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第7章 平穏は遥か遠く
282話 そして、夜が明ける 其の3
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緊急連絡を受けた30分後、タケルは76区に辿り着いた。彼の眼下に広がるは闇に沈む街並み。連合各惑星の観光地を再現した観光特区は、超広大な旗艦の生活圏を利用して作り出された外貨獲得手段の1つ。
見下ろす景色は偶然にも伊佐凪竜一が立ち寄った惑星エクゼスレシアの自由都市ヴォルカノの一風景が再現されているそうだ。今も形を残す歴史的な建造物群と、ソレを取り巻く街並みをほぼそのままのサイズ、材質で再現した観光地の中には彼が実際に足を運んだナイトギア闘技場も確認できる。最も、内部は土産から料理までを提供する複合施設に改装されているのだが。
そのナイトギア闘技場から北上した小高い丘に建つ塔の屋上にタケルは立ち、黒色に染まる古都に目を光らせる。が、静謐な夜の観光区域をどれだけ見回してもスサノヲが目撃したという市民の姿が見つからず。文字通り、影も形もない。ココではない別の場所か、それとも既に何らかの事態に巻き込まれた後か。
最悪の可能性が頭を過ったのか、星明かりに浮かぶタケルの整った美しい顔に焦燥の色が浮かぶ。
「何だアレは?」
その顔が、ある一点を見つた直後に急変した。違和感を塗り潰す夜景を眺めていた彼の高性能な眼は、何の変哲もなさそうな一件の建物に吸い寄せられる。データによるとエクゼスレシアの中流層が住む石造りの一般的な家屋らしいが、その壁には濃い闇がべったりと張り付いていた。
いや、違う。無かった。家屋の壁面は大きく崩れ落ちていた。瓦礫はまるで中から破裂したかの如く屋外に向けて飛び散っており、大通りへと繋がる石畳の道路にまで広がっている。更によく目を凝らせば、瓦礫に混じり何かが引き摺った様な跡がはっきりと残っていた。奇妙という言葉では生温い、明らかな異変に私の肌が粟立つ。
「何だこれは、スサノヲが目撃した市民と関係あるのか!?」
一足飛びで現場へと降り立ったタケルは異様な光景を前に動揺を隠せず。
「嫌な予感がする」
そう重ねたタケルと私の心情が重なる。無人の観光地に刻まれた正体不明の痕跡に悪意の胎動を感じ取った彼は、道路に残った痕跡を指でなぞり始める。が、何かに気付くや直ぐに動きを止めた。落とした視線は止まった指の僅か先、何かが擦った痕跡の一点をジッと睨みつける。
点々と、何かが残っていた。近傍の監視カメラを操作、その地点を最大限に拡大すると、ソレは粘性を持った肉片の様なナニカだと判明した。しかも、僅かだが確実に蠢いている。これ以上ない明確な証拠。やはりこの場所には何かが潜んでいる。遠くから見ればとても幻想的で美しく、この時間帯でなければ見れない闇夜に沈む幻想的な街並みは、今や化け物が蠢く魔窟へと変貌してしまった。
「何なんだコレは。イや、コレはまるで……今度は何だッ!!」
異形の残滓から滲む言い知れない不快感。悍ましい何かに過去のデータとの関連を見出した彼だったが、しかし別の異変に意識を奪われた。静寂に支配された観光区がほんの僅か、小刻みに揺れ、続いて遠方から何かが崩れる様な音が木霊した。
辛うじて感じた微かな揺れと小さな音からそれ程に遠くではないと判断したタケルは、発生源に向け躊躇いなく駆け出す。今までもそうだったのだから今回も同じ、敵は思考する暇さえ許さない。この区域で何かが起きている。そして、明らかに誘い込まれた。そうでなければ降り立つと同時にあからさまに問題が発生する訳がない。
