29 / 72
大陸編
城郭都市 ~ 異能開花
しおりを挟む
『苛つかせんなよ!!帰る場所はあれども故郷は既になく、待つ人も死に絶え、破壊され尽くした世界にテメェが居た面影はない!!人も、物も、思い出も無くなったんだ。全部失ったテメェに寄る辺は無い。どこまでも孤独で1人でその上お前の記憶まで消えていくそんな状況で一体何を理由に立ち上がるンだよテメェはァ!!』
ゴーレムの上からフォシルが伊佐凪竜一に向け叫んだ。勝てない、勝てる見込みはどこにも無いのに、それでも立ちはだかる男への明確な不快感と怒りを露にした女は激高すると同時にゴーレムと死霊鉄騎兵をけしかけた。
鋼鉄のゴーレムの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がると魔力を集束したレーザーが無差別に照射され、死霊鉄騎兵は群れなし襲い掛かる。質のゴーレムと数の死霊兵が襲い掛かるのは伊佐凪竜一ただ1人。が、彼を守ろうと5つの影が死霊兵目掛け突っ込んでいった。本来の戦闘能力とパフォーマンスを発揮出来るならば死霊兵程度を容易に蹴散らし、ゴーレムすらも沈める事さえ可能な才覚を持っているのだが、都市全域に展開された記憶を書き換える魔法陣という悪夢がそれを阻む。
『もう諦めろッつってんだろうが!!』
フォシルの叫び声が廃墟となった都市の中央に木霊すと……
『嫌だね!!』
『同じく!!』
『お断りよ!!』
『兄貴を助けるまではなァ!!』
ソレをかき消すようにアイオライト達の声が戦場に響いた。
『クソ雑魚共がッ、誰がテメェ等に聞いたんだよォ!!』
幸か不幸か、その行動は既に限界までキレていたフォシルの怒りを更に焚きつけた。激高した女は横槍を入れてきた4人にゴーレムをけしかけつつ、自らはその肩から飛び降り伊佐凪竜一の眼前に立った。罠に掛けた者と掛けられた者が互いを睨みつける。が、均衡は即座に崩れる。伊佐凪竜一がまるでフォシルに頭を差し出すかのような体勢で崩れ落ちてしまった。
『ハッ。強がりやがって!!』
ドサッと崩れ落ちそのまま動かなくなった伊佐凪竜一をフォシルは足蹴にし、蹴り飛ばし、散々に痛めつけ続ける。
『まだ記憶があるのか?随分と耐えたようだが、でも無駄だったなぁイレギュラー。オイ、最後に答えろよ。テメェはなんでそうまで抵抗するんだよ!!』
無抵抗の相手を痛め続ける事で留飲を下げた女は、しゃがみこんで彼の襟首を引っ掴みむと汚い口調で質問をぶつけた。
「……っていない。」
『あ?』
「無くなってなんかいない。ある。俺を育てた世界が生んだ"俺"という存在はまだ消えていない。それに帰る場所には無くても、今この世界にはある。孤独?ソレがどうしたッ!!地球に誰もいなくなっても、この世界にはまだいる‼︎まだ無くなっていない!!助ける、助けたいって、ソレだけだ!!」
それは記憶の大半を喪失した彼の叫び。上書きされ、破壊され続ける中でも決して消えなかった、最後まで残った感情。魂の叫び。
『出来もしねぇ事を……って、あぁもうダメか。アハハハッ!!』
彼の襟をつかんだまま、フォシルは勝ち誇ったように笑い始めた。アイオライトがその様子に死霊兵を薙ぎ倒しながら伊佐凪竜一の元へと駆け寄ると、ソコには生気を無くし倒れ込む伊佐凪竜一の姿。虚ろな目を見れば、最後の感情さえ破壊、上書きされてしまった様子が伝わる。
『お前ェ!!』
『悲しむなよ、直ぐ同じ目にあわせてやって……何ィ!!』
だが、異変が起こった。ほんの僅か目を離した隙に伊佐凪竜一の姿が消え去った。倒れた筈の場所に人影はなく、ただ何かが力強く踏み込んだ足跡だけが残る。
『馬鹿なッ、何処に行った?』
『一体何が?』
その光景を目の前で見ていたフォシルとアイオライトは驚き辺りを見回し、そして彼を見つけた。
『何だとッ!!』
『いつの間に?』
誰もが驚いた。彼は誰にも視認できない速度でゴーレムの前に移動すると、静かに胸元を見上げた。身体も心もボロボロでとうに動けないはずなのに、その目には強い力が籠っている。何か途轍もない力に突き動かされている様な……そんな異質な雰囲気を誰もが感じた。
『まさかあの女を!!させるかァ!!』
