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第8章 運命の時 呪いの儀式
346話 蝕
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「起き給え」
「ウ……こ、ここは……」
カストールの声に、地に伏したまま動かなかったオレステスが微かな反応を示した。
「意識が飛んでいるのか?しっかりしろ、姫君が待っているぞ」
「フォル……あぁ、そうか……」
「責めはせんよ。私も見積もりが甘かった。あれだけ追い詰めて、まだ戦えるとはな。負けるのも致し方ないが、しかし目を傷つけるとは無茶をする。治すから待っていろ」
「治す?何を……」
意識は取り戻した。が、思考と視覚は未だ闇に捕らわれたまま。未だ起き上がれぬオレステスは、カストールが何をしているのかさえ皆目見当が付かない。
「まだ慣れていなくてな」
傷ついたオレステスの顔に仄かに白む手を添えながら、カストールは溜息交じりに呟いた。
「慣れ……な、何をして!?」
「言っただろう?"治す"と。少しは大人しくしろ。フフ、昔から変わらんなお前は。私が絡むとまるで子供の様に反発する」
「チ……」
両者の関係はカストールが語る通り、まるで親子の如く。自分が何をされているか分からないオレステスは反射的にカストールの手を払いのけたが、身体の変調を感じ取るやパタリと抵抗を止めた。程なく、顔に添えられた手がどかされる。
「ば、馬鹿な」
遠方からその様子を眺めていたスクナはその光景に呆然とした。立ち上がれない程の傷を受けていたオレステスが立ち上がった。しかし驚きの原因は違う。オレステスが自らの顔に付けた傷、心眼獲得という名目で斬り裂いた目が治っていた。女性ならば誰もが見惚れると噂に語る端整な顔が、復活している。
「嘘……でしょ……」
別方向からの掠れた声にスクナは飛び起き、視界を声の主へと向けた。微かに呼吸をするクシナダの姿が霞んだ視界に映る。彼女は死んでいなかった。その事実にスクナは心底から安堵した。
「生きておったか」
「ナントカ……それよりもアレ」
「白魔導、だな」
「アンタ、魔王じゃなかったっけ?」
這う這うの体のシナダが叫んだ。僅かでも儀を遅らせる為、己を標的に選ばせる為。必要ならば命を投げ捨ててる覚悟が彼女を動かす。
「必要だから学んだだけだ。最善を尽くす姿を見せてこそ、人は付いてくるものだよ」
「間違っているとは思わんのか、お主は!!」
「半端な覚悟で立ってはいないのだよ、私はな。では行きたまえ、君の愛する者の元へ」
カストールは治癒により身体を動かせる程度に快復したオレステスを送り出した。一歩前に踏み出したその男の背を軽く叩きながら背中を押すと、男はヨロヨロと覚束ない足取りで歩み始める。が、フラつく身体を刀で支えながら向かうのは、見当違いな方向。どうやら完全に視力が戻っていないようだ。
「流石に完治は無理、か。その方向に姫はいない。右に45度ほど向きを変えれば、その先に大聖堂がある」
「そ……そうか」
「急ぐといい……如何なる結論であっても、だ。もうすぐ蝕が始まる。2つの衛星が恒星を覆い隠し、神道を塞ぐ。私が敗北した、今は婚姻の儀を執り行う時刻だ」
「わかって、いる」
「では、始めよう。新郎オレステス……いや、オルフェウス=アイルーティス。君はフォルトゥナ=アウストラリス・マキナを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、死が2人を分かつその時まで星に寄り添う事を誓うか?」
「……誓う」
「不味いッ!!」
強硬な儀の開始に、スクナの顔が露骨に歪んだ。
「チィッ、強引なヤツは嫌われると相場は決まっておろうが!!」
「だが、時には必要だよ。例え相思相愛の仲であったとしても、な」
「何処が相思相愛だッ!!」
