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大陸編

城郭都市ヴィルゴ ~ 急転

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 ――よく会うね?
 ――あぁ
 ――今、面倒くさいって思ったでしょ?
 ――イイエ
 ――でも……会える内が華よ。
 ――何かあったのか?
 ――ううん、何でもない。
 ――そうか?
 ――そうよ。さ、今日も飲もう。

 ※※※

『おーい。』

 ここ最近、昔の事を良く思い出す。なのに……色々な情報がまるで抜け落ちたかのように思い出せない。アレは誰で、アソコは何処で、俺は何で彼女と話しているんだ?

『早く起きろー。』

 あぁ、まだ酒が残って頭がガンガンするのに、と愚痴りながら目を覚ますと目に飛び込んできたのはシトリンの露骨に不満そうな顔。

『出かけるぞ。』

「何処に?時間は大丈夫なの?」

『何処でも良い。時間は空いた……なんか、フォシルのヤツにどうしても外せない急用が出来たとか言ってな。で、会議中の警備の話とか全部宙ぶらりんになった。アイオスのヤツは自主的にアチコチ見て回っているがな。』
 
「皆、元気すね。」

『建前だよ。実際は君が昨日会った占い師を探している。他の連中も同じだな。タイミング的にもそうだし記憶の件と合わせたらほぼ黒だろう。最大の問題は人類統一連合か否か、そうだとしたら何故君を狙ったのか、だ。』

 どうやら昨日俺が会った占い師を探しているらしい。確かに怪しい雰囲気は感じたし、途中から明らかに記憶が抜け落ちているのに強い違和感があるのも確かだ。何かされたんだとは思うが、当人が思い出せないなら人海戦術で占い師を探し出した方が手っ取り早いと判断したのだろう。

『今、君とあった占い師が辿った痕跡をアクアマリンが丹念に調べている。相手が魔術士なら何処かに魔力の痕跡とかが残っているかもしれない。』

「見つかるかな?」

『期待はしていない。が、結果は会議参加者とヴィルゴの都市長にも伝える。話次第では応援を寄越してもらえるだろうから捜査にも弾みがつく。流石にココまで人数が増えれば見つかるのは時間の問題と思いたい。但し、参加者の誰も人類統一連合ヤツラと組んでいないのが前提となるがね。』

「そんな連中なんだ?」

『規模がどの程度かは測りかねているがな。アレの目的は世界を人類だけの物にすること。今起きている貧困とか魔獣とかその他諸々全部の原因が独立種ワシらにあると勝手に決めつけていて、いなくなれば全てが元通りになると信じている。』

「滅茶苦茶だ。」

『そう。勝つ為になりふり構わなかったのはお互い様、何より人類側でさえそんな風に思っていないのに、ヤツラだけは300年前に人類を救うために現れたとされる予言者の言葉を信じて疑わない。』

「予言者?」

 何か良からぬことに巻き込まれた以上、俺はもう部外者ではなく当事者。だからエリーナは今まで語ってこなかった情報を俺に提供した。人類統一連合と予言者。確かにあの島にいる限り、知る機会は巡ってこなかっただろう。

『そう。その面倒くさいヤツが人類側に魔法に関する知識を広めたのが原因で、それまで奇跡の力とかまじないとか称され体系化されていなかった技術が魔術として昇華され、魔術師の数が一気に増えた。更にゴーレムを与え、挙句に何をどうしてかワシらの居場所まで教えたモンだから戦いは一気に泥沼に陥った。最終的にどなったかというと、人類側が戦争継続派と和平派に分裂。泥沼の争いの末に和平派が戦争継続派の首をワシらに持ってきて終戦を訴えた事で漸く戦いが終わった。』
※魔術:人間側の知識由来の魔法 魔導:独立種の知識由来の魔法

 驚いたな。何が驚いたって和平派という言葉から考えられない物騒な手段で和平を実現したという話。でも、そんな強引な終わらせ方だと継続派は納得しないんじゃないかと思えるし、だからあの島に魔獣をけしかけたりと無茶苦茶な真似をしていると考えれば一応合点がいく。でも、300年前の因縁で今を生きている誰かを傷つけるのは道理に合っていない。

『300年も経てば少しは大人しくなると思っていたんだけど、ここに来て活動が活発化。今後は時間も余り取れないかもしれない……だから行くぞ!!』

 何処にって聞かずともわかります。外に行くんですよね?遊びに出かけるんですよね?言わんとすることを俺が理解したと判断したエリーナは満面の笑みを浮かべた。そんな顔を見ていれば、さっきまで見ていた夢の話の事なんて何処へやら。まぁ、思い出せないならそう大したことじゃないんだろう。

