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アインワース大陸編
編入試験 ~ 長男アンダルサイト 其の1
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――リブラ帝国上位区画内 要人宿泊施設内
朝。目を覚ませば何とも非日常的ではあるが同時に懐かしくもある光景が広がっていた。
『ム~ム~!!』
縛られてるよ。アメジスト縛られてるよ。だけどルチルはいないのに誰が……いやしかし本当に懐かしい光景だ。何時ぶりだろうか。
『おはようございます。』
うわっ。と、少し昔を思い出している最中、不意に掛けられた声につい反射的に叫んだ。起き上がって声の方を見るとエンジェラの姿。君、なんでいるの?いやそもそも鍵は?
『昨日言い忘れてしまった学園に関する情報について教えておこうと思いまして。後ついでに朝食も持って参りました。大したものではありませんが腹に収めておいてください。味の方は問題ないですよ。私を含む兄弟達は武術魔術勉学は当たり前、掃除洗濯から料理に至るまで一通りをこなせるよう厳しく教育されておりますので。』
良い人でした。第一王女の肩書きと初対面の対応から随分と冷めた印象持っていたけど……
『そんなふうに思っていたんですか?』
だけど良い人でした。良い女ってこう言う人を言うんだよね。シトリンとかもそうだけど。
『んなッ。そ、そそそそそそうかかかッ!!』
すいません、また声に出してました。
『う、うむ。と、ところで此奴は誰だ?リュウイチ様のお部屋に不法侵入しよううとしていたので捕まえたのだが?』
総裁です……言えないんですけど、非常に残念なお知らせですが総裁なんです。
『むむむむーむむむむむーむむむむむむむむー。』
(わたしはあなたのおよめさんですよー)
「知り合いです。」
『知り合い、ですか?』
『むむむむむむぅ。むむむむむむむむー』
(違いますよぉ。およめさんですよー)
『何か否定しておられるようですが?』
「知り合いです。」
『そ、そうですか。』
彼女はそれ以上言わなかった。アメジストにはそれ以上喋らせなかった。コレ、入学初日の朝なんすけど……
※※※
――学園前
武術とは付いているがそれでも学園という位だから中学校とか高校をイメージしていたのだが、やはりちょっと浅はかだった。先ずそもそも学園とは言うが超巨大な敷地の奥にポツンと建物があるだけ。しかもそれ自体も荒天用の室内訓練所が大半を占め、教職員や生徒用のスペースなどは全体からすれば殆どないに等しい。
入学した生徒は入学試験の結果や本人の希望や適正などの諸々から総合的に判断され、それぞれ近衛、鉄騎兵、魔獣駆除の専門学科に回される。学科としての上下は一応ないが、やはり近衛は他の2つよりも上の扱いらしい。精鋭中の精鋭という触れ込みなので仕方ない。
『ソイツが入学希望者か?』
『は、はい。アンダルサイト様。』
隣を歩く職員に施設や学科の情報を教えられていると、不意に背後から声を掛けられた。落ち着いた男の声とその声に驚きながら反応する職員の声……が、名前を聞いた俺は反射的に声の方向を振りむいた。
そこには俺よりも一回り以上は背の高い精悍な顔つきの男が立っていた。短く切り揃えられた髪、身体つきはジルコンと比較すれば細いが、それでも十分以上に鍛えられているのが一目で分かる程度にガッチリとしている。
『なるほどなぁ。あのジルコンが推薦したと言うからどれ程の化け物かと思ったが、見た目は案外普通だな。』
『そうですね。ですがこんな時期に特別推薦されるというので生徒達も色めきだっていますよ。』
そう言うと2人は俺を見つめた。視線はどことなしか冷たく、まるで品定めか値踏みでもしている様な感覚に不快感さえ覚える。
『試験内容は?』
『教職員との模擬戦を予定しております。』
『身体能力の測定は必要なしか。分かった。試験時間を少し伸ばせ。俺も見たい。』
アレ?話と違うような、確か身体能力の測定じゃなかったか……と疑問を口に出せない間にも話はドンドンと進む。
『は、ハイ。しかし、授業の兼ね合いもございますので長くは伸ばせませんが、宜しいでしょうか?』
『構わん。では頼んだぞ。』
そう言うと男は俺に見向きもしないまま通り過ぎた。十分以上に鍛えらえれた肉体が俺の横を掠めるように通り過ぎた直後、鋭い針で刺されたようなチクチクとした感覚が表皮から身体を突き抜けた。