堪らず、クシナダも激高した。2人を繋ぐのはただの計算、あるいは打算。殺したい。死にたい。そんな、己の願いを叶える為だけの軽薄な繋がり。互いへの思いやりも相互理解もない、何処までも己を中心とした独善的な思考。故に、怒る。年若く、恋愛に憧れを抱くクシナダは、愛情という美しい言葉で装飾された2人の理想とは程遠い性根に怒る。
が、強行される儀を止める手立ては無い。どう考えても滅茶苦茶で出鱈目な状況だが、やがて誰もが察した。どうやら星はどんな形であれ、夫婦の誓いを立てる事を重視している、と。
泥と血に塗れていようが、新郎が殺意を持っていようが構わない。星に意志などなく、ただ器たる姫の願いを叶える為に事象を改変する。ならば、もう誰にも止められない。
「新婦フォルトゥナ=アウストラリス・マキナ、君はオルフェウス=アイルーティスを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、死が2人を分かつその時まで星に寄り添う事を誓うか?」
「ち、誓います」
幼さが多分に溢れる声が、戦場に木霊した。フォルトゥナ=アウストラリス・マキナが立っていた。バルコニーから駆け足で来たであろう少女は肩で息をしながらも、それでもはっきりと誓いの言葉を澱みなく答えた。その声に、オレステス……いやオルフェウスが反応する。声の方に向き直るとゆっくり、ヨロヨロと歩き始めた。
その余りにも頼りない歩みに、姫もゆっくりと彼の下へと近寄る。本来ならば美しく、感動的な光景。しかし全てを知ってしまえば連合崩壊へのカウントダウンでしかない。
その様子をカストールはまるで父親の様に見守り、スクナとクシナダは呆然とその光景を眺める。
「ま……待て」
もう止められないと思われた歩みが、か細い声に止められた。驚き、視線を逸らしたオルフェウスとフォルトゥナ姫は狼狽える。
伊佐凪竜一が、立っていた。血塗れの手。ふらつく足。ボロボロの身体。しかし何より未だ潰れたままの目。誰がどう見ても満身創痍で、ともすればそのまま倒れ、息絶える光景さえ幻視する程に酷い。
フォルトゥナ姫は後悔以上に、余りの惨状に目を逸らした。一方、オルフェウスはその端正な顔に僅かな笑みを浮かべると、杖代わりの刀を構えた。
「待っていろ」
今度こそ止めを。そんなオルフェウスの行動を、殺意を向ける相手が違うと言わんばかりにカストールが制した。
「敬意に値するよ、君のその強情さは。もし敵でなければ酒でも飲み交わせただろうが、残念だよ。まだ諦めないのかね?地球で見せた奇跡を起こさない限り勝ち目は無い。しかし、奇跡を起こす半身は銀河の反対側。もう諦め給え。タナトスに踊らされ、分断された君達に勝機はない。姫の最後を見届けたならばこの戦いは終わり、望むならば復興の手助けもしよう」
カストールは伊佐凪竜一を諭す。言葉に、やはり悪意はない。清々しい程の敬意。敵である男が宿す不屈の意志への賛辞。敗北を知りながら、それでも前に進む男への惜しみない賞賛。それ以外の、何もない。
「駄目……だ」
当然、そう答える。カストールが退けない様に、彼もまた退けない。両者の意志、意地、覚悟は言葉では曲がらない、曲げられない。
「そう言うと思っていたよ、だが何故だね?僅か数日の仲でしかない姫を、どうして君は命を懸けて救おうと思うのだ?」
「知って、いる。同じ……苦悩を背負った人……孤独で、だから道……踏み外した末……死んじまった……」
「あぁ、知っている。ツクヨミの助力を得て地球の頂点に上り詰めた企業の代表、確かセイガゲンゾウと言ったか」
「だから、……の子が進む道も正しいとは限らない……その男と同じく1人で……悩み苦しんだ末の決断なら、正しいとは……人の死にどうこう……言うつもりは無い、俺も殺した。けど……孤独で惨めな最期は選んじゃいけないんだ。選ばせたんなら……引き戻さないと。助けないと……」
「それが半年前の戦いを経て君の中に生まれた覚悟か、生きる理由か。素晴らしい。なればこそ、君は全力で止めよう」
カストールはその言葉を聞き終わると剣を投げ捨て、拳に力を込め、伊佐凪竜一の顔面を思い切り殴り飛ばした。伊佐凪竜一の言葉に感銘を受けたのだろうか、それは直接語らった者同士にしか分からない。
