亡霊が思うには、

田原摩耶

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「ま、待て……凛太郎が……?」
「あくまで噂話の域を越えてませんので、準一さんにはお伝えすべきではないと思ったのですが……」

 ――噂。
 一晩で何回その単語を聞いたのだろうか。
 けれど、火のないところに煙は立たないという言葉があるくらいだ。

 凛太郎の人の良さ、明るさは正直花鶏とは別人のように思える。
 同じ声、顔貌ではあるがその表情は花鶏よりもあどけなさがあるように見えるのだ。

『――貴方ならば』

 いつか花鶏が囁いた言葉が頭に反芻する。
 花鶏は確かに凛太郎を救ってほしいと願っていた。
 その真意がどうにせよ、凛太郎の立候補がただの根も葉もない噂とは思えなかったのだ。

「……分かった。協力する」
「準一さん……!」
「けど、まじで南波さんが捧げられそうになったら助けてもいいよな」
「……時と場合による」
「つまり、それまでになんときゃすりゃいいってことだろ」

 それならばいつもとやることは変わらない。
 手探りでギリギリなのはもう慣れてしまった。
 本当は南波と代わってやりたいが、今は牢に閉じ込められるのは都合が悪い。南波にはもう少しここでの牢屋生活を楽しんでもらうことにしよう。

「俺は凛太郎の方を探ってみる。……その供物に立候補したって話、神様がなんだってのかとか、その辺を調べたらなんか分かるだろ」
「はい。では僕は屋敷の中から洗ってみます。他のご家族の方の話も調べてみましょう。……藤也君?」

 急に静かになる藤也に気付いたようだ。ちら、と藤也を見れば、藤也は壁を見つめたまま「……なら、村の様子でも見る」とぽそりと呟いた。
「村長とか、その辺」とも小さく付け足す藤也。
 この辺りにまだ生きてる村があるのか、と驚いたが、今は時代も過去に戻っているんだった。現実とごちゃごちゃになってしまう。
 そもそもこの手の人身供儀の習わしがあるホラー映画の村って大抵ろくなイメージがないのだが、藤也は本気で言ってるのか。

「なあ、一人で大丈夫か……?」
「逆。こういうのは一人の方がいい」

 どうして、と聞き返す前に藤也は軽く腕を持ち上げる。そして猫の手を作ってみせた。
 ――なるほど。
 確かに猫の姿なら怪しまれずに散策もできるし好き勝手覗けるか。
 危険があることには変わりないが、それでも猫の姿の藤也は確かに逃げ足が早そうだ。

「村っていうのはもう二人は行ったことあるのか?」
「僕はこの屋敷の外からはまだ出られていないんですよね。……少し不安だったので」
「結界か……」
「……はい。少なくとも僕にはどうしてもその意識が強かったので藤也君にも止められたんです。その状態で外へ出ていくのは自殺行為だって」

 確かに、俺でも余計に意識しては自滅してしまい兼ねない。
 そこに恐怖心が薄い藤也の出番というわけか。

「藤也は?」
「俺は……近くの山まで降りようとしたことはあったけど、毎回道に迷って降りることができなかった」
「え、じゃあ大丈夫なのか?」
「だから、今回は別ルートを使う」
「別ルート……?」
「この屋敷を出入りする村の人間がいる。それについていく」

 闇雲に動くのではなく正規のルートを辿れば抜け出せるかもしれないから、と小さく続ける藤也。
 正直いけるのかどうか怪しいところだが、試してみる価値はありそうだ。

「けど、あまり無理するなよ。危険そうだったらすぐに帰ってきて……」
「アンタは俺の母親?」
「は、母親……」
「アンタよりは無謀な真似はしないから、安心して」

 そう藤也が僅かに唇の端を持ち上げる。目は笑っていないが、どうやら笑顔のつもりらしい。
 それにしても、村か。
 俺もそれとなく凛太郎に村のことを聞いてみるか。

「やることは決まりましたね。それじゃ……」

 一旦ここでお開きにするか、という空気になったのに気付いて、俺は「あ」と慌てて止める。

「俺、南波さんにもう一度挨拶してくる。さっき途中で退室したからちゃんと離せてねえし」
「……準一さんは真面目な方ですね。では、僕もご一緒しますよ」
「……さっさと済ませて」

 どうやら藤也はここで待ってるつもりのようだ。
「ああ」とだけ頷き返し、俺と奈都は一度南波の待つ牢へと顔を出すことにした。
 南波はなんだかんだ寂しそうではあったが、「また会いにきます」と伝えれば「別にそこまで気にしなくてもいい、俺みたいに囚われるような真似はすんなよ」と逆に心配されることになる。
 確かに明日は我が身ではあった。俺は運が良かったのだ。

 それから南波に挨拶して三人で地上へと戻る。
 その帰りの道は不思議と短く感じた。

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