異世界お嬢様は世界最強の人型機動兵器と踊る(仮)

風見星治

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前編

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 何処とも知れぬ闇の中に爛々と青い輝きを放つ何かが漂う。ソレは闇の中に明滅しながら、当て所なく彷徨いながら、やがて光源の下へとたどり着いた。巨大な石を切り出し組み上げた床、壁、天井。その全てが僅かに発光する巨大な空間に姿を見せたのは…

 女。女だ。闇に輝く青い輝きの正体は透き通るような美貌を持つ女の瞳だった。また、身に纏う衣服も負けず劣らず。精細な刺繍が施された真紅のドレスは、完成度もさることながら女性特有の美しい流線形を見事に引き立て、また高貴な出自であることを雄弁に語る。が、そのドレスは彼方此方が泥で薄汚れ、ドレスから覗く白磁の肌には鮮血が伝う。光源の下に明らかとなった女を赤が彩る。ドレスの紅と、血の赤が。

「願いの為……足掻く者に……」

 淡い光の中に浮かび上がる女は力なくそう呻く。呟きながら、ゆっくりと、足と身体を引き摺りながら、光の射さぬ通路へと消失した。

 ※※※

 惑星アルタード。そう呼ばれる惑星の情勢はお世辞にも安定しているとは言い難い。最たる理由は魔物、魔獣と呼称される人外の存在。遥か昔、伝承に語られる戦争により産み落とされた異形の生命体達は終戦以後も逞しく生き続け、交配を繰り返し、纏まった数と力を手に入れるや再び人類に牙を剥いた。

 種の存亡、命を脅かす脅威を前に人類は持ち得るリソースの全てを戦いに注ぎ込まざるを得なくなった。結果、時間を掛け成熟する筈の文化文明は停滞を余儀なくされ、世界情勢は劣悪へと転げ落ちた。

「分かっているね、ルビー?」

「はい。ですが……」

「もう十分に待っただろう?これ以上の我儘はイセルベルク家当主としても許せるものではない。聞き分けなさい。彼以上の男、早々居るものではないぞ?」

「はい……」

 女は過去を思い出す。僅か数日前、20の誕生日と同時に父から告げられたのは婚約相手との正式な婚姻。気が進まなかった。貴族として生まれた以上、逃げられぬ運命と言う理由も含まれている。そう、逃げられない。例え婚姻を強引に拒否し、家を出たところで安全な場所が極端に少ないという残酷な現実を彼女はイヤと言う程に知っている。
 
 言わずもがな、原因は魔物だ。魔物とは星が生む魔力を効率よくエネルギーに転換する人造生命体の総称。遥か昔、伝承に語られる戦争末期に産み落とされた忌まわしき負の遺産。個体数を増やした魔物の群れは餌を求め人類の生活圏に侵入を始め、人の味を覚えられてしまったのは今より1000年ほど前まで遡った頃の話となる。故に安全な場所は少なく、人々の多くは魔物の襲撃に震え、眠れぬ夜を過ごす事となった。

 が、実は安全な場所もある。数少ない安全地帯、ソレは伝承に語られる戦争よりも更に大昔に大地を支配した巨人族が作り上げた巨大な都市群。気の遠くなるほど昔に造られたというのに今現在もその姿をはっきりと残す古の超巨大都市の遺跡、何時しか誰ともなく遺跡ダンジョンと呼ぶようになったその場所こそがアルタードにおいて唯一と言える安全地帯。