『気迫には敏感なようですね、しかも気圧されている様子もない。結構、結構。』
『気迫?』
『人の意志が発する目視出来ない力のことですよ。弱い意志は強い意志に呑まれ、戦意を喪失してしまうケースもあります。では参りましょうか。』
『は、はい。』
そう言うと職員は再び歩き始めるが、その目はさっきよりも明らかに冷めていた……いや、どことなく敵意さえ感じる。一体何がどうなっているのか、あの男はそれ程に影響力が強くて(当たり前だけど)、俺を気に掛けているからムカついたとか、だろうか。いやそうであって欲しい。それ位に単純ならコッチも動きやすいんだけど。いやそれよりも試験内容が急に変わったという方が問題だ。ただの手違いとか、急に変わったとかなら問題ないのだけど。
※※※
――武術学園 中庭
『相手をするのは東洋武術と西洋剣術の師範クラス。アナタではまず勝ち目がありませんが、試験内容は勝敗を見ていません。アナタの実力と適性を測る為の物という事をお忘れなきよう。勝敗に固執して実力を出し切れない無様を晒す入学試験生は後を絶ちませんので、念のため忠告しておきますよ。』
「ありがとうございます。」
『結構、素直なのも才能の1つです。さて、では準備は宜しいですか?』
試験の段取りを整える教師は俺にそう尋ねた。準備は万端でコチラは問題ない。が、アッチはどうだろうな。ねめつけるような視線を向ける西洋剣術師範は、さっき廊下で通り過ぎた時に感じた気迫を俺にぶつけている。最初は見下していると感じたけど、これはどうも違う……まるで殺すつもりみたいだとさえ感じた。まさか、ね。たかがテストで殺し合いになる訳が無い。
『お、やってるな。』
意識を強引に切り替えようとした矢先、試験内容を評価する為に集まった職員がざわつき始め、同時に聞き覚えのある声が耳に届いた。ジルコンだ。
抜きんでて背の高い彼に周囲の視線が一気に集まる。それはもう試験など眼中に無いと言った感じであり、俺達以外の誰もが羨望の視線を送るが、どうやら試験官はそれがいたく不満らしく、フンと鼻息を荒げながら"アナタの推薦とは言え手加減はしませんよ?"なんて厭味を飛ばした。
『それは手厳しい。アナタに勝つにはまだまだ経験が足りませんから、どうか優しくしてあげてくださいよ。』
露骨な不快感を露にする試験官の棘塗れの発言をジルコンは軽くいなすと俺に目配せをした。そう言えば昨日、必要書類を提出とかナントカ言っていたけど、まさか推薦までしてるとは……と考えたけど馬鹿正直に皇帝から推薦なんて目立つから当然の判断か。
『オホン。それでは試験を開始してください。』
何はともあれ試験開始だ。ルチルや皇帝と約束した手前、派手に目立つ真似は避けなければならない。とは言え試験でそこまで派手に暴れる事など無い筈。何より俺の相手をする試験官の異様なまでのやる気を見れば……と考え始めた直後、その考えが甘い事を悟った。理由は分からないけどこの男、俺を殺すつもり出来ている。周囲がざわつき始める。試験官の攻撃は的確に喉、心臓と立て続け且つ正確に急所を狙った。回避しなければ確実に死んでいたぞ。
『おい、いいのか?アレ、訓練用じゃないだろ?幾ら何でも危険すぎじゃないか?』
『え、えぇ。でも、ホラ大丈夫ですよきっと。』
いや、大丈夫じゃないだろ?次の試験官が隣の職員に声を掛けるが、しかし返事はにべもない。明らかに異様な雰囲気だけどどうやら試験は中断されないようだ。風向きが怪しくなってきた、何かがおかしい、そんな気配が漂う。
『ほらほらどうしたぁ。防戦一方ではとても合格なんて出せんぞ?』
「く、くそッ!!」
思わず口から文句が零れる。コイツ。口だけじゃない。的確な刺突攻撃を行ったかと思えば直後に距離を取る。コレが厄介だ。コッチから攻撃に行こうとしても次の瞬間にはもうソコにいない。更にダメ押しで次の攻撃の構えまで取っている。ヒットアンドアウェイ。急所を的確に狙う鋭く正確な攻撃に退避と次の攻撃の構えまでが常にセットになっていて、しかも淀みなく自然で素早い。流石に職員だけはある。だけど……合格できないはのちょっとまずい。
なら目立たない程度に一撃当てて昏倒させよう……と思った頃にはもう遅く、既に試験を見に大勢の生徒や教員が押し掛けていた。広めたの誰だよ。相手は手加減できない程度に強いのに、だけどこのままでは不合格。依頼の為にも試験合格は必須。どうする?
