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大陸編

城郭都市 ~ 異能開花

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『苛つかせんなよ!!帰る場所はあれども故郷は既になく、待つ人も死に絶え、破壊され尽くした世界にテメェが居た面影はない!!人も、物も、思い出も無くなったんだ。全部失ったテメェに寄る辺は無い。どこまでも孤独で1人でその上お前の記憶まで消えていくそんな状況で一体何を理由に立ち上がるンだよテメェはァ!!』

 ゴーレムの上からフォシルが伊佐凪竜一に向け叫んだ。勝てない、勝てる見込みはどこにも無いのに、それでも立ちはだかる男への明確な不快感と怒りを露にした女は激高すると同時にゴーレムと死霊鉄騎兵をけしかけた。

 鋼鉄のゴーレムの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がると魔力を集束したレーザーが無差別に照射され、死霊鉄騎兵は群れなし襲い掛かる。質のゴーレムと数の死霊兵が襲い掛かるのは伊佐凪竜一ただ1人。が、彼を守ろうと5つの影が死霊兵目掛け突っ込んでいった。本来の戦闘能力とパフォーマンスを発揮出来るならば死霊兵程度を容易に蹴散らし、ゴーレムすらも沈める事さえ可能な才覚を持っているのだが、都市全域に展開された記憶を書き換える魔法陣という悪夢がそれを阻む。

『もう諦めろッつってんだろうが!!』

 フォシルの叫び声が廃墟となった都市の中央に木霊すと……

『嫌だね!!』

『同じく!!』

『お断りよ!!』

『兄貴を助けるまではなァ!!』

 ソレをかき消すようにアイオライト達の声が戦場に響いた。

『クソ雑魚共がッ、誰がテメェ等に聞いたんだよォ!!』

 幸か不幸か、その行動は既に限界までキレていたフォシルの怒りを更に焚きつけた。激高した女は横槍を入れてきた4人にゴーレムをけしかけつつ、自らはその肩から飛び降り伊佐凪竜一の眼前に立った。罠に掛けた者と掛けられた者が互いを睨みつける。が、均衡は即座に崩れる。伊佐凪竜一がまるでフォシルに頭を差し出すかのような体勢で崩れ落ちてしまった。

『ハッ。強がりやがって!!』

 ドサッと崩れ落ちそのまま動かなくなった伊佐凪竜一をフォシルは足蹴にし、蹴り飛ばし、散々に痛めつけ続ける。

『まだ記憶があるのか?随分と耐えたようだが、でも無駄だったなぁイレギュラー。オイ、最後に答えろよ。テメェはなんでそうまで抵抗するんだよ!!』

 無抵抗の相手を痛め続ける事で留飲を下げた女は、しゃがみこんで彼の襟首を引っ掴みむと汚い口調で質問をぶつけた。

「……っていない。」

『あ?』

「無くなってなんかいない。ある。俺を育てた世界が生んだ"俺"という存在はまだ消えていない。それに帰る場所には無くても、今この世界にはある。孤独?ソレがどうしたッ!!地球に誰もいなくなっても、この世界にはまだいる‼︎まだ無くなっていない!!助ける、助けたいって、ソレだけだ!!」

 それは記憶の大半を喪失した彼の叫び。上書きされ、破壊され続ける中でも決して消えなかった、最後まで残った感情。魂の叫び。

『出来もしねぇ事を……って、あぁもうダメか。アハハハッ!!』

 彼の襟をつかんだまま、フォシルは勝ち誇ったように笑い始めた。アイオライトがその様子に死霊兵を薙ぎ倒しながら伊佐凪竜一の元へと駆け寄ると、ソコには生気を無くし倒れ込む伊佐凪竜一の姿。虚ろな目を見れば、最後の感情さえ破壊、上書きされてしまった様子が伝わる。

『お前ェ!!』

『悲しむなよ、直ぐ同じ目にあわせてやって……何ィ!!』

 だが、異変が起こった。ほんの僅か目を離した隙に伊佐凪竜一の姿が消え去った。倒れた筈の場所に人影はなく、ただ何かが力強く踏み込んだ足跡だけが残る。

『馬鹿なッ、何処に行った?』

『一体何が?』

 その光景を目の前で見ていたフォシルとアイオライトは驚き辺りを見回し、そして彼を見つけた。

『何だとッ!!』

『いつの間に?』

 誰もが驚いた。彼は誰にも視認できない速度でゴーレムの前に移動すると、静かに胸元を見上げた。身体も心もボロボロでとうに動けないはずなのに、その目には強い力が籠っている。何か途轍もない力に突き動かされている様な……そんな異質な雰囲気を誰もが感じた。

