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第6章 運命の時は近い

176話 夢

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 ――御柱ミハシラ 

 黄泉。高天原の最奥の転移装置移動からしか転移できない、惑星サイズの旗艦アマテラスの周囲をランダムに移動する独立した収容施設。神が管理する時代においてはタダの1人として脱獄を許さなかった、罪業により穢れた魂が落ち行く無間獄の名を冠する牢獄を堂々と後にする伊佐凪竜一は黄泉比良坂と呼ばれる長い長い廊下を経て、遂に一般区画へと繋がる巨大エレベーター、ミハシラへと到着した。

 守護者の管理する今の旗艦に安全な場所など皆無だろう。が、それでも黄泉の中で全てを受け入れるよりもと、彼は逃亡を選んだ。ココがその最後。高天原と一般区画を繋ぐ巨大な柱を降らなければ自由は無く、抵抗もままならない。

 巨大な円柱状の構造物の内部へと歩を進めれば、その中央が巨大なエレベーターとなっている。透明な円筒状の中に浮かぶ20メートル四方の巨大なプレートに乗り全員が乗り、下を目指す。ミハシラの全長は位置により多少の差はあるが、概ね4000~から最長で5000メートル程。その中をエレベーターが下っていくわけだが、それなりに長い距離をゆっくりと下る為に途中で幾つかの休憩を兼ねた中継地点が存在する。

「中ってこんなこんな風になってたのか?」

 最初こそ無言を貫いていたのだが、中継地点を2つ経由した辺りでその余りの長さに辟易したのか、伊佐凪竜一は隣に立つタガミにそう尋ねた。彼の疑問は至極真っ当で、何せ守護者達に黄泉へと放り込まれる以前より一度として高天原に足を運んだことがなかったのだから。しかも最初の一度目は気を失っていたのだからミハシラ内部に広がる空間を直に見るのはコレが初めてという訳だ。

「あぁ、って知らなかったのか?居住区域とかあんま重要じゃない施設が入ってる下層部とその上にある高天原を繋ぐ唯一の手段だぞ」

「そうそう。コレと同じような柱が彼方此方に立ってるんだけど、中部は大体同じ構造よ」

「でも外からは中の構造なんて分からなかったからなぁ。まさかこんな大きいエレベーターがあるなんて」

「そう思うよな?まだちょいと時間が掛かるし、じゃあここいらの事をツクヨミの代わりに説明してやろうかね。感謝しろよ?」

「そうね。私は取りあえず地球観光に付き合ってくれるだけでいーわよ?で、この円柱状のおっきな柱の中は、基本ココみたいにエレベーターが入ってるんだけど、場所によってはエレベーターじゃなくて普通の建造物みたいな構造になってる場所もあるの。使ってるのは一部の企業とか、後は高天原に勤務する私達とかが住む場所になってたりとか、かな」

「それから、一部を来艦者向けに解放してる場所もあってだな、更にその内の幾つかは観光名所として人気が高い場所になってるんだなコレが」

「そうなのよ、コレが結構な人気で……そうだ!!落ち着いたら一緒に行こうか?ネ?案内するよ。夜景がすっごく綺麗な場所って評判なのよ!!」

「あ、いや」

 有無を言わさず一方的に語るクシナダは蠱惑的な笑みと共に伊佐凪竜一を見上げた。無邪気で何処か蠱惑的な笑みは、しかし同時に無言の圧を掛ける。"良いよね?"、あるいは"断らないよね?"。何も語らず、ただジッと見上げるクシナダに対し……

「はい……」

 程なく、押しの強さに根負けした彼は首を縦に振った。確かに彼女にはメンタルケアの役目があるのだけど、職権乱用ではないだろうか?それとも彼女なりに気を回しているのか……と思うものの、心底から楽しそうな笑顔をは絶対に違うな、と断言できる程度には緩み切っていた。

「あぁと……そ、そう言えばなんでエレベーターなんだ?転移、そう転移を使えばいいんじゃないの?」

 このままでは次に何の約束をさせられるか気が気でない伊佐凪竜一は強引に質問を切り替えた。しかし、随分と苦しそうだ。

高天原うえってよォ、実は誰彼構わず入れる場所じゃないんだよ。原則として、旗艦の運営運航上かなり重要度の高い幾つかの重要部門を除けば俺達スサノヲ位しか自由な出入りが許されない。それ以外は正式な手順と調査を幾つも踏んで漸く許されるのさ」

「そうそう。私達って本来は高天原コッチに常駐してるんだよね。ナギ君が訓練に行ってた一番艦は本来ならば遠征用の拠点なのよ。今は高天原の方を守護者達に牛耳られてるから仕方なしにそっちにいるんだけどね。ハァ、むっかつくわぁ」