『隙ありぃ!!』
直後、大きな声と共に左肩に痛みが走った。避け損なった一撃は心臓への直撃こそ避けたもの左の上腕を貫いていた。視界に映ったのは血塗れの左腕。既にレイピアは引き抜かれており、次の攻撃態勢に移っている。
『おやおや。ジルコン殿の推薦と言うからどれほどかと期待していたんですが、これじゃあとても合格なんて出せませんねぇ。』
試験官の勝ち誇ったような声が聞こえる。顔を見れば明らかにこちらを見下しており、更にその表情は生徒にまで伝播している。誰もが中途半端な時期に学園の門戸を叩いた俺への不信感を露にしていたが、実力不相応と知るや興味なさげに引き上げたりニヤニヤと笑い始めたりと好き放題し始める。勘弁してよ、コッチだって約束とか色々あってこれ以上頑張れないのに……
『じゃあここまでにしておきましょうか?』
『そうですか。評価はどんな感じでしょう?』
『とても合格なんて出せませんよ。この程度、最低レベルの生徒でさえこなせますよ?』
『いやいや。どう考えても無理じゃないか?試験は勝敗を見ているんじゃないんだろう?』
『え、えーとそれは……しかし、師範がそうおっしゃっている以上は……』
堪らずジルコンが助け船を出してくれたが、やはり状況は変わらないどころか悪化する一方。つーか、何で何時も何時もこうなるんだ?
『試験内容について俺は詳しくないのだが、何時もこんな厳しいのか?』
『い、いいえ。ジルコン殿。それは……』
『試験内容と評価は試験官に一任されています。例えば例年以上に入学希望者が多い場合は手厳しくしたり、そう言った加減が許容されているんですよ。』
『それが推薦者に試験を行う理由か?』
『当然でしょう?こんな半端な時期に特別推薦と言う極めて異例の形で入学してくるんですよ?実力を正しく測る必要があると考えるのは別に不自然ではないでしょう?』
その言葉にジルコンは何も言わなかったが、代わりに俺を見つめると小さくうなずいた。良いんですか?ホントに良いんですか?良いんですね?ルチルへの言い訳も任せていいんですね?ならッ……
「もうあと一回良いですか?」
そう言えばコイツはきっと受けてくれる。
『流石に精神力はあるようだ。が、ソレだけでは何とも。』
「合格しますよ。」
本来はこういう性格じゃないけど、でも四の五の言ってられない。だから敢えて挑発した、すれば絶対に乗ってくる確信があった。
『ほぉ。』
俺の言葉を聞いた試験官は露骨な不快感を露にした。同時にさっきまでとは明らかに違う、明確な殺意を俺に向ける。やはりコイツ、試験にかこつけて俺を殺すつもりだ。となれば、皇帝の依頼は何としてもこなさないと。多分、昨日までの一連の流れは敵に筒抜けになっている。本気でやらないと殺される。
俺も覚悟を決めると周囲が明らかにざわつき始めた。さっきまでの軽薄な空気は完全に消え失せ、試験を無視して殺気をぶつける試験官と俺を交互に見つめる。全員が察した。この試験は何かおかしいと。
『じゃあ、死ねよ!!』
ストレートすぎるだろ。試験官は本音を暴露するや凄まじい速度で突進、同時に右手のレイピアを突き出した。その攻撃はどれだけ目を凝らしても見えない。が、狙いが分かればどうとでもなる。コイツの攻撃は正確に喉か心臓を狙っている。今、俺はそれとなく喉をガードしている。となれば狙いは心臓。だけど攻撃から退避までの一連が桁違いに速いコイツの攻撃を避けただけでは勝てない。
『なッ!!』
あの動きを止める為には攻撃を回避しては駄目だ。俺はわざとレイピアを左手に突き刺させた。
『ちぃっ!!ってアレ、オイ……』