恐らくスサノヲが見た不審な行動を取る市民は罠へと呼び込む為の布石。儀の開始まであと数時間であろうが敵は体勢を整える時間も、休む時間も与えず、隙あらば戦力さえも削ぎにくる。
戦いの予感を飲み下し、タケルは夜の風を纏った。婚姻の儀で姫が殺害されれば連合崩壊は決定的。その余波は、彼と心を通わせる僅かな人間を飲み込み、不幸の底へと突き落とす。故に、走る。彼が一歩を踏みしめる度に、その意志を汲み取ったカグツチが鮮烈に輝き、超常的な加速を与える。
瞬く間に姿を消したタケルは闇の中に幾つかの残光を残しながら、服や小物などの小売店やカフェ、ショールームをはじめ豪華なテラスが軒を連ねる華やかで優雅な大通りを真っすぐに駆け抜け、やがて美しく整然と立ち並ぶ建造物群の終点に建つ巨大な美術館の前で足を止めた。
ヴォルカノ旧評議会議場と、古めかしい看板がその名称を伝える。自由都市ヴォルカノに流れる河川の畔に建つ同都市最大級の建造物は、旗艦で再現される際に美術館としての役割を与えられた。
素材から模様から細かな傷跡に至るまで完璧に再現されている為、複製とは言え当時の歴史を知る貴重な資料としての価値を有するに止まらず、更に収蔵された絵画、彫刻、歴史書、果ては古代から伝わる魔導書に至る全ても、同惑星の歴史を語る上で極めて重要で価値が高い一品で埋め尽くされている。
基本的に建造物と同じく複製品が大半を占めるが、エクゼスレシアとの関係が比較的良好である事から、稀に本物が展示される事もあるそうだ。しかし、それも今は昔。半年前の事件を契機に貸し出された歴史的遺物の全てが引き上げられ、全てが模倣品に差し替えられた。ただそれでも同惑星の歴史を辿るには十分であり、歴史学を学ぶ研究者達の他にも魔道を志す人間達の憩いの場として利用されていたとデータに記録されている。ただ、それも今日までだ。
美術館へと到着したタケルが目撃したのは、前方に広がる正面広場を通り過ぎる不気味な跡と、無惨に破壊された入り口。もはや人間が立ち入ったとは思えない大きな穴の周囲には無数の破片が飛び散っており、更に力任せに抉じ開けられた入口の奥からは微かな振動が伝わって来る。
『聞こえるか?』
暗闇に小さな光が灯った。タケルへの通信だ。彼の眼前に仄かに輝くディスプレイが浮かぶと、沈痛な面持ちの老人の顔が現れた。
「どうした?」
『少しだけ分かった事があるから伝えようかと思ってな』
「そうか。コチラの状況は最悪だ。何か化け物が居るようだ」
『化け物、か。ならば不審者は囮か。なるほど、ならば報道規制は当然か」
「やはり伝えていないか」
「見事なもんじゃて。報道は当然、ヤタガラスとかいう連中も全く動く気配が無い』
「厄介だよ、本当に。ところで分かった事とは?」
『あぁ。説明よりも見た方が早かろう』
映像の向こうのフェルドマンは簡潔に用件を伝えると、タケルの周囲に無数の淡い光源が浮かんだ。数十枚以上はあろうかというディスプレイは、その全てに市民の個人情報が表示されている。顔写真から出生日、果ては転移記録までが詳細に記された個人情報は、当然ながら真っ当な手段では手に入れる事が出来ない機密情報に該当する。
「正規手段では無理だな。神が居なければこそだが、大丈夫か?」
『ちっとばかし法に反しとる以外はな。相応の覚悟とそこそこの頭、後は神がいなければこの程度は雑作もないと特兵研の1人が言っておったよ。さて本題だが、このデータに覚えはないか?』
躊躇いなく違法に手を染めたフェルドマンの身を案じたタケルだが、当人の何とも含みのある語りを前に意識を切り替えざるを得なくなった。数十人分の個人情報は年齢から性別から職業に至るまでまるで統一感がなく、少なくとも私には共通点も見いだせなければ思い当たる節もなかった。
