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第4章 凶兆

123話 キカン 其の3

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「ア、あか、あかい……赤い目……」

 映像の向こうのスサノヲが口から絞り出した言葉に私の言葉が重なった。

 そう、彼の目は真っ赤に染まっていた。ハバキリが……いや、欠片の力をほんの少しだけ解放した。だが彼らにソレは理解出来ない、もはや正気ではないから。いや、最初から正気では無い様に思えた。

「俺は旗艦うえに戻る、邪魔をしないでくれッ!!」

 それは只の叫び、何の変哲もない意志表示。だがその声を聞いた全員が震えあがる。

 最初に行動を起こしたのは連合軍、彼らはその言葉を聞くや武器を放り投げて逃げ出した。次に行動を起こしたのはヤタガラス、彼らは連合軍が逃げ出す様を見ると伊佐凪竜一とスサノヲを交互に見つめていたが、やがて連合軍と同じく逃げ出した。

 残ったのはスサノヲ4人だけ。流石に逃げ出すような無様は晒さないが、誰もがそれも時間の問題と思えるほどに酷い顔をしている。

 ズタズタに引き裂かれた精神状態は後ほんの少しだけ何かあれば容易く崩れ落ちるような危うさを秘めており、刀を構える精強な肉体は恐怖に震えている。

 カグツチに関する知識を修めたスサノヲならば現状をよく理解している筈だ、己を顧みれば真面に戦えない精神状態だと簡単に気付く。

 今、彼等を支えるのは矜持きょうじだ。スサノヲに選ばれたと言う矜持、なろうと思ってなれる存在では無い、狂気に近い鍛錬を果てしなく繰り返した末に漸く門戸が開かれるその場所に辿り着いた、神に選ばれたという矜持。

 しかし、ソレは今や呪いの様に彼等を縛る。自らは選ばれた、選ばれたのだから優れている筈だ、優れているのだから負ける筈が無い、負けてしまえばこれまでの苦労全てが水泡に帰す。こうあらねばならない、こうあるべきだ、これ以外を認めない……

 ソレは持ってはならない固定観念、歪んだ矜持。いつ芽生えたのかは問題ではない。ただ、苦労も知らなければ知識もない地球人がスサノヲの座を得た事実への激しい嫌悪と憎悪に彼等は憑りつかれている。だから、彼らは止まれない。

『スゲェな』

『うん。さっすが地球の英雄だね』

『あの時と比べれば大分弱いけどな。ところで、アイツ等なんで急に怯えだしたんだ?』

『さぁ?僕にもわからないよ』

 魔女と神父の見つめる先には広がるのは且つて見た光景。死に瀕した伊佐凪竜一が逆境を押し返すその姿に半年前の姿を重ねた2人は感嘆と安堵の声を漏らした。

 確かに突如として復活し敵を薙ぎ倒す雄姿は頼もしく映るが、一方で理解し難い状況も起きている。突如として苦しみ悶えたスサノヲと、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出したヤタガラスと連合軍の有様に納得のいく回答を魔女と神父は出せず、故に魔女の言葉には僅かな困惑と不安が混じる。

 今この状況を正確に理解できるのは私達監視者だけであり、それ以外には伊佐凪竜一が突如として人外染みた力に目覚めたとした認識できない。

 今、その人外染みた力で持って彼はスサノヲを容易く蹴散らした。一度体勢を整えたスサノヲ達は、ならばと4人掛かりの波状攻撃を行うが、その程度の連携では欠覚との同調を始めた彼の肉体に傷一つ付けるどころか動かす事すら叶わない。

 事実、彼は鈍色の刀をその身体で受け止めるに止まらず、その内の一本を無造作に握り締めると容易くへし折った。

 カグツチにより極めて高い剛性を付与された筈の刀がまるで木の枝を折る様にパキンッと音を立てて折れる光景にスサノヲ達の視線が重なる。全員が折られた刀と伊佐凪竜一を交互に見つめた直後、全員が隠し切れない程の恐怖を露わにした。

 目を合わせてしまった。彼の赤い目を、不気味に輝く血よりも濃い虹彩を直に見てしまった。

「あ……あぁ……」

 力にならない呻き声と同時にスサノヲの1人が崩れ落ちた。ドサリという音と手放した武器が床を転がる音が酷く鮮明に耳に残る。

 ピクピクと辛うじて肉体が痙攣する様子から辛うじて生きている様子が確認できるが、少なくとも暫くは戦うは言うに及ばず、いや下手をすれば……

「クソッ!!」

「バケモノがッ!!」

「人でもないのに英雄を気取るつもりかッ!!」

 3人の気勢を上げる声に意識が逸れた。不幸にも視線から僅かに外れていた為に意識を保っていた彼等は、各々に叫びながら再度攻撃を繰り出した。が、彼我の戦力差は圧倒的。それは最早大人と子供の戦い、いや象と蟻の戦いに等しく、如何に鍛えたスサノヲであれ伊佐凪竜一に害を成す事は出来ない。

 一番の要因は互いの精神状態。スサノヲ達は恐怖に震えその実力を十全に発揮できないのに対し、伊佐凪竜一の意志は対照的なまでの強さを取り戻している。精神や意志と言った要素はカグツチを扱うのに最も重要な力であり、例えどれだけ肉体的に強かろうが高い技術を持とうが意志次第で引っ繰り返される。無論、容易では無いが。

 A-24が彼の意志の強さを高く評価していると知った時、私はタダの一般人という理由で強く否定した。寧ろ、スサノヲとして長い時間を過ごしたルミナの方が強い意志を持っていると、欠片に認められたのは彼女の力と意志だと……だが現実には伊佐凪竜一が覚醒への兆候を見せた。

 希望。その二文字が不意に頭を過った。A-24が伊佐凪竜一を評した言葉、我が主が待ち焦がれる者、どれだけ待っても現れず、どれだけ探しても見つからなかった者。

 その希望が彼だと?やがて希望の二文字が抜け落ち、空いた隙間をそんな疑問が埋め尽くした。だけど、本当に彼自身が極めて強い意志を持つならば……欠片に完全同調しその力を解放できるのならば……

 ドサリ、ドサリと立て続けに2つの影が床に崩れ落ちた。希望の象徴であるかもしれない伊佐凪竜一の足元に2人のスサノヲが転がっている。

 意識を逸らしたのはほんの一瞬だけだ。なのに、意識を思考に逸らした僅かの時間に彼はスサノヲ2人をいとも容易く戦闘不能にした。残ったのはただ1人。だが、その相手が仲間達と同じく床に崩れ落ちるのは時間の問題かと思われたが、有ろう事か戦場から逃げ出してしまった。

 スサノヲにあるまじき醜態と平時ならば糾弾するところだが、正直そんな気も起きない。

 逃げたところで何も出来ないし、仮に伝えたとて現実に責めを受けるのは逃げた方だ。宇宙へと繋がる玄関口、短距離転移用の門を生成する施設の護衛という最重要任務からの逃亡は極めて重罪。故に逃げたところで誰にも報告できない。

 そんな事実を知ってか知らずか、伊佐凪竜一は逃げ行く背中が小さくなる様を無言で見送った。一時はどうなるかと思われたが何とか無事に終わったようだが、事態は思わしくない。先のスサノヲの様な考え方が旗艦アマテラス全域に広まっていた場合、戻ったところで安全の保障は何処にもない。

「な、何だ貴様はッ!!」

 不意に……そんな声が聞こえた。
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