異様な雰囲気と視線の先にあるモノから彼の目的を察したフォシルは慌てた。伊佐凪竜一はエリーナを救うつもりだ。
『ソレをさせるかよ!!』
『クソがァ!!』
が、アイオライトがその行動を即座に阻害した。必殺の威力を籠めた矢がフォシルを掠めると同時、殺意混じり叫びが周囲に木霊する。
一方、伊佐凪竜一はアイオライトの援護を受けながらゴーレムの胸元に埋まるエリーナの元へと一足飛びで駆け上がると、彼女を助け出す為に華奢な首元に触れた。が、周囲の鋼鉄の鎧が変化するとまるでトラバサミの様に変化、凄まじい力で食い込んだ。罠だ。核に近づくと自動的に発動する魔術が仕込まれていた。
腕に、身体に、首に、全身に鋭い牙の様な刃が食い込み血が流れ落ちる。アクアマリンとジャスパーは凄惨な光景に顔を歪めた。傍目に見ても痛い程度では済まない状況だと理解できる光景……なのにそれでも彼はエリーナの傍から離れない。力を籠め、ゴーレムと彼女を繋ぐ僅かな隙間に手をねじ込み引き剥がそうと死力を尽くす。
『無駄だァッ!!魔獣すら食いちぎる鋼鉄の牙の前にィ、高々人間程度が耐えきれる筈が……耐えきれる筈が……』
まんまと罠に掛かった男をフォシルは嘲笑ったが、その声は徐々に力なく、小さくなっていく。勝ち誇った表情は徐々に曇り、焦りと怯えに取って代わる。鋼鉄の刃は確かにその身体に食い込んでいるのに、だが彼の行動を一切止める事が出来ていない。それどころか……
『押し勝っている?』
『すげぇ!!』
『ちょっと嘘でしょ?』
『こんな……化け物!?』
ジルコン、アクアマリン、ジャスパー、そして最後にフォシルさえも驚き、驚嘆した。魔獣すら食い殺すと評した鋼鉄の牙がたった1人の人間に押し負け始めた。食い込んだ鋼鉄の刃は伊佐凪竜一の身体から徐々に押し出され始め、更に何をどうしてかヒビまで入り始めた。
「絶対にッ!!」
誰もが目に映る光景を信じられず、意識がその一点に向くばかりでそれ以外の行動を取れず……
「助けるッ!!」
だから伊佐凪竜一が鋼鉄のゴーレムを力任せに破壊するという強引な方法でエリーナを救出し、血と砕けた鋼鉄の刃と共に着地するというその光景に対し、誰も、何もしなかった。
『な、何なんだアイツはァ!!』
フォシルは大いに動揺した。不可能と思われたエリーナの救出を散々に見下してきた男がやってのけたのだから。
『クソがァ!!』
『行かせるか!!』
『そりゃあコッチの台詞だボケが!!所詮一発限りの馬鹿力ッ、やれ死霊共!!』
フォシルがそう命令すれば死霊兵の群れが血塗れの伊佐凪竜一を助けようと行動するアイオライト達を牽制する。死後に強い未練を残してしまったが為に輪廻の輪へと入れなかった死霊を核とする鉄騎兵の群れは、ソレを操るフォシルが与える僅かな生気に操られ、意のままに動く。
死霊兵のメリットは肉体の枷が無く疲れを知らない事、痛みが無い為に少々の怪我では止まらない事、死の恐怖を感じない事。無数の死霊兵は幾つものメリットをフル活用して4人の動きを止める。対するアイオライト達も果敢に攻めるが、足元の魔法陣への対処が残っている為にどうしても慎重にならざるを得ない。
『ハハッ。良いザマだよ元英雄さん!!さぁゴーレム、足元に転がる男を殺せェ!!』
『まだ動けるのか!!』
『クソッ。鉄騎兵の数が多すぎる!!』
嘲笑う声、驚く声、悲痛な叫びがない交ぜに戦場を揺らす中……
『オオオオォ。』
指示を受け取ったゴーレムが不気味な唸り声を上げた。核となるエリーナは無くとも蓄積した魔力が巨体を動かす。右腕がゆっくりと動き、伊佐凪竜一へと迫る。
『殺せェ!!』
フォシルが再び指示を出すと、ゴーレムは振り上げた拳を勢い良く叩きつけた。地面が激しく揺れ、石畳や家屋に無数の亀裂が走る光景を見れば嫌でもその威力が伝わる。が、またしても全員の動きが一様に止まった。再び全員が呆然と見つめるのはゴーレムの拳が振り下ろされた地点……ではなくその拳自体。
『オイ、どうなってる!!』
『いや、コレは……そんな。』
『信じられん……』
『コレが、地球の神から贈られた異能だと!?』
『すげぇ……』
