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第6章 運命の時は近い

212話 対熾天使戦 其の5

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 彼らはどうしてああも真っ直ぐに戦えるのか、この不安定極まりない状況の中で何を信じているのだろうか。

「意志に目覚めた最新鋭の式守シキガミ。我らにも事情がある故、加減はせぬぞ?」

 切り結ぶ刃から零れる無数の火花と渇いた音に淡々とした口調が混ざる。

「上等だ。彼女の質問、答えるつもりが無イならば力づくで聞きだす。覚悟しろッ」

「承知した。が、随分と乱暴だ。意志に目覚めるというのも……」

 激情と平常。同じ機械の身体でありながら己を突き動かす理由が全く対照的なタケルとセラフが再び激突するかに思えた。が……

「お前の相手は私だッ!!」

 激高するルミナの叫びに双方の動きが止まる。こんな風に感情を表に出せたのか。初めて見る彼女の一面に私を含めた大勢が面食らう。特に彼女と行動を共にしたタケルはセラフとの間に割り込むルミナの強引さに驚いた。

 油断が生む僅かな隙はセラフが付け入るには十分。しかしソレは叶わず。セラフ全員の行動を阻害する白い流星が4機を掠め、はるか後方で戦場を分断する障壁に突き刺さると大きな穴を穿った。彼女だからこその芸当、彼女にしか出せない威力は怒りに支配されながらも微塵も揺らがず、故にセラフとタケルに止まらず黒雷も驚き動けなかった。また傍観せざるを得ないアックスと白川水希も同じく。

「あの嬢ちゃん……冷静なのかキレてるのかどっちなんだ!?」
 
「身内を殺されたとなれば無理も無いでしょう。大丈夫だと信じたいのですが……ただ、結局私達に出来る事は無いのがどうにも」

 ここまで激昂する理由は1つしかない。傍観に徹する白川水希が察した通り、彼女は目の前で肉親を殺された。目の前に居ながら助けられなかった過去が怒りの源泉。しかも折り合いをつける暇さえないまま逃亡を余儀なくされた。幾つもの要素が彼女から生来の平常心と冷静さを削り落とした結果、怒りの矛先は総帥を守護する役目を果たさなかったセラフへと向かった。

「分かってる、分かっちゃあいるが……不甲斐ねぇな」

 同じ結論に達したアックスはその様子を臍を噛みながら見つめる。助けたいがソレが叶わない現実をよく理解する彼は傍観の役割を徹しようと必死で、食い入るように戦場を見渡す。誰もその行動を笑えやしない。相対する相手が悪過ぎた。文字通り戦力としての桁が違う相手を前に無謀を承知で前に出たところで足を引っ張るだけだと、アックスも、隣に立つ白川水希もよく理解している。

「覚悟しろ!!」

 彼女らしからぬ言動の直後、ミカエル目掛け白い閃光が走る。鈍色の刃が空間を滑る輝き。が、振り下ろされる瞬間、巨大な影がその動きを制する。黒雷だ。

「テメェの相手は俺だろうがッ!!オイ、余計なことしたらその羽ぶっ壊すぞ鳥野郎共ッ!!」

 片方は黒雷を駆る守護者。手に持つ刃を力任せに振り下ろせば一際大きな衝撃と共に道路はひび割れ、ルミナとセラフを分断する。助けた……のだろうが相変わらずの粗暴な物言いは本質を覆い隠す。セラフ達もまた同じく、仮にも助けられた側である筈のミカエル含め誰も何も語らないどころか視線さえ合わせようとしない。

 拙いというレベルではなく連携すら真面に取らない、取らせないその態度は傲慢そのもの。

 違和感。強い違和感が心と頭を支配する。何故あの守護者はセラフ、引いては協力関係であるザルヴァートル財団相手にあそこまで悪態がつけるのか。そう考えてみれば、ココまでの出来事の中にもう一つおかしな光景を見ていた事を思い出した。ミハシラ内でオレステスが部下の腕を斬り落とした件。

 冷静に当時を振り返れば、切っ掛けとなった守護者達の行動の方が考えられない程に異常だと気付いた。例えcode35-2000コード・ケラウロスが発令されているとは言え、仮にも守護者がコードを盾に女を襲うなんて真似をしたと伝われば、守護者を統括する姫の汚点となるのは必至。しかも、だ。平時であっても問題なのに、婚姻の儀という極めて重要な儀式を間近に控えたあの時期ならば尚の事だ。

 もし映像付きで流されれば姫の面目など丸潰れに等しく、下手をすれば儀が中止となる可能性さえ視野に入る。特に婚姻の儀が間近に迫ると一部人権団体が過激に騒ぐのが通例だ。婚姻に関するあらゆる法的制限を受けない姫に法の加護を、ソレが団体の掲げる理念。とは言え真剣に考えているのか資金調達の方便かは定かではないのだが。

 ともかく、守護者に求められる条件の中にあって品格は特に重視される。これはあくまで調査により知った情報であるのだが、しかしもしこれが忠実に実行されているならばあのような事態は先ず起き得ないし、こうして私が思考する間にもセラフやルミナを散々に口汚く罵る男が守護者になれる訳が無いのだが、現実は私の考えから悉く外れている。

