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第3章 邂逅
55話 黄金郷
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――連合標準時刻:火の節 83日目 昼
物資補給の為に南部首都サウスウエスト=ウッドで一時停車したノースト鉄道所有超豪華観光列車"黄金郷"に搭乗した一行は、そのまま終点である経済特区を目指す。
豪華観光列車と銘打つだけあり、車内はさながら高級ホテルの様な様相を呈している。夕日に面した側の壁は半面、あるいは全面がガラス窓になっており、床は豪華で踏みしめれば弾力を感じる高級な絨毯、天井や壁面は白く美しい材質で作られており光沢を放っている。
それまで薄汚れた雑踏を歩いてきた一行、特に少女は圧倒的な美しさに目を丸くしていたが、そんな少女が何より気に入ったのは窓の外から眺める沈まない恒星。
アックスと各車両に1人配置されたボーイに案内された客室の夕日に面した壁も一般的な列車とは違い、より景色を堪能できるようにとの計らいで膝上から天井辺りまでが強化ガラス製の窓が取り付けられている。嵌め殺しで窓を開ける事こそ叶わないが、それでもその雄大で幻想的な赤に染まった景色はまるで巨大なスクリーンに映し出された映像の様に人の目に映るようで、今も尚多くの愛好家がこの景色を堪能する為に訪れる。
そんな観光客を魅了して止まない光景はさぞ格別で、同時にまだ幼い心を捉えたのだろう。スーツの青年も、その膝の上に乗る奇妙な形をした機械の言葉も聞こえない位にジッと、時折溜息を洩らしながら少女は夕日を眺め続けた。
※※※
時折揺れるガタンゴトンという音を除けば部屋には物音一つ無い、しかしその雰囲気は女性側……少女と奇妙な機械は大いに堪能しているようだが、対するスーツの男にはいささか退屈である様子。熱心に眺めていたのは最初だけ、暫くもすればウトウトと眠り始めてしまった。が、夢の中へと誘われようとしたその時、それを邪魔するかの如く一等客室の扉を誰かが力いっぱい開け放った。
「よう、暇か?」
「ン……よう」
「何だよ、なんでそんな腐った目ぇしてんだよ。もっと堪能しろよ、高いんだぞココ」
"ちょっと用がある"と、そう言って席を離れていたアックスが客室の豪奢な扉を足で無遠慮に開け放つと、一番手前にいた青年の態度に不満の声を漏らした。最初こそ少女と同じく外の景色に見惚れていた青年は、流石に変わり映えしない景色に飽きてしまったようだ。
「オイオイ張り合いがねぇな、まぁそれよりもホラ」
アックスはそう言うと両手に持った2つの皿を誇らしげに見せた。その白い皿の上には良い香りを放つ肉料理と、鮮やかな見た目の野菜と海産物の盛り合わせが乗っていた。白い皿に盛り付けられた赤茶色の肉の山、そして同じく白い皿に丁寧に盛りつけ盛り付けられた緑の野菜を彩る鮮やかな赤色のエビ、そしてその2皿を彩るソース、それら全てが放つ香しい匂い、全てを堪能した少女の意識は久方ぶりに夕日から移り、青年はそれまでの眠気など何処へやらとばかりに覚醒した。
「腹減ったろ?」
男は屈託ない笑顔でそう言い放った。
「ありがとうございます」
「そう言えばそんな時間か、ありがとう」
アックスから野菜サラダを受け取った少女は満面の笑みで礼を述べ、青年もまた素直に礼を言うと山盛りの肉が乗った皿を受け取った。
「コレはサウストビーフを使用したローストビーフ、コチラはサウストシーシュリンプと海藻のサラダです。いずれも美味と評判の品です」
「良く知ってるね」
「貴方より頂いたパンフレットを熟読しましたので。それにしても素晴らしいですねこの景色と列車は。先ず……」
「あぁ、その話も大事なんだがな。その前によぉ。食べながらでいいんだが……」
食事と言う機能が無い機械が料理や黄金郷に関する蘊蓄を披露しようとした矢先、アックスはその行動を強く制止した。話が長くなりそうだと察したのだろう。
「何でしょうか?」
「いや、今更こんな事言うのも何だが……」
ツクヨミはたいそう不満げな口調でアックスを見上げると、彼は突然神妙な顔つきになった。その雰囲気にただならぬ何かを察した2人は食事の手を止め、機械はジッと男を見つめる。
「何だ?」
「いや、自己紹介……しない?」