痛いのを我慢して左手に力を籠め、レイピアの柄をギュッと握り締める。コレでもう逃げられないだろ。
『ちょ、ちょい待った。ごうペプヴァーーー!!』
意味不明な言葉を叫びながら試験官が宙を舞った。力任せに右拳を試験官の面に叩き込むと、そいつは吹っ飛びながら人だかりの中に突っ込んだ。時折ピクピクと身体が動くが、あの状況なら立ち上がれないだろう。
『あ、あのぉ。だいじょうぶですか?』
『お、おい。気絶してるぞ!?』
『嘘でしょ?試験官を一撃!?』
アレ、何かマズいな。全員の視線が一気に俺へと集まった。誰もが信じられないと言った様子で俺を見つめている。生徒も、教職員も、試験官も……だけどジルコンだけは思い切り笑ってる。あのさぁ、アンタ"行け"みたいに頷いたでしょ?
『何の騒ぎだ。』
が、その一言にそれまでの空気が一変した。全員が俺を無視して声の方向を見ると同時に硬直し、直立不動の姿勢でその男を見つめた。アンダルサイトだ。その男はそれまでの空気をたった一言で変えた。
朝。目を覚ませば何とも非日常的ではあるが同時に懐かしくもある光景が広がっていた。
『ム~ム~!!』
縛られてるよ。アメジスト縛られてるよ。だけどルチルはいないのに誰が……いやしかし本当に懐かしい光景だ。何時ぶりだろうか。
『おはようございます。』
うわっ。と、少し昔を思い出している最中、不意に掛けられた声につい反射的に叫んだ。起き上がって声の方を見るとエンジェラの姿。君、なんでいるの?いやそもそも鍵は?
『昨日言い忘れてしまった学園に関する情報について教えておこうと思いまして。後ついでに朝食も持って参りました。大したものではありませんが腹に収めておいてください。味の方は問題ないですよ。私を含む兄弟達は武術魔術勉学は当たり前、掃除洗濯から料理に至るまで一通りをこなせるよう厳しく教育されておりますので。』
良い人でした。第一王女の肩書きと初対面の対応から随分と冷めた印象持っていたけど……
『そんなふうに思っていたんですか?』
だけど良い人でした。良い女ってこう言う人を言うんだよね。シトリンとかもそうだけど。
『んなッ。そ、そそそそそそうかかかッ!!』
すいません、また声に出してました。
『う、うむ。と、ところで此奴は誰だ?リュウイチ様のお部屋に不法侵入しよううとしていたので捕まえたのだが?』
総裁です……言えないんですけど、非常に残念なお知らせですが総裁なんです。
『むむむむーむむむむむーむむむむむむむむー。』
(わたしはあなたのおよめさんですよー)
「知り合いです。」
『知り合い、ですか?』
『むむむむむむぅ。むむむむむむむむー』
(違いますよぉ。およめさんですよー)
『何か否定しておられるようですが?』
「知り合いです。」
『そ、そうですか。』
彼女はそれ以上言わなかった。アメジストにはそれ以上喋らせなかった。コレ、入学初日の朝なんすけど……
※※※
――学園前
武術とは付いているがそれでも学園という位だから中学校とか高校をイメージしていたのだが、やはりちょっと浅はかだった。先ずそもそも学園とは言うが超巨大な敷地の奥にポツンと建物があるだけ。しかもそれ自体も荒天用の室内訓練所が大半を占め、教職員や生徒用のスペースなどは全体からすれば殆どないに等しい。
入学した生徒は入学試験の結果や本人の希望や適正などの諸々から総合的に判断され、それぞれ近衛、鉄騎兵、魔獣駆除の専門学科に回される。学科としての上下は一応ないが、やはり近衛は他の2つよりも上の扱いらしい。精鋭中の精鋭という触れ込みなので仕方ない。
『ソイツが入学希望者か?』
『は、はい。アンダルサイト様。』