「君の反応が遅れるとは珍しいですね。彼女の言葉に返す言葉が見つからないのでしょうか?」

「済まない、ラファエル」

 ルミナの反対側には黒雷並の巨体を誇るラファエルの姿。タケルと同じく防御に主眼を置いた巨躯は、自らが内蔵する防壁を展開する事で黒雷の剣戟が生む衝撃からミカエルを護った。

 衝撃により各勢力が三分割される。衝撃により道路の端に飛ばされたルミナとタケル。道路の中央に仁王立ちする黒雷。そしてルミナとは反対側に集合したセラフ達。

 自動運転車が往来する道路は彼方此方がひび割れ、窪み、酸素供給と景観を目的に植えられた木々は無残に薙ぎ倒され、建造物群は障壁を貫通する衝撃により一部が崩れ、落下した破片はその下のあらゆる物を破壊し、内部は剥き出しとなる。戦闘の継続意図もない破損は広がり続け、修繕に幾ら掛かるのかなんて計算したくない位だ。

「しかし何を理由かは知らぬが増員するにしても質は重視すべきだ、特に伊佐凪竜一の追撃に当たる守護者の質は殊更に低い。嘆かわしい事だ、余程人員が足りていないのか成り手が居ないのか、それとも……」

 叫び声の消失した戦場にミカエルの声が静かに響く。無機質な瞳が向かうは敵である筈のルミナではなく協力関係にある黒雷。言葉と視線には道路中央に仁王立ちする黒雷を操縦する守護者への疑念と不信が渦巻く。

「ソレは今、憂慮すべき問題では無いでしょう」

 口調からラファエルも同じ結論を出したらしい。が……

「同感だ。提案する、やはりこれ以上彼女と戦闘を行うのは避けるべきだ。我らと彼女、双方が全力でぶつかれば遠からずマガツヒを呼び込む程度に濃度が上昇する。立場は危うくなろうが、一旦本来の目的を果たすべきだ」

 ウリエルがその先を重ねる。ルミナと戦うべきではない、と。助かった、と胸を撫で下ろした。敵はセラフだけではないのだ。このまま現状を放置すれば増援の黒雷に囲まれるのは目に見えている。

「そうか、君も同じ考えか」

「オット、ミカエルさんよぉ。まさか逃げるなんて言わないよなァ?オイ、お前等は弐号機を始末しろ。あの女は俺がぶっ殺す!!」

 好転しかけた兆しは守護者にアッサリとひっくり返された。汚い口調でセラフに命令を出す男には品性も品格も感じず、流石のセラフもいい加減に呆れ気味だが、しかし仮初の協力関係を維持する為に意見を翻す。

「自信満々かと思えば今度は援護要請か。承知した、だがその口調は直すべきだと忠告しておく」

「喧しいよ!!生まれつきなんだから仕方ねぇだろうがッ、じゃあ精々俺の役に立てよ!!」

 協力するつもりがあるのか無いのか。言葉遣いから全く内面を読み取れない粗暴な男は身勝手に叫ぶや黒雷を駆りルミナへと突撃、左腕に持つ巨大な銃口を……

「お前ッ!!」

 標的を白川水希とアックスに定めた。ルミナが堪らず叫ぶ。

「当たらないってんなら避けられない的を狙えばいいだろうが!!ホラ、避けてみろよ?ハハハッ」

 悪辣。黒雷は一度ミカエルに制止された真似を何の躊躇いもなく再実行した。ズン、と重く鈍い衝撃が周囲を伝う。

 刹那――

「ハ?」

 周囲が、いやルミナの周囲に白い輝きが集まる。ソレは彼女の脚部に集中すると、そのまま黒雷専用の銃から発射された巨大な弾丸を蹴り飛ばした。弾き飛ばされた銃弾の大半は砕け、無数の破片が周囲に飛散、パラパラと降り注ぎ、比較的大きな破片は道路と衝突、周囲に大小様々な穴を穿つ。

「チィッ!!テメェ、マジで人間かってェ!?」

 聞き飽きる程の悪態。しかし全てを言い終えることは無かった。直後、人間業とは思えない光景に思考停止した黒雷に一足飛びで近づいたルミナは胴体に回し蹴りを見舞う。が、どうやら相手は手練れの様子。胴体への一撃に対し直前で後退すると同時、躊躇いなく獲物と左腕を盾にした。

 より重要な胴体を守る為に瞬時交換可能な腕部、あるいは脚部を盾代わりとするのは教本通りの動作。実際、ルミナの一撃は武器諸共に左腕をひしゃげさせたものの、胴体には何らの手傷を追わせられなかった。

 が、優勢に変わりはない。部位の瞬時交換が可能とは言え隙が全く無い訳ではないし、ソレが手練れ相手ならば尚の事。少しずつ、僅かではあるが黒雷を押し始める。

 ドォン――

 優勢を阻む轟音が一発、二発と立て続けに響いた。音と衝撃の発生源はルミナと黒雷が戦う道路の向こう側。そこには(恐らく仕方ないと考えているだろうが)黒雷からの要請を受け、またザルヴァートル財団の意向を汲んだセラフ達とタケルが激突していた。
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