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終章 呪いの星に神は集う

389話 終幕 其の3

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 呆然と見上げるアルヘナをカインは冷徹に見下ろす。交差する視線。固く閉ざされた口。訪れる暫しの静寂。が、程なくカインが静寂を破った。

「君は、少なくとも兄のカストール|(アイアースと名乗った個体のオリジナル)とポルックス、それにパンドラも殺したね?君ではタナトスは作れない。そもそも内包する力の制御が出来るのは僕が知る限り彼女だけ。あの巨大兵器も君単独では製造出来ない。パンドラ経由で見せて貰った記憶がある。君は、仲間を殺しては成果を奪い続けてきた」

「ぐ……ぅ」

「誰も逃げた事など気にしていなかった。僕も、僕を唯一受け入れてくれたパンドラも、君の兄も、他の仲間達も。だけど君だけが違った。逃げたから責めている筈だ、嫌っている筈だ。嫌っているならば敵だ。敵は殺さねばならない。そんな妄執に囚われた。そうだろう?」

「違う、違う……」

 アルヘナはカインの言葉を無心に否定し続けるが、虚ろな目と同じく言葉に力はない。呆然自失。あるいは反射的に否定しているだけか。

「長かった。人が生まれ、育ち、協力し、宇宙へと旅立つ。その過程で幾度も戦争が起き、死ななくてもいい命が消えていった。人がどう思うか分からないけど、僕は人が好きだった。憎まれようが、忌み嫌われようが、どれだけ僕の意から逸れようが、それでも。だけど君は弄んだ。本来ならば僕自らが罰を与える予定だったけれど、彼女から連絡があった。待ち望んだ希望が生まれた、と」

『長かったよ。宇宙に散逸した可能性は本当にそんな人間を生むのか疑心暗鬼だったが、待った甲斐があった』

「あぁ。彼女ツクヨミが選定した2人ならば、再び人に希望の光を灯してくれる」

「クソ、なんだソレは。そ、それでは俺は……貴様の掌の上で踊っただけではないか」

 残酷な真実にアルヘナは愕然とした。己は忌むべき存在に都合の良いように動かされていたと暗に語るカインを前に、男の目から光が急速に失われ、身体から白い粒子が立ち昇り始めた。

 意志がカグツチを繋ぎ止める事が出来ず、身体から逃げ出す現象は意志の弱さの表出。人が死ぬ直前に見られる光景。苦悶と苦悩に満ちた表情を浮かべる男の寿命は近い。

『誰一人として勝てず、何一つ成せず、残せなかった真実だけを抱えて黄泉に堕ちろ。さようなら』

「僕も何もしない。君は、殺し過ぎた」

 冷淡で冷酷な視線を向ける女王に対し、カインは悲壮な眼差しでアルヘナを見つめる。その胸中には怒りよりも哀しみが渦巻く。男の手によって幾つかの銀河が滅ぼされたという直接的な証拠は無い。が、散々に見た酷薄な性格ならばあり得なる話だと誰もが受け入れた。カインは言葉を続ける。

「これまでに幾つの星を滅ぼした?この銀河に来る以前にどれだけを殺した?。数千億、あるいはそれ以上か?僕が計画し、女王が妹達に実行させた銀河を分断する彼我の境ひがのさかいは完璧では無かったけれど、それでも仲間の銀河系外探索を阻止する程度には成功していた。君が銀河を渡って来た方法は予測がつく。だけど、どうしてそこまで……僕達だけで良かっただろう。どうして、僕や仲間達が愛し育ててきた人間にまで憎しみを向けたんだ?」

 歪んだアルヘナに疑問をぶつけたカインは再び目を閉じた。直後、頬を一筋の涙が伝った。その涙に、顔に、言葉には人間への慈愛が満ちる。同じ原初人類という括りではあるが、何もかもがアルヘナとは真逆。

 唐突に出現したカインに対し、誰もが一様に不信を抱いていた。銀河にあまねく文明を監視していたならば、この事態にもっと早く対応出来た筈。しかし、誰もが彼の涙に疑問を押し殺す。少なくとも演技とは思えない。いや、そもそもカインがアルヘナと同じく悪辣あくらつならば、銀河中の人類はとうに全滅していても不思議ではない。