が、次の瞬間にはそれまでの神妙な顔色を崩しながらそう提案した。夕日に照らされたその顔は屈託の無い笑顔に溢れていた。
「「「あ……」」」
暫しの後、全員が気付いた。今の今まで自分達の名前を全く教えていない事に。列車の揺れるガタンゴトンという音だけが一等客室内に響き渡った。窓から照らす夕焼けに映し出された2人の表情は……何というか間抜けそのものであり、残る1機は無言で全員を見つめていた。
※※※
「フォル=ポラリス・アウストラリスです。アックス様、どうぞよろしくお願いいたします」
少女が殊更に丁寧な挨拶と共に深くお辞儀をすると、対面に居るアックスは何とも気まずい表情を浮かべた。彼はこう言った丁寧な対応をされるのがどうにも苦手なのだ。それが1度自分を完敗させた少女となれば尚の事。
「どうもご丁寧に。コチラこそよろしく。で、アンタは?」
「伊佐凪竜一。よろしく」
「あぁ、よろしくな」
スーツの男が簡潔に名乗りぶっきらぼうに握手を求めると、その隣に座っていたアックスは反射的にその手を握り返した。
「私の名はツクヨミです、伊佐凪竜一を公私に渡りサポートする事が主な役目です」
「どうもよろしくな、ツクヨミちゃん。さて、俺の名前は昨日軽く名乗ったが改めて紹介しようか。俺はアックス=G・ファーザー、アックスかアクスって呼んでくれや。で、ゴールデンアックスって小さな組織のボスをやらせてもらってる、こんなでもな」
「より正確にお願いします」
「嘘じゃないぜ?」
「貴方の所属する組織自体は小さいようですが、しかし貴方は"マフィア"と呼ばれる組織を幾つも束ねていますね。実行支配は各組に任せているようですけど、貴方はその纏め役として辣腕をふるっているそうで、中心人物として相応以上の発言力と影響力があると評されていました」
「何処で知ったんだ?アイツ等か?」
「いえ、昨日フォルが見つけた新聞にその様な情報が載っていました。なんでも近日中に対抗組織"ギャング"と共同する形で国と抗争に入りそうだ、そんな内容もありましたね」
ツクヨミが思わぬ情報を持っていると知ったアックスはそれまでの他愛ないやり取りから一転、黙り込んでしまった。屈託ない笑みも真顔に戻っている。態度の変化の理由は"黙っておこうと思った情報をツクヨミが知っていたから"であり、だからこそ自分の素性が暴露されたことに驚き焦った。
言いたくなかった理由はそう難しくない、マフィア組織のボスと言う肩書きは他者に大きな威圧感を与えると知っているからだ。彼は時折子供っぽかったり怒りやすかったりといった性格が顔を覗かせるが基本的に実直な部類に入る。それは彼の人となりを知った大勢の人間が"なんでマフィアなんてやってるんだ"と口に出す位である。が、そんな事情を異星の人間に理解できる筈も無い。
彼が新興組織"ゴールデンアックス"を興したのは今より10年ほど昔だったと記憶している。個人的な事情で表の世界に居られなくなった彼が故郷のノースイースト=ウッドからサウスウエスト=ウッドへやって来ると、それまで全く野放図でルール無用だったギャングの世界へと飛び込み、その世界の習慣を徹底的に見直し、厳格な上下関係とルールはそのままにより効率的合理的な運営を導入、マフィアとして再編成した。
コスト削減、人員の管理、各種効率化の方法をさながら企業と思えるほどに徹底させた結果、"ゴールデンアックス"の勢力は瞬く間に拡大した。当然ソレは目立ち、故に当然の如く潰される流れとなるのだが……近隣のギャング達は彼らに対抗しようとしたが結局叶わず、かといって力ずくでの対処もアックスの奸計と実力の前に阻まれ多くは瓦解、吸収されていった。
彼の組織において最も厳格に遵守しなければならないルールが存在する。それは"法は犯しても一般人を絶対に殺してはならない"というルールだ。彼は自らの部下と協力体制を築いた組織にそのルールを絶対遵守させた。最初は多くの組織が笑ったが、しかし後に多くのギャング達はこれこそが"ゴールデンアックス"最大の武器である事を思い知る事になった。
そのルールを遵守させるアックスと言う男は、法を破るマフィアの長という立場にありながら市民からの支持が異常に高かった。コレがどういう意味をもたらすか。市民達がこぞって、しかも自主的に彼の味方をし始めた。それは彼の組織に実質市民達が参入しているのと同義だった。