眼前には先ほどと同じ……いや、ソレよりもさらに酷い光景があった。振り下ろしたゴーレムの拳がどこにも無かった。ではソレは何処にあるのか、と言えば少し離れた位置にあった。ただ、ソレは何かに弾き飛ばされたかのようにひしゃげており原形を留めていない。仮にそのままくっつけたとしても、腕としての機能は到底果たせないだろう。
次に全員の視線は拳が振り下ろされるはずだった位置へと自然に向かった。ソコには……血塗れの伊佐凪竜一が拳を振り抜いたポーズのまま立っていた。彼の仕業だ。致命傷を負い、記憶も殆どない筈なのに……そんな状況でゴーレムを押し返すなど有り得ないと誰もが考えているのに、全員が同時に矛盾した結論に到達した。
『な、何が……』
フォシルは混乱した。如何に核が消失したとはいえ、内在する膨大な魔力で起動するゴーレムの火力はほとんど落ちていないのに、その攻撃が容易く弾かれたのだ。が、この程度は序の口だった。
『オイ……なんだテメェ、何してやがる!!』
フォシルは見た。伊佐凪竜一へと流れ込む魔法陣の光が彼の周囲で渦を巻いたかと思えば消失する光景を目撃した。
『何だよソレェ!!テメェ、まさか……まさか魔法陣を無効化してるってぇのか、有り得ねぇだろバケモンが!!』
魔力無効。誰もが彼の身に起きる現実を信じられなかった。人類を軽く超えた身体能力に魔力が効かない特質が付与されたとなれば、その存在は世界のパワーバランスを崩しかねない異常な存在であると認めるに等しいからだ。
『ふざけんなァ!!』
その声は今までとははっきりと違った。怒りよりも焦りの色が強い声と共にフォシルは姿を消し、次の瞬間には伊佐凪竜一の眼前へと転移、同時に片手で首を、もう片方の手で頭を掴んだ。
『なら直接魔力をブチ込んでッ!!』
もはや我武者羅だった。揺らがない筈の勝利が揺らぎ始めた動揺を必死で抑えるフォシルの意志は"何が何でも伊佐凪竜一を殺す"という答えに集束した。一方、相対する彼は目の前の女が殺すつもりでいる事を理解しており、その腕を振りほどこうとフォシルの手を掴む。
……が、振りほどけない。伊佐凪竜一がゴーレムの拳を吹き飛ばした力を発揮すれば魔術師の細腕など容易く振りほどける。その事実を拒否するのはフォシルの執念。誰にも気取られない様に都市全域を覆う結界を準備するのにどれ程の時間と労力が掛かるかなど言うまでもない。女の細腕に宿るのは、今更引くことなど出来ないという執念が絞り出す悍ましい力。異能すら超える意志の力。
だがもう1つ理由があった。伊佐凪竜一の疲労。引き剝がされまいと死力を尽くすフォシルの細腕を掴む彼の手は震えており、更に止めどなく血が滴り落ちている。無茶をした代償が今の今になって身体を蝕み始め、ソコにフォシルの魔術が牙を剥く。
『ハハハハハハッ。お前さえ……お前さえい無くなればァ!!』
女の目は常軌を逸していた。目の前の男を殺す以外に何も考えていない純粋な殺意に支配されていた。苦悶の表情を浮かべる男の顔と己の理想しか見る事の出来ない血走った目は、やがて恍惚とした表情へと移り変わる。伊佐凪竜一の抵抗する力が少しずつ弱まったからだ。アイオライト達は魔法陣とゴーレムと死霊兵の三重苦の前に遅々として彼の元へたどり着けない。
フォシルは勝利を確信した。不測の事態が幾つもあったが、それでも夢にまで見た世界への第一歩を踏み出せると、そう考えていた。これまで起きた不測の事態は全て神の与えた試練であり、己はソレを乗り越えたのだと、そう信じた。信じていた。
――ドカン。
戦場に突如として響いた爆発音が轟くその瞬間まで、女は自らの勝利を信じて疑わなかった。
『今のどっからだ!?』
『今度は何だァ!!』
誰もが予想だにしなかった攻撃に驚き戸惑う声が戦場を染めたが……
『ゲ!?』
まるでカエルを潰したような声が聞こえると全員がその方向を見た。声の主はアイオライト。彼は何かに気づくと一つ所をジッと見つめたまま動かなくなった。その状態は戦闘状態にはあるまじき態度であり、怪訝そうな表情を浮かべながらジルコン達が同じ方向を見ると……
『『『ゲ!?』』』
仲良く同じ声を上げ……
「うわぁ……」
最後に気づいた伊佐凪竜一も全員と同じ何かを見て変な声を上げた。
『アナタぁ、大丈夫ですかー?』
『ご無事で何よりですわ、ご主人様。』
