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しおりを挟む「藤也君……あの、僕はとうとう幻覚を……? それとも僕達の記憶がこの世界に影響を齎している、ということでしょうか。確かに言われてみれば記憶のままの準一さんがこれほどまで鮮明に蘇るなんて……」
感極まり出したかと思えば今度はなにやら自分の頬を抓りながらなにかをぶつくさ言い出す奈都。そんな奈都を前に「準一さん、自分で説明して」と藤也はこちらへと雑なパスを投げてくる。おい、面倒臭くなってないか。
とはいえは、このままではどんどん奈都が遠くへといってしまいそうな気がしたのでこの流れを一旦止めることにする。
「悪い、奈都……待たせたな。ってのも、変な話か。……久しぶり?」
こういう形で再会する、というのも変な感じだ。一歩前へと出れば、奈都はびく、と肩を跳ねさせる。それから、恐る恐るといった様子で俺に触れた。腕、それから頬へと。
「っ、え……ほ、本当に……本当の本当に貴方なんですか? 準一さん」
「ああ、一応……本物だな」
「一応とか言うとややこしくなるから」
「ほ、本物だ! ……信じてくれるか? 奈都」
とはいえど証明できるものなんて俺は持ち合わせていない。
ぺたぺたと俺の実在を確認した奈都は、今度は無言で自分の顔を掌で覆い始めた。
「な、奈都?」
「す、すみません……まだ頭が整理できなくて。……貴方がご無事でよかったです、と言いたいところでしたが……準一さん。貴方までここにいらっしゃるということは、その」
「『取り込まれた』らしいね」
「……っ、ああ……準一さんまで……」
まるで自分のことのように嘆き始める奈都を見て、ようやくあまりこの状況が芳しいものではないと言う実感を得ることができた。
だって、藤也は表情が変わらないしいつもクールだからな。
けれど、俺自身はそれほど最悪とは思っていない。
「そ、そんなに落ち込まないでくれ。それに、お前らもここで生き続けてたってことだよな。……もしかしたらもう会えないかも知れねえって思ってたからすげー……その、安心した」
「不謹慎だけどな、こんなこと言うのも」そう奈都の肩を叩けば、奈都は少しは持ち直したようだ。よろりと背筋を伸ばした。屋敷にいた時よりもほんの少しばかり姿勢が良くなってる気がするんだが気のせいか。それとも使用人としての教育があったのか。
「そう、ですね。準一さんの仰る通り。……ああ、やっぱり貴方がいてよかった。僕達だけではどうしてもこう……後ろ向きにばかり考えてしまうので」
俺もポジティブな方ではないが、確かにこのメンツではどうしてもネガティブになってしまわず得られないのは理解できる。
と、そこで今ここにはいない亡霊の存在を思い出した。
「取り敢えず、その……南波さんもここにいるって話だったよな? 南波さんも奈都みたいにこの屋敷で働いてるのか?」
何気なく尋ねれば二人は顔を見合わせる。
……なんだその間は。
「……藤也君、説明してなかったんですか」
「……してない。奈都がきてからの方がいいかと思って。……あと面倒」
「と、藤也君……!」
何やら二人から不穏な空気を感じるのだが。
というか藤也、そういうことは面倒臭がらないでくれ。頼む。
「と、取り敢えず……無事だってこと、だよな?」
「え、ええ、まあ。はい。元気ですよ。今日も元気に吠えて……いや、いらっしゃいましたので」
「吠え……」
「それより準一さん、貴方の話を聞かせてください。僕達と逸れた後、それから何故貴方が『こちら側』にいるのかを」
なんだか上手い具合ではぐらかされた気がしないでもないが、奈都とも情報共有はしておきたかった。
取り敢えず今は南波さんは無事だと言うことだけを信じて俺はここまでの経緯を奈都に告げた。
ある程度奈都の反応は想像できていた。
けれど、最初ハラハラしながら話を聞いていた奈都が途中から倉庫内のクワを持ち出し、それをへし折ろうとした時は流石に肝を冷やして止めに入った。
「あのガキ……」
「な、奈都。落ち着け」
「これが落ち着いていられますか! 準一さんを囮に使うなんて! それにその大学生も準一さんに対してなんて無礼な……!!」
が、間に合わなかった。めき、と音を立てへし折られるクワの柄。なんで折れるんだよ。
「そして当の本人はまだここに来ていないと? ……よりによって唯一外部に残ってるのがあのキチガイなんて脱出が絶望的ですね」
「……それについては、同意」
同意なのか。一応双子なのに、と思いつつも、俺はあまり悲観的にはなっていなかった。
幸喜は確かに何しでかすか分からないが、あいつなら一人でもなんとかしそうだな、という謎の安心感があるのだ。
問題は佑太の方だが――これについてはここで心配してもどうにもできない。
「ま、まあ……あいつならなんとかなるだろうけど、客人のこともあって早めにここから出たいんだ」
「それは僕達も同じです。色々試してきましたが、結局は失敗に終わりました」
「失敗か……」
ふと、南波の精神世界とこの世界の相違について考えていた。
明確な目的があり、筋書きがあり、本人の記憶を辿るように繰り広げられる南波の精神世界。
けれど、ここにはそれがないということには――やはり、鍵はそこにある気がする。
「……奈都、そろそろいいんじゃない」
「……っと、ああ、話し込んでしまったみたいですね」
「どうしたんだ?」
「今なら見張りが別館を調べてる時間です。……母屋内に案内します」
「……!」
「なるべく藤也君のように猫になっていた方が移動楽ですが……どうされますか? 話では凛太郎さんに出入り許可は得られたらしいですが」
「……俺、まだ猫になったりって言うのは無理そうだから、このままで」
猫になった途中で人間に戻った方が化け猫扱いされて兼ねない。そう断れば何故か少しだけ残念そうな顔をして奈都は「それもそうですね」と同意した。
そして、俺たちは母屋へと向かうことになった。
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