が、タケルはすぐさま何かに気付いた。調べ始めた際に時折"まさか"と零し始めた独り言は、10人を超えた辺りから聞こえなくなり、完全に口を閉ざすと遂にはこれ以上は無用とばかりにディスプレイを閉じると、端末に保存された何らかのデータを照合し始めた。
見下ろす景色は偶然にも伊佐凪竜一が立ち寄った惑星エクゼスレシアの自由都市ヴォルカノの一風景が再現されているそうだ。今も形を残す歴史的な建造物群と、ソレを取り巻く街並みをほぼそのままのサイズ、材質で再現した観光地の中には彼が実際に足を運んだナイトギア闘技場も確認できる。最も、内部は土産から料理までを提供する複合施設に改装されているのだが。
そのナイトギア闘技場から北上した小高い丘に建つ塔の屋上にタケルは立ち、黒色に染まる古都に目を光らせる。が、静謐な夜の観光区域をどれだけ見回してもスサノヲが目撃したという市民の姿が見つからず。文字通り、影も形もない。ココではない別の場所か、それとも既に何らかの事態に巻き込まれた後か。
最悪の可能性が頭を過ったのか、星明かりに浮かぶタケルの整った美しい顔に焦燥の色が浮かぶ。
「何だアレは?」
その顔が、ある一点を見つた直後に急変した。違和感を塗り潰す夜景を眺めていた彼の高性能な眼は、何の変哲もなさそうな一件の建物に吸い寄せられる。データによるとエクゼスレシアの中流層が住む石造りの一般的な家屋らしいが、その壁には濃い闇がべったりと張り付いていた。
いや、違う。無かった。家屋の壁面は大きく崩れ落ちていた。瓦礫はまるで中から破裂したかの如く屋外に向けて飛び散っており、大通りへと繋がる石畳の道路にまで広がっている。更によく目を凝らせば、瓦礫に混じり何かが引き摺った様な跡がはっきりと残っていた。奇妙という言葉では生温い、明らかな異変に私の肌が粟立つ。
「何だこれは、スサノヲが目撃した市民と関係あるのか!?」
一足飛びで現場へと降り立ったタケルは異様な光景を前に動揺を隠せず。
「嫌な予感がする」
そう重ねたタケルと私の心情が重なる。無人の観光地に刻まれた正体不明の痕跡に悪意の胎動を感じ取った彼は、道路に残った痕跡を指でなぞり始める。が、何かに気付くや直ぐに動きを止めた。落とした視線は止まった指の僅か先、何かが擦った痕跡の一点をジッと睨みつける。
点々と、何かが残っていた。近傍の監視カメラを操作、その地点を最大限に拡大すると、ソレは粘性を持った肉片の様なナニカだと判明した。しかも、僅かだが確実に蠢いている。これ以上ない明確な証拠。やはりこの場所には何かが潜んでいる。遠くから見ればとても幻想的で美しく、この時間帯でなければ見れない闇夜に沈む幻想的な街並みは、今や化け物が蠢く魔窟へと変貌してしまった。
「何なんだコレは。イや、コレはまるで……今度は何だッ!!」
異形の残滓から滲む言い知れない不快感。悍ましい何かに過去のデータとの関連を見出した彼だったが、しかし別の異変に意識を奪われた。静寂に支配された観光区がほんの僅か、小刻みに揺れ、続いて遠方から何かが崩れる様な音が木霊した。
辛うじて感じた微かな揺れと小さな音からそれ程に遠くではないと判断したタケルは、発生源に向け躊躇いなく駆け出す。今までもそうだったのだから今回も同じ、敵は思考する暇さえ許さない。この区域で何かが起きている。そして、明らかに誘い込まれた。そうでなければ降り立つと同時にあからさまに問題が発生する訳がない。
恐らくスサノヲが見た不審な行動を取る市民は罠へと呼び込む為の布石。儀の開始まであと数時間であろうが敵は体勢を整える時間も、休む時間も与えず、隙あらば戦力さえも削ぎにくる。
戦いの予感を飲み下し、タケルは夜の風を纏った。婚姻の儀で姫が殺害されれば連合崩壊は決定的。その余波は、彼と心を通わせる僅かな人間を飲み込み、不幸の底へと突き落とす。故に、走る。彼が一歩を踏みしめる度に、その意志を汲み取ったカグツチが鮮烈に輝き、超常的な加速を与える。