全員が見つめる視線の先、損壊を免れた建物の屋上にいたのはハイペリオンにいる筈のアメジストとローズだった。
『コレはマズい……』
アイオライトが小さく呟いた言葉の意味は、直後に全員が思い知ることになる。
ゴーレムの上からフォシルが伊佐凪竜一に向け叫んだ。勝てない、勝てる見込みはどこにも無いのに、それでも立ちはだかる男への明確な不快感と怒りを露にした女は激高すると同時にゴーレムと死霊鉄騎兵をけしかけた。
鋼鉄のゴーレムの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がると魔力を集束したレーザーが無差別に照射され、死霊鉄騎兵は群れなし襲い掛かる。質のゴーレムと数の死霊兵が襲い掛かるのは伊佐凪竜一ただ1人。が、彼を守ろうと5つの影が死霊兵目掛け突っ込んでいった。本来の戦闘能力とパフォーマンスを発揮出来るならば死霊兵程度を容易に蹴散らし、ゴーレムすらも沈める事さえ可能な才覚を持っているのだが、都市全域に展開された記憶を書き換える魔法陣という悪夢がそれを阻む。
『もう諦めろッつってんだろうが!!』
フォシルの叫び声が廃墟となった都市の中央に木霊すと……
『嫌だね!!』
『同じく!!』
『お断りよ!!』
『兄貴を助けるまではなァ!!』
ソレをかき消すようにアイオライト達の声が戦場に響いた。
『クソ雑魚共がッ、誰がテメェ等に聞いたんだよォ!!』
幸か不幸か、その行動は既に限界までキレていたフォシルの怒りを更に焚きつけた。激高した女は横槍を入れてきた4人にゴーレムをけしかけつつ、自らはその肩から飛び降り伊佐凪竜一の眼前に立った。罠に掛けた者と掛けられた者が互いを睨みつける。が、均衡は即座に崩れる。伊佐凪竜一がまるでフォシルに頭を差し出すかのような体勢で崩れ落ちてしまった。
『ハッ。強がりやがって!!』
ドサッと崩れ落ちそのまま動かなくなった伊佐凪竜一をフォシルは足蹴にし、蹴り飛ばし、散々に痛めつけ続ける。
『まだ記憶があるのか?随分と耐えたようだが、でも無駄だったなぁイレギュラー。オイ、最後に答えろよ。テメェはなんでそうまで抵抗するんだよ!!』
無抵抗の相手を痛め続ける事で留飲を下げた女は、しゃがみこんで彼の襟首を引っ掴みむと汚い口調で質問をぶつけた。
「……っていない。」
『あ?』
「無くなってなんかいない。ある。俺を育てた世界が生んだ"俺"という存在はまだ消えていない。それに帰る場所には無くても、今この世界にはある。孤独?ソレがどうしたッ!!地球に誰もいなくなっても、この世界にはまだいる‼︎まだ無くなっていない!!助ける、助けたいって、ソレだけだ!!」
それは記憶の大半を喪失した彼の叫び。上書きされ、破壊され続ける中でも決して消えなかった、最後まで残った感情。魂の叫び。
『出来もしねぇ事を……って、あぁもうダメか。アハハハッ!!』
彼の襟をつかんだまま、フォシルは勝ち誇ったように笑い始めた。アイオライトがその様子に死霊兵を薙ぎ倒しながら伊佐凪竜一の元へと駆け寄ると、ソコには生気を無くし倒れ込む伊佐凪竜一の姿。虚ろな目を見れば、最後の感情さえ破壊、上書きされてしまった様子が伝わる。
『お前ェ!!』
『悲しむなよ、直ぐ同じ目にあわせてやって……何ィ!!』
だが、異変が起こった。ほんの僅か目を離した隙に伊佐凪竜一の姿が消え去った。倒れた筈の場所に人影はなく、ただ何かが力強く踏み込んだ足跡だけが残る。
『馬鹿なッ、何処に行った?』
『一体何が?』
その光景を目の前で見ていたフォシルとアイオライトは驚き辺りを見回し、そして彼を見つけた。
『何だとッ!!』
『いつの間に?』
誰もが驚いた。彼は誰にも視認できない速度でゴーレムの前に移動すると、静かに胸元を見上げた。身体も心もボロボロでとうに動けないはずなのに、その目には強い力が籠っている。何か途轍もない力に突き動かされている様な……そんな異質な雰囲気を誰もが感じた。
『まさかあの女を!!させるかァ!!』
異様な雰囲気と視線の先にあるモノから彼の目的を察したフォシルは慌てた。伊佐凪竜一はエリーナを救うつもりだ。
『ソレをさせるかよ!!』
『クソがァ!!』
