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大陸編

城郭都市ヴィルゴ ~ 運命

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 ――また何時もの夢を……いや、これは今日の朝早くの光景だ。連日のように見る地球の夢じゃない。

『おはようございます、兄貴!!』

 何時もとは違うやかましい声に重い瞼を開いてみれば、酷く濃い顔がそこにあった。珍しくジャスパーがいた。

『今日は朝食代わりにコイツをお持ちしました。』

 そう言って彼が渡してくれたのは酒の入ったボトル。中身の特徴的な液体を見れば何時か彼が俺に飲ませてくれた地元の酒だと分かった。

『コレ、酒と同じ製法で作ってるんですが、その途中で丹念にアルコール飛ばしてるヤツでして。飲めば朝の栄養はバッチリって奴です!!』

 朝から酒とはまた凄い物を持ってくるな、と思っていたのだがどうやら違ったらしく……飲んでみれば確かにアルコール分は感じなかった。ちょっとばかり甘のを除けば酔い覚ましにはちょうど良い感じだったソレを一気に飲み干し、素直に感謝の言葉を口に出した。直後……

『いいえ。それで、実はお願いがあって。全部終わったらウチの故郷にも寄ってもらいたいんですよ。』

 妙な頼みごとをされた。故郷に来てくれとはまた奇妙な話だな。が、先ず顔を離せ。近い、暑苦しい。

『実は俺が兄貴に負けたって話が伝わったみたいで、皆が会わせろってうるさくて。』

「もしかしてリベンジとか?」

『違いますよ。ウチは結構実力主義的なところがあって。俺の兄貴は皆の兄貴って事になってしまいまして。で、良ければ紹介したいんですよ。』

 話を聞けば暑苦しい顔と表情から一転、随分と彼らしくない話をされた。まぁ、一応納得は出来る内容だったし、血生臭い決闘じゃなくて俺を紹介したいという理由ならば断わる理由も無い。ソレにコイツ、付き合ってみれば分かるがやけに面倒見が良いし気遣いも出来る。ただどうも調子に乗りやすいのが玉に瑕なのだが。

『兄貴に負けたのは、自分を見つめなおす良い機会になりました。それに……実は嬉しかったんすよ。こんなのが切っ掛けで部族の事とか色々考えるようになって。実はその酒、嫌いだったんすよね。でも妹が仲直りの切っ掛けにって持たせてくれて。で、ソレをうまそうに飲んでる兄貴たち見たら、俺何やってんだろって。そういやぁ部族にも仲良くなりたかったら一緒に酒を飲めみたいな言葉が会って、漸く意味が分かったんすよね。ウチの酒ってかなり独特で、今でこそ人気なんですけど、妹を含めた女連中が色々と改良するまでは珍品扱いだったんすよ。だから飲めッて言われても誰も口にしないなんてザラなんすよ。特に人間はあんなもん酒じゃないって位に否定してましたね。だから俺達、口にこそ出さないけど人間の事、あまり好きじゃないんすよ。例え安酒一本であったとしても俺達の大切な歴史とか記憶とか過去の積み重ねなのに、なんか否定されてるみたいで……』

 そうやって捲し立てるジャスパーの表情は、今までに見たことが無い位に神妙だった。彼なりに思うところが色々あって、その結果として人間嫌いが加速してしまったのだろうか。でも良い事を言っていたな。大切な記憶、過去か。それって、やっぱり大切な物だよな。俺がよく見る地球の夢も、ソコにいる誰かとの他愛ないやり取りもきっと俺の大切な一部で、ソレが今の俺を作っている。とても大切で、だからせめて最後だけは……

 ※※※

 ――次に意識を取り戻すと、周囲を灰色の壁に覆われた小さな部屋の中にいるのに気づいた。見た感じ牢屋にも見えるがココはドコだろう?そもそも俺は一体何をどうしてこんな場所に……

『おはよう。』

 何処かで聞いた声が聞こえた。あの女、占い師の声だ。未だ淀んだ意識がその答えを導くと同時、俺は反射的に声の方向を振り向こうとした。が、ガシャンという嫌な音と何かに引っ張られるような感触がソレを阻害した。

『うふふ。無様ね。』

 鎖?その音と引っ張られるような感覚で俺は漸く自分が後ろ手に鎖で繋がれていると知った。勢い削がれ力なく床に顔を打ち付けると石畳のひんやりとした感触が頬に広がる。

「アンタ……」

 床に顔を打ち付けながらも俺は声の方向へと視線を向けた。やはりそこにいたのは何時かの占い師だった。そしてその隣には……

「そんな。なんで……」

 その顔を見た俺は酷く混乱した。

『アナタの役目はもう終わり。』

「なにを言っている?いや、その前にッ!!」

『会いたかったんでしょう?』

 ローブの女の言葉に混乱しっぱなしの俺は何も言えなかった。

『だから呼んであげた。』

「嘘を、嘘をいうなッ!!」

 そう、嘘だ。だって地球は……地球は……いや、分かってるんだ。本当は、心の何処かで地球はまだ存在していると信じている。最初は神様の言葉を信じたさ。だけど日が経つに連れ、疑心暗鬼に駆られていった。俺は崩壊した証拠を断片的な映像でしか見ていない、だからまだ地球に人は生きているんじゃないかと。いや、コレも違う。ただ、そんな拙い希望に縋りたいだけだ。

『信じる?信じない?なら聞いてみたら?何だって答えられるわよ?』

「こんなことをしてどうするつもりだ?」

『別に。ただあなたが邪魔だっただけ。あの忌々しいエルフから離れないアナタがね。だから離れる理由を用意してあげたの。さぁ、お逃げなさい。逃げて、この世界で2人やり直せばいいわ。そうしたかったんでしょう?』

「違う!!」

『嘘よ。言葉はそう言っても心はそう言っていない。私には分かるのよ。』

 女はそう言うとコツコツとゆっくり歩きながら俺を見下ろせる位置にまで来て……

『アナタの記憶を覗き見たんだから。』

 俺を見下ろした。女の目を見れば、その言葉が偽りではないと思わせるだけの強さと鋭さを持っている。ウソじゃない?