 山に、平地に、地下に、断崖に、あらゆる場所に造られた無人の都市遺跡を人々は求めた。安住の地を手に入れる為、何より……

「足掻く者に、幸運の女神は、微笑む」

 何度も同じ言葉を呟く女、ルビーの歩くこの場所もまた遺跡ダンジョンの1つ。

「こんな、こんなモノさえ見つからなければ……」

 掠れるような女の声が怨嗟に似た言葉を紡いだ。

 ※※※

「どうして!?」

 女の意識は再び過去へと繋がる。今度はつい数時間前。安住とは言い難い遺跡ダンジョンの外に建つイセルベルクの豪邸に女の、己の叫びが木霊したあの時へ。

「話が違う、と言っている」

「違う!!黙っていた訳ではないッ。本当に、つい数日前に入口が見つかったばかりなのだ!!」

 また別の叫び声が響く。ソレは冷徹な声色の男に向け言い訳をするが……

遺跡ダンジョンの秘匿、酷い裏切りですよ。アルナイト=イセルベルク」

「ち、ゴフッ」

 相対する男は言い訳さえ許さない。男は抜き身の剣をルビーの父、アルナイトの喉笛に躊躇いなく突き立てた。鮮血が喉から溢れ、赤い絨毯に濃い染みを描く。

「ご、に、げ……」

 父の今際の言葉はルビーへと向かった。最後の愛情か、親の責務か。逃げろ、と。しかし父はそう言い終える前にこと切れた。ルビーはその言葉に動く。反射的に、その言葉に弾き飛ばされる様に逃げ出していた。逃げてどうなるものか、逃げてどうするのか。先の事など考える暇さえ無く、今まで全力で走った事など無い彼女が、恐怖に、理不尽に、怒りに、感情に任せ家を飛び出したのは時間にして2時間ほど前の話となる。

 逃げながら彼女は生まれてから今までの人生を顧みる。決して悪い生まれでは無かった。聡明でややお人好しな父、厳しさと優しさを併せ持つ母、ちょっと生意気な妹。その妹だけ少し反目する事もあったが、それでも他の貴族王族とは違い血で血を洗うような争いなどとは無縁だった。

 領土だけが唯一のマイナス要素ではあったのだが、とは言え他と比較すれば十分な程に安全な位置にあった。広くはないが、交通の要衝にあたる場所であったが為に遺跡ダンジョンを所有する周辺の王族貴族からの加護も存分に受け取れた。

 が、その恩恵は僅か数日前に瓦解した。見つかってしまった。新たな遺跡ダンジョンが、よりにもよってイセルベルク家の領土内から。

 周辺国家はたちまち緊張に包まれる。魔物の侵入を容易く退けるダンジョンの堅牢性は当然ながら人類にも有用に働く。人はその中で営み、育み、商い、勢力を拡大してきた。詰まるところ、所有する遺跡ダンジョンの数は国家の安定、力、富と同義となる。だから何を差し置いても、どれだけ小規模であっても求めるのだ。例え、どんな手段を用いても、倫理を人道を常識を良心を、あらゆるものを投げ捨ててもだ。

 ルビーを襲った悲劇は珍しい話ではない。安定を。富を。浅ましいほどの欲望の前には倫理観も何もかもがホワイトアウトする。蹂躙し、簒奪さんだつし、独占を目論む欲望と言う毒牙が偶然にも彼女を襲ったという、それだけに過ぎないのだ。

 しかし、だからと言って運命だと割り切れなかった彼女はやぶれかぶれに遺跡ダンジョンへと逃げ込んだ。安全な場所などどこにも無い。それでも諦めないのは、彼女を生かすのは夢。遠い昔のお伽噺、初代イセルベルク家当主の冒険譚に胸打たれたから。全てを失い、1人世を流離さすらいながら、不屈の意志で全てを手に入れた女傑の冒険譚。幼き頃より父と母に聞かされた初代当主の背中は憧れを経て夢となった。が、現実は無常。夢は叶わず、やがて彼女は歩みを止めると力なく石畳の床にへたり込んだ。爛々と輝く瞳に力はなく、揺らぐ視線は灰色の天井を彷徨う。

 直後、ガラガラと何かが崩落する音と共に透き通った蒼天の如き瞳が消失した。後に残るのは床にポッカリと開いた穴…
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