が、アイオライトがその行動を即座に阻害した。必殺の威力を籠めた矢がフォシルを掠めると同時、殺意混じり叫びが周囲に木霊する。
一方、伊佐凪竜一はアイオライトの援護を受けながらゴーレムの胸元に埋まるエリーナの元へと一足飛びで駆け上がると、彼女を助け出す為に華奢な首元に触れた。が、周囲の鋼鉄の鎧が変化するとまるでトラバサミの様に変化、凄まじい力で食い込んだ。罠だ。核に近づくと自動的に発動する魔術が仕込まれていた。
腕に、身体に、首に、全身に鋭い牙の様な刃が食い込み血が流れ落ちる。アクアマリンとジャスパーは凄惨な光景に顔を歪めた。傍目に見ても痛い程度では済まない状況だと理解できる光景……なのにそれでも彼はエリーナの傍から離れない。力を籠め、ゴーレムと彼女を繋ぐ僅かな隙間に手をねじ込み引き剥がそうと死力を尽くす。
『無駄だァッ!!魔獣すら食いちぎる鋼鉄の牙の前にィ、高々人間程度が耐えきれる筈が……耐えきれる筈が……』
まんまと罠に掛かった男をフォシルは嘲笑ったが、その声は徐々に力なく、小さくなっていく。勝ち誇った表情は徐々に曇り、焦りと怯えに取って代わる。鋼鉄の刃は確かにその身体に食い込んでいるのに、だが彼の行動を一切止める事が出来ていない。それどころか……
『押し勝っている?』
『すげぇ!!』
『ちょっと嘘でしょ?』
『こんな……化け物!?』
ジルコン、アクアマリン、ジャスパー、そして最後にフォシルさえも驚き、驚嘆した。魔獣すら食い殺すと評した鋼鉄の牙がたった1人の人間に押し負け始めた。食い込んだ鋼鉄の刃は伊佐凪竜一の身体から徐々に押し出され始め、更に何をどうしてかヒビまで入り始めた。
「絶対にッ!!」
誰もが目に映る光景を信じられず、意識がその一点に向くばかりでそれ以外の行動を取れず……
「助けるッ!!」
だから伊佐凪竜一が鋼鉄のゴーレムを力任せに破壊するという強引な方法でエリーナを救出し、血と砕けた鋼鉄の刃と共に着地するというその光景に対し、誰も、何もしなかった。
『な、何なんだアイツはァ!!』
フォシルは大いに動揺した。不可能と思われたエリーナの救出を散々に見下してきた男がやってのけたのだから。
『クソがァ!!』
『行かせるか!!』
『そりゃあコッチの台詞だボケが!!所詮一発限りの馬鹿力ッ、やれ死霊共!!』
フォシルがそう命令すれば死霊兵の群れが血塗れの伊佐凪竜一を助けようと行動するアイオライト達を牽制する。死後に強い未練を残してしまったが為に輪廻の輪へと入れなかった死霊を核とする鉄騎兵の群れは、ソレを操るフォシルが与える僅かな生気に操られ、意のままに動く。
死霊兵のメリットは肉体の枷が無く疲れを知らない事、痛みが無い為に少々の怪我では止まらない事、死の恐怖を感じない事。無数の死霊兵は幾つものメリットをフル活用して4人の動きを止める。対するアイオライト達も果敢に攻めるが、足元の魔法陣への対処が残っている為にどうしても慎重にならざるを得ない。
『ハハッ。良いザマだよ元英雄さん!!さぁゴーレム、足元に転がる男を殺せェ!!』
『まだ動けるのか!!』
『クソッ。鉄騎兵の数が多すぎる!!』
嘲笑う声、驚く声、悲痛な叫びがない交ぜに戦場を揺らす中……
『オオオオォ。』
指示を受け取ったゴーレムが不気味な唸り声を上げた。核となるエリーナは無くとも蓄積した魔力が巨体を動かす。右腕がゆっくりと動き、伊佐凪竜一へと迫る。
『殺せェ!!』
フォシルが再び指示を出すと、ゴーレムは振り上げた拳を勢い良く叩きつけた。地面が激しく揺れ、石畳や家屋に無数の亀裂が走る光景を見れば嫌でもその威力が伝わる。が、またしても全員の動きが一様に止まった。再び全員が呆然と見つめるのはゴーレムの拳が振り下ろされた地点……ではなくその拳自体。
『オイ、どうなってる!!』
『いや、コレは……そんな。』
『信じられん……』
『コレが、地球の神から贈られた異能だと!?』
『すげぇ……』
眼前には先ほどと同じ……いや、ソレよりもさらに酷い光景があった。振り下ろしたゴーレムの拳がどこにも無かった。ではソレは何処にあるのか、と言えば少し離れた位置にあった。ただ、ソレは何かに弾き飛ばされたかのようにひしゃげており原形を留めていない。仮にそのままくっつけたとしても、腕としての機能は到底果たせないだろう。