『まさかあの女を!!させるかァ!!』

 異様な雰囲気と視線の先にあるモノから彼の目的を察したフォシルは慌てた。伊佐凪竜一はエリーナを救うつもりだ。

『ソレをさせるかよ!!』

『クソがァ!!』

 が、アイオライトがその行動を即座に阻害した。必殺の威力を籠めた矢がフォシルを掠めると同時、殺意混じり叫びが周囲に木霊する。

 一方、伊佐凪竜一はアイオライトの援護を受けながらゴーレムの胸元に埋まるエリーナの元へと一足飛びで駆け上がると、彼女を助け出す為に華奢な首元に触れた。が、周囲の鋼鉄の鎧が変化するとまるでトラバサミの様に変化、凄まじい力で食い込んだ。罠だ。核に近づくと自動的に発動する魔術が仕込まれていた。

 腕に、身体に、首に、全身に鋭い牙の様な刃が食い込み血が流れ落ちる。アクアマリンとジャスパーは凄惨な光景に顔を歪めた。傍目に見ても痛い程度では済まない状況だと理解できる光景……なのにそれでも彼はエリーナの傍から離れない。力を籠め、ゴーレムと彼女を繋ぐ僅かな隙間に手をねじ込み引き剥がそうと死力を尽くす。

『無駄だァッ!!魔獣すら食いちぎる鋼鉄の牙の前にィ、高々人間程度が耐えきれる筈が……耐えきれる筈が……』

 まんまと罠に掛かった男をフォシルは嘲笑ったが、その声は徐々に力なく、小さくなっていく。勝ち誇った表情は徐々に曇り、焦りと怯えに取って代わる。鋼鉄の刃は確かにその身体に食い込んでいるのに、だが彼の行動を一切止める事が出来ていない。それどころか……

『押し勝っている?』

『すげぇ!!』

『ちょっと嘘でしょ?』

『こんな……化け物!?』

 ジルコン、アクアマリン、ジャスパー、そして最後にフォシルさえも驚き、驚嘆した。魔獣すら食い殺すと評した鋼鉄の牙がたった1人の人間に押し負け始めた。食い込んだ鋼鉄の刃は伊佐凪竜一の身体から徐々に押し出され始め、更に何をどうしてかヒビまで入り始めた。

「絶対にッ!!」

 誰もが目に映る光景を信じられず、意識がその一点に向くばかりでそれ以外の行動を取れず……

「助けるッ!!」

 だから伊佐凪竜一が鋼鉄のゴーレムを力任せに破壊するという強引な方法でエリーナを救出し、血と砕けた鋼鉄の刃と共に着地するというその光景に対し、誰も、何もしなかった。

『な、何なんだアイツはァ!!』

 フォシルは大いに動揺した。不可能と思われたエリーナの救出を散々に見下してきた男がやってのけたのだから。

『クソがァ!!』

『行かせるか!!』

『そりゃあコッチの台詞だボケが!!所詮一発限りの馬鹿力ッ、やれ死霊共!!』

 フォシルがそう命令すれば死霊兵の群れが血塗れの伊佐凪竜一を助けようと行動するアイオライト達を牽制する。死後に強い未練を残してしまったが為に輪廻の輪へと入れなかった死霊を核とする鉄騎兵の群れは、ソレを操るフォシルが与える僅かな生気に操られ、意のままに動く。

 死霊兵のメリットは肉体の枷が無く疲れを知らない事、痛みが無い為に少々の怪我では止まらない事、死の恐怖を感じない事。無数の死霊兵は幾つものメリットをフル活用して4人の動きを止める。対するアイオライト達も果敢に攻めるが、足元の魔法陣への対処が残っている為にどうしても慎重にならざるを得ない。

『ハハッ。良いザマだよ元英雄さん!!さぁゴーレム、足元に転がる男を殺せェ!!』

『まだ動けるのか!!』

『クソッ。鉄騎兵の数が多すぎる!!』

 嘲笑う声、驚く声、悲痛な叫びがない交ぜに戦場を揺らす中……

『オオオオォ。』

 指示を受け取ったゴーレムが不気味な唸り声を上げた。核となるエリーナは無くとも蓄積した魔力が巨体を動かす。右腕がゆっくりと動き、伊佐凪竜一へと迫る。

『殺せェ!!』

 フォシルが再び指示を出すと、ゴーレムは振り上げた拳を勢い良く叩きつけた。地面が激しく揺れ、石畳や家屋に無数の亀裂が走る光景を見れば嫌でもその威力が伝わる。が、またしても全員の動きが一様に止まった。再び全員が呆然と見つめるのはゴーレムの拳が振り下ろされた地点……ではなくその拳自体。

『オイ、どうなってる!!』

『いや、コレは……そんな。』

『信じられん……』

『コレが、地球の神から贈られた異能だと!?』

『すげぇ……』

 眼前には先ほどと同じ……いや、ソレよりもさらに酷い光景があった。振り下ろしたゴーレムの拳がどこにも無かった。ではソレは何処にあるのか、と言えば少し離れた位置にあった。ただ、ソレは何かに弾き飛ばされたかのようにひしゃげており原形を留めていない。仮にそのままくっつけたとしても、腕としての機能は到底果たせないだろう。