瞬く間に姿を消したタケルは闇の中に幾つかの残光を残しながら、服や小物などの小売店やカフェ、ショールームをはじめ豪華なテラスが軒を連ねる華やかで優雅な大通りを真っすぐに駆け抜け、やがて美しく整然と立ち並ぶ建造物群の終点に建つ巨大な美術館の前で足を止めた。
ヴォルカノ旧評議会議場と、古めかしい看板がその名称を伝える。自由都市ヴォルカノに流れる河川の畔に建つ同都市最大級の建造物は、旗艦で再現される際に美術館としての役割を与えられた。
素材から模様から細かな傷跡に至るまで完璧に再現されている為、複製とは言え当時の歴史を知る貴重な資料としての価値を有するに止まらず、更に収蔵された絵画、彫刻、歴史書、果ては古代から伝わる魔導書に至る全ても、同惑星の歴史を語る上で極めて重要で価値が高い一品で埋め尽くされている。
基本的に建造物と同じく複製品が大半を占めるが、エクゼスレシアとの関係が比較的良好である事から、稀に本物が展示される事もあるそうだ。しかし、それも今は昔。半年前の事件を契機に貸し出された歴史的遺物の全てが引き上げられ、全てが模倣品に差し替えられた。ただそれでも同惑星の歴史を辿るには十分であり、歴史学を学ぶ研究者達の他にも魔道を志す人間達の憩いの場として利用されていたとデータに記録されている。ただ、それも今日までだ。
美術館へと到着したタケルが目撃したのは、前方に広がる正面広場を通り過ぎる不気味な跡と、無惨に破壊された入り口。もはや人間が立ち入ったとは思えない大きな穴の周囲には無数の破片が飛び散っており、更に力任せに抉じ開けられた入口の奥からは微かな振動が伝わって来る。
『聞こえるか?』
暗闇に小さな光が灯った。タケルへの通信だ。彼の眼前に仄かに輝くディスプレイが浮かぶと、沈痛な面持ちの老人の顔が現れた。
「どうした?」
『少しだけ分かった事があるから伝えようかと思ってな』
「そうか。コチラの状況は最悪だ。何か化け物が居るようだ」
『化け物、か。ならば不審者は囮か。なるほど、ならば報道規制は当然か」
「やはり伝えていないか」
「見事なもんじゃて。報道は当然、ヤタガラスとかいう連中も全く動く気配が無い』
「厄介だよ、本当に。ところで分かった事とは?」
『あぁ。説明よりも見た方が早かろう』
映像の向こうのフェルドマンは簡潔に用件を伝えると、タケルの周囲に無数の淡い光源が浮かんだ。数十枚以上はあろうかというディスプレイは、その全てに市民の個人情報が表示されている。顔写真から出生日、果ては転移記録までが詳細に記された個人情報は、当然ながら真っ当な手段では手に入れる事が出来ない機密情報に該当する。
「正規手段では無理だな。神が居なければこそだが、大丈夫か?」
『ちっとばかし法に反しとる以外はな。相応の覚悟とそこそこの頭、後は神がいなければこの程度は雑作もないと特兵研の1人が言っておったよ。さて本題だが、このデータに覚えはないか?』
躊躇いなく違法に手を染めたフェルドマンの身を案じたタケルだが、当人の何とも含みのある語りを前に意識を切り替えざるを得なくなった。数十人分の個人情報は年齢から性別から職業に至るまでまるで統一感がなく、少なくとも私には共通点も見いだせなければ思い当たる節もなかった。
が、タケルはすぐさま何かに気付いた。調べ始めた際に時折"まさか"と零し始めた独り言は、10人を超えた辺りから聞こえなくなり、完全に口を閉ざすと遂にはこれ以上は無用とばかりにディスプレイを閉じると、端末に保存された何らかのデータを照合し始めた。
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