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第3章 邂逅

87話 過去 ~ 武術大会 其の1

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 ――自由都市ヴォルカノ領内  武術大会予選会場

「オイ、本当なんだろうなぁ?」

「えぇ。評議長権限での開催ですが、運営委員会が承認したので間違いありません」

「それってつまりヨォ……」

 唐突に決定した敗者復活戦に参加者たちのボルテージは膨れ上がる。感情はまるで熱した石の如く滾り昂り、たった1人の為に行われるという事実などソコに垂らした水滴が蒸発する如く霧散した。

 その熱気の源、予選敗退者全員が睨み付ける視線の先には一人の男がいる。伊佐凪竜一。評議長から推薦を受けた男へ向ける視線は獲物を狩る獣の如くであり、更に一部に至っては武器を握りしめ今にも飛び掛からんと身構えている。

 運営委員会が出した敗者復活戦のルールは以下の通り。

 一つ、飛び入り参加者である伊佐凪竜一を倒した者はその場で敗者復活戦を勝ち抜け、本戦出場権が与えられる。

 二つ、最後まで残った者に本戦出場権を与える。

 上記の通り、最大2名が本戦出場への資格を得ると知るや熱気は際限なく上昇し、遂には熱狂へと至る。燃え尽きた心の中に情熱の火が再び灯った。誰もが本戦参加という名誉を夢見てこの場を訪れたが、夢破れた。しかし、通常ならば次回の開催まで待たねばならないの夢に再び手が届く瞬間が訪れたのだから興奮するのは至極当然だ。男も女も、よく見ればまだ年若い少年もいれば壮年まで年齢性別バラバラだが、全員が同じ夢の為に熱狂の渦に身を投じる。

「評議長も酔狂だねぇ。あるいは逆らった見せしめかなぁ?まぁ、コッチはどうでも良いけどサ。それでは皆さん、準備は宜しいですか?」

 一方、運営委員会の1人は愚痴りながら淡々と冷静に仕事をこなす。この人物は予選を取り仕切っており、その最初から最後まで一部始終を見ていた。だから知っている。この中には様々な人間がいる事を。

 例えば優勝候補と言われながらも運悪く負けてしまった者、人生の一発逆転を掛けて大会に臨みながらも毎回惜敗する者、高い能力を持ちながら"夢破れた者を嘲笑う、弱者をいたぶるのが好き"という下卑た理由で参加する者、年若いながらも天才と呼ばれる者、極一部を除けば優勝と言う栄誉を求め弛まぬ訓練を続けてきた面々だ。

 誰もが一様に高い能力を持ち、一部に至ってはこの惑星の最高戦力"クロス・スプレッド"と遜色ない実力を秘めていると評される。だからこの運営委員会員は考える。伊佐凪竜一なる男が残れる筈が無いと。精々もって一分程度、その後はボロキレの様な姿をさらしている筈だと。

 男は会場から見える大きな時計へと僅かに視線を移した。どうやら時間を気に掛けているようだ。今回の大会は今までとは少しばかり事情が違った。本来ならばもっと猶予を持って開催されている筈が運営委員会上層部の無能により本戦開催日が今日この日までずれ込んでしまったというのに、更にダメ押しで敗者復活戦が行われるという未曽有の事態への不満が見て取れる。

「こんな醜態、連合中に放送されなくて良かったよ本当に」

 男はそう愚痴った。惑星固有の祭事の放映権は外貨獲得の為に手っ取り手段であり、利権の温床でもある。科学に肉薄するどころか超え得るほどの力を発揮する魔導(あるいは魔術、魔法)と言う力を十全に行使する熟練者が集う本大会は、連合においても割と人気があるコンテンツなのだ。故に本来ならば本選の様子が連合中に放映される筈だったが、本来の予定を大幅に超える遅延の影響により本大会の放映は見送られている。

「それでは……敗者復活戦、開始~」

 遂にその時が来た。男の力無い掛け声とともに敗者復活戦の幕が開いた。

「え?え?」

 直後、運営委員会員の男は有り得ない光景を見た。伊佐凪竜一が持つ頼りない細身の武器が振るわれる度に猛然と襲い掛かる予選敗退者がまるで紙切れの様に吹き飛ぶ光景を、視認すら不可能な速度で拳を振り抜けば数人が纏めてはるか後方に吹き飛び消えていく光景を、掴みかかられても微塵も怯まないどころかあっさりと引き剥がし、逆に投げ飛ばす光景を見た。

 それは仲間達に賭けを持ちかけならが、自身は伊佐凪竜一の敗北という安牌に一点賭けした男には信じ難い光景の連続だった。また、敗者復活戦参加者達も同じ気持ちだっただろう。まるで荒れ狂う台風の如きその行動は屈強な体格の男女数人掛かりでも全く止められず、その前にうっかり立とうものならば瞬く間に視界の外に弾き飛ばされる。

 合計100人近い参加者が居た筈だと、男は考えていた。しかしあろう事か、ものの数分でその数は一桁にまで減っていた。会場を見れば、優勝候補と謳われた者も、人生の一発逆転を掛けて大会に臨んだ者も、"弱者をいたぶるのが好き"という下卑た理由で参加した馬鹿も、天才と呼ばれた者も、弛まぬ訓練を続けてきた大勢の参加者たちの誰もが一緒くたに吹き飛ばされ惨めな姿を晒していた。ある者は倒れたまま動かず、ある者は目の前の光景を信じられないと言った眼差しで見つめ、ある者は恐怖で震える。

「終わったよ」

「は?え?嘘ォ?」

 運営委員会員の男が伊佐凪竜一の言葉に気付いて意識を取り戻すと、そこには夥しい数の参加者が地に伏したまま動かない光景。そしてその端にポツンと立つ伊佐凪竜一の姿。気が付けばこの場に立つのは彼だけになっていた。

「あ、あれ、残りは?」

「全員倒したよ、コレで終わりだよね?」

「え?あ、は、はい。ソウデスネ……あ、俺負けじゃん」

 でしょうね。何も知らないのに安易に賭けの対象にするから痛い目を見る、と私は心中で今月の食費すら危うい委員会の男に説教をした。一方、視線の端に映る男の未来など知る由もない伊佐凪竜一は本戦出場権をアッサリと手にすると大きなため息を1つ漏らした。それは彼が評議長の約束を一つ守った事を意味し、それが果たせた事に彼は次に安堵の表情を浮かべた。その顔には疲弊の色など微塵も無い。

「本戦の会場はどこ?」

「あ、あぁ。これから案内します、はい」

 運営委員会の男はしどろもどろになりながらも伊佐凪竜一の言葉に反応した。酷く動揺しているのだ。そしてそれはこの男以外も同じ。より正確には伊佐凪竜一以外の全員が混乱の極致にある。それは、本来ならば予選を通過した者には敵として戦った者、観戦していた者の双方から惜しみない賛辞の言葉が投げかけられる筈の予選突破を称える声が聞こえてこない状況からも明らかだ。

 この場の雰囲気は静寂が支配しており、勝者を称える声も含めた何らの声も聞こえない。ただ、時折吹きつけるそよ風の音だけが虚しく響く中、誰もが夢か幻でも見ていたのかの如く呆然としている。それは戦った者、観戦していた者の区別なかったが、やがて誰もが同じ感情を籠めた視線を向け始めた。只一人立つ勝者を、化け物と恐れる無数の視線が見つめる。
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