「さようならアルヘナ。憎まれ、恨まれ、殺し過ぎて穢れた君の魂は死後永遠に黄泉を彷徨い、この宇宙が再び新生を迎えるその時まで……いや、その後ですらも闇を彷徨い続けるだろう」

 最も忌むべき男の言葉にアルヘナは何らも反応しない。既に、その気力さえない。カインに勝ったという最後の拠り所の喪失により生気が根こそぎ奪われた。且つて神を自称した男の顔に浮かぶのは苦悶と悲壮と絶望。傲慢に振る舞った面影は既になく、死病に侵された病人の如く蒼白としている。カインは、そんな瀕死となったかつての同胞を冷たく見下ろしながら……

「だけど、それでは誰も納得しない。だから、最後に罰を与える」

 アルヘナの元へと近づき……

「君が踊っていた掌は、本当に僕のものかい?」

 静かに、耳元にそっと呟いた。

「あ……あ……あぁぁっぁあぁあああああああああああああああああああああッ」

 かつての同胞が語った短い言葉にアルヘナは硬直したかと思えば、途端に狂った。

 自らが散々に忌み嫌った人間に敗北した時よりも更に強く濃い絶望が、消えゆくアルヘナを締め上げる。憎悪。それ以上の絶望。しかし死の間際に出来ることはなく、また後を託せる程に信頼出来る相手もいない。男は呪った。今頃になって己の浅はかさを呪った。が、時既に遅し。心を苛む怒りを、耐え難い感情を絶叫として吐き出す以外に何もできない。

 今際の際、神を自称した男は言葉にならない叫びを上げ続ける。最後に気付いたのは何だったのかは定かではないが、そうする間にも肉体に残存するカグツチは抜け落ち、恒星の光に消失する。

 そうして立ち昇る粒子が途切れた頃、男は息絶えた。その顔にはあらん限りの絶望が満ちる。どれ程に苦しんだ末の死か、誰もが容易に理解する程度には凄惨な表情。これが傍若無人に振る舞い、自ら以外の存在価値も意味も認めない、何処までも他者を侮り、見下し、欲望のままに全てを奪い続けた男の末路。

 誰にも悲しまれず、寧ろ侮蔑さえ込められたその最後は、欲望にという炎に身を任せた末に訪れる壮絶な終焉として大勢の記憶に強く焼き付いた。

 戦いの終わりを告げる光景にスクナは刃を納め、オルフェウスは憑き物が落ちたかの様に呆然とし、クシナダは大きな溜息を付きながら空を見上げ、フォルトゥナ姫は祈るように目を閉じた。

「よーやっと終わり、ってちょっとアンタ!?」

「辞めんか馬鹿者」

「離せッ、俺は!!」

 驚くクシナダとがなるスクナの声が漸く落ち着ける空気を揺さぶる。騒動の中心はオルフェウスとスクナ。刀を己の腹に突き立てようとするオルフェウスの行動を阻止する為、スクナは刃を手で握り締めていた。自殺を試みるオルフェウスの顔は苦悶に満ちる。彼を駆り立てるのは己への怒り。

「利用されたってのは同情するけどさ、だからってその場の気分で死なれてもコッチの気分晴れないわよ。せめて司法判断待ってからじゃないとさ、逃げただけって思われるのアンタも嫌でしょ?」

「同じく。贖罪のつもりか知らんが、楽な道に逃げようなどワシの目が黒い内は許さん。どうしてもと言うならばワシを斬り捨ててからにしろ」

 しかし、即座に真っ当ではないと否定された。クシナダとスクナの追及にオルフェウスは反論出来ず、ただ唸るばかり。そもそも、彼にも抵抗する気力は残っていない。刀を強引に奪われたオルフェウスは力なく崩れ落ちた。

「もし君が自死したならば、アルヘナと同じく輪廻の輪に入れず、黄泉、あるいは虚空ヴォイドと呼ばれる闇を彷徨うだろう。君まで同じ場所に囚われるのは忍びない。僕も手伝うから、だから生きて償って欲しい。勿論、君以外もだよ」

 カインは彼を擁護した。しかし責めるでもなく、寧ろその身を案じる言葉はオルフェウスを更に責め立てる。膝から崩れ落ちた彼は暫くは俯き震えていたが、やがて握り締めた拳を地面に打ち付け始めた。

