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第8章 運命の時 呪いの儀式

294話 朝 其の1

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 連合標準時刻 火の節89日 朝――

 夜が明け、人工の朝日が昇る。運命の時を告げる朝が訪れた。煌々と照らす白い輝きは、それを見る全ての人間に婚姻の儀までもうあと僅かであると否応なく教える。

 結局、あれからルミナ達はひっきりなしに守護者達に追われた。追撃の手は特兵研と接触予定のタケルが踵を返しスサノヲ引き連れ援護に来るまで続いた。だというのに、引き際だけは実に鮮やか。執念深く追跡してきた守護者達はタケルとスサノヲの姿を確認するやあっさりと引き上げると、以後姿を見せる事はなかった。

 損害と消耗を極力抑えながら最大限に疲弊させる立ち回りは、敵ながら評価せざるを得ない。襲撃は確かになかった。が、それは結果論で、彼女達は何時襲撃されるか分からない状況に神経を尖らせ続ける羽目となり、必要以上に精神をすり減らされ、碌に休む事が出来なかった。これならばいっそ襲撃されていた方が戦力を削ぎ落せた分、遥かに有益だっただろう。

 勝てるのだろうか。

 仄暗い感情が、心の中から湧き上がる。見ているだけの私でさえそう思うのだから、実際に守護者達と戦うルミナ達の心にも同じ感情が燻っている筈だ。いつ燃え上がるか分からない感情を必死で抑えている為か、宿泊施設を警護する全員の表情は緊張に支配されている様に堅い。

 加えて、今回の戦いの中心人物であるルミナが夜通し追跡され碌に休息が取れていない事実が重なり、襲撃への備えが駄目押しとなる。必然、口数は極端に少ない。

「おはよう」

 不安と緊張の糸が、女の涼しい声にぷっつりと切れた。全員が驚き、目を丸くする。

「おい、まだ早いぞ。もう少し休んでろ」

「少しだけど休む事が出来ました。今はこれ以上……それよりタケルは?」

「あぁ……その検査がまだ、な。いや、それよりも」

 ロビーに顔を見せたルミナに一瞬驚いたイスルギは直ぐに語気を強めた。が、当人はにべもない。銀色の髪を靡かせ、凛とした表情に雰囲気は何時もと変わらず、更に微かに上気している。施設内の風呂で汚れを落として身綺麗になった彼女の様子は何時もと変わらない……訳がないと、イスルギは即座に理解した。

 何時もは後ろで縛っている髪は解かれ、ロビーをゆっくり歩く度に無造作に揺れる。普段ならば見惚れる程の光景が彼女の体調と心境に重なっているように見えるのは気のせいではない。疲労の色が身体に、何より顔に隠し切れない。

 平静を装うルミナは巨大なディスプレイを一望できる椅子に腰を下ろした。眺める先に映るのは早朝から始まる報道番組。間近に迫った婚姻の儀についてあれやこれやと意見するという、毒にも薬にもならぬ普通の番組で違和感は何もない。何せ今日は運命の日、幸せな2人が新たな門出を迎える日なのだから。しかし、ソレはある1つの面から見える景色に過ぎない。

 奸計うごめく旗艦の空は、今日も変わらぬ日差しで2人を祝福する。主星の天候も絶好の好天と、さながら世界全体が今日と言う日を祝福しているかのようだとレポーターはやや興奮気味に伝えた。連合中が祝福する、ある意味で最大のイベントは暗い話題が続く旗艦に射しこんだ光明。故に市民の声は好意一色で、誰もが歓迎こそすれど拒絶などしない。

 ルミナを含む全員が、そんな様子を食い入るように見つめる。そんな、誰もが諸手を上げて待ち望む連合最大の祝宴を彼女達は阻止しなければならない。

『大丈夫か?あまり眠れていないだろう?全く、主役が何をやっているんだ』

『すみません』

 その祝宴の主役はというと、どうやらルミナと同じく碌に休めていないご様子だった。旗艦アマテラスが誇る最高級ホテルの監視カメラは、報道陣をシャットアウトした入口で話すオレステスとアイアースの姿を映し出した。話す内容もなんて事はなく、間近に控えた婚姻の儀を前に新婚の花婿を年長者が労るという何処にでもあるありふれたやり取りだ。

 婚姻の儀。結婚式の主役の1人が露骨に顔色が悪いという情けない有様に、アイアースは殊更に大きな溜め息と共に呆れ交じりの視線を向ける。その風景だけを切り取れば本当に何処にでもあるやり取りで微笑ましい。この2人が儀の何処かで姫を殺すつもりでなければ、だが。

 今日、何かが起こる。その何かとはフォルトゥナ姫の殺害と、もう1人の神の消失に端を発する連合崩壊。しかし大多数は何も知らない、守護者が徹底して情報を秘匿したからだ。しかも暴露したとて過剰な妄想と斬り捨てられる、守護者がスサノヲの信を地の底にまで落としたからだ。

 儀を前にした2人の自然な会話は、恐らく私への当てつけも含まれている。全てを覆す事など出来ない、と。

『本来の予定が崩れたのだから致し方ないな。予想以上に反抗してくれるものだ、出来れば今日までに分断しておきたかったのだがね』

『申し訳ありません、俺が……』

『気に病むな。信頼を地の底まで落とし、その上で密告を奨励して尚、ここまで逃げおおせるとは予想出来んよ。随分と信頼が厚いのか、それとも逃げ慣れているのか、はたまた我々が不甲斐ないのか……おい、本当に大丈夫か?』

『大丈夫です、大丈夫』

『ならば良いが、取りあえず薬は飲んでおけ。それから重々気を抜かない事だ。特に今日はな』

 不穏な話を交えながら、男達は視界の外に消えていった。もうすぐ式が始まる。オレステスは姫と共に聖堂まで向かう為に、アイアースは2人を護衛する責任者としての任を果たす為、それぞれの持ち場に移る。

 もうすぐ、あと1時間もすれば婚姻の儀に向け姫達が出発する。私は映像を切り替え、ロビーへと再び視線を戻した。

 ルミナ達が食い入るように見つめる先に流れる報道番組は一大イベントに湧き立つ旗艦内の様子から一転、かつての英雄の凋落へとその話題を変えた。今や犯罪者の汚名を着せられ、その地位と影響力は失墜していると誰かが批判すれば、それ以外の全員が右に倣えとばかりに同調する。
 
 表に出るだけでも危険というこんな状況で彼女達は姫達の前に立ちはだかり、儀を阻止しなければならない。正しく自殺行為。失敗すれば死は確実で、更に連合の歴史に最悪の汚点としてその名を刻まれる。

 自然と、眉が吊り上がる。険しい表情が見つめる先は熱の籠った批判、そして否応なく迫る運命の瞬間。
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