゃあクエスト参加が1つの評価基準になってるんだけどなぁ。』

 そうなんだ。でもそうなると参加は見送った方が良いような気もする。名が知れ渡ればって、ソレ目立つって事だよね。だけど一方で懸念点もある。理事長は俺の能力を見込んでクエスト……地球むこうで言うインターンシップの様な制度に俺を推薦した。もし引き受ければこの先もこうして話す機会が出てくるだろうけど、断ればもう会ってはくれないだろう。期待に応えないような人間はバッサリと切り捨てるような、そんな印象がある。さて、どうしようか。

『クエストに赴くというのは成績優秀者の中から更に選抜された精鋭の証なんだ。ソレにさっきも言ったけど、クエスト成功は名声の上昇につながる。それに、そもそも卒業できれば万々歳なんて半端な思考の生徒はココに居ない。誰もが強くなることに、何より力で名声を得ることに貪欲だ。まぁ……君を馬鹿にして返り討ちにあった連中みたいなやつを生み出す土壌になっていることは否めないけども。あ、その件、今更だけどごめんね。』

 軽ッ!!謝ってくれたけど軽い上に緩いぞ。どういう性格してるんだ。コッチは昨日に続き二択問題に頭を痛めているというのに。

『理事長……』

『だーめ。これ、決定事項。ウダウダと無意味な議論する時間が勿体ない。君達、事あるごとに前例前例言うけど、残酷な現実は前例あろうがなかろうが無関係に、ある日突然襲ってくるよ。必要なのは即断で正しい選択を行う胆力とその為の情報収集って何時も言ってるでしょ?』

『しかし……』

『そうやって前例に倣った結果、学園の財政悪化させたのだーれ?立て直したのだーれ?』

『むぐぐぐ……』

 その言葉に教師は臍を噛む。どうやら頭が上がらないようだ。それにしても、立て直した?この人、線の細い優男で頼りなさげな印象あるけど、実際は相当に優秀なのか。そう言えばこの人もエンジェラやアンダルサイトと同じ皇帝の血筋なんだよな。と、そんなやり取りを見ていたら、そう言えば優秀な人って結構即断で物を決める傾向があるよな……と、数少ないリアルの人間関係から導き出した持論を思い出した。覚悟、決めた方が良さそうだ。

『で、どうする?』

「分かりました。」

 散々悩んだが、引き受けた方が良いと思った。評価の為じゃない、下手に断ってこの人との繋がりが消えるという点の方が今の俺にしてみればデメリットだと考えたからだ。

『そうそう。人間お金に素直なのが一番だよね。』

 違う……と言いたいが黙っておこう。が、しかしこの人なんでこんなに金に執着してるんだろう。俺の返答聞いた時に見せた笑顔って絶対カネ絡みだよね。

『さて、じゃあ……あーあー、コチラ理事長。入ってきていいよ。』

 金に執着する理事長は、次に人工妖精エアリーを取り出すと誰かを呼び出した。直後、背後の扉をノックする声が響き、続いて数人が理事長室へと入ってくる足音が聞こえた。

『お待たせしました理事長。』

『こちらこそー。さて、今回のクエスト参加メンバーは理事長権限で君達に決定させてもらったよ。成績優秀で判断能力も申し分ない。』

『ありがとうございます!!』

『しかし、その……1つ宜しいでしょうか?その人は誰です?』

 最初に低い男の大声が聞こえ、次に冷静そうな女の声が聞こえた。明らかに俺への不信感に満ちているのが言葉遣いからわかる。

『あぁ、君達は知らないのか。そこの彼が僕の兄上とガチンコで殴り合った噂の新入生だよ。』

『『『えっ!!』』』

 知らんかったんかい……っていうか何も知らない状況は本来なら好都合なのに、この人は何で余計なことを言ってしまったのか。ほら見ろ、彼等全員後ずさってるじゃないか。

「あー、宜しく。」

『は、はひ。』

 率先して自己紹介をしたけど、やはり溝は埋まらず。ま、ソレは良いんだけどまるで化け物を見るような目で見ないでくれ。

『あ、アナタがアンダルサイト様をボコボコにした恐れ知らずの新入生……』

 ちょっと語弊があるね。寧ろそんなことしたら俺の首と胴が泣き別れしているよ今頃。

『う、うぉおって……意外と地味だ。』

 悪かったな。

『さて、じゃあ顔合わせも済んだことだし……』

 いやいや。ちょっと早すぎでしょ?もう出発するのか。それとも、もしかしてさっさとクエスト行って欲しいから早朝から呼び出したのか?

『そうだよ。君、兄上ボコボコにする位に豪胆かと思ったら妙に慎重だね?』

 してないですよ。寧ろボコボコにされてたんですけど……

『いやぁ、嘘は止めた方が良いでしょ?』

 そこの教師、ちょっと黙って。

『そうそう。兄上、かなり根に持ってたよ?性格は悪くないんだけど脳筋というか判断基準が強いか弱いかしかないというか、とにかくその内またリベンジしに来ると思うから、面倒じゃなければ死なない程度に相手してあげてよ。』

 なんやこの人、兄弟の話なのになんでこんな雑で適当なの。お兄さん草葉の陰で泣くよきっと。後、後ろの3人との溝が広がるからそれ以上余計な事を喋らないでお願い。

『おっと、話が逸れちゃったね。オホン。さて、伊佐凪竜一。君は実力については申し分ないが、兄上の話では瞬間的な判断能力に難があると評価されていた。一方、君と行動を共にする彼等は逆にその点が優れている。後ろの君達も評価が欲しければ物怖じしている余裕はないよ?互いを補い合い、見事クエストを達成してきて欲しい。』

『『『分かりました。』』』

「は、はい。」

 その言葉に俺達は素直に返事した。こうなってしまうのは仕方ないし想定内、ならばせめて目立たず騒がず静かに仕事を熟そう。

『そうしないとコッチに金が入ってこないんでね。』

 おいおい、ヤッパリ金かい。拝金主義者なのか?

『そんじゃまあ後は若い者同士で頑張ってねん。じゃ、今日はこの辺でお開き。僕はこの後も予定があるから、後の事はギルドの人から聞いてね。あーそうそう、今日のクエストは魔術学舎と合同だから。』

『『『はい。』』』

 3人は理事長の言葉に勢い良く返事を返した。一方、俺は何やら嫌な予感に胸がザワついてそれどころじゃなかった。魔術学舎と言えばアメジストが留学している場所。まさか……来ないよね?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

召喚と同時に「嫌われた分だけ強くなる呪い」を掛けられました

東山レオ
ファンタジー
異世界に召喚された主人公フユキは嫌われたら強くなる呪いをかけられた! この呪いを活かして魔王を殺せ! そうすれば元の世界に帰れる、とのことだが進んで人に嫌われるのは中々キッツい! それでも元の世界に帰るためには手段を選んじゃいられない!……と思ってたけどやっぱ辛い。 ※最初主人公は嫌われるために色々悪さをしますが、色んな出会いがあって徐々に心を取り戻していきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...