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第6章 運命の時は近い

179話 戦いの予感 其の2

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 タガミとクシナダが視線の先に映る男の名を重ねれば、全員の間に一際強い緊張感が走る。

 巨大なエレベーターの透明の床の先、否が応でも近づく中継地点。全員が凝視する視線の先に立つのは、オレステス=アイルーティス・アレウス。守護者のNo.2、若くして総代補佐に上り詰めた男。眉目秀麗、実力も申し分ない男は更に人望と魅力までも持ち合わせているようで、まだ年若いというのに人種性別年齢を問わず多くの人間を惹きつけるという。

 今、その評価が偽りではない証拠がスサノヲ達の眼下に広がる。30、いや最低50人は下らないであろう人の群れが一斉に集うと、その男が立つエレベーターの出口を取り囲んだ。全員が旗艦の正装に身を包み、武装した守護者達だ。

 黄泉から出るなと釘を刺しに来た男はそのまま姫の元へと戻らず、大勢の仲間を伴い黄泉と居住区域を繋ぐエレベーターで待ち構える。射殺さんばかりに鋭い視線が下降し続けるエレベーターに向けられれば、中に陣取るスサノヲ達の表情は一様に強張り、肌は粟立つ。

 戦闘。血飛沫と硝煙に塗れた戦いの予感。

 あの男は戦闘を禁止された区域で戦う事さえ辞さないと、睨まれた誰もがその気配を感じ取った。儀を明日に控えた主役の1人がこんな場所で時間を潰す理由など普通はないからだ。全員の頭に最悪の可能性が過る。伊佐凪竜一が黄泉を脱獄すると読まれている。だからこそあの男は多数の守護者を従え、この場所で待ち構えているのだと。

 伊佐凪竜一の不運は何処まで続くのか。再びの邂逅を無事にやり過ごせるのか……いや、そうしなければならない。

 彼の現状は地球の諺でいう"薄氷を踏む"が如く。故にもし守護者に見抜かれ、捕まってしまえば未来は閉ざされる。大義名分を得た守護者達は銀河の未踏地域に追放するか、さもなくば逆賊の汚名と共に処刑する。スサノヲもまた同じく、脱獄教唆、幇助の罪状により立場がより一層悪化する。

 中継地点へと向かうエレベーターに逃げ場など無く、あと数十秒もしない内に彼らはオレステス達と接触する。駄目押しに奴等はご丁寧に出口の前で睨みを利かせる。まるでスサノヲを出迎えるかのような態度で微動だにしないその集団が否応でも視界に入る頃、覚悟を決めたクシナダが呟く。

「このまま予定通りに動く、変更はしない。気を抜くな、油断するな、看破されれば後ろから斬られるよ」

 彼女はそう発破をかけた。全員の表情に緊張が浮かぶ。伊佐凪竜一は目深に帽子を被ると、彼を視界から外すように背の高いスサノヲ達がそれとなく周囲を固める。

 緊張感に包まれたエレベーター内はその移動が止まり扉が開こうかと言う瞬間に最高潮へと達する。ゆっくりと扉が開き、そして厭味ったらしい顔つきをした一団がスサノヲを出迎える。彼らの目の前に映るのは守護者の一団、そして青を基調とした中継地点の床と壁。

「おや?無能なスサノヲ共じゃないか?ココはもうお前達の居場所じゃないぞ?それともあの腑抜けに会って来たのか?しかし妙だな、ソレにしては随分とアッサリ引き上げるようだが……もしや、何か良からぬことでも考えているのか?

 一団の中央に陣取る男が露骨な挑発と共にスサノヲ達を出向かえると……

「オイオイオイ。アンタ達に逐一説明しないといけない義務はないだろう?」

 まるでスサノヲを代表するかの様に一歩前へと出たタガミが負けじと挑発し返した。一応スサノヲだけど……なんでお前が仕切るんだと愚痴りたくなった。特に彼の行動を咎めない辺り、大柄な男のガッチリとした背中を見つめる全員も私と同じ事を考えているだろう。

 が、それよりも大きな問題がある。よりにもよって守護者達を兆発した事だ。しかも売り言葉に買い言葉という態度ではない。その表情は至極真面で、少なくとも何も考えていない……訳ではないよね?

