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アインワース大陸編

リブラ帝国 ~ 上位区画中央 リブラ城

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 ――リブラ帝国上位区画 リブラ城内

 荘厳な宮殿を取り囲む外壁の上から中を覗き見れば、等間隔に鉄騎兵が直立不動で立ち、誰かが通れば剣を掲げる。一糸乱れず、淀みない仕草で行われるソレは昨日までのちゃらんぽらんな連中とはまるで違う。練度も覚悟も段違いだと、そう感じた。が……

「なんでこんなとこ歩いてるんですかね?」

 気になるのはその一点。俺達が歩くのは彼等がいる場所とは明らかに違う人目に付かない裏道みたいな場所。

『人目につく。』

 前を歩くエンジェラは質問に答えこそしてくれたが、"何故"という肝心な部分はボカしたまま。そうですか、そう言えば朝からそうでしたね……と、その時を思い出す。

 早朝まだ日が昇り始めた頃、近衛兵の部屋を叩く音に起こされた俺は宿泊施設の裏口に停車していた馬車に乗せられ、そのまま上位区画の最奥にそびえる巨大な城の裏口に連れていかれ、と徹底して人目を避けていた。

 どうしてここまで……と、ひたすら裏道の様な場所を2人で静かに歩いていると、やがて仰々しい施設の裏手に出た。本来のルートじゃないんだろうな、と言うのは施設へと続く通路の先が城へと続いているところからも理解できた。

『さ、入るぞ。』

 静かで落ち着いた声に反応した周囲の鉄騎兵が、エンジェラに敬礼を行、施設の扉を開けた。部屋の中は円形のドーム状になっていて、中央には魔法陣が敷いていある。どうやらこれで何処かに移動するらしい。何から何まで秘密めいて成すがままに流されていると、彼女は魔法陣の中へと入るよう俺に促しつつ懐から鈴のような何かを取り出した。

 チリン……と、どこか懐かしい音が聞こえた次の瞬間には既に何処か別の場所に飛んでいた。正面には大きくて分厚そうな木製の扉、周囲を見回せばこれまた石造りで頑丈そうな円形の部屋には数枚の絵画や花を生けた花瓶が飾ってあり、床を見れば真っ赤でふかふかな絨毯が敷かれている。何処だココ?

『父上、お連れしました。』

 大きな扉の前に立ったエンジェラは扉をノックすると静かにそう伝えると扉が静かに開き、皇帝の私室と廊下を繋いだ。皇帝?そう言えば昨日そんな話をしていた。つまり今までの行動は俺と皇帝陛下が会うという情報を広められたくなかったから、という訳らしい。とは言え、想定したとはいえ実質的にこの星のトップに会う訳だから緊張しない訳がない。が、状況に戸惑う俺を他所に部屋の扉がゆっくりと開くと……その先の光景にまた驚かされた。

 ここが皇帝の私室でいいのかと、そう驚く程度にその部屋は質素だった。絨毯こそ綺麗だが、机も椅子もごくありふれた品々に見え、少なくとも皇帝が使用するには余りにも似つかわしくない程に地味だ。調度品も同じく、どれもこれもその辺で売っていそうなありふれた物で構成されている。

『ご苦労。』

 部屋の最奥から低く落ち着いた声が聞こえると、程なく1人の男が姿を見せた。年の頃は50~60位だろうか。ところどころに白髪の見える、背の高い紳士といった風情の男だ。

『全部子供達からの贈り物だよ。机と椅子はエンジェラが初めて手にした給金で買ってくれた物、棚に並ぶ本は全てアンダルサイトが遠征の際に買って来た土産、壺はスピネルが素材から拘った自作、床の質素な絨毯はジェットからの誕生日プレゼント。どれもこれも宝石、名剣、名画、その他のどれよりも価値のある物だ。物の価値とはそんな物だろう?』

 姿を見せた皇帝は俺をジッと見つめながらそう言うと、その次には優しく微笑んだ。皇帝。仰々しい呼び名からは想像出来ない位に穏やかな人だ。

『お前はその辺の椅子に座っていなさい。』

『はい。』

 まぁ流石に俺一人にしないよね。

『さて、先ずは君達を呼びつけた理由から話そう。だがその前に……』

 皇帝はそう言うとゆったりとしたローブの裾から鈴を取り出し、リンと小さく1度鳴らした。その直後、背後の扉がギィと音を立てて開き、その奥からルチルが無遠慮に入って来た。

『よう。』

 彼女は気軽にあいさつした。どうやら呼ばれたのは俺だけではないみたいだが、そもそも何故俺を呼びつけたんだろう?何が何やらサッパリだ。

『ルチル=クォーツとは先々代以前からの仲でね。ま、顔なじみという訳だ。さて、君を呼びつけた理由を話す前に先ず1つ訂正しておかなければならない事実がある。実は……』

 実は?