隣を歩く職員に施設や学科の情報を教えられていると、不意に背後から声を掛けられた。落ち着いた男の声とその声に驚きながら反応する職員の声……が、名前を聞いた俺は反射的に声の方向を振りむいた。
そこには俺よりも一回り以上は背の高い精悍な顔つきの男が立っていた。短く切り揃えられた髪、身体つきはジルコンと比較すれば細いが、それでも十分以上に鍛えられているのが一目で分かる程度にガッチリとしている。
『なるほどなぁ。あのジルコンが推薦したと言うからどれ程の化け物かと思ったが、見た目は案外普通だな。』
『そうですね。ですがこんな時期に特別推薦されるというので生徒達も色めきだっていますよ。』
そう言うと2人は俺を見つめた。視線はどことなしか冷たく、まるで品定めか値踏みでもしている様な感覚に不快感さえ覚える。
『試験内容は?』
『教職員との模擬戦を予定しております。』
『身体能力の測定は必要なしか。分かった。試験時間を少し伸ばせ。俺も見たい。』
アレ?話と違うような、確か身体能力の測定じゃなかったか……と疑問を口に出せない間にも話はドンドンと進む。
『は、ハイ。しかし、授業の兼ね合いもございますので長くは伸ばせませんが、宜しいでしょうか?』
『構わん。では頼んだぞ。』
そう言うと男は俺に見向きもしないまま通り過ぎた。十分以上に鍛えらえれた肉体が俺の横を掠めるように通り過ぎた直後、鋭い針で刺されたようなチクチクとした感覚が表皮から身体を突き抜けた。
『気迫には敏感なようですね、しかも気圧されている様子もない。結構、結構。』
『気迫?』
『人の意志が発する目視出来ない力のことですよ。弱い意志は強い意志に呑まれ、戦意を喪失してしまうケースもあります。では参りましょうか。』
『は、はい。』
そう言うと職員は再び歩き始めるが、その目はさっきよりも明らかに冷めていた……いや、どことなく敵意さえ感じる。一体何がどうなっているのか、あの男はそれ程に影響力が強くて(当たり前だけど)、俺を気に掛けているからムカついたとか、だろうか。いやそうであって欲しい。それ位に単純ならコッチも動きやすいんだけど。いやそれよりも試験内容が急に変わったという方が問題だ。ただの手違いとか、急に変わったとかなら問題ないのだけど。
※※※
――武術学園 中庭
『相手をするのは東洋武術と西洋剣術の師範クラス。アナタではまず勝ち目がありませんが、試験内容は勝敗を見ていません。アナタの実力と適性を測る為の物という事をお忘れなきよう。勝敗に固執して実力を出し切れない無様を晒す入学試験生は後を絶ちませんので、念のため忠告しておきますよ。』
「ありがとうございます。」
『結構、素直なのも才能の1つです。さて、では準備は宜しいですか?』
試験の段取りを整える教師は俺にそう尋ねた。準備は万端でコチラは問題ない。が、アッチはどうだろうな。ねめつけるような視線を向ける西洋剣術師範は、さっき廊下で通り過ぎた時に感じた気迫を俺にぶつけている。最初は見下していると感じたけど、これはどうも違う……まるで殺すつもりみたいだとさえ感じた。まさか、ね。たかがテストで殺し合いになる訳が無い。
『お、やってるな。』
意識を強引に切り替えようとした矢先、試験内容を評価する為に集まった職員がざわつき始め、同時に聞き覚えのある声が耳に届いた。ジルコンだ。
抜きんでて背の高い彼に周囲の視線が一気に集まる。それはもう試験など眼中に無いと言った感じであり、俺達以外の誰もが羨望の視線を送るが、どうやら試験官はそれがいたく不満らしく、フンと鼻息を荒げながら"アナタの推薦とは言え手加減はしませんよ?"なんて厭味を飛ばした。
