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第3章 邂逅

69話 疑惑

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 ――連合標準時刻 火の節 85日目 午後

 経済特区を通過した列車は次の荷物を受け取る為に西側の極寒地帯を猛烈な速度で目指す。彼等が飛び乗ったズブロッカ鉄道所有の水運搬専用有蓋貨車には今現在、氷塊=水が積まれていないからだ。更に人類の命を繋ぐ水を運ぶという理由によりこの列車を止める事は出来ない。

 が、安堵する事など到底出来ない。スサノヲ達の一計により何とかズブロッカ鉄道所有の列車に飛び乗る事が出来た一行は適当な貨車の中に身を潜めていた。頑強な造りの貨車の扉を閉めてしまえば一時的にだが人目を忍べる。

 貨車内部は天井から照らす小さな電灯という隠れるにはうってつけだが長居には不向きな場所。その部屋に暫しの後に赤い光が灯った。アックスがライターの火を付け、その僅か後にツクヨミが杖から小さな炎を灯した。天井からの頼りない小さな照明に赤く揺らめく炎が加わると、貨車内部に据え付けられた監視カメラが薄暗い部屋の中に映る4つの人影を捉える。

 今、彼らが見つかる状況は好ましくない。窮屈な旅にこれ以上のストレスが掛かっては堪らないだろう、そう考えた私は監視カメラの映像に手を加えた。安全とは言い難いが、時間は稼げるだろう。

「よくもまぁ逃げられたモンだ」

 アックスは適当な貨車の壁に背を預けると大きな溜息と共にそう漏らした。

「手伝ってくれたからな」

 驚いた。伊佐凪竜一は何をどうしてかスサノヲ達が自らを逃がす手助けを行った事実を知っていたようだった。

「そうですね」

 続けてツクヨミが呟いた。彼女ならばその演算能力を使えば容易く辿り着けるだろうが、しかし伊佐凪竜一まで理解しているとは恐れ入った。あるいは、伊佐凪竜一とルミナは言葉を語らずとも互いの意志を伝達し合えるのか。

 理解。半年前、彼等が神魔戦役を終局へと導いた力。気が付けば、私は彼を食い入るように見つめていて……だが直後にそんな自分の有様を顧みて自嘲した。今の私の様子を誰かが目撃したならば、滑稽で間抜けな男が激しい感情の落差に悶えるという醜態を目撃しただろう。

「そうなのかよ……いや何処にそんな要素があったんだ?」

「分からずとも無理は無いでしょう、露骨に行動すれば何を要求されるか分かりませんから。向こうも綱渡りのようです」

旗艦アッチも問題抱えてるのかよ?」

 正に綱渡り。何となく状況を察していたであろうアックスだが、ツクヨミの言葉に混ざるその単語を聞くや矢も楯もたまらずそう尋ねた。もう彼も無関係ではない。事情を知ろうが知るまいがこの状況に首を突っ込んでしまい、そして戻れない場所に立っている。だからこそ知りたいと願った。そんな思いが不意を突く様に口から零れたのだ。一方、その言葉にツクヨミは沈黙を続ける。埒が明かないと判断したアックスは、ならばと伊佐凪竜一へと視線を移す……

「状況か。俺も余り知らないけど、具体的にどうなってるんだ?」

「お前も知らねぇのかよ!!」

 が、伊佐凪竜一の一言にアックスは盛大にずっこけると伊佐凪竜一に突っ込みを入れた。無理もない。渦中の人物が自身を取り巻く状況を何も知らないなどあり得ない。

「済みません。余計な情報を知って訓練に身が入らないようでは困る、集中できるように私が意図的に情報を遮断しました。欠けた戦力を補うのに一番手っ取り早いのは君の強化で、急務だと判断しました。それにそう言った情報は私が集めて君に教えた方が効率が良いでしょうし」

 ツクヨミの言葉に今度は伊佐凪竜一が黙った。頭では理解しているが現状を一人知らなかった事実がそれなりの疎外感と、何よりも口惜しさ悔しさを感じているようだ。それは彼と共に苦難を乗り越えたルミナは恐らくその事実を知っており、自らの知らぬところで一人苦労を背負い込んでいた事も関係している筈だ。

「あ、あの」

 何とも言い難い雰囲気を打開したのは一人の少女だった。フォルトゥナ=デウス・マキナは恐る恐る声を出した。その様子は只々か弱い少女に見え、連合を支える神の如き存在だとはどうしても思えなかった。それは私もそうであるし、映像に映る3人も同じだ。

「何でしょうか?」

「私にも旗艦の状況を教えて頂けないでしょうか?」

 誰もが姫の唐突な言葉に驚き、そして動きを止めた。特に男2人は顕著だ。目の前にいるのは連合の頂点。本来ならば語らう事さえ許されない天上の存在。が、2人は互いに顔を見合わせ……

「姫さんももう無関係じゃない」

「ツクヨミ、頼む」

 結果として2人はフォルトゥナ姫をこれまでと同じ扱いにすると決めた。正誤を問われれば間違いなく誤、だ。しかし姫もまた何かに巻き込まれていると、そう直感した2人はあろうことかフォルトゥナ姫を仲間として受け入れた。

「……分かりました。長くなりそうなので状況を要約します。今よりおおよそ2ヶ月ほど前、守護者が旗艦アマテラスに常駐し治安維持に努める事となりました。しかし直後から守護者側は露骨な程に強引な言動を取り始めたそうです。手始めに旗艦秩序維持法の強引な改定。彼らは高まりつつある市民からの支持を後ろ盾に法改正を行いスサノヲと同等の権利を認めさせると何事かを行い始めました。ですが調査が出来ません。フタゴミカボシの領土、治外法権となる場所で行われている為です。何かを行っているが何か分からない故に猜疑心だけが膨れ上がっているのが現状です」

 姫から一定の距離を保っているかの様に見えたツクヨミだったが、伊佐凪竜一の言葉に押される様に淡々と語り始めた。今、旗艦アマテラスで何が起きているか。その始まりを……

「強引な言動。その最たるが"誘拐"です。数日前、私達が地球に立ち寄った際の出来事をクシナダが報告しましたが、守護者達は伊佐凪竜一をフォルトゥナ姫誘拐犯と断定、スサノヲに対し捕縛命令を出しました。しかも生死問わずで、です。流石に旗艦内部からも疑問が噴出、ルミナを始めとした一部が独断且つ隠密で守護者の動向を探り始めた、というのが現状です」

 ツクヨミから説明を受けた全員は押し黙ったが、特に姫の態度は顕著だった。少女はそれまでよりもより一層沈み込んでしまった。自らを救出すると言う名目で伊佐凪竜一達が犯罪者の汚名を着せられてしまっただけならばまだしも、ソレを指示したのが自らの配下である守護者達だと知ったのだから当然だ。

 誘拐が汚名であることなど彼と今まで行動してきた少女ならばよく理解している。しかし守護者達は体裁か、あるいは過剰な忠誠心を理由に暴走している。自らの存在が原因となり他者を不幸に堕としてしまった罪悪感がまだ小さな少女を過大に攻め立てている、私にはそう思えた。

 また同時にこう思う。他者の傷に敏感なこの少女が連合の頂点だとはとても思えないと、何処にでもいる心優しいごく普通の少女だと思えたのだ。

「そうか、予想以上だな。クソッ……」

「オイ、ナギよぉ、お前それでいいのか?そんな一言で済ませていいのかよ?」

「まぁ、アイツも俺も結構な修羅場を潜り抜けたから大丈夫さ」

「そりゃそうだろうけどよ……」

 ツクヨミの説明に今度はアックスが反応を示した。彼は姫とは違いやや呆れながらも、同時に目の前の男を羨望に近い感情を含んだ視線で見つめる。

 彼の視線の先に映るのは、見た目だけならば何処にでもいるごく普通の青年。歴戦の勇士を想起させる厳つい表情や傷だらけの顔でもないし、服の下から分かる筋肉の隆起も鍛えられた他のスサノヲ達と比較すれば貧相この上ない。

 だが目の前にいるのは地球と旗艦アマテラスを救った英雄なのだ。アックス自身も、周囲の用心棒やスサノヲ達も、果ては何事かと驚く観光客や特区のスタッフに至る全員が目を見張った出鱈目な戦闘力は、伊佐凪竜一なる男がスサノヲであり英雄でもあると認識するには十二分な説得力がある。が、その認識は一方で自らの不甲斐なさを炙り出す。

「済まねぇな、デカい口叩いてこのザマだ」

 暫しの沈黙の後、アックスはそう呟いた。貨車での旅は快適とは言い難く、硬い床から響くガタンゴトンという振動は嫌でも身体を揺さぶり痛めつける。その様子に3人は神妙に呟く男の顔を覗いた。俯きながら苦々しい顔色を浮かべているその原因は間違いなく父親との確執だ。

「謝罪の原因は何でしょうか?君か、それとも君のお父上?」

 人の感情に疎い故か、ツクヨミは躊躇いなく彼の地雷を踏み抜いた。つい先ほどの戦いで知った通り、彼とアデスの親子関係は致命的なまでに拗れている。事実、彼の部下も知人達もそれを良く知っていて誰もその話題を口に出さない位であり、少なくともそれ位には露骨に機嫌を悪くする話題なのだ。しかし、アックスを見ればそんな子供っぽい反応を見せる気配はなく、地雷を踏み抜いたツクヨミをじっと見つめたかと思えば帽子を脱ぐとだらりと垂れ下がった髪を掻き毟った。

「ノーストって確か……結構な金持ちの息子なんだよな?」

「あぁそうだよ。隠すつもりは無かった」

 力無く返答を返したアックスは、今度は伊佐凪竜一を見つめた。仄暗い空間に暫しの沈黙が訪れる、部屋の中央に浮かぶ杖から灯される炎と天井の照明が揺らめく。重苦しい空気が流れ始める中、アックスは意を決した表情を浮かべると大きな溜息を付いた。

「その辺は言い辛い事情があるんだがこんな有様だ。信頼勝ち得なければお前達を無事に送れねぇ。まぁ大した話じゃないが聞いてくれや」

「無理に話さなくても良い、誰にだって嫌な思い出はあるさ」

「そうですよ、今までの行動からも君は信用に値します」

「そうかい。でもまぁ聞いてくれや」

「あの……」

 アックスが覚悟を決めて話そうとした矢先、またもや姫が割り込んで来た。驚いた3人が姫を一斉に見つめると、少女は一気に集まった視線に少しだけ身体を強張らせた。

「どうして私……いえこの方を其処まで助けるのですか?何が貴方を動かしているのでしょうか?」

 そう切り出した少女の疑問は最もだ。アックスの献身は、賭けに負けたというただそれだけの理由にまるで見合っていない。その表情は申し訳なさそうな表情でありながらも、その中に興味や関心と言った感情が含まれている様に思えた。

 一方、少女の視線の先にいる男はその言葉にどうしたものかと困惑している、だが男が何を考えているか私にはよく分かる。アックスはまた一つ大きな溜息をつくと若干気恥ずかしそう語り始めた。

「まぁ、誇りだよ。ただ、オレの場合は親父みたいになりたくないって理由だけどな。姫様にはまだ難しいかも知れねぇな、そう言うモンってのはもう少し色んな物事を見て知らないと分からない。まぁ焦らずゆっくり行けばいいさ、人生慌てても碌なことは無い」

「そうですか……」

 少女はか細くそう答えた。誇り。それは人が自らを動かすのに重要な力の一つなのだが、その真実をまだ十代半ばで理解するには難しかったようだ。
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