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第3章 邂逅
61話 神話 其の3
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連合標準時刻、火の節84日目。時刻は午前9時。定刻を告げる鐘の音が丁度鳴り響く頃、南部首都サウスウエスト=ウッドから経済特区へと向かう超豪華観光列車"黄金郷"は、不測の事態により途中停車を余儀なくされた。
「……より簡単に説明すれば意志という巨大な泡の内部に無数に存在する小さな泡を1つ1つ潰していき最終的に1つの大きな泡だけにする為の修練なのですが、しかし禅を持ってしても全ての意志を合一させるには不十分です。意志の統合には更なるステップが必要な事実が付きつけられることとなり、多くの人間がその方法を模索しましたが未だ有用な手段の発見には至っていないのが実情です」
客室の1つを覗き見れば睡眠学習をするツクヨミと、その直ぐ傍で悪夢でも見ているかの如くもうなされる伊佐凪竜一の姿。正体不明の敵からの強襲に次の襲撃への警戒も怠れない中でストイックに努力できるのは彼の性格か、はたまた僅かな時間さえ惜しむほどに切羽詰まっているのか。
「おはようございます」
コンコンと、扉をノックする声に続いて聞こえた澄んだ美しい声が私の耳を捉えた。映像を切り替えると一足早く目を覚まし準備を済ませたフォルが伊佐凪竜一の部屋の前に立っていた。顔を見れば血色良く、また寝不足な様子も見られない。更にキチンと身形を整えている状況を見れば昨晩の襲撃の心労は全く感じていないようだ。
やがて部屋の中から入室を許可する声が聞こえた少女はおずおずと扉を開き中へと踏み込んだが、ソコで驚きの表情と共に固まった。恐る恐る部屋へと入ったフォルの目に留まったのは熟睡する伊佐凪竜一の姿と、その隣から何か小さいコードを長く伸ばすツクヨミの姿。
その彼女はよほど伊佐凪竜一の傍を離れたくないらしいのか、よく見れば小さなコードの他に幾つものコードをボディ側面から伸ばし、乱雑に脱ぎ捨てられたたスーツの皺を丁寧に伸ばしたり湯を沸かしコーヒーを淹れていたりと実に雑多な働きをしている。
「どうされたのですか?」
まぁ、どう見ても異様であるから少女が驚くのも無理からぬ話だ。が、しかし少女はその異様な光景の1つ、疲れが取り切れていない伊佐凪竜一の様子に気づくと傍らのツクヨミに囁くかの如くそっと声を掛けた。
「夜襲を警戒してずっと起きていました。寝たのはつい3時間ほど前です」
「そうでしたか、申し訳ございません。ところで、あの……それは?」
フォルはそう言うとその次に気になった光景を指さした。少女の陶磁器の様に白く細い指が指し示すのはツクヨミから伸びたコードであり、それは伊佐凪竜一の耳にまで伸びている。
「有線式のイヤホンです、彼の睡眠学習の為につけて貰いました」
伊佐凪竜一の耳元に座るツクヨミは小さな声でフォルの問いに応える。隣で寝る男を起こすまいとひそひそと会話を続けるという涙ぐましい努力などしないで外にでも出れば良いのに、私はそんな事を考えるのだがツクヨミは頑として動かない。
その余りにも非合理的な判断を見れば、且つて地球の為に甲斐甲斐しく振る舞った神としての姿など微塵も感じさせないが、一方で何となくだが生き生きとしている様にも見える。コレが今の彼女の願いなのだろう。
「成程、でも劇的な効果は無かったと記憶しているのですが?」
「確かに寝ているだけで全ての情報を正確に記憶できるわけではありません。しかし出来ない訳でもありません、研究及び論文は一定の成果を認めています。今の彼には時間が足りなすぎるので、こうした形の"訓練"も必要なのです」
「そうですね。大変です……本当に」
ツクヨミがそう教えると、伊佐凪竜一の置かれた状況を僅かに知ったフォルは消え入りそうな声でそう呟いた。その心境の変化に教えたツクヨミは困惑したが、さりとて問題解決の糸口は見えず何も言えず、2人と1機が占有するには余りにも大きな寝室に聞こえるのは列車が揺られる音と静かな寝息だけとなった。が……