『ワシの病気ね、ウッソでーす。』

 いきなりなんやこの人。ホントに皇帝?

『あれぇ、コレで緊張が解れると思ったんだけどなぁ。』

 いや、おかしいなぁみたいな顔しないで。俺が異常みたいな反応しないで。おかしいのアンタだよ、言えないけど。

『申し訳ありません。父上、家族とか近しい人物の前だと大体こんな感じでして。』

『ウム。ではめでたく打ち解けたところで改めて本題に移ろう。』

 あの、打ち解けるの失敗してますよ?ダダ滑りでしたよ?やはり言えませんがね。

『話と言うのは人類統一連合の件だ。ヴィルゴでの大規模戦闘に君達が巻き込まれた件については聞いているし、独自にその行方を追うと決めた事もだが……実は私も同じだ。大筋は昨日エンジェラから聞いていると思うが、一点伝えていない事がある。実は人類統一連合と繋がっている人物をある程度まで絞り込めているんだよ。君になら予想が付いているかも知れないが。』

 あぁ、なんとなく察しました。だから秘密裏に呼び出したのか。

『そう。エンジェラを除いた3人の息子の内の誰かが人類統一連合において相当重要な位置についている可能性が高い。幹部か、あるいは首謀者か。いずれにせよ豊富な資金と物資が流れているが、その調査に難航している。』

『つまり3人の誰か、あるいは複数が調査を妨害しているって訳さ。そして3人が3人共に相当数の信奉者を抱えている。誰も彼も有能だからね。』

『調査が進まない事情は分かって貰えたかな?そこで独立種から有能な人材を、という中で私が白羽の矢を立てたのがルチル殿で、その彼女が推薦したのが君という訳だ。』

 ソコまで話し終えた皇帝陛下はジッと俺を見つめた。視線は何処までも真っ直ぐで、ありふれた物語に登場する悪辣な為政者とは全く違う。

『君がどこから来たのか、という点についても勿論知っている。』

 驚いた、彼女ソコまで話したのか。絶対に信じて貰えなさそうな内容だから夫婦と偽った筈じゃあ……とは言え、この人ならば信用してくれるという確信めいた感情もある。佇まいや雰囲気、何より理知的で穏やかな目を見ているとそう思わせるような説得力がある。

 一方、エンジェラはそうでもない様で……背後から聞こえたガタッと椅子を動かす音に振り向けば、皇帝の言葉を聞いたエンジェラが食い入るように俺を見つめている。そんな気になります?

『当たり前でしょう。素性不明の男がカルセドを一撃で戦闘不能に追いやるなど前代未聞、いえ寧ろ異常ですよ。』

『ほぅ。だがその話が真実ならば実力は申し分なしだ。』

『で、父上。彼、何処から来たんです?』

『聞いて驚け、何と異世界だ。』

 その言葉を聞いたエンジェラはジトーッとした目で俺を見つめている。いや、ホントだから。

『アタシ達も最初はそんな反応だったから。でも記憶転写の結果、姉貴シトリンすら理解できない技術とか言語とか、世界中のどこにも存在しない光景が見えたんだから信じる他にないだろ?』

『つまり、彼の異常な戦闘能力もその世界から来たからだと?』

『まぁ、遠からずだな。だがその辺は聞いてやるな。言わずとも察してやるのが上の務めだよ。』

 ルチルの諭すような台詞を聞いたエンジェラは、それまでの食いつきっぷりから一転、何かをブツブツと呟きながら椅子に座り込んだまま動かなくなってしまった。多分、理解してくれたんだろう。だよね?

『その話を聞いた時、君以上の人材はいないと確信した。人類統一連合と繋がる要素が無く、協力する義務も手先になる理由も無い。どこまでもクリーンな君と言う存在は我々が渇望する人材なのだよ。』

『人類側も切羽詰まってる。ただでさえその正体から協力者までが不明なのに、いきなりヴィルゴでどデカい花火をぶち上げた。皇帝陛下もアレを放置するのは致命的だと判断したんだが、肝心の敵がリブラの中枢にいるとなるといつ背後から狙われるか分かったもんじゃない。で、アタシ達がそいつを見つけ出してぶっ潰せば、後はエンジェラが近衛含む世界中の最高戦力を総動員して残った連中を叩き潰すって算段になってるのさ。』