「何を言って……記憶?」

 直後、激しい振動が起きた。しかも断続的に何度も何度も地面が揺れて、更に遠くの方から爆発音の様な何かも聞こえる。

「何をしたッ!!」

『始まったのよ?』

「何がだ?」

『世界を正しい姿に戻す為の戦いよ。この世界は私達人類のモノなのに、独立種なんていう汚らわしい生き物がいるのが許せないのよ。だから無用な争いが起こる。』

 戦い?正気か?そんな一方的な理由で戦いを仕掛けるなんて無茶苦茶すぎる。

「違うッ。人同士でも争い合っているだろ!!」

   だから叫んだ。無駄だと知っていても、それでも叫んだ。死ぬ。戦いが始まれば誰かが否応なく死ぬ。昨日まで酒を酌み交わした相手も、通りすがりの誰かも無関係に死んでしまう。あの時の様に、記憶の底に焼き付く地球最後の光景の様に、無意味に死体が積み上がる悍ましい光景に俺の頭は激しい拒否感を示した。

『地球ではそうだったんでしょう?ここは平等という劇毒を受け入れ、盲信する未熟な世界とは違うのよ。全てに生きる価値がある訳ない、私達が独立種をこの世から消し去れば、残った人類もきっと考え方を変えてくれるわ。』

「何も分かっていない!!」

『それはアナタでしょう?私達には権利があるのよ。世界は私達のモノだっていうのは神からの啓示なの。予言者が私にそう教えてくれた。ま、アナタにはもう関係ない話だものね。命を懸けてまで助ける理由なんて無いでしょ?その気になったらこの女にいえばいいわ。但し、嘘を付いたら力づくでねじ伏せるわよ。ま、最もアナタには手が出せないでしょうけどね。』

 やはり全て無駄だった。決意が固いんじゃない、それ以外の選択肢を知らないか、あるいは全部塗りつぶした……そんな風に見えた。だから躊躇いない。女はそう言い捨てると踵を返し、笑い声と共に牢獄から消えていった。クソッ、何なんだ一体。が、そんな俺の元に別の女が寄ってくる。床に這いずる俺を見下ろすその目は確かに……でもどうして?なんで?

「君は……本当に?」

 無意識に俺はそう尋ねていた。

「えぇ。わたシはアナタがよくしる、※※※※……」

 が、外の戦闘が激しさを増し始めた影響ではっきり聞こえなかった。爆音轟音と共に部屋が揺れ、彼女の声を遮断する。

(駄目だ。その話を聞いてはいけない!!)

(そうやで。アンタの世界は本当に滅びて、世界に会った命は残らず輪廻の輪にきえていったんや!!)

 今度は神様とハイペリオンの声が脳内に響いた。彼女が何かを囁くが、ソレ等も全部この2人にかき消された。

「でも、じゃあココに居るのは何なんだ!!」

 矢も楯もたまらず叫ぶが、しかし神様の答えは頼りない。

(旅立つ少し前、君と話したことを覚えているか?)

 あぁ、覚えている。ある意味では忘れたくても出来ない話だった。

 ※※※

「異世界に飛ばされた人の情報を教えて欲しい。」

(言わんとすることは理解できるよ。残念だが、日本人は君だけだ。君がどうしてそんなことを聞きたいのか、君が知りたい何者かと君がどういう関係かは聞かないが、仮にいたとしてどうするつもりかね?そうか、弔いたいのだな。それが迷う理由かね?)

「おかしいか?」

(いや。君以外が不条理と笑おうが、君が確かな信念で選んだのならば笑う理由はない。誇りを自ら踏みにじっては人は人になれない。そして他人に踏みにじらせても笑わせてもいけない。)

 ※※※

 その時の話が脳裏に蘇れば、同時に間接的ではあるが俺の会いたい人は死んでいるという事実に対する表現しようのない感情も一緒に蘇って来た。

(今、君の傍に見える何者かが君が弔いたい誰かなのだな?だが……)

(アカンで。それは敵の罠や!!)

 神様は必至で頭に話しかけるが、直後に部屋が大きく揺れた事で気を回す余裕がなくなった。今度はさっきまでの比じゃない。激しく揺れ動き、大小いくつもの亀裂が走り、その隙間からパラパラと何かの破片が落ちてくる。下手をすればこの部屋自体が持たない。

「外で何が起きている?」

「ソレをあなたがシる必要はない。さぁ。わたシの手をとって、いっシょに逃げまシょう?ネ?」

 彼女はそうやって俺に手を差し出す。あの時のままだ。俺の記憶の底にこびりついて、忘れたくても出来ない記憶の中の彼女そのままだった。
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