「姫君と執り行われる婚姻の儀に向けた準備は終わっておりますし、今後の予定も全て把握しております。その上で自由時間を何に使おうとそれは個人の責任の範囲ではないでしょうか、オレステス総代補佐?」

 驚き、同時に呆れた。タガミだけならばまだしも、まるで後に続けとばかりに今度はクシナダが兆発的な言葉を投げつけた。見ているコッチが参ってしまいそうになる光景だ。2人共何を考えているのか、そもそも今の状況を理解しているのか、そんな疑問が頭を掠める。今、守護者達と事を構える利は無いどころか最悪のタイミングだという程度、タガミならばまだしもクシナダが理解できていない筈がない。

「軽率な行動は自重するべきと言っている。君達が半年前に無様を晒し旗艦に大打撃を与えた結果、我らの姫君と故郷オリンピア(※フタゴミカボシと名付けられる前に呼ばれていた星名)に少なからぬ汚名を着せた。それに対して何も思わないのか?」

「それについちゃあもう決着してるだろ?俺達はあの時から数えて1年はアンタ達の為にタダ働き、同時に特兵研で開発した技術を無償提供するってなぁ?アレ、忘れちゃったのかい?」

「軽いか重いか、足りるか足りないか、納得するかしないか。それは確かに重要でしょうけど、しかし一応は解決した問題をまたほじくり返す事に利益は無いと思いますが?」

「質問に質問で返すのが蛮族の礼儀か!!」

 何を考えているのか分からないが、少なくとも止めるつもりは無いとばかりにタガミとクシナダの兆発は続く。空気が一気に悪化した。オレステスの端整な顔から笑みが消え、語気が強まる。端正な顔が怒りが滲み、遂には溢れる様子を見れば猛烈な怒りに支配されている様子が手に取る様に分かる。が、尚も2人は動じず、それどころか更に兆発を重ねる。

「そりゃ失礼、なら今度はアンタ達が俺達に鎖つけるかい?ワンワンってなぁ?」

「でーもぉ私達大人しく鎖に繋がれる性格じゃないですから、どうかそのお綺麗な手と顔を噛まれない様にお気を付けくださいネ。何せ私達蛮族ですから」

「貴様らッ!!」

 激情に駆られた男の怒りが臨界を迎えた直後、後ろに控えていた数十名の守護者達が一斉に武器に手を掛けた。一触即発の空気が場を支配する。

 しかし、スサノヲ達を見れば誰一人として武器を実体化させる気配を見せない。全てが彼らを兆発する為に行う演技ということだろうか?とは言っても随分と無茶をするものだと私は冷や冷やさせられた。守護者達は今、code35-2000コード・ケラウロスによりあらゆる法の楔から解放されている。つまり無防備な相手を攻撃しようが無実の罪をでっち上げて処刑しようが何ら罪に問われない。

 しかしタガミは無謀にも兆発を続ける。恐怖は無いのか元からこう言う性格なのか、この男はイマイチ捉え処がない。

「オイオイオイ、いいのかい?運命傅く姫君の婚約者様ともあろう方がよォ、婚姻の儀を前にその手を血で染めちゃあ?」

 その言葉に怒りの限界を超えたオレステスは腰に下げた刀の柄に手を触れた。が、震える手は刀を鞘から抜く動作へと移行せず、柄を握り締めるに留まる。まだギリギリのところで抑えているといった様子だが、怒りに歯ぎしりするその顔を見ればいつ斬りかかってきても不思議ではない。

 にも関わらずタガミの兆発に躊躇いなくクシナダが続く。正気かコイツ等。その場に居ない私ですら背筋が凍ったのだから、オレステスの実力が桁違いだと瞬時に悟った筈。本当に挑発が目的なのか?だとして、一体何を理由にそんな危険な真似をするのか私には理解できなかった。

「血で濡れた手で麗しの姫君に触れる訳にはいきませんものね。それに幾ら罪に問われないからと言っても、丸腰の相手を斬殺したとあればその汚名は一生残りますよ。あ、何ならお姫様に愛想つかされちゃうかも?婚姻の儀、直前で破棄されないと良いですネ」

「貴様等……チッ、まぁいい。俺達もこんな狂犬共と遊ぶ暇は無い!!これ以上ココに用が無いならとっとと引き上げろッ!!」

 引き上げろ?ホール全体に響き渡ったオレステスの怒号の最期に聞こえた言葉の意味を私は測りかねたが、そうする間にも守護者達はまるで道を譲る様に入口左右に並び始めた。

 本当に見逃すつもりなのか、あるいは取り囲んで一網打尽するつもりか。何方が正解か、あるいはどちらとも違うのか定かではないが、少しだけ冷静になれば唐突に怒りを収めたオレステスの真意は何となく理解できた。

 クシナダの言葉通り、儀を明日に控えた極めてデリケートな時期にコードを盾にやりたい放題出来るかと問われたならば答えは"否"だ。無抵抗のスサノヲを皆殺しにしたとして、万が一にもそれで民意が離れ、反対運動でも起きてしまえば儀そのものが中止になりかねない。婚姻の儀はそれ程に重要で、ソレを主役であるあの男が知らぬ訳がない。

 しかし……挑発を繰り返すタガミとクシナダに、ソレを制止しない残りのスサノヲ達の意図は何一つ分からなかった。ただ、何れにせよ彼等は未だ薄氷の上を歩いているという、ソレだけしか分からない。しかも、果て無く続く、終わりの見えない氷の上にいる。
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