「まぁまぁそれ位にしとけって」

 伊佐凪竜一に説明をすると言いながら、ふとした拍子に守護者とのイザコザを思い出したクシナダは少しだけ無邪気な表情を曇らせた。タガミはそんな彼女を宥めすかすが……

「お?丁度いい、外が見える場所まで降りてきたようだぜ?」

 無味乾燥とした灰色の景色が入れ替わるや否や、彼女そっちのけで説明を再開した。コイツ、駄目だなァ。

「どれ位降りたんだ?」

「大体1200メートル毎に中継地点があるんだが、ソイツを2つ位経由しただろ?で、今、下に中継地点が見えるから大体3600メートルは下った事になるかな。長かったがもうちょいだ。ホラ、下見なよ、すげー下に小さく建物が見えるだろ?」

「あぁ、確かに」

 タガミがそう言いながら指を指した場所を伊佐凪竜一は見つめる。最初に見えるのは外の明かりを取り込む巨大な窓。三か所ある大規模な休憩所とは別に幾つも点在する小さな休憩所の窓からは、酸素供給の補助と景観を目的に植えられた植物の緑と、その隙間を縫うように建造された幾つもの建物群が小さく映る。

「そうね、もうすぐか。あぁ、でも残念ね。せっかく婚姻の儀を行うって神殿が直ぐ近くにあるのに偵察も出来やしないなんて」

「パルテノン神殿、な?」

「アレ?タガミ、アンタ良く知ってるわね?」

 彼らしからぬ博識ぶりが披露されるとクシナダを始め数名が驚き、同時に少しばかりタガミを見る目が変わった。確かによく知っているな、とは思う。
スサノヲとしては当たり前であり常識の範疇の知識ではあるのだが、この男は伊佐凪竜一やタケル、ルミナと同じくまだ見習い的な立ち位置に過ぎない。故に目下スサノヲになる為に必死で訓練を行っている最中であり、勉学に割く時間があるとは到底思えないのに、まるで当然の如く婚姻の儀で使用される神殿の名を口にした。もしかして意外と真面目なのだろうか。私を含む全員の視線は得意満面の笑みで知識を披露するタガミに釘付けとなった。

「まぁな、アレは姫の一族……デウス家の所有する祭事専用の建造物を真似て造られた建物なのさ。婚姻の儀だけ特別解放されるってぇ極めて神聖な場所なんだな。で、あそこで姫と伴侶それぞれがアマテラスオオカミに祝詞を捧げ、続いて神が連合への変わらぬ協力を誓う。元々は向こうだけで完結する儀式だったんだが、俺達と俺達の神に出会ったてぇ事で旗艦コッチ主星アッチで一回ずつやろうかって取り決めがあったそうだ。んで、婚姻の儀なんだけどな……」

「アーンタ、珍しく博識ぶり披露してるけどなんかあったの?」

「あぁ、そういや言ってなかったなぁ。俺の夢はなぁ」

 余程に重要なのか、さもなくば聞いて欲しいのか、タガミは得意満面な笑みのままいきなり話題を切り替えた。曰く、彼の夢らしい。

「まっさか姫と……冗談辞めてよ、ちょっと若すぎるわよあの子となんて!!」

「ちげぇって、って言うかそれ言うなら今の婚約者含めて全員だろ。姫様まだ15歳だぜ。俺の夢はその下、姫を守る守護者になる事さ。だから合間合間に必死で覚えたんだよ」

 誰もが関心を寄せる婚姻の儀に関する話を強引に中断してまで誇らしげに語る彼の夢は守護者になる事だった。

 守護者。主星において姫を守る為だけに存在する戦闘集団であり、同時に旗艦アマテラスのスサノヲに対抗する戦力であり、主星に生まれた者であっても他星系であっても基本的に制限なく誰でもその門戸を叩く事は出来る。当然凄まじく厳しい訓練の他に黒雷の操縦適性や高潔な精神性、他星系の知識など姫を補佐する為のありとあらゆる知識を叩き込まねば門を潜る事すら叶わない。タガミはそんな守護者になりたいと言う事だった。

 私は彼の行動理念に幾分か納得しながらも、同時にもう少し別の道を模索できなかったのかと少々呆れた。守護者となるには幾つもの試験を乗り越える必要があるが、何れも生半可な能力では突破する事さえ叶わない。

 が、それ以外の道も用意されている。現役の守護者、守護者を統括する姫、姫と同じ立場のアマテラスオオカミ、何れかの推薦がソレだ。彼がスサノヲに拘ったのは神からの推薦を勝ち取りたかったが為で、その為に弛まず心身を鍛え、暇があれば必要な知識を頭に叩き込んで来たのだろう。

 誰も何らの言葉を挟むことはなかった。何故守護者になりたいのか、不審な動きを見せる守護者達を見ても憧れるのか。聞きたい事、言いたい事を誰もが呑み込み彼が夢を語り終えるのを待った。夢を遮るなど野暮な真似だと、それが仲間ならば猶更だと、誰の目もそう語っている。
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