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第3章 邂逅

47話 夕日の沈まぬ世界で 其の3

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 ――南部首都サウスウエスト=ウッド 郊外。
 
 2人と1機がまだ明かりのついたこじんまりとした店へと足を踏み入れていったのは今より僅か数分前の事。中の様子を窺ってみれば武器と農具という、悪く言えば節操のない品揃えをした店を営む恰幅の良い店主に食い下がる青年の姿が確認出来た。

「やはり無理ですか?」
 
「何度言われてもこればかりは力になれない、済まないねぇ」

「いえ、無理を言ったのは此方の方ですからお気になさらないでください」

 何かを要求した青年に対する店主はバツが悪そうな表情でそう答えた。それは当然の答えだったが、青年の目にも態度にも落胆の色は無い。短いながらもここまでの足取りから現状を察したのだろう。

「こんな時期でもなけりゃァな」

 店主はそう言うと自分が苦労して作り上げたであろう幾つかの武器から1つを手に取ると寂しげに眺め始めた。この店には無数の武器が置かれていた。黒光りする銃は見た目こそ簡素ながらも堅実に造られたリボルバータイプの銃や単発式のライフルが確認できる。一方、ナイフと剣を見ればスラリと伸びた刃が店内の簡素な照明を反射し美しい煌めき放っている……が、やはり個人の製造には限界がある。

 美しく黒い光沢を放つ銃と比較すればナイフや剣はどうにも品質的に見劣りする上に武器としての性能も違い過ぎる為か、並んだ商品にはうっすらと埃が被っている。とは言えこれでも護身用としては十分な役目を担ってくれるであろう事実は、この簡素な店が未だに潰れずに残っている事からも窺える。そんな商品が並ぶ光景を呆然と眺めていたスーツの青年は視界の端に映った違和感を口に出した。

「農具?農具も作ってるんですか?」

 青年の視界の先、店の端っこの目立たない位置には幾つものくわすきなどの農具が並んでいた。店内の目立つ位置を占める武器と比較すれば明らかに異質だ。
 
「あぁ、違うよ。本職はそっちさ。だけども今情勢がどうにも不安定でね。それに其ればっかじゃ食ってけないってんで仕方なくコッチに手を出したのさ。もうすぐ戦いが始まるってぇんでこうして見様見真似で武器作ったり仕入れたりしたんだがな」

 店主はそう言うと手に取っていた一丁の銃をポンと叩いた。

「あ、あの。何か起こるのでしょうか?私もし……し、趣味でよく他星系の情報を収集しておりますが、しかしこの星にこんなたくさんの武器が必要な事態が起きるなんて聞いた事もありません。それに連合法にも違反しています」

「お嬢さんは立派だねぇ。だけど世の中には遠くからでは分からない事ってのがあるモンさ。文字や写真や映像、一瞬で遥か遠くにまで情報を送れるようになっても絶対に届けられない送れないモンがあるのよ」

「あ、あの。それは何でしょうか?」

 少女の質問に店主が悲し気にそう答えると、少女は何故かその言葉に食いついた。
 
「感情さ。俺達が感じてる不満、鬱憤みたいな感情だけは何をどうしても送れねぇんだよ。だから遠くにいる奴らは何も分かんねぇ……オット、お嬢さんを責めている訳じゃないよ」
 
「感情……」
 
「もう限界なのさ、誰もがね。200年近く前にカガセオ連合ってのが宇宙からやって来た、そん時は誰もがクソッたれな時代と星におさらば出来ると信じてた。事実、その時起きてた北と南の戦争は呆気なく終了しちまった。スサノヲってぇ出鱈目な力を持ったヤツ等が僅か10人足らずで10万以上の戦力をあっさり降伏させたってぇ聞いた時には誰もが奇跡を信じたそうだよ。だけど結局それから先も何ら変わらなかった。力で支配されたのが金で支配されるのに代わっただけ。で、それがとうとう限界にまで来ちまった。この星の生命線である列車を牛耳っちまったノーストとサウストの奴らが他星系からの恩恵を独占しちまったもんだからな。その上また税金を上げるって話まで出てよ、とうとう一斉蜂起しようって事態が水面下で進行してるんだよ」
 
「そんな……ここでも……」
 
「ここでも?お嬢さん達一体何処から来なさったんで?」
 
「あ……いえ、あの、その……」
 
「地球です。半年以上前に地球でも大きな戦いが有りまして、俺もそれに巻き込まれたんですよ」
 
「チキュウ?チキュウ、チキュウ……あぁ、あぁ思い出したよ!!確かにそう、そんな名前だ!!駅前のニュースで親父達と見たよ。誰もが信じられないって暫くこの話題で持ちきりだったなぁ、何せ連合最強と言われるあのスサノヲ擁する旗艦アマテラスが敗北間際まで追い込まれたってんだからねぇ」

 その言葉にスーツの青年と足元を転がる機械は動きを止めた。言い知れぬ雰囲気が店内を包んだが、その正体が分からない店主はしまったという表情を浮かべ、少女はオロオロしている。