 ※※※

 彼女は終始楽しそうだった。まるで初めて来る子供の様に……すいません。子供じゃなかったですね。なんで殺意籠めた目で睨まないでください。ま、それはともかくエリーナが楽しそうなら俺は特に文句はない。今は小さな身体に収まっているけど、島じゃ色々と世話になったし、何だかんだで俺の事を一番気に掛けてくれていたのは彼女だ。大半が妹のアメジスト絡みだけど……

 ここは中規模程度の大きさのカスター大陸のやや西側に位置する大都市。人口の規模は地球と比較にならない位に少ないけど、活気だけならばそれ以上だろう。行きかう人波が先ず向かう先はこの都市の守護者と言われる巨大な鋼鉄の巨人。朝、エリーナが話した昔話に登場するゴーレムという名称のソレは、昔起きた戦いの際に精霊だか神から預言者を経由する形で与えられた兵器で、人類はソレを使って独立種と戦ったそうだ。が、戦いが終わればお役御免。物も言わなければ動きもしない且つての守護者は今や都市の顔として金づる、あるいは見世物になっているのは何とも皮肉だ。

 一方、その戦いに参加したアイオライトは"戦い以外の役目があるならそれに越したことは無い"と、何とも達観した事を言っていた。年齢が年齢だから寧ろソレが普通なんだけど、俺と同じ位に若い人間が言うと違和感一入だった。

『今、誰の事を考えた?』

 近い近い近い、顔が近いよ。

「いや、特に。」

『本当かなぁ?』

 が、彼女は俺の言葉を信用しない。小さな顔がドンドンと近づけば眉がつり上がり、目も心なしか濁っている。明らかに怒っていると理解できるが、でもこれ以上はマズいですよ。表通りから少し外れた裏道を歩く人影はまばらだけど、大通りを見れば何十人もの通行人がそれぞれの目的地へと向かう姿。人目が無い訳じゃないんですからちょっと落ち着いて、と説得する間にもエリーナの顔がジワジワと俺の顔に近づき……やがて互いの唇が軽く触れた。

『コレで許してやろう。』

 俺は世間から許されそうにないという問題があるんですが……しかし、人生最大の危機を迎えかねない俺とは真逆に機嫌を直した彼女は、満面の笑みを浮かべながら"早くいくぞ"と俺を急かした。アレが彼女の本来の性格なのだろうか。生真面目な性格で苦労しているから、子供の姿に戻ると本来の奔放な性格になるとか?個人的には元に戻って欲しいと思う反面、特に3女の暴走に苦労している日常をみているものだからどうしても"戻って欲しい"という一言が口に出せない。

『ホラ、早くせんか。』

 再び急かす声が大通りから聞こえてきた直後……俺の耳に別の誰かの声が聞こえた。この声は何処かで……シトリンの居る場所とは反対側へと反射的に視線を向けた先にいたのは……

『どうした?ちょっと待て、何処に行く!?』

 後ろから声が聞こえ……

(待ちたまえ。ソレは罠だ!!)

(アカンで。彼、なんも聞こえてへん!!)

 頭の中にも声が響いた。が、幾つもの声が重なった次の瞬間、俺の意識はブツっと途切れた。

 ※※※

 ――夜。宿泊施設は大いに荒れた。伊佐凪竜一とエリーナが揃って都市から忽然と消えてしまったからだ。

『何が一体どうなってるんだ?』

 夜になっても戻ってこない、もぬけの殻の部屋にアイオライトの声が響いた。今まで誰にも見せた事が無い程度に青ざめた表情と共に声を荒げたその心中は自責の念に駆られている。失態だと、そう言われても致し方ないと考えている。都市の護衛部隊を借り受け朝方から不審者の情報を集めて回っていた彼にしてみれば、そんな最中に2人が姿を消してしまうなど想定できなかった。
 
 伊佐凪竜一も相応に強いが、エルフの中でも指折りの強者であるエリーナを連れ去るなど不可能に近い。しかも一連は誰にも気取られること無く行われた。今のエリーナは魔力の制御に難を抱えている状態。よって戦闘行動があれば周囲一帯に派手な被害が出る筈だが、その様な問題はただの1件も上がっていなかった。