『それは手厳しい。アナタに勝つにはまだまだ経験が足りませんから、どうか優しくしてあげてくださいよ。』
露骨な不快感を露にする試験官の棘塗れの発言をジルコンは軽くいなすと俺に目配せをした。そう言えば昨日、必要書類を提出とかナントカ言っていたけど、まさか推薦までしてるとは……と考えたけど馬鹿正直に皇帝から推薦なんて目立つから当然の判断か。
『オホン。それでは試験を開始してください。』
何はともあれ試験開始だ。ルチルや皇帝と約束した手前、派手に目立つ真似は避けなければならない。とは言え試験でそこまで派手に暴れる事など無い筈。何より俺の相手をする試験官の異様なまでのやる気を見れば……と考え始めた直後、その考えが甘い事を悟った。理由は分からないけどこの男、俺を殺すつもり出来ている。周囲がざわつき始める。試験官の攻撃は的確に喉、心臓と立て続け且つ正確に急所を狙った。回避しなければ確実に死んでいたぞ。
『おい、いいのか?アレ、訓練用じゃないだろ?幾ら何でも危険すぎじゃないか?』
『え、えぇ。でも、ホラ大丈夫ですよきっと。』
いや、大丈夫じゃないだろ?次の試験官が隣の職員に声を掛けるが、しかし返事はにべもない。明らかに異様な雰囲気だけどどうやら試験は中断されないようだ。風向きが怪しくなってきた、何かがおかしい、そんな気配が漂う。
『ほらほらどうしたぁ。防戦一方ではとても合格なんて出せんぞ?』
「く、くそッ!!」
思わず口から文句が零れる。コイツ。口だけじゃない。的確な刺突攻撃を行ったかと思えば直後に距離を取る。コレが厄介だ。コッチから攻撃に行こうとしても次の瞬間にはもうソコにいない。更にダメ押しで次の攻撃の構えまで取っている。ヒットアンドアウェイ。急所を的確に狙う鋭く正確な攻撃に退避と次の攻撃の構えまでが常にセットになっていて、しかも淀みなく自然で素早い。流石に職員だけはある。だけど……合格できないはのちょっとまずい。
なら目立たない程度に一撃当てて昏倒させよう……と思った頃にはもう遅く、既に試験を見に大勢の生徒や教員が押し掛けていた。広めたの誰だよ。相手は手加減できない程度に強いのに、だけどこのままでは不合格。依頼の為にも試験合格は必須。どうする?
『隙ありぃ!!』
直後、大きな声と共に左肩に痛みが走った。避け損なった一撃は心臓への直撃こそ避けたもの左の上腕を貫いていた。視界に映ったのは血塗れの左腕。既にレイピアは引き抜かれており、次の攻撃態勢に移っている。
『おやおや。ジルコン殿の推薦と言うからどれほどかと期待していたんですが、これじゃあとても合格なんて出せませんねぇ。』
試験官の勝ち誇ったような声が聞こえる。顔を見れば明らかにこちらを見下しており、更にその表情は生徒にまで伝播している。誰もが中途半端な時期に学園の門戸を叩いた俺への不信感を露にしていたが、実力不相応と知るや興味なさげに引き上げたりニヤニヤと笑い始めたりと好き放題し始める。勘弁してよ、コッチだって約束とか色々あってこれ以上頑張れないのに……
『じゃあここまでにしておきましょうか?』
『そうですか。評価はどんな感じでしょう?』
『とても合格なんて出せませんよ。この程度、最低レベルの生徒でさえこなせますよ?』
『いやいや。どう考えても無理じゃないか?試験は勝敗を見ているんじゃないんだろう?』
『え、えーとそれは……しかし、師範がそうおっしゃっている以上は……』
堪らずジルコンが助け船を出してくれたが、やはり状況は変わらないどころか悪化する一方。つーか、何で何時も何時もこうなるんだ?