「あぁ済まない、嫌な事を思い出させたようだ。詫び代わりと言っては何だけど、武器を1つ持ってきなよ。この辺りはちょいと物騒で皆護身用に1つは持ってるんだが、君達見たところ観光客だから持ってはいないだろう?」
 
「え、いやそれは流石に」
 
「コレも何かの縁だろうし、泊めてやれないせめてもの詫びだと思ってくれ」
 
「済みません、でも大丈夫です。ホラ」

 店主の申し出は本来ならば非常にありがたい筈だし、当人も相当の身銭を切っている。だが青年は申し訳なさそうに店主の申し出を断ると同時に1枚のプレートを取り出した。握りしめられたプレートに幾つもの光の筋が浮かび上がると灰色の光と共に剣の柄へと変わり、そして更に柄から美しい刃が形成された。

「ソイツは連合の……ならいらぬ世話だったかな。流石に旗艦の技術と比較しちまうと俺の商品なんてなぁ、ハハハ……」

 青年の武器を見た店主は力無く笑った。確かに連合最高峰の品質を誇る旗艦の武器と片手間に武器を作る一回の鍛冶屋の武器など天と地ほどの差がある。

「あの、でもコレ凄く綺麗ですよ」

 しかし少女がその笑いを遮った。

「綺麗なだけさ」
 
「いえ違います。あの、こう上手く説明できないのですが……このナイフとかカグツチが均等に満遍なく広がっているのに刃の部分は濃くなっていてとても綺麗です」

 私も店主も世間を知らない少女の拙い慰めだと思っていたが、少女は世辞ではない証拠に店頭に並べられた商品をそう評価した。驚いた。確かに店主の作った武器は少女の評した通り極めて精巧で高い技術を持って作られた一品ばかりだが、まさか一目で看破するとは恐れ入った。

「あぁ、最初見た時から気になってたけど凄い技術だよね。確かにカグツチの光が綺麗に揃ってる、ココまで綺麗で均一になってる物って滅多にお目に掛かれないって話だ。いや、お世辞じゃないよ」

 またもや驚いた。この青年も目利きが出来るのか。仲間からの報告ではそんな事は記載されていなかったが……随分と器用なものだと私は感心した。

「そうかい?いや若いのに随分と珍しい、君達見かけによらず目利きが出来るのか」

 店主は2人の言葉に目を大きく瞬かせながら二人を褒めた。目利きのある人間、即ち作品なり商品に籠められたカグツチを見抜く技術は先天的な要素が大きい。

 最も大きな要素は出生時のカグツチ濃度であり、高ければ高い程そう言った特殊な技能を開眼する可能性が高くなる。勿論低くても開眼するのだが、それには文字通り人生を捧げる程の弛まぬ努力が必要となる。店主は両者の出生にタダならない気配を感じ取ったようだ。

「ホントに凄いもんだよアンタ達は。俺達がガキん頃にも君達の様に目の利く職人がまだ大勢いたもんだが今やこの有様だ。俺の生業の研ぎ師兼鍛冶屋もこの不景気と治安悪化、それに銃なんて代物が急速に普及したせいで半ば引退状態さ。技術なんか有っても世界の変化には勝てないよ」
 
「あの……私が言うのもおかしいでしょうが、何時かきっと貴方の価値を理解してくれる方が現れますよ」

 少女はそう言葉をかけたが、一品物が安価な量産品に駆逐されるのはどうにもならない時代の流れだ。優れた技術もそれを見抜く目利きが活躍したのは遠い昔であり現在では必要とされない。今の世界に見捨てられたかの様な店主の自嘲染みた言葉を聞いた少女はすかさず店主を慰めた。その言葉に嘘偽りが無い事は少女の目を見れば良く理解できる。本心からそう思っているのだろうが、世間を良く知らぬが故の無知さの表出であろう。先ほどの目利きとは違い確たる根拠を示していないところから判断すれば明らかだ。

「ありがとうよ。こんな若い子達に励まされるようじゃ俺もマダマダだな」

 店主もまたその結論に辿り着いているが、しかしその本心を表に出さずただ少女に礼を述べた。頭を掻きながら笑うその仕草は嘘を必死で誤魔化しているのだろう。一方の少女はそんな店主の意図に気付く事なく朗らかな笑みを浮かべた。屈託の無い笑顔は純粋そのものであり、少女の人となりを現わしているようだ。

「ところでお客さん達、この星の事をナンも知らんのだろ?そうじゃなきゃあこの辺をうろつかないしな。この辺りに旅行客が来ようもんなら有り金根こそぎ奪われちまうから気ぃ付けろよ。アイツ等は連合法とか惑星固有法なんて代物気に掛けちゃあいねぇ。あぁ、そうそうひとつだけ……」

 店主はその後も親身に2人と1機を気に掛け幾つもの情報を提供した。この辺りを根城にしている札付きのギャング達の縄張りや遭遇した時の対処法、他星系からの一時渡航者がトラブルに会った際の保護施設の場所に至るまで色々だった。一晩の宿、仕事。そのどちらも提供できない代わりの情報を受け取った青年は、"必ず礼に来る"との言葉と共に一行を代表し頭を下げると店を後にした。
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