 誘拐か、あるいは殺害か。しかしどの可能性も低く、またそれ以上に証拠らしい証拠も全くでないので何が起こったかさえ不明なのが今の状況だ。

『有り得ないですぜ。ナギの兄貴1人だけでも問題なのに、エリーナの姉さんも纏めてなんて!!』

『そうね。彼もエリーナ様も、少なくとも簡単に捕まる程弱くはない。』

 声を荒げるジャスパーと、それとは対照的に落ち着き払った口調のアクアマリンの声が伊佐凪竜一の部屋に響いた。が、落ち着ているのは一見したらそう見えるだけであり、実際は立っていられない程に憔悴しきっており、ベッドに腰を下ろし呆然と床を眺めている。

『あぁ。この時期、この場所で問題起こすなんて正気の沙汰じゃねぇ。誰かが何かやらかすつもりらしいな。ジャスパーはジルコンに連絡を。アクアマリンはヴィルゴの詰め所に向かって捜索人員の確保を頼む。』

『へいッ!!』

『分かりました。』

『会議に先立ち都市全域の出入りは厳重にチェックされているから逃げられるはずがない。近隣都市にも協力を仰いで不審な人物、荷物は全て検閲する様に通達済み。だが……』

『えぇ。この辺りだけなら俺達に協力的な人間ばかりなんですが、今は色々な場所から来てますからね。真面目に協力してくれる奴はいるでしょうけど、運が悪けりゃあ……』

『だから人間って嫌なのよ。』

 アクアマリンはそう吐き捨てた。オークやエルフと言った独立種と比較的距離が近しいこの都市は例外的であり、海を隔てた隣のアインワース大陸やその先のジョブズ諸島群に行けば、人間は人間同士、独立種は独立種同士で集落を形成して接触を最小限に抑えているのが一般的であり常識となっている。

『今は抑えろ。とにかく、この状況を俺達だけで何とかするのが先だ。外に漏らせばどうなるかわかったもんじゃない。だからハイペリオンにも伝えるな。』

『はい。あの方ですね。』

『ってぇとどちらさんで?』

『アメジスト。』

 ジャスパーは唐突に出た名前に驚いた。エリーナ=シトリンだけでも相当なのに、伊佐凪竜一の傍にエルフ総裁までいると知った。しかも何れも超がつく有名人。4姉妹の美貌はカスター大陸全土は元よりアインワース、ジョブズの隅々にまで轟いている。勿論、強さと美しさの双方である。

『え?総裁じゃないすか?って、まさかナギの兄貴って……いやぁ、もてますねぇ。』

『理由があるんだよ。アイツ、ウチの4姉妹とツガイらしくてね。』

『へぇ。ソイツはまた……なら尚の事、俺達だけで何とかしないとダメすね。じゃあ俺、信頼できる仲間に声かけてきますよ。兄貴の一大事だからうだうだ悩んでられねぇ!!』

 そう言うとジャスパーは急いで部屋を後にした。残った2人は大柄なオークの頼もしい背中を黙って見送ったが、やがてアクアマリン"彼、意外といい人ですね"と、小さく呟いた。

『あぁ、ちょいと自信過剰だったところがうまい具合に折れていい感じに落ち着いたようだ。ジルコンも感謝してたよ。』

『では頼みの綱の数は彼等に任せましょう。私は詰め所に寄ったら周辺の魔力残滓を再確認してみます。コレ……言おうかどうか迷ってたんですけど、何かおかしいんですよね。魔力の残滓反応が時折微弱な魔力の流れに乱されるせいで調査が進まなかったんです。都市の防衛計画の一環なのかしら?』

 オークの男の足音が聞こえなくなった頃、アクアマリンは調査の結果をアイオライトに報告した。魔力はほんの少しずつだが身体から漏れ出ていて、高い魔力を持つ人物や物品はこの痕跡を辿る事で場所の特定ができるのだが、何故かソレが出来ないと言う。

『どうだろうな。都市長のコーラル本人からではないが、でも秘書のフォシルは少なくともそんな話をしていなかったぞ。』

 アイオライトはその報告に怪訝そうな表情を浮かべたが、一方で都市の責任者からその類の話を聞かなかったと答えた。当人からではないとは言え、近しい立場からの言質なので信用できる内容だ。

『だが気になるなら追ってみても良いかも知れない。ココまで来ると誰も彼もが怪しく見えてくる。』

『じゃあそうしてみます。』

 アクアマリンはそう言うと足早に部屋を後にした。

『少し前にナギ君がハイペリオンで遭遇した人類統一連合の男。未だ神樹を目指す魔獣の群れ。今回の誘拐騒動と謎の占い師。全部繋がっている筈だ。待ってろッ。俺の仲間に手を出したらどうなるか、忘れたってんなら思い出させてやる!!』

 主なき部屋の扉を乱雑に閉めながら決意を語ったアイオライトの表情は怒りに燃えていた。
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