 堅い地面を殴る度に拳とから血が溢れる。だがその程度では足りないと、何度も何度も叩きつけた。繰り返すうちに彼の手は血と土に塗れる。

 地面を殴り続ける音が虚しく響く中、スクナはオルフェウスの傍に寄ると片膝を付き、今正に地面を殴りつけようと振り上げた手の上腕を掴み上げその行動を制止すると、もう片方の手で襟首を掴み上げ強引に向き合った。

 疲労困憊のオルフェウスはスクナの行動を振り払える筈も無く、だが真正面から自らを真っ直ぐに見つめるスクナを睨み返す程の強さもなく、視線を逸らした。"子供か"、と酷く呆れたスクナは一呼吸を置くと……

「ホレ、何ぞ言う事でもあるじゃろう?」

 そうドスを利かせた。が、当人は黙して語らず。

「連合法がこの状態で何処まで機能するか疑問ですが、それでもそう遠くない内に裁きを受ける事になります。貴方もアルヘナに人生を歪められ、駒として操られた。しかし計画の中心者であるアルヘナとその傀儡だったカストールは死亡、タナトスが行方をくらました以上、貴方にその責が回ってくるのは致し方ありません。言いたい事があれば今の内に言っておいた方が良いですよ?」

 A-24が重ねて諭したが、やはり俯いたまま微動だにせず。言葉は届いているようだが、言い返そうともしない。

「時間は必要だろう。一先ず旗艦へ戻ろうか?準備は僕がするから」

「あ、いや、そう言った雑事は私が」

「気に病む事は無い」

「そうですか。では女王、予定通り一旦ココでお別れですね。この後の事は連合の状況が落ち着き次第……」

『気が変わった、私も旗艦に行く』

「は?」

「え?ちょっと嘘でしょ!?」

『当面厄介になる。心配せずとも何処か適当な場所を勝手に見繕っておく』

「え、え。ちょっと止めてよ!!」

「いやいやいやいやいや、僕?僕ゥ?いやぁ、そんなん振られても」

 一緒に行くと、想定外を口走った女王は伊佐凪竜一とルミナを不可思議な力で抱えや姿を消し、次の瞬間には旗艦大聖堂跡地へと降り立った。そこに居た面々は当然混乱、誰もが面食らいつつも神を打倒した英雄2人の状態を見るや慌ただしく各方面に連絡を始める。

 艦橋から連絡を受けた医療機関は運び込まれる怪我人と並行して受け入れの準備を始め、また治癒に特化した魔導士達も医療機関へと向かった。一方、主星の様子と言えば全員が突飛な言動を行った女王の背中を呆然と見つめ続けるしか出来なかった。

「あぁ、行っちゃった。ヤレヤレ、相も変わらずマイペースなお方だ」

「余程あの2人が気に入ったのだろう」

「納得してないで何とかして下さいよー。後、A-24オマエ。次ィ死んだ振りしてどっか逃げたら絶対に見つけ出して骨全部ヘシ折るからな!!」

「や、やだなぁ。もうしませんよ。ハハハ、ハァ」

「他の監視者には僕から一切を説明しておくから、君達は旗艦と主星の復興の準備と協力をお願いしたい」

「畏まりました。では皆様方も一端旗艦に引き上げましょうか?」

 主の指示にA-24が帰還を促した。直後、大きな空間の歪みが生まれ、やがて白く輝く円形の門を形成した。その門に先ずスクナがオルフェウスの手を強引に引く形で飛び込み、続いてクシナダがフォルトゥナ姫を伴い飛び込み、最後にオリンピアに転移したタケル達が続いた。

 続々と門に消える英雄の仲間を見送ったA-24は、全員の正常な転移を確認すると後方を振り向いた。

 視線に、苦悶の表情を浮かべ絶命したアルヘナを見下ろす主の姿が映る。彼は2つの顔を交互に一瞥すると、無言のまま白い門の中へと消えていった。主星の戦場からはもぬけの殻となり、先程までの喧騒は打って変わって完全な静寂が訪れた。一陣の風が吹き、恒星の輝きが優しく世界を照らし出す。

「漸く終わった。だけどこれは次の……」

 最後に残ったカインはかつての同胞の亡骸を焼き払うと、空を見上げながら誰にも聞き取れない程度に小さな声で何かを呟いた。青々と輝く空に向け、神に焦がれた男から立ち昇る煙を見つめ続けた男は程なくオリンピアから姿を消した。

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