次に全員の視線は拳が振り下ろされるはずだった位置へと自然に向かった。ソコには……血塗れの伊佐凪竜一が拳を振り抜いたポーズのまま立っていた。彼の仕業だ。致命傷を負い、記憶も殆どない筈なのに……そんな状況でゴーレムを押し返すなど有り得ないと誰もが考えているのに、全員が同時に矛盾した結論に到達した。
『な、何が……』
フォシルは混乱した。如何に核が消失したとはいえ、内在する膨大な魔力で起動するゴーレムの火力はほとんど落ちていないのに、その攻撃が容易く弾かれたのだ。が、この程度は序の口だった。
『オイ……なんだテメェ、何してやがる!!』
フォシルは見た。伊佐凪竜一へと流れ込む魔法陣の光が彼の周囲で渦を巻いたかと思えば消失する光景を目撃した。
『何だよソレェ!!テメェ、まさか……まさか魔法陣を無効化してるってぇのか、有り得ねぇだろバケモンが!!』
魔力無効。誰もが彼の身に起きる現実を信じられなかった。人類を軽く超えた身体能力に魔力が効かない特質が付与されたとなれば、その存在は世界のパワーバランスを崩しかねない異常な存在であると認めるに等しいからだ。
『ふざけんなァ!!』
その声は今までとははっきりと違った。怒りよりも焦りの色が強い声と共にフォシルは姿を消し、次の瞬間には伊佐凪竜一の眼前へと転移、同時に片手で首を、もう片方の手で頭を掴んだ。
『なら直接魔力をブチ込んでッ!!』
もはや我武者羅だった。揺らがない筈の勝利が揺らぎ始めた動揺を必死で抑えるフォシルの意志は"何が何でも伊佐凪竜一を殺す"という答えに集束した。一方、相対する彼は目の前の女が殺すつもりでいる事を理解しており、その腕を振りほどこうとフォシルの手を掴む。
……が、振りほどけない。伊佐凪竜一がゴーレムの拳を吹き飛ばした力を発揮すれば魔術師の細腕など容易く振りほどける。その事実を拒否するのはフォシルの執念。誰にも気取られない様に都市全域を覆う結界を準備するのにどれ程の時間と労力が掛かるかなど言うまでもない。女の細腕に宿るのは、今更引くことなど出来ないという執念が絞り出す悍ましい力。異能すら超える意志の力。
だがもう1つ理由があった。伊佐凪竜一の疲労。引き剝がされまいと死力を尽くすフォシルの細腕を掴む彼の手は震えており、更に止めどなく血が滴り落ちている。無茶をした代償が今の今になって身体を蝕み始め、ソコにフォシルの魔術が牙を剥く。
『ハハハハハハッ。お前さえ……お前さえい無くなればァ!!』
女の目は常軌を逸していた。目の前の男を殺す以外に何も考えていない純粋な殺意に支配されていた。苦悶の表情を浮かべる男の顔と己の理想しか見る事の出来ない血走った目は、やがて恍惚とした表情へと移り変わる。伊佐凪竜一の抵抗する力が少しずつ弱まったからだ。アイオライト達は魔法陣とゴーレムと死霊兵の三重苦の前に遅々として彼の元へたどり着けない。
フォシルは勝利を確信した。不測の事態が幾つもあったが、それでも夢にまで見た世界への第一歩を踏み出せると、そう考えていた。これまで起きた不測の事態は全て神の与えた試練であり、己はソレを乗り越えたのだと、そう信じた。信じていた。
――ドカン。
戦場に突如として響いた爆発音が轟くその瞬間まで、女は自らの勝利を信じて疑わなかった。
『今のどっからだ!?』
『今度は何だァ!!』
誰もが予想だにしなかった攻撃に驚き戸惑う声が戦場を染めたが……
『ゲ!?』
まるでカエルを潰したような声が聞こえると全員がその方向を見た。声の主はアイオライト。彼は何かに気づくと一つ所をジッと見つめたまま動かなくなった。その状態は戦闘状態にはあるまじき態度であり、怪訝そうな表情を浮かべながらジルコン達が同じ方向を見ると……
『『『ゲ!?』』』
仲良く同じ声を上げ……
「うわぁ……」
最後に気づいた伊佐凪竜一も全員と同じ何かを見て変な声を上げた。
『アナタぁ、大丈夫ですかー?』
『ご無事で何よりですわ、ご主人様。』
全員が見つめる視線の先、損壊を免れた建物の屋上にいたのはハイペリオンにいる筈のアメジストとローズだった。
『コレはマズい……』