 つまり、相当重要なわけですね。コレ、責任重大じゃない?ソレに俺を使って大丈夫なの?こう言っては何だけど、約1年前まではただのサラリーマンですよ僕。

『サラリー……?まぁ、とは言えアメジスト総裁と四凶、更にカスター大陸の英雄ジルコンまでが太鼓判を押すのだ。君が元の世界で何者であったかは定かではないが、この世界に来てからの君は信用するに値すると判断する。以上が君に協力を仰ぎたい理由の全てだが、改めて返答を窺いたい。』

「分かりました。」

 俺が二つ返事で了承すると、皇帝陛下はにこやかにほほ笑んだ。

『うむ。英断に感謝する。では具体的な話に移ろう。先ず、君にはリブラ武術学園に編入してもらいたい。』

 学園……?何を学ぶのかは何となく分かるんですが、そんな年齢じゃないすよ?

『父上、説明が簡潔すぎますわ。リュウイチ様、学園と申しましても一般的な学問を修める場所ではございません。』

 そうなんだ……あの、なんで急に様づけ?ソレに視線がちょっと怖いんですけど……

『此度の件、アナタは改めて皇帝陛下からの依頼を受諾しました。この国の頂点たる皇帝陛下から直に受諾した依頼を遂行する必要がある以上、アナタを阻む者があってはなりません。つまり、アナタの立場は実質的に私よりも上です。そもそも、私を従えなければ円滑な調査は不可能です。従って敬称を付けるのはごく自然でしょう?』

 あぁそうか……いやホントにそうか?でも、仮にそうだとしてなんで当たり前の様に俺を敬称で呼べるのこの人。切り替えが早すぎるんですけど。

『納得していただけたようですので続きを。学園と銘打ってはいますが、要は近衛兵と鉄騎兵の登竜門です。この都市には様々な職があり、誰もが比較的容易に好きな職に就けるようになっていますが、唯一近衛兵団と鉄騎兵だけはこの学園を卒業することが条件となっております。また有能な人材登用を目的に年齢性別の上限下限はありません。年若く入学する者もいれば、齢30を過ぎて門を叩く者もおります。』

 なるほど、凄い柔軟な方針なんだな。後、話の腰を折りたくないので言えないんですが全然納得してませんよ。

『そうでもしなければ守れない、この大陸が未だ不安定な証左だよ。残念だがね。話の続きだ。実はその学園に丁度3人が集まっている。1人は生徒、1人は特別顧問、もう1人は学園長だ。』

「つまり、俺は学園に潜入して3人の素性を監視しろと?」

『いや。アンタの有能さはアタシ達全員が知っているが、残念だけど腹芸までは評価してない。』

 上げてから落とすなぁ。

『そーもーそーもーぉ。』

 ルチルはそう言うと俺の前に立つと、際立って整った顔をグイっと近づけた。吐息を感じ、揺れる髪が顔を撫でる距離にまで近づくと、眉と口がほんのりと吊り上がっているのが分かった。

『なーんで逐一目立っちゃっうのかなぁ、ナギ君はぁ。』

『落ち着き給えよるルチル君。鉄騎兵の件は彼等の暴走が原因だそうじゃないか。ならば責は此方にある。今更だが済まないね。』

『だーからってさぁ。逃げる事も出来たよねぇ。ナ・ギ・君?』

 はい。逃げればよかったと思っています。

『確かに、学園内部から監視する為に目立つのはマズいですからね。』

『君の噂については鉄騎兵団の面子に関わるという理由で箝口令を敷いた。何処まで隠し通せるかは疑問だが。』

『ツー訳だからぁ。これ以上は目立つなよ?絶対だぞ?』

『君の役目は内部からの監視。情けない話ではあるのだが、人類統一連合の口車に乗せられた人間が誰かはっきりしない以上、信頼できる人間にこっそりと立ち回ってもらうのが安全なのだよ。』

「分かりました。でも、あの……今思ったんですけど、記憶を読む魔法陣って使っちゃダメなんですか?」

 素朴な質問を投げてみた。まどろっこしいことしなくてもソレで解決するんじゃないかと思ったのだけど……全員の表情が露骨に暗くなった。

『ヴィルゴの件が無ければ、な。』

『アレの影響は想像以上に大きな影響を各地に及ぼしています。』

『ウム。実は記憶転写の魔法陣を禁術指定にする動きが出ているのだよ。』

 禁術指定。この世界の用語はほとんど知らないが、それでも何となくだが意味は伝わる。要は危険だから使えないようにしようって事か。成程、そんな状況なら無理に使えないな。