どんな些細な情報であっても市民達を通し彼に伝わり、彼の悪だくみが露見しそうになると誰もが協力するので捜査の手から巧みに逃れる事が出来る。そうして彼の組織だけが莫大な利益を上げる。だがそれに甘んじることなく彼は自らの足で方々に出向き直接交渉までも行った。アックス=G・ファーザーという男は大抵の人間と良好な関係を築ける程度には交渉スキルも高かった。では、そんな彼は如何なる犯罪を犯しているのか。それも実は単純で、密造酒の製造を行っているのだ。
現在、この星には禁酒法(※1)という惑星固有法が存在する。アックスが"ゴールデンアックス"という組織を立ち上げたのと同じ頃の話だ。ノースト鉄道公社の代表を中心とした富裕層が労働意欲低下の原因であるという尤もらしい理由を付け強引に成立させた悪法だ。連合からの批判を押しのけてまで強行採決させたのに、それは皮肉にも徹底した管理の元で酒の密造を行うゴールデンアックスの勢力を大きく拡大する事に貢献した。
古いしきたり囚われた非効率なギャングの因習を徹底排除しビジネス組織として再編成した手腕、更に年齢性別にこだわらず有能な人物を即採用するなど合理性を追求する頭脳、そして天下の悪法"禁酒法"という追い風。実力と運を味方に勢力を拡大した彼の名はサウスウエスト=ウッドに知らぬ者無しと噂されるまでに広がった。それはマフィアとしてもそうだが、それ以上に信頼できる人間として、である。
「参ったね、まぁ嘘じゃないと言えばそうか。ある程度の組織を纏めているのは事実だよ。抗争は……まぁ今んところはデマだけどな。とは言えアチコチで鬱憤が溜まってるから、何れ誰かがドカンとやらかすかもな。黙っていたのはさ、あんまりいい真似をしてるわけじゃないから言い辛かったんだよ。其処は理解して欲しいね」
「酒ですか?」
「ツクヨミちゃんは鋭いねぇ。そうだよ、禁酒法が制定されて以降この星では例外区域以外で製造販売飲酒全部がご法度になっちまってるんだ。で、俺はそれを密造してこっそり売りさばいてるって訳。あ、言っとくけどそれ以外は何もしてないぞ!!」
ツクヨミに看破されたアックスは、観念したとばかりに自分の商品について語り始めた。密造酒。それが彼の莫大な利益を支える源泉である、と。
「じゃあお前、俺に酒飲ませたアレ、実は駄目なんじゃないのか?」
だが伊佐凪竜一はアックスの説明の中にしれっと混ざっていた"飲酒が違法"という内容を聞くや大いに驚いた。彼は昨晩、アックスに促されるままに酒を煽っていた事実を思い出すと同時に声を荒げたが、当の本人は"ワハハッ、まぁ落ち着けよ"と、何とも他人事のように大笑いしながら彼の肩をバシバシと叩いた。そんな軽薄な態度を見た一行は大いに呆れ、同時にこれまで理知的だと思っていたアックスの一面に困惑する。
「俺、危うく犯罪者になるところだったのか?」
「まぁまぁ落ち着けよ。一杯飲むか?」
「この流れでどうしてそうなる!?」
「ココがその例外区域の1つだからだよ」
と、ココでアックスが幾つか彼等の知らない情報を暴露した。
「そうなんですか?」
「あぁ、後は特区だな。で、さっきの話の続きだけどな、厳密に言えば観光客が酒飲んでも捕まらないんだよ。事情を知らない観光客に酒飲ませて脅迫する行為が横行しちまったせいでな。因みに俺はそんな不作法させなかったけどな」
立て続けにアックスは昨日の件も問題が無いことを伊佐凪竜一に教えた。彼の言葉通り、宜しくない連中と言うのは手段を選ばない真似を平然と行う。観光客向けに酒を提供し、犯罪だと教え、金を幾らかふんだくる。だがそうすれば客足が遠のくのは必然であり、稀に見る異例の速度で法改正が行われた結果、観光客に限り飲酒は適法とされたのはそう遠くない昔の出来事だ。
「そう言う事は早く言えよ」
「貴方はもしやその手法を教える為に?」
「さあてな」
アックスは相も変わらず飄々とした態度を崩しながらも、しかし照れ臭かったのか帽子を目深に被り直した。フォルと伊佐凪竜一はその仕草に何とも言えない子供っぽさと、同時に信頼に足る確かな何かを感じったのか、黙って料理を口に運び始めた。
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(※1)第3章の用語辞典に禁酒法に関する記載を追加しました。