アイオライトが小さく呟いた言葉の意味は、直後に全員が思い知ることになる。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
召喚と同時に「嫌われた分だけ強くなる呪い」を掛けられました
東山レオ
ファンタジー
異世界に召喚された主人公フユキは嫌われたら強くなる呪いをかけられた!
この呪いを活かして魔王を殺せ! そうすれば元の世界に帰れる、とのことだが進んで人に嫌われるのは中々キッツい!
それでも元の世界に帰るためには手段を選んじゃいられない!……と思ってたけどやっぱ辛い。
※最初主人公は嫌われるために色々悪さをしますが、色んな出会いがあって徐々に心を取り戻していきます
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい
こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。
社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。
頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。
オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。
※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
平凡学生の俺が転移したら潜在能力最強だった件~6色の魔素を使い世界最強~
カレキ
ファンタジー
突然異世界に飛ばされた主人公イツキは運よく異世界の姫リリーと出会う。寂しそうな表情をするリリーに一緒に学院に入ることを提案され適性試験を受ける。するとイツキは3000年で一人の逸材、神話に登場する英雄と同じ魔力を持っていることを知る。
そんな主人公イツキが金髪で青い目雪のような肌のリリーと古風で黒い髪、茶色い目、少し日焼けした肌のイリナと共に学院生活を送りつつ、潜在能力最強である主人公イツキがこの世界の謎を解き明かしながら最強になる物語。
この小説は小説家になろうにも投稿しています。(先行連載しています)
俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした
宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。
聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。
「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」
イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。
「……どうしたんだ、イリス?」
アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。
だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。
そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。
「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」
女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。
ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ
阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。
心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。
「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。
「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる