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しおりを挟む着いてこい。
確かに藤也はそう言ったが。
「藤也、本当にこっちなのか?」
「信じられないなら着いてこなくていいけど」
「そ、そうは言ってないだろ。けど、こっちって……」
母屋からどんどん離れていく林の中。樹海が懐かしく感じる青々としたその自然豊かな林の奥までやってきた藤也はとある建物の前で止まった。そこは倉庫だった。
先程俺が探索した時に見つけた建物と同じなはずだ。扉の前までいった藤也はそのまま扉をカリカリと引っ掻く。
「ここ、開けて欲しいのか?」
「……言い方がムカつく」
「あー、開けさせていただきましょうか?」
「…………ん」
こくりと頷く猫藤也を抱き抱え、俺は恐る恐る扉に触れる。今度は妙な結界は張られてないらしく、少し立て付けが悪かったがあっさりと扉は開いた。
「ゲホ……っ! うお、土埃がすごいな……」
「俺は大体裏の穴から通ってるから、扉はそんなに使わない」
「そ、そうか……」
「ん」と藤也はそのまま慣れた様子で近くの木箱へと降り、そのまま丸まる。
奈都と南波さんがここにいるのか。さっき付近を見た時は人気はなかったが。
そうキョロキョロしてると、藤也は「まだ」と小さく続けた。
「まだ?」
「奈都は仕事中だから、終わらないと来ない。……奈都が来ないと、南波さんには空いに行けない」
「し、仕事?」
想像してなかった返答に、思わず声が裏返ってしまった。
「ここで待ってたらその内来る。そういう約束だから」
「……そうか。って、待ってくれ。仕事ってなんだよ」
「説明、面倒。……本人に聞いた方が早い」
再び人の姿に戻った藤也は欠伸をする。
なんというか、会わないうちにまたマイペースに磨きがかかっているが、こんな世界でもマイペースな藤也がいるからこそ俺も安心してる部分はある。
まあ、丁度いいのかもしれない。藤也には色々聞きたいことがあったし。
「そう言えば、藤也はここで生活してたんだよな。……凛太郎とは会ったか?」
「花鶏凛太郎。……あの人にそっくりな人」
「ああ、そうだ。離れのアトリエで過ごしてる……」
「何度かすれ違ったことはあった。けど、まるで別人だね」
「似てるのは顔と喋り方だけ」と小さく続ける藤也。やはり藤也もそう感じていたらしい。そもそも、現実で出会った凛太郎の話からするに花鶏とは別の存在らしいのでそれも当たり前なのだが。
「花鶏さんはあの人を助けて欲しいって言っていたんだ。……だから、もしかしたら凛太郎が関係してるんじゃないか。この世界と」
「それは、俺と奈都も話してた。……だから奈都は内部、俺は外からこの屋敷について色々調べてた」
けど、と少しだけ藤也の声が落ちる。
先程藤也の話からして一年ほど過ごしたと言っていた。南波の精神世界のようにステージが切り替わるように目まぐるしく時が経つ、わけではないのか。
「……今の所、手がかりはなし」
「ま……じで?」
「何をしても一日が変わらない。あの人はアトリエで絵を描いて、平和な一日がずっと続いている。ずっと」
「…………」
まだこの世界に来て日が浅い俺だったが、藤也の目からしてそれは嘘ではない。
そして、そんな矢先突然俺がやってきたのだと藤也は静かに続けた。
「現実ではそんなに経ってないっていうし、だとすると……大分厄介な場所かもしれない。ここは」
「で、でも、平和だって言ったってループしてるとかそういうわけじゃないよな? ちゃんと時間は進んでて……」
「影響と変化は起きているらしい。現にこの世界は奈都や準一さんみたいな異物を受け入れている」
南波の精神世界でな最初からピースの一部として嵌め込まれていた。それでいて南波の記憶を追体験して辿っていた。
そう考えると確かに奇妙ではあった。
どうすれば元の世界に帰れるのか。どうすれば花鶏凛太郎を救えるのか。どうすれば花鶏を満足させられるのか。
そんなことを考えていたが、どれも奈都や藤也ならすぐに思いつきそうなものばかりだ。そして二人がまだ答えに辿り着いてないとなると……やはり、一旦奈都との合流を待った方が良さそうだ。
そんなとき、不意に藤也が顔を上げる。「奈都だ」と呟いたと同時に扉を四回叩かれる。
『僕です』
そう扉越しに懐かしい声が聞こえてきたのも束の間、扉が開いた。立て付けの悪い扉の奥、現れた奈都の格好に驚く。
執事服に身を包んだ好青年――もとい奈都は木箱の上に座ってたこちらを見て溢れ落ちそうなほど目を丸くしていた。
そして数回の瞬きの末、手にしていたランプを落としそうになっていた。
「……っ、と、藤也君……待ってください」
「俺は何も言ってないけど」
「これは、僕の幻覚ですか?」
「……奈都、悪い。邪魔してるぞ」
「じゅッ…………準一、さん……?」
あまりにもいいリアクション過ぎてつい反応を忘れていた。
というか。
「奈都の仕事ってまさか……」
「そ、この屋敷の使用人」
本当に俺がいない間色々あったらしいな。
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