『本来、記憶転写ってのは異文化交流の為に発展した物だったんだよ。記憶から読みだした知識を魔力に変換、制御しやすくすることで言語や文化を素早く理解し、相互理解を達成する。そうすることで争いを減らすって目的で創られた。』

『だが最悪の形で悪用された。魔術には改変禁止の規定があってね。各都市に設立された魔術ギルドはその規定を遵守する義務を負い、コレを破れば厳しい罰則を受ける。が、ソコに来て今回の件だ。』

『魔術ギルドは今回の件で相当叩かれています。記憶を強引に書き換えるという魔法陣の改変は並みレベルでは不可能な上、安定させる為には相当数の実験ぎせいが必要な筈。なのに全く検知出来なかった。』

『無論、ソレは我々も同じ。今、世間の目は魔術ギルドと我々為政者に対し非常に厳しい。そんな状況で使えるかと言えば、残念ながら無理なのだよ。』

 成程。あの件、相当以上に各方面に傷跡を残したようだ。

『えぇ。大きな傷跡です。そして、それが原因で有効打を打てなくなりました。記憶転写は個人の情報を丸裸にすることさえ可能ですので、現在は皇帝陛下か司法の許可なく使用できず、理由も重犯罪者から情報を引き出す為だけに限定されています。』

『例え正当な理由があったとしても頭の中を丸裸にするのだから拒否感も強い。事実、魔法陣の存在露見以後から使用反対の声は上がっていたし、根も葉もない噂も立った。そんな状況にヴィルゴの件は止めを刺した形となった。勿論、皇帝の勅令として指示を出しても良いし秘密裏に使っても良い。が、その隙を許すほどヤツ等は甘くない。露見すればリブラの根幹を揺るがす博打は打てない。』

『という訳さ。奴等がどこまで考えて記憶を強引に改竄する特殊な魔法陣を大々的に使ったのかは分からないが、ただでさえ使い辛かった切り札を封じられてしまった。となれば後は地道に調べるしかないよね、ってのがアンタとアタシがココに居る理由だ。お分かりかい、ナギ君?』

 分かりました。いやというほどに……

『君には早速だが明日からリブラ武術学園に向かってもらう事になる。名目上、君は留学生だ。』

『父上が申した通り昨日の件には箝口令を敷いておりますが、それでも素性が知れる可能性は否定できません。派手に暴れてしまえば素性が割れ、そうなれば監視と言う本来の役目も果たせないでしょう。無論、リュウイチ様の命が最優先。危険とあれば戦っていただいて構いませんが、可能な限り避けて頂けると助かります。その為ならば私の名前を出しても構いません。』

 ルチルやジルコンは……あぁ、そうか。だから近衛が迎えに来たのか。

『そうだよ。表向きは私の護衛。ホントはアンタの護衛。』

 なら派手に暴れたのは……なんで?

『実力を見たかったからですが、身の証と言うのも嘘ではありません。まさかルチル殿と夫婦などと偽ってくるとは思いませんでしたから。』

 でしょうね。

『とにかく、リュウイチ様は今回の件に申し分ない人選であると分かりました。それでは今回は一旦お開きにしましょう。』

『じゃあアタシは一旦帰るから。』

『帰っちゃうんだ?』

『寂しいのか?大丈夫だよ、直ぐに戻ってくる。何か所かに転移魔法陣敷いてあるからね。じゃあ、分かってるよね?』

 はい。目立ちません。頑張ります。

『約束破ったらどうしよーかなぁ。』

『ハハハ。楽しそうだな。そんなに誰かに打ち解けた君を見るのは初めてだよ。どうだね、いっそ本当に夫婦となっては。』

『父上ッ。』

『じょ、冗談だから。』

『まぁ。そう言うのは当人同士の問題さ。それじゃあね』

 そう言うとルチルは部屋の中央に移動、足元に魔法陣を展開させると次の瞬間には消え失せ、またそれを合図に長く続いた密談も終わった。

 帰る道すがら、エンジェラから明日以降の予定を色々と聞かされた。入学に必要な書類はジルコンが既に提出している事。俺の扱いはハイペリオン出身の人間で、将来有望だからと言う理由でジルコン推薦による特別入学が認められた。

 入学に際し行われる軽い身体測定を受ければ晴れて無事入学となるが、誰が人類統一連合か分からない現状ではこれ以上の手助けは出来ないから自力で試験に合格しろ、試験内容は俺の身体能力ならばそう難しくはないと言う話だったが、本当に大丈夫だろうか?何か、嫌な予感がするんですよね。こうヒシヒシと、トラブルの予感が……
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