 次に全員の視線は拳が振り下ろされるはずだった位置へと自然に向かった。ソコには……血塗れの伊佐凪竜一が拳を振り抜いたポーズのまま立っていた。彼の仕業だ。致命傷を負い、記憶も殆どない筈なのに……そんな状況でゴーレムを押し返すなど有り得ないと誰もが考えているのに、全員が同時に矛盾した結論に到達した。

『な、何が……』

 フォシルは混乱した。如何に核が消失したとはいえ、内在する膨大な魔力で起動するゴーレムの火力はほとんど落ちていないのに、その攻撃が容易く弾かれたのだ。が、この程度は序の口だった。

『オイ……なんだテメェ、何してやがる!!』

 フォシルは見た。伊佐凪竜一へと流れ込む魔法陣の光が彼の周囲で渦を巻いたかと思えば消失する光景を目撃した。

『何だよソレェ!!テメェ、まさか……まさか魔法陣を無効化してるってぇのか、有り得ねぇだろバケモンが!!』

 魔力無効。誰もが彼の身に起きる現実を信じられなかった。人類を軽く超えた身体能力に魔力が効かない特質が付与されたとなれば、その存在は世界のパワーバランスを崩しかねない異常な存在であると認めるに等しいからだ。

『ふざけんなァ!!』

 その声は今までとははっきりと違った。怒りよりも焦りの色が強い声と共にフォシルは姿を消し、次の瞬間には伊佐凪竜一の眼前へと転移、同時に片手で首を、もう片方の手で頭を掴んだ。

『なら直接魔力をブチ込んでッ!!』

 もはや我武者羅だった。揺らがない筈の勝利が揺らぎ始めた動揺を必死で抑えるフォシルの意志は"何が何でも伊佐凪竜一を殺す"という答えに集束した。一方、相対する彼は目の前の女が殺すつもりでいる事を理解しており、その腕を振りほどこうとフォシルの手を掴む。

 ……が、振りほどけない。伊佐凪竜一がゴーレムの拳を吹き飛ばした力を発揮すれば魔術師の細腕など容易く振りほどける。その事実を拒否するのはフォシルの執念。誰にも気取られない様に都市全域を覆う結界を準備するのにどれ程の時間と労力が掛かるかなど言うまでもない。女の細腕に宿るのは、今更引くことなど出来ないという執念が絞り出す悍ましい力。異能すら超える意志の力。

 だがもう1つ理由があった。伊佐凪竜一の疲労。引き剝がされまいと死力を尽くすフォシルの細腕を掴む彼の手は震えており、更に止めどなく血が滴り落ちている。無茶をした代償が今の今になって身体を蝕み始め、ソコにフォシルの魔術が牙を剥く。

『ハハハハハハッ。お前さえ……お前さえい無くなればァ!!』

 女の目は常軌を逸していた。目の前の男を殺す以外に何も考えていない純粋な殺意に支配されていた。苦悶の表情を浮かべる男の顔と己の理想しか見る事の出来ない血走った目は、やがて恍惚とした表情へと移り変わる。伊佐凪竜一の抵抗する力が少しずつ弱まったからだ。アイオライト達は魔法陣とゴーレムと死霊兵の三重苦の前に遅々として彼の元へたどり着けない。

 フォシルは勝利を確信した。不測の事態が幾つもあったが、それでも夢にまで見た世界への第一歩を踏み出せると、そう考えていた。これまで起きた不測の事態は全て神の与えた試練であり、己はソレを乗り越えたのだと、そう信じた。信じていた。

 ――ドカン。

 戦場に突如として響いた爆発音が轟くその瞬間まで、女は自らの勝利を信じて疑わなかった。

『今のどっからだ!?』

『今度は何だァ!!』

 誰もが予想だにしなかった攻撃に驚き戸惑う声が戦場を染めたが……

『ゲ!?』

 まるでカエルを潰したような声が聞こえると全員がその方向を見た。声の主はアイオライト。彼は何かに気づくと一つ所をジッと見つめたまま動かなくなった。その状態は戦闘状態にはあるまじき態度であり、怪訝そうな表情を浮かべながらジルコン達が同じ方向を見ると……

『『『ゲ!?』』』

 仲良く同じ声を上げ……

「うわぁ……」

 最後に気づいた伊佐凪竜一も全員と同じ何かを見て変な声を上げた。

『アナタぁ、大丈夫ですかー?』

『ご無事で何よりですわ、ご主人様。』

 全員が見つめる視線の先、損壊を免れた建物の屋上にいたのはハイペリオンにいる筈のアメジストとローズだった。

『コレはマズい……』

 アイオライトが小さく呟いた言葉の意味は、直後に全員が思い知ることになる。
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