「君は死ぬべきでは無い。この理不尽で弱き者、自らを悪魔と認識できぬ弱者が跋扈する世界で強く生き抜いてくれ」
カストールはそう叫ぶと崩れた襟元を正しながら背後を振り向いた。全ての視線が集まる先には、夫婦の誓いを立てた一組の男女の姿。新郎新婦が漸く一つの視界に収まった。燦々たる周囲の光景、泥に塗れたボロボロの新郎を見れば、目の前で行われているのが結婚式だと誰も思わない。
「や、止めんか。曇った目では物事を……正しく」
「チ、チクショウ」
「止め、なさいって、バカ」
最早立ち上がる事すら叶わない3人は、無念の表情と共にオルフェウスを見つめる。しかし彼らも、そして映像でその様子を目撃する誰もが新郎の異常に気付いた。様子がおかしい。
漸く願いが叶うというのに、オルフェウスの手は疲弊とは違う何かを理由に震え、顔には苦悶と苦悩を浮かべている。その様は、己が殺さなければならないという歪んだ愛情、あるいは妄執に身を焦がす男とは一致しない。
「俺は……俺は……」
「どうぞ、よろしくお願いします」
やはり相互理解とは程遠く、姫はオルフェウスの様子など気にも留めず、傅く様に膝を折ると目を瞑り、静かに懇願した。
「俺は、俺は、君に……」
オルフェウスの異変は覚悟を決めた姫を前にしても尚、変わらず。仇と憎む星が、星を宿す姫が目の前にいるというのに、震える手は柄を固く握りしめたまま何もしない。が、やがて何かの覚悟を決め、姫に何かを伝えようと口を開いた。その時……
「蝕の時間だ!!さぁ、始めろ!!」
連合標準時刻 火の節89日 11:08――
主星の大聖堂前に集まった誰とも違う声が、儀の始まりを声高に叫んだ。
それが、本当の絶望の始まり。今、舞台袖から全てを傍観していた最後の役者が舞台に躍り出た。誰もが理解した、直感した本能的に感じた。この声から圧倒的な悪意と敵意と憎悪、あらゆる負の感情を感じた。真の敵が、姿を見せた。
---
8章終了
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「ウ……こ、ここは……」
カストールの声に、地に伏したまま動かなかったオレステスが微かな反応を示した。
「意識が飛んでいるのか?しっかりしろ、姫君が待っているぞ」
「フォル……あぁ、そうか……」
「責めはせんよ。私も見積もりが甘かった。あれだけ追い詰めて、まだ戦えるとはな。負けるのも致し方ないが、しかし目を傷つけるとは無茶をする。治すから待っていろ」
「治す?何を……」
意識は取り戻した。が、思考と視覚は未だ闇に捕らわれたまま。未だ起き上がれぬオレステスは、カストールが何をしているのかさえ皆目見当が付かない。
「まだ慣れていなくてな」
傷ついたオレステスの顔に仄かに白む手を添えながら、カストールは溜息交じりに呟いた。
「慣れ……な、何をして!?」
「言っただろう?"治す"と。少しは大人しくしろ。フフ、昔から変わらんなお前は。私が絡むとまるで子供の様に反発する」
「チ……」
両者の関係はカストールが語る通り、まるで親子の如く。自分が何をされているか分からないオレステスは反射的にカストールの手を払いのけたが、身体の変調を感じ取るやパタリと抵抗を止めた。程なく、顔に添えられた手がどかされる。
「ば、馬鹿な」
遠方からその様子を眺めていたスクナはその光景に呆然とした。立ち上がれない程の傷を受けていたオレステスが立ち上がった。しかし驚きの原因は違う。オレステスが自らの顔に付けた傷、心眼獲得という名目で斬り裂いた目が治っていた。女性ならば誰もが見惚れると噂に語る端整な顔が、復活している。
「嘘……でしょ……」
別方向からの掠れた声にスクナは飛び起き、視界を声の主へと向けた。微かに呼吸をするクシナダの姿が霞んだ視界に映る。彼女は死んでいなかった。その事実にスクナは心底から安堵した。
「生きておったか」
「ナントカ……それよりもアレ」