物資補給の為に南部首都サウスウエスト=ウッドで一時停車したノースト鉄道所有超豪華観光列車"黄金郷"に搭乗した一行は、そのまま終点である経済特区を目指す。
豪華観光列車と銘打つだけあり、車内はさながら高級ホテルの様な様相を呈している。夕日に面した側の壁は半面、あるいは全面がガラス窓になっており、床は豪華で踏みしめれば弾力を感じる高級な絨毯、天井や壁面は白く美しい材質で作られており光沢を放っている。
それまで薄汚れた雑踏を歩いてきた一行、特に少女は圧倒的な美しさに目を丸くしていたが、そんな少女が何より気に入ったのは窓の外から眺める沈まない恒星。
アックスと各車両に1人配置されたボーイに案内された客室の夕日に面した壁も一般的な列車とは違い、より景色を堪能できるようにとの計らいで膝上から天井辺りまでが強化ガラス製の窓が取り付けられている。嵌め殺しで窓を開ける事こそ叶わないが、それでもその雄大で幻想的な赤に染まった景色はまるで巨大なスクリーンに映し出された映像の様に人の目に映るようで、今も尚多くの愛好家がこの景色を堪能する為に訪れる。
そんな観光客を魅了して止まない光景はさぞ格別で、同時にまだ幼い心を捉えたのだろう。スーツの青年も、その膝の上に乗る奇妙な形をした機械の言葉も聞こえない位にジッと、時折溜息を洩らしながら少女は夕日を眺め続けた。
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時折揺れるガタンゴトンという音を除けば部屋には物音一つ無い、しかしその雰囲気は女性側……少女と奇妙な機械は大いに堪能しているようだが、対するスーツの男にはいささか退屈である様子。熱心に眺めていたのは最初だけ、暫くもすればウトウトと眠り始めてしまった。が、夢の中へと誘われようとしたその時、それを邪魔するかの如く一等客室の扉を誰かが力いっぱい開け放った。
「よう、暇か?」
「ン……よう」
「何だよ、なんでそんな腐った目ぇしてんだよ。もっと堪能しろよ、高いんだぞココ」
"ちょっと用がある"と、そう言って席を離れていたアックスが客室の豪奢な扉を足で無遠慮に開け放つと、一番手前にいた青年の態度に不満の声を漏らした。最初こそ少女と同じく外の景色に見惚れていた青年は、流石に変わり映えしない景色に飽きてしまったようだ。
「オイオイ張り合いがねぇな、まぁそれよりもホラ」
アックスはそう言うと両手に持った2つの皿を誇らしげに見せた。その白い皿の上には良い香りを放つ肉料理と、鮮やかな見た目の野菜と海産物の盛り合わせが乗っていた。白い皿に盛り付けられた赤茶色の肉の山、そして同じく白い皿に丁寧に盛りつけ盛り付けられた緑の野菜を彩る鮮やかな赤色のエビ、そしてその2皿を彩るソース、それら全てが放つ香しい匂い、全てを堪能した少女の意識は久方ぶりに夕日から移り、青年はそれまでの眠気など何処へやらとばかりに覚醒した。
「腹減ったろ?」
男は屈託ない笑顔でそう言い放った。
「ありがとうございます」
「そう言えばそんな時間か、ありがとう」
アックスから野菜サラダを受け取った少女は満面の笑みで礼を述べ、青年もまた素直に礼を言うと山盛りの肉が乗った皿を受け取った。
「コレはサウストビーフを使用したローストビーフ、コチラはサウストシーシュリンプと海藻のサラダです。いずれも美味と評判の品です」
「良く知ってるね」
「貴方より頂いたパンフレットを熟読しましたので。それにしても素晴らしいですねこの景色と列車は。先ず……」
「あぁ、その話も大事なんだがな。その前によぉ。食べながらでいいんだが……」
食事と言う機能が無い機械が料理や黄金郷に関する蘊蓄を披露しようとした矢先、アックスはその行動を強く制止した。話が長くなりそうだと察したのだろう。
「何でしょうか?」
「いや、今更こんな事言うのも何だが……」
ツクヨミはたいそう不満げな口調でアックスを見上げると、彼は突然神妙な顔つきになった。その雰囲気にただならぬ何かを察した2人は食事の手を止め、機械はジッと男を見つめる。
「何だ?」
「いや、自己紹介……しない?」
が、次の瞬間にはそれまでの神妙な顔色を崩しながらそう提案した。夕日に照らされたその顔は屈託の無い笑顔に溢れていた。
「「「あ……」」」