『試験内容について俺は詳しくないのだが、何時もこんな厳しいのか?』
『い、いいえ。ジルコン殿。それは……』
『試験内容と評価は試験官に一任されています。例えば例年以上に入学希望者が多い場合は手厳しくしたり、そう言った加減が許容されているんですよ。』
『それが推薦者に試験を行う理由か?』
『当然でしょう?こんな半端な時期に特別推薦と言う極めて異例の形で入学してくるんですよ?実力を正しく測る必要があると考えるのは別に不自然ではないでしょう?』
その言葉にジルコンは何も言わなかったが、代わりに俺を見つめると小さくうなずいた。良いんですか?ホントに良いんですか?良いんですね?ルチルへの言い訳も任せていいんですね?ならッ……
「もうあと一回良いですか?」
そう言えばコイツはきっと受けてくれる。
『流石に精神力はあるようだ。が、ソレだけでは何とも。』
「合格しますよ。」
本来はこういう性格じゃないけど、でも四の五の言ってられない。だから敢えて挑発した、すれば絶対に乗ってくる確信があった。
『ほぉ。』
俺の言葉を聞いた試験官は露骨な不快感を露にした。同時にさっきまでとは明らかに違う、明確な殺意を俺に向ける。やはりコイツ、試験にかこつけて俺を殺すつもりだ。となれば、皇帝の依頼は何としてもこなさないと。多分、昨日までの一連の流れは敵に筒抜けになっている。本気でやらないと殺される。
俺も覚悟を決めると周囲が明らかにざわつき始めた。さっきまでの軽薄な空気は完全に消え失せ、試験を無視して殺気をぶつける試験官と俺を交互に見つめる。全員が察した。この試験は何かおかしいと。
『じゃあ、死ねよ!!』
ストレートすぎるだろ。試験官は本音を暴露するや凄まじい速度で突進、同時に右手のレイピアを突き出した。その攻撃はどれだけ目を凝らしても見えない。が、狙いが分かればどうとでもなる。コイツの攻撃は正確に喉か心臓を狙っている。今、俺はそれとなく喉をガードしている。となれば狙いは心臓。だけど攻撃から退避までの一連が桁違いに速いコイツの攻撃を避けただけでは勝てない。
『なッ!!』
あの動きを止める為には攻撃を回避しては駄目だ。俺はわざとレイピアを左手に突き刺させた。
『ちぃっ!!ってアレ、オイ……』
痛いのを我慢して左手に力を籠め、レイピアの柄をギュッと握り締める。コレでもう逃げられないだろ。
『ちょ、ちょい待った。ごうペプヴァーーー!!』
意味不明な言葉を叫びながら試験官が宙を舞った。力任せに右拳を試験官の面に叩き込むと、そいつは吹っ飛びながら人だかりの中に突っ込んだ。時折ピクピクと身体が動くが、あの状況なら立ち上がれないだろう。
『あ、あのぉ。だいじょうぶですか?』
『お、おい。気絶してるぞ!?』
『嘘でしょ?試験官を一撃!?』
アレ、何かマズいな。全員の視線が一気に俺へと集まった。誰もが信じられないと言った様子で俺を見つめている。生徒も、教職員も、試験官も……だけどジルコンだけは思い切り笑ってる。あのさぁ、アンタ"行け"みたいに頷いたでしょ?
『何の騒ぎだ。』
が、その一言にそれまでの空気が一変した。全員が俺を無視して声の方向を見ると同時に硬直し、直立不動の姿勢でその男を見つめた。アンダルサイトだ。その男はそれまでの空気をたった一言で変えた。
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
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