「白魔導、だな」
「アンタ、魔王じゃなかったっけ?」
這う這うの体のシナダが叫んだ。僅かでも儀を遅らせる為、己を標的に選ばせる為。必要ならば命を投げ捨ててる覚悟が彼女を動かす。
「必要だから学んだだけだ。最善を尽くす姿を見せてこそ、人は付いてくるものだよ」
「間違っているとは思わんのか、お主は!!」
「半端な覚悟で立ってはいないのだよ、私はな。では行きたまえ、君の愛する者の元へ」
カストールは治癒により身体を動かせる程度に快復したオレステスを送り出した。一歩前に踏み出したその男の背を軽く叩きながら背中を押すと、男はヨロヨロと覚束ない足取りで歩み始める。が、フラつく身体を刀で支えながら向かうのは、見当違いな方向。どうやら完全に視力が戻っていないようだ。
「流石に完治は無理、か。その方向に姫はいない。右に45度ほど向きを変えれば、その先に大聖堂がある」
「そ……そうか」
「急ぐといい……如何なる結論であっても、だ。もうすぐ蝕が始まる。2つの衛星が恒星を覆い隠し、神道を塞ぐ。私が敗北した、今は婚姻の儀を執り行う時刻だ」
「わかって、いる」
「では、始めよう。新郎オレステス……いや、オルフェウス=アイルーティス。君はフォルトゥナ=アウストラリス・マキナを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、死が2人を分かつその時まで星に寄り添う事を誓うか?」
「……誓う」
「不味いッ!!」
強硬な儀の開始に、スクナの顔が露骨に歪んだ。
「チィッ、強引なヤツは嫌われると相場は決まっておろうが!!」
「だが、時には必要だよ。例え相思相愛の仲であったとしても、な」
「何処が相思相愛だッ!!」
堪らず、クシナダも激高した。2人を繋ぐのはただの計算、あるいは打算。殺したい。死にたい。そんな、己の願いを叶える為だけの軽薄な繋がり。互いへの思いやりも相互理解もない、何処までも己を中心とした独善的な思考。故に、怒る。年若く、恋愛に憧れを抱くクシナダは、愛情という美しい言葉で装飾された2人の理想とは程遠い性根に怒る。
が、強行される儀を止める手立ては無い。どう考えても滅茶苦茶で出鱈目な状況だが、やがて誰もが察した。どうやら星はどんな形であれ、夫婦の誓いを立てる事を重視している、と。
泥と血に塗れていようが、新郎が殺意を持っていようが構わない。星に意志などなく、ただ器たる姫の願いを叶える為に事象を改変する。ならば、もう誰にも止められない。
「新婦フォルトゥナ=アウストラリス・マキナ、君はオルフェウス=アイルーティスを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、死が2人を分かつその時まで星に寄り添う事を誓うか?」
「ち、誓います」
幼さが多分に溢れる声が、戦場に木霊した。フォルトゥナ=アウストラリス・マキナが立っていた。バルコニーから駆け足で来たであろう少女は肩で息をしながらも、それでもはっきりと誓いの言葉を澱みなく答えた。その声に、オレステス……いやオルフェウスが反応する。声の方に向き直るとゆっくり、ヨロヨロと歩き始めた。
その余りにも頼りない歩みに、姫もゆっくりと彼の下へと近寄る。本来ならば美しく、感動的な光景。しかし全てを知ってしまえば連合崩壊へのカウントダウンでしかない。
その様子をカストールはまるで父親の様に見守り、スクナとクシナダは呆然とその光景を眺める。
「ま……待て」
もう止められないと思われた歩みが、か細い声に止められた。驚き、視線を逸らしたオルフェウスとフォルトゥナ姫は狼狽える。
伊佐凪竜一が、立っていた。血塗れの手。ふらつく足。ボロボロの身体。しかし何より未だ潰れたままの目。誰がどう見ても満身創痍で、ともすればそのまま倒れ、息絶える光景さえ幻視する程に酷い。
フォルトゥナ姫は後悔以上に、余りの惨状に目を逸らした。一方、オルフェウスはその端正な顔に僅かな笑みを浮かべると、杖代わりの刀を構えた。
「待っていろ」