暫しの後、全員が気付いた。今の今まで自分達の名前を全く教えていない事に。列車の揺れるガタンゴトンという音だけが一等客室内に響き渡った。窓から照らす夕焼けに映し出された2人の表情は……何というか間抜けそのものであり、残る1機は無言で全員を見つめていた。
※※※
「フォル=ポラリス・アウストラリスです。アックス様、どうぞよろしくお願いいたします」
少女が殊更に丁寧な挨拶と共に深くお辞儀をすると、対面に居るアックスは何とも気まずい表情を浮かべた。彼はこう言った丁寧な対応をされるのがどうにも苦手なのだ。それが1度自分を完敗させた少女となれば尚の事。
「どうもご丁寧に。コチラこそよろしく。で、アンタは?」
「伊佐凪竜一。よろしく」
「あぁ、よろしくな」
スーツの男が簡潔に名乗りぶっきらぼうに握手を求めると、その隣に座っていたアックスは反射的にその手を握り返した。
「私の名はツクヨミです、伊佐凪竜一を公私に渡りサポートする事が主な役目です」
「どうもよろしくな、ツクヨミちゃん。さて、俺の名前は昨日軽く名乗ったが改めて紹介しようか。俺はアックス=G・ファーザー、アックスかアクスって呼んでくれや。で、ゴールデンアックスって小さな組織のボスをやらせてもらってる、こんなでもな」
「より正確にお願いします」
「嘘じゃないぜ?」
「貴方の所属する組織自体は小さいようですが、しかし貴方は"マフィア"と呼ばれる組織を幾つも束ねていますね。実行支配は各組に任せているようですけど、貴方はその纏め役として辣腕をふるっているそうで、中心人物として相応以上の発言力と影響力があると評されていました」
「何処で知ったんだ?アイツ等か?」
「いえ、昨日フォルが見つけた新聞にその様な情報が載っていました。なんでも近日中に対抗組織"ギャング"と共同する形で国と抗争に入りそうだ、そんな内容もありましたね」
ツクヨミが思わぬ情報を持っていると知ったアックスはそれまでの他愛ないやり取りから一転、黙り込んでしまった。屈託ない笑みも真顔に戻っている。態度の変化の理由は"黙っておこうと思った情報をツクヨミが知っていたから"であり、だからこそ自分の素性が暴露されたことに驚き焦った。
言いたくなかった理由はそう難しくない、マフィア組織のボスと言う肩書きは他者に大きな威圧感を与えると知っているからだ。彼は時折子供っぽかったり怒りやすかったりといった性格が顔を覗かせるが基本的に実直な部類に入る。それは彼の人となりを知った大勢の人間が"なんでマフィアなんてやってるんだ"と口に出す位である。が、そんな事情を異星の人間に理解できる筈も無い。
彼が新興組織"ゴールデンアックス"を興したのは今より10年ほど昔だったと記憶している。個人的な事情で表の世界に居られなくなった彼が故郷のノースイースト=ウッドからサウスウエスト=ウッドへやって来ると、それまで全く野放図でルール無用だったギャングの世界へと飛び込み、その世界の習慣を徹底的に見直し、厳格な上下関係とルールはそのままにより効率的合理的な運営を導入、マフィアとして再編成した。
コスト削減、人員の管理、各種効率化の方法をさながら企業と思えるほどに徹底させた結果、"ゴールデンアックス"の勢力は瞬く間に拡大した。当然ソレは目立ち、故に当然の如く潰される流れとなるのだが……近隣のギャング達は彼らに対抗しようとしたが結局叶わず、かといって力ずくでの対処もアックスの奸計と実力の前に阻まれ多くは瓦解、吸収されていった。
彼の組織において最も厳格に遵守しなければならないルールが存在する。それは"法は犯しても一般人を絶対に殺してはならない"というルールだ。彼は自らの部下と協力体制を築いた組織にそのルールを絶対遵守させた。最初は多くの組織が笑ったが、しかし後に多くのギャング達はこれこそが"ゴールデンアックス"最大の武器である事を思い知る事になった。
そのルールを遵守させるアックスと言う男は、法を破るマフィアの長という立場にありながら市民からの支持が異常に高かった。コレがどういう意味をもたらすか。市民達がこぞって、しかも自主的に彼の味方をし始めた。それは彼の組織に実質市民達が参入しているのと同義だった。