「おーっス!!起きてるか?飯いこうぜ。ソレから本来なら止まらない場所だ、観光行くぞ観光!!」
フォルとツクヨミの間に漂う奇妙な空気をアックスが無遠慮にぶち壊した。扉を豪快に開け放った男の顔は楽しそうで嬉しそうで、だからこそ2人の意識は繊細さの欠片もない態度に我を忘れた。
「う……頭痛ぇ」
「ナギ、大丈夫ですか?」
「あの、アックス様。少々デリカシーに欠けると思います」
「そうです!!気を付けてください」
「何だよ……何だよ……そんな責めなくてもいいじゃん……」
事情を良く知らないアックスは女性陣から冷めた視線を送られながら部屋を追い出された。その背中はとても寂しく、昨日果敢に敵の襲撃を凌いだ雄姿を感じ取る事は出来なかった。
※※※
――連合標準時刻:火の節 85日目 昼
翌日。そのまま列車で揺られ丸一日以上が経過した。あれ以降敵が襲ってくることは無く、傍目にはタダの観光客にしか見えない状態が続いた。私はフォルと名乗った少女を見た。
少女はこの星が忌々しささえ覚える程に見慣れた景色に目の色を輝かせており、その様子を見ればあの少女は何処にでもいるタダの少女にしか見えないし、その少女を逐一気に掛ける伊佐凪竜一なる男も従者そのものだ。
しかしアックスはそう考えていない。少なくとも彼はこの凸凹コンビ+オマケの1機の関係性はそう単純では無い事を悟っている。両者の服装は違和感を覚える程度には違っているのがその根拠の中心。少女がまるでお姫様かお嬢様といった感じなのは納得いく話だとしても、それに付き従う彼の服装は屋敷で働く執事とは違うもっとラフな服装に近く微妙なズレを感じ取るには十分だ。
伊佐凪竜一とフォル=ポラリス・アウストラリスは別々の星の住人と考えれば辻褄が合う。アックスは恐らくそう考えている筈だが、しかしそれ以上を理解する事は出来ない。一方で彼はこの短い旅の中で少なくとも伊佐凪竜一をある程度信頼している様子も見せている。故に彼はそれ以上の疑問を心の中に仕舞いこむと暇そうにする伊佐凪竜一とカードを始めた。
信頼できるという事実だけで十分だと言わんばかりに絡んでいくその様子は最早仲の良い友人と言った雰囲気すら感じる。そんな3名とは対照的にツクヨミだけが何事かを考えている。恐らく昨日の昼過ぎに緊急停車したサウスウエスト=ウッド駅での出来事が関係しているのだろう。
「……より簡単に説明すれば意志という巨大な泡の内部に無数に存在する小さな泡を1つ1つ潰していき最終的に1つの大きな泡だけにする為の修練なのですが、しかし禅を持ってしても全ての意志を合一させるには不十分です。意志の統合には更なるステップが必要な事実が付きつけられることとなり、多くの人間がその方法を模索しましたが未だ有用な手段の発見には至っていないのが実情です」
客室の1つを覗き見れば睡眠学習をするツクヨミと、その直ぐ傍で悪夢でも見ているかの如くもうなされる伊佐凪竜一の姿。正体不明の敵からの強襲に次の襲撃への警戒も怠れない中でストイックに努力できるのは彼の性格か、はたまた僅かな時間さえ惜しむほどに切羽詰まっているのか。
「おはようございます」
コンコンと、扉をノックする声に続いて聞こえた澄んだ美しい声が私の耳を捉えた。映像を切り替えると一足早く目を覚まし準備を済ませたフォルが伊佐凪竜一の部屋の前に立っていた。顔を見れば血色良く、また寝不足な様子も見られない。更にキチンと身形を整えている状況を見れば昨晩の襲撃の心労は全く感じていないようだ。
やがて部屋の中から入室を許可する声が聞こえた少女はおずおずと扉を開き中へと踏み込んだが、ソコで驚きの表情と共に固まった。恐る恐る部屋へと入ったフォルの目に留まったのは熟睡する伊佐凪竜一の姿と、その隣から何か小さいコードを長く伸ばすツクヨミの姿。
その彼女はよほど伊佐凪竜一の傍を離れたくないらしいのか、よく見れば小さなコードの他に幾つものコードをボディ側面から伸ばし、乱雑に脱ぎ捨てられたたスーツの皺を丁寧に伸ばしたり湯を沸かしコーヒーを淹れていたりと実に雑多な働きをしている。
「どうされたのですか?」
まぁ、どう見ても異様であるから少女が驚くのも無理からぬ話だ。が、しかし少女はその異様な光景の1つ、疲れが取り切れていない伊佐凪竜一の様子に気づくと傍らのツクヨミに囁くかの如くそっと声を掛けた。
「夜襲を警戒してずっと起きていました。寝たのはつい3時間ほど前です」
「そうでしたか、申し訳ございません。ところで、あの……それは?」
フォルはそう言うとその次に気になった光景を指さした。少女の陶磁器の様に白く細い指が指し示すのはツクヨミから伸びたコードであり、それは伊佐凪竜一の耳にまで伸びている。
「有線式のイヤホンです、彼の睡眠学習の為につけて貰いました」
伊佐凪竜一の耳元に座るツクヨミは小さな声でフォルの問いに応える。隣で寝る男を起こすまいとひそひそと会話を続けるという涙ぐましい努力などしないで外にでも出れば良いのに、私はそんな事を考えるのだがツクヨミは頑として動かない。
その余りにも非合理的な判断を見れば、且つて地球の為に甲斐甲斐しく振る舞った神としての姿など微塵も感じさせないが、一方で何となくだが生き生きとしている様にも見える。コレが今の彼女の願いなのだろう。
「成程、でも劇的な効果は無かったと記憶しているのですが?」
「確かに寝ているだけで全ての情報を正確に記憶できるわけではありません。しかし出来ない訳でもありません、研究及び論文は一定の成果を認めています。今の彼には時間が足りなすぎるので、こうした形の"訓練"も必要なのです」
「そうですね。大変です……本当に」
ツクヨミがそう教えると、伊佐凪竜一の置かれた状況を僅かに知ったフォルは消え入りそうな声でそう呟いた。その心境の変化に教えたツクヨミは困惑したが、さりとて問題解決の糸口は見えず何も言えず、2人と1機が占有するには余りにも大きな寝室に聞こえるのは列車が揺られる音と静かな寝息だけとなった。が……
「おーっス!!起きてるか?飯いこうぜ。ソレから本来なら止まらない場所だ、観光行くぞ観光!!」
フォルとツクヨミの間に漂う奇妙な空気をアックスが無遠慮にぶち壊した。扉を豪快に開け放った男の顔は楽しそうで嬉しそうで、だからこそ2人の意識は繊細さの欠片もない態度に我を忘れた。
「う……頭痛ぇ」
「ナギ、大丈夫ですか?」
「あの、アックス様。少々デリカシーに欠けると思います」
「そうです!!気を付けてください」
「何だよ……何だよ……そんな責めなくてもいいじゃん……」
事情を良く知らないアックスは女性陣から冷めた視線を送られながら部屋を追い出された。その背中はとても寂しく、昨日果敢に敵の襲撃を凌いだ雄姿を感じ取る事は出来なかった。
※※※
――連合標準時刻:火の節 85日目 昼
翌日。そのまま列車で揺られ丸一日以上が経過した。あれ以降敵が襲ってくることは無く、傍目にはタダの観光客にしか見えない状態が続いた。私はフォルと名乗った少女を見た。
少女はこの星が忌々しささえ覚える程に見慣れた景色に目の色を輝かせており、その様子を見ればあの少女は何処にでもいるタダの少女にしか見えないし、その少女を逐一気に掛ける伊佐凪竜一なる男も従者そのものだ。
しかしアックスはそう考えていない。少なくとも彼はこの凸凹コンビ+オマケの1機の関係性はそう単純では無い事を悟っている。両者の服装は違和感を覚える程度には違っているのがその根拠の中心。少女がまるでお姫様かお嬢様といった感じなのは納得いく話だとしても、それに付き従う彼の服装は屋敷で働く執事とは違うもっとラフな服装に近く微妙なズレを感じ取るには十分だ。
伊佐凪竜一とフォル=ポラリス・アウストラリスは別々の星の住人と考えれば辻褄が合う。アックスは恐らくそう考えている筈だが、しかしそれ以上を理解する事は出来ない。一方で彼はこの短い旅の中で少なくとも伊佐凪竜一をある程度信頼している様子も見せている。故に彼はそれ以上の疑問を心の中に仕舞いこむと暇そうにする伊佐凪竜一とカードを始めた。
信頼できるという事実だけで十分だと言わんばかりに絡んでいくその様子は最早仲の良い友人と言った雰囲気すら感じる。そんな3名とは対照的にツクヨミだけが何事かを考えている。恐らく昨日の昼過ぎに緊急停車したサウスウエスト=ウッド駅での出来事が関係しているのだろう。
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