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第4章 凶兆

101話 悪意襲来 其の1

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 ――タートルヴィレッジ山岳地帯
 
 爆発する。ソレだけは確かだがソレが何時起こるか分からない。そんなもどかしい状況が大きく動き出したのは午前9時を告げる鐘の音の余韻が完全に消え去った直後。

 最初に気付いたのはツクヨミ。超高性能な式守である彼女はこの場所に向けて猛スピードで飛来する物体をレーダーに捉えた。次に気付いたのは伊佐凪竜一とアックス=G・ノースト。2人が目撃したのは視界に浮かぶ世界を真っ赤に染める夕陽に浮かんだ小さな黒い点。

 その点は徐々に大きくなり、真っ赤に輝く星の中にはっきりとした輪郭を描く。飛来する物体、それは西洋の騎士を模し王侯貴族を守る親衛隊を想起させる意匠と外装に守られた鋼鉄の守護者。ソレが夕焼けの背に真っ直ぐに列車へと向かってくる。

「凄まじい勢いで飛来する機体の反応を確認、数は1機……黒雷クロイカヅチ型と確認」

「クロ……なんだって?」

「黒雷。フタゴミカボシと姫を守護する守護者の武装、人型の機動兵器。しかも防壁を展開しているとなると、恐らく専用機を与えられたエースクラス。真面に戦えば勝ち目はありません」

「エースって、いやちょっと待て待てツクヨミさんよ。戦えばって、その守護対象はこっちにいるんだぜ?迎えに来たって考える方が自然だろ?」

「そう仮定すると単独で迎えに来るのは奇妙な話です。それにどうやってこちらの位置を探し当てたのかも気になります。アレの最重要部位である胴体部分の製造方法はアマテラスオオカミが厳重に管理していたのですが、楽園崩壊の影響による流出の可能性はゼロではありません。よって、敵の可能性も考慮すべきでしょう」

 黒雷。そう呼ばれる人型をした巨大な兵器であると気付いた3人はフォルトゥナ姫を物陰に隠した。直後、彼らの眼前にソレが現れた。赤い光を反射した黒に近い鈍色の機体は無遠慮に列車を踏みつぶしながら着地すると、兜の如き意匠の外装を纏った頭部が小高い丘を正面に捉えた。

 全長30メートルはあろうかという黒雷が漸く誰の目もはっきりと見える形で姿を見せた。が、しかしその機体形状に一致する型は我々が所持するデータの何処にも存在しない。

 誰かが独自に組み上げたのだろうか、しかし主星フタゴミカボシを含む複数惑星の主力機として採用される黒雷の中枢システムを製造できるのは旗艦アマテラスのみ。それ以外のパーツは各惑星の規格などに合わせる柔軟性を持っているが、最重要部位に関する情報だけは厳重に管理されているのだ。

 ならばツクヨミの言葉通り楽園崩壊により流出したデータを基に製造したのだろうか。が、いずれにせよ連合最強たるスサノヲと拮抗するという目的で製造された黒雷の性能は桁外れている。しかもデータ不明の機体となればどんな切り札が隠されているかも分からない。

「情けない連中だ。やる気が出ないと宣うから態々わざわざ俺が手を加えてやったというのに……」

「ンだとォ!!テメェがあんなふざけた真似しやがったのか!!親父じゃねぇのは良かったが、何処のどいつか知らねぇが覚悟しろよ!!」

 黒雷から変成器を通した無機質で不気味な男の声が響くと、その言葉にアックスは激昂した。そこから先の行動は速く、それ以上に正確だった。彼は腰に下げたホルスターから銃を取り出すと痛みなどお構いなしに引き金を引いた。

 顔は大きく歪んでいるが、今の心情からすれば痛みに耐えているのか抑えきれない怒りに身を任せているのか判断し辛い有様だ。しかしその程度の攻撃など防壁を展開できる黒雷の前では無力に等しい。

 そもそも黒雷は熟練の操縦者というの損耗を防ぐため、防御性能に主眼を置かれた機体なのだ。

「オイ……何時まで休んでいるつもりだ?雇い主であるこの俺が姿を見せたのだぞ?……チッ、やはり使えんな。仕方あるまい」

 アックスの攻撃などまるでそよ風の如く受け流した黒雷は、言葉の最後に"フン"と嘲笑すると脚部を動かし原形を留めている車両を軽く蹴り飛ばした。脱線した幾つかの車両がゴロンと転がり横転する様を眺めた黒雷は、今度は剥き出しの底面部に手をかざした。

「なッ!?」

 映像からツクヨミの動揺する声が聞こえた。黒雷が掌を向けると同時、その部分に規則的な白い線が幾筋も浮かび、やがて規則的なパターンを描き、最後に横転した車両がゆっくりと宙に浮かび始めた。