どんな些細な情報であっても市民達を通し彼に伝わり、彼の悪だくみが露見しそうになると誰もが協力するので捜査の手から巧みに逃れる事が出来る。そうして彼の組織だけが莫大な利益を上げる。だがそれに甘んじることなく彼は自らの足で方々に出向き直接交渉までも行った。アックス=G・ファーザーという男は大抵の人間と良好な関係を築ける程度には交渉スキルも高かった。では、そんな彼は如何なる犯罪を犯しているのか。それも実は単純で、密造酒の製造を行っているのだ。
現在、この星には禁酒法(※1)という惑星固有法が存在する。アックスが"ゴールデンアックス"という組織を立ち上げたのと同じ頃の話だ。ノースト鉄道公社の代表を中心とした富裕層が労働意欲低下の原因であるという尤もらしい理由を付け強引に成立させた悪法だ。連合からの批判を押しのけてまで強行採決させたのに、それは皮肉にも徹底した管理の元で酒の密造を行うゴールデンアックスの勢力を大きく拡大する事に貢献した。
古いしきたり囚われた非効率なギャングの因習を徹底排除しビジネス組織として再編成した手腕、更に年齢性別にこだわらず有能な人物を即採用するなど合理性を追求する頭脳、そして天下の悪法"禁酒法"という追い風。実力と運を味方に勢力を拡大した彼の名はサウスウエスト=ウッドに知らぬ者無しと噂されるまでに広がった。それはマフィアとしてもそうだが、それ以上に信頼できる人間として、である。
「参ったね、まぁ嘘じゃないと言えばそうか。ある程度の組織を纏めているのは事実だよ。抗争は……まぁ今んところはデマだけどな。とは言えアチコチで鬱憤が溜まってるから、何れ誰かがドカンとやらかすかもな。黙っていたのはさ、あんまりいい真似をしてるわけじゃないから言い辛かったんだよ。其処は理解して欲しいね」
「酒ですか?」
「ツクヨミちゃんは鋭いねぇ。そうだよ、禁酒法が制定されて以降この星では例外区域以外で製造販売飲酒全部がご法度になっちまってるんだ。で、俺はそれを密造してこっそり売りさばいてるって訳。あ、言っとくけどそれ以外は何もしてないぞ!!」
ツクヨミに看破されたアックスは、観念したとばかりに自分の商品について語り始めた。密造酒。それが彼の莫大な利益を支える源泉である、と。
「じゃあお前、俺に酒飲ませたアレ、実は駄目なんじゃないのか?」
だが伊佐凪竜一はアックスの説明の中にしれっと混ざっていた"飲酒が違法"という内容を聞くや大いに驚いた。彼は昨晩、アックスに促されるままに酒を煽っていた事実を思い出すと同時に声を荒げたが、当の本人は"ワハハッ、まぁ落ち着けよ"と、何とも他人事のように大笑いしながら彼の肩をバシバシと叩いた。そんな軽薄な態度を見た一行は大いに呆れ、同時にこれまで理知的だと思っていたアックスの一面に困惑する。
「俺、危うく犯罪者になるところだったのか?」
「まぁまぁ落ち着けよ。一杯飲むか?」
「この流れでどうしてそうなる!?」
「ココがその例外区域の1つだからだよ」
と、ココでアックスが幾つか彼等の知らない情報を暴露した。
「そうなんですか?」
「あぁ、後は特区だな。で、さっきの話の続きだけどな、厳密に言えば観光客が酒飲んでも捕まらないんだよ。事情を知らない観光客に酒飲ませて脅迫する行為が横行しちまったせいでな。因みに俺はそんな不作法させなかったけどな」
立て続けにアックスは昨日の件も問題が無いことを伊佐凪竜一に教えた。彼の言葉通り、宜しくない連中と言うのは手段を選ばない真似を平然と行う。観光客向けに酒を提供し、犯罪だと教え、金を幾らかふんだくる。だがそうすれば客足が遠のくのは必然であり、稀に見る異例の速度で法改正が行われた結果、観光客に限り飲酒は適法とされたのはそう遠くない昔の出来事だ。
「そう言う事は早く言えよ」
「貴方はもしやその手法を教える為に?」
「さあてな」
アックスは相も変わらず飄々とした態度を崩しながらも、しかし照れ臭かったのか帽子を目深に被り直した。フォルと伊佐凪竜一はその仕草に何とも言えない子供っぽさと、同時に信頼に足る確かな何かを感じったのか、黙って料理を口に運び始めた。
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(※1)第3章の用語辞典に禁酒法に関する記載を追加しました。
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