亡霊が思うには、

田原摩耶

文字の大きさ
上 下
121 / 122
No Title

42

しおりを挟む

「ま、待て……凛太郎が……?」
「あくまで噂話の域を越えてませんので、準一さんにはお伝えすべきではないと思ったのですが……」

 ――噂。
 一晩で何回その単語を聞いたのだろうか。
 けれど、火のないところに煙は立たないという言葉があるくらいだ。

 凛太郎の人の良さ、明るさは正直花鶏とは別人のように思える。
 同じ声、顔貌ではあるがその表情は花鶏よりもあどけなさがあるように見えるのだ。

『――貴方ならば』

 いつか花鶏が囁いた言葉が頭に反芻する。
 花鶏は確かに凛太郎を救ってほしいと願っていた。
 その真意がどうにせよ、凛太郎の立候補がただの根も葉もない噂とは思えなかったのだ。

「……分かった。協力する」
「準一さん……!」
「けど、まじで南波さんが捧げられそうになったら助けてもいいよな」
「……時と場合による」
「つまり、それまでになんときゃすりゃいいってことだろ」

 それならばいつもとやることは変わらない。
 手探りでギリギリなのはもう慣れてしまった。
 本当は南波と代わってやりたいが、今は牢に閉じ込められるのは都合が悪い。南波にはもう少しここでの牢屋生活を楽しんでもらうことにしよう。

「俺は凛太郎の方を探ってみる。……その供物に立候補したって話、神様がなんだってのかとか、その辺を調べたらなんか分かるだろ」
「はい。では僕は屋敷の中から洗ってみます。他のご家族の方の話も調べてみましょう。……藤也君?」

 急に静かになる藤也に気付いたようだ。ちら、と藤也を見れば、藤也は壁を見つめたまま「……なら、村の様子でも見る」とぽそりと呟いた。
「村長とか、その辺」とも小さく付け足す藤也。
 この辺りにまだ生きてる村があるのか、と驚いたが、今は時代も過去に戻っているんだった。現実とごちゃごちゃになってしまう。
 そもそもこの手の人身供儀の習わしがあるホラー映画の村って大抵ろくなイメージがないのだが、藤也は本気で言ってるのか。

「なあ、一人で大丈夫か……?」
「逆。こういうのは一人の方がいい」

 どうして、と聞き返す前に藤也は軽く腕を持ち上げる。そして猫の手を作ってみせた。
 ――なるほど。
 確かに猫の姿なら怪しまれずに散策もできるし好き勝手覗けるか。
 危険があることには変わりないが、それでも猫の姿の藤也は確かに逃げ足が早そうだ。

「村っていうのはもう二人は行ったことあるのか?」
「僕はこの屋敷の外からはまだ出られていないんですよね。……少し不安だったので」
「結界か……」
「……はい。少なくとも僕にはどうしてもその意識が強かったので藤也君にも止められたんです。その状態で外へ出ていくのは自殺行為だって」

 確かに、俺でも余計に意識しては自滅してしまい兼ねない。
 そこに恐怖心が薄い藤也の出番というわけか。

「藤也は?」
「俺は……近くの山まで降りようとしたことはあったけど、毎回道に迷って降りることができなかった」
「え、じゃあ大丈夫なのか?」
「だから、今回は別ルートを使う」
「別ルート……?」
「この屋敷を出入りする村の人間がいる。それについていく」

 闇雲に動くのではなく正規のルートを辿れば抜け出せるかもしれないから、と小さく続ける藤也。
 正直いけるのかどうか怪しいところだが、試してみる価値はありそうだ。

「けど、あまり無理するなよ。危険そうだったらすぐに帰ってきて……」
「アンタは俺の母親?」
「は、母親……」
「アンタよりは無謀な真似はしないから、安心して」

 そう藤也が僅かに唇の端を持ち上げる。目は笑っていないが、どうやら笑顔のつもりらしい。
 それにしても、村か。
 俺もそれとなく凛太郎に村のことを聞いてみるか。

「やることは決まりましたね。それじゃ……」

 一旦ここでお開きにするか、という空気になったのに気付いて、俺は「あ」と慌てて止める。

「俺、南波さんにもう一度挨拶してくる。さっき途中で退室したからちゃんと離せてねえし」
「……準一さんは真面目な方ですね。では、僕もご一緒しますよ」
「……さっさと済ませて」

 どうやら藤也はここで待ってるつもりのようだ。
「ああ」とだけ頷き返し、俺と奈都は一度南波の待つ牢へと顔を出すことにした。
 南波はなんだかんだ寂しそうではあったが、「また会いにきます」と伝えれば「別にそこまで気にしなくてもいい、俺みたいに囚われるような真似はすんなよ」と逆に心配されることになる。
 確かに明日は我が身ではあった。俺は運が良かったのだ。

 それから南波に挨拶して三人で地上へと戻る。
 その帰りの道は不思議と短く感じた。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

どうしょういむ

田原摩耶
BL
苦手な性格正反対の難あり双子の幼馴染と一週間ひとつ屋根の下で過ごす羽目になる受けの話。 穏やか優男風過保護双子の兄+粗暴口悪サディスト遊び人双子の弟×内弁慶いじめられっ子体質の卑屈平凡受け←親友攻め 学生/執着攻め/三角関係/幼馴染/親友攻め/受けが可哀想な目に遭いがち 美甘遠(みかもとおい) 受け。幼い頃から双子たちに玩具にされてきたため、双子が嫌い。でも逆らえないので渋々言うこと聞いてる。内弁慶。 慈光宋都(じこうさんと) 双子の弟。いい加減で大雑把で自己中で乱暴者。美甘のことは可愛がってるつもりだが雑。 慈光燕斗(じこうえんと) 双子の兄。優しくて穏やかだが性格が捩れてる。美甘に甘いようで甘くない。 君完(きみさだ) 通称サダ。同じ中学校。高校にあがってから美甘と仲良くなった親友。美甘に同情してる。

処理中です...