 アレはサイコキネシス、あるいは念力と呼称される"意志の力で物質に干渉する能力"だ。が、しかし黒雷にそんな芸当は出来ない。ソレが出来るのはカグツチを十全に扱える人間に限られた特別な技能であり、生身且つ高い適性を持って初めて実現できる超常的な力なのだ。

「そんなッ、どうしてその機体でそんな真似が!?」

「何時まで眠っているつもりだ?コレだからゴミクズは使えんのだ。全く、こんな程度の低い連中しか集められんとは……ヤツめ、口だけか」

 黒雷に向けてツクヨミはそう叫んだが、その内部に潜む何者かは彼女の言葉が全く届いていないのか聞く価値が無いと断じたのか、完全に無視を決め込むと何処かの誰かへの不満をぶちまけた。

 黒雷の行動はその程度では終わらない。丁度伊佐凪竜一達の目線と同じ位の高さまで浮かび上がった車両はまるで内部を見せびらかすようにその位置で動きを止めた。

 小高い丘の崖に立つ3人と後ろで怯える姫は見た。列車の中で意識を取り戻した襲撃者の1人が必死で窓を叩き救いを懇願している様子を、涙ぐみながら"助けて、助けて"と叫ぶ有様を。その声は聞こえずとも、口の動きではっきりと理解出来た。

「散々金をせびっておいてそれか、だが貴様は幸運だ。最後に俺の役に立てるのだからな……ハハハッ」

 黒雷は列車の中を一瞥すらせずにそう言い切り、そして小高い丘から視線を逸らし湖を見つめた。

「マズいッ!!」

「正気かッ!!」

「テメェーッ!!」

 伊佐凪竜一、ツクヨミ、アックスは黒雷が次に何をするか察すると、その行動を止める為に行動に移した。

「ヤメテ……ヤメテ……」

 一方、フォルトゥナ姫はその様子を絶望的な表情で見つめている。少女の顔を見れば血の気は完全に失せており、立つ事が出来ないのか膝立ち状態で目には涙さえ浮かべている。

 黒雷の視線が見据える先、そこには列車から避難した乗客の一団の姿があった。もはや悪魔の所業だ、アレは爆弾が乗った列車を乗客達に放り投げようというのだ。

 しかし、伊佐凪竜一はそんな残酷な行為を許す男ではない。その行動は凄まじく、駆けだした次の瞬間には浮かんだ列車のすぐ傍にいた。

 が、そこまでだった。次の瞬間、彼は握り締めた刀を振るう事さえ叶わず、そのまま地面へと叩き落とされた。一方、その行動に少し遅れたツクヨミと大きく遅れたアックスは空中を睨みつけたまま動かない。いや、動けない。

 ほんの一瞬、目の前の蛮行に意識を奪われる余り誰もが黒雷の上空に別の黒雷が姿を見せた事に気付かなかった。灰色の残光を纏った真っ赤な機体の手には巨大な銃が握られており、その照準は正確に伊佐凪竜一達の行動を阻害した。

「お待たせしました、遅れて申し訳ありません」

 夕陽よりも濃い赤に染められた機体から加工された女性の声が響いた。

「構わん。寧ろ丁度良いぞ、罪に穢れた人……いや、神を真似て作られ、目的を教えられず彷徨う哀れな人形ゴミ共が浄化されるその瞬間が見れるのだからな」

 黒い機体はそう吐き捨てながら、微塵も、何らの躊躇いもなく列車を乗客の群れ目掛けて投げ飛ばした。

 時間がゆっくりと流れる……

 恐怖一色に染まった乗客達は誰もが何かを喚き散らし、投げ飛ばされた列車に乗る不幸な襲撃者は爆弾を取り除こうと自らの身体を必死に掻き毟っている。

 だが何れの行動も無慈悲な現実を変えられず、幾つもの大きな爆発が列車と避難した乗客達を飲み込んだ。大地を激しく揺らす振動は湖にまで伝播、無数の波紋を生み出すと湖面に映る夕陽を掻き乱す。

 果たしてどれだけが死んだのだろうか……いや、恐らく誰も生きてはいまい。やがて巻き上げられた土煙が冷たい風に煽られ吹き飛ばされると、其処に在ったのは爆発で生まれた小さなクレーターとピクリとも動かない人の形をした何かだけ。予測出来ていた事とは言え、やはり目の当たりにするには余りにも凄惨な光景がそこに広がっていた。

「ハハハッ、ハハハハハハハハハハッ!!」

 黒雷から下衆な笑いが響いた。アレに乗っているのが誰であれ、その手段は余りにも常軌を逸している。悍ましい、底無しの悪意を秘めた何かは凄惨な光景を心底から楽しみ、嘲り……嗤う。
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