今度こそ止めを。そんなオルフェウスの行動を、殺意を向ける相手が違うと言わんばかりにカストールが制した。
「敬意に値するよ、君のその強情さは。もし敵でなければ酒でも飲み交わせただろうが、残念だよ。まだ諦めないのかね?地球で見せた奇跡を起こさない限り勝ち目は無い。しかし、奇跡を起こす半身は銀河の反対側。もう諦め給え。タナトスに踊らされ、分断された君達に勝機はない。姫の最後を見届けたならばこの戦いは終わり、望むならば復興の手助けもしよう」
カストールは伊佐凪竜一を諭す。言葉に、やはり悪意はない。清々しい程の敬意。敵である男が宿す不屈の意志への賛辞。敗北を知りながら、それでも前に進む男への惜しみない賞賛。それ以外の、何もない。
「駄目……だ」
当然、そう答える。カストールが退けない様に、彼もまた退けない。両者の意志、意地、覚悟は言葉では曲がらない、曲げられない。
「そう言うと思っていたよ、だが何故だね?僅か数日の仲でしかない姫を、どうして君は命を懸けて救おうと思うのだ?」
「知って、いる。同じ……苦悩を背負った人……孤独で、だから道……踏み外した末……死んじまった……」
「あぁ、知っている。ツクヨミの助力を得て地球の頂点に上り詰めた企業の代表、確かセイガゲンゾウと言ったか」
「だから、……の子が進む道も正しいとは限らない……その男と同じく1人で……悩み苦しんだ末の決断なら、正しいとは……人の死にどうこう……言うつもりは無い、俺も殺した。けど……孤独で惨めな最期は選んじゃいけないんだ。選ばせたんなら……引き戻さないと。助けないと……」
「それが半年前の戦いを経て君の中に生まれた覚悟か、生きる理由か。素晴らしい。なればこそ、君は全力で止めよう」
カストールはその言葉を聞き終わると剣を投げ捨て、拳に力を込め、伊佐凪竜一の顔面を思い切り殴り飛ばした。伊佐凪竜一の言葉に感銘を受けたのだろうか、それは直接語らった者同士にしか分からない。
「君は死ぬべきでは無い。この理不尽で弱き者、自らを悪魔と認識できぬ弱者が跋扈する世界で強く生き抜いてくれ」
カストールはそう叫ぶと崩れた襟元を正しながら背後を振り向いた。全ての視線が集まる先には、夫婦の誓いを立てた一組の男女の姿。新郎新婦が漸く一つの視界に収まった。燦々たる周囲の光景、泥に塗れたボロボロの新郎を見れば、目の前で行われているのが結婚式だと誰も思わない。
「や、止めんか。曇った目では物事を……正しく」
「チ、チクショウ」
「止め、なさいって、バカ」
最早立ち上がる事すら叶わない3人は、無念の表情と共にオルフェウスを見つめる。しかし彼らも、そして映像でその様子を目撃する誰もが新郎の異常に気付いた。様子がおかしい。
漸く願いが叶うというのに、オルフェウスの手は疲弊とは違う何かを理由に震え、顔には苦悶と苦悩を浮かべている。その様は、己が殺さなければならないという歪んだ愛情、あるいは妄執に身を焦がす男とは一致しない。
「俺は……俺は……」
「どうぞ、よろしくお願いします」
やはり相互理解とは程遠く、姫はオルフェウスの様子など気にも留めず、傅く様に膝を折ると目を瞑り、静かに懇願した。
「俺は、俺は、君に……」
オルフェウスの異変は覚悟を決めた姫を前にしても尚、変わらず。仇と憎む星が、星を宿す姫が目の前にいるというのに、震える手は柄を固く握りしめたまま何もしない。が、やがて何かの覚悟を決め、姫に何かを伝えようと口を開いた。その時……
「蝕の時間だ!!さぁ、始めろ!!」
連合標準時刻 火の節89日 11:08――
主星の大聖堂前に集まった誰とも違う声が、儀の始まりを声高に叫んだ。
それが、本当の絶望の始まり。今、舞台袖から全てを傍観していた最後の役者が舞台に躍り出た。誰もが理解した、直感した本能的に感じた。この声から圧倒的な悪意と敵意と憎悪、あらゆる負の感情を感じた。真の敵が、姿を見せた。
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