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なんであんたがここにいるのだ。
ここにはいないというのはどういう意味なのか。
聞きたいことは色々あった。しかしあまりにも突然の出来事に目の前の現象を受け入れられずにいた。
「私の予想ではもっと感動的な再会になるはずだったんですけどねぇ」
「あんた、……どういうつもりだ」
「どういう、とは?」
「……なんで、普通に出てきてるんだ」
少なからず俺はある種の願望を抱いていたのかもしれない。
花鶏にとっては短い間でも、多少同じ時間を過ごした俺達をこんなことに巻き込んでしまったことへの後ろめたさや後悔――そんな“人間らしい”感情を抱いて俺の前に現れることを躊躇っている花鶏を。
けれど、目の前にいる男はどうだ。緩やかな笑みをその整った美貌に浮かべたやつはただ俺を真っ直ぐに見ていた。
「普通、でしたか。そうですか。私からしてみたらちょっとした『さぷらいず』……のつもりだったのですが」
「なにがサプライズだ、凛太郎は……――ッ」
「凛太郎凛太郎凛太郎……おや、妬けますねえ。もうすっかり他の男に鞍替えするつもりですか、貴方は」
浮気なお方ですね、と悪びれもせず微笑む花鶏。妙に噛み合わない会話も、あまりにもいつもと変わらない態度もなにもかもが不快感に繋がってしまう。
けれど、それすらも花鶏の思惑を感じてしまわずにはいられなかった。
「……あんたは、なにがしたいんですか。俺に頼みたいことって、こんなことだったんですか。あいつらも俺も、餌扱いにして……」
自分でも言いながらその違和感を感じた。花鶏はただ温度を感じさせない目でこちらをじっと見つめていた。
何故なにも言わないのだ。
「花鶏さん」と口にすれば、すぐに笑みを浮かべた花鶏は「失礼しました、少々想定外のことが発生しまして」と続ける。
「想定外って……」
「私から貴方へのお願いについてですが、その件に関してはきちんと貴方はこなしています。それと、なにか誤解をされているようですが別に私は準一さんのことを餌だとは思っていませんよ」
「……は?」
「信じられない、といった反応ですね。構いませんよ、物事においてどういう感想を抱くかは個々の自由ですし。……それに、『結果的にそうなっている』ということは変わりはありませんので」
「……っ、花鶏さん」
のらりくらりと口先一つで躱される。饒舌に紡がれる言葉からはなにひとつ花鶏の実態を感じることはなかった。
「あの男から何を聞いたのかは分かりませんが、少なくとも私の出自について聞かされたのでしょう。そして、幸喜とともに仲良く私の本体探し――といったところでしょうか」
花鶏の言葉に、今更驚きやしなかった。
やはり、この屋敷の敷地内にいる限り全てはこの男に筒抜けなのだろう。最初からそんな気はしていた。
あまりにも神出鬼没。亡霊という存在の中でも一際花鶏の存在は他に比べて異質に感じていた。
「知ってて、止めに来たんですか? ……俺たちに知られたくないから」
「ええ、そうなんです。……と言いたいところですが、実のところ私自身もよく分かっていないのですよ」
「……どういう……」
「本気で止めさせたいのならもっと確実な方法があります。あなた方を排除する、取り込む、屈服させる――不可能なわけでありません。ですが、こうしてわざわざ貴方に話しているということは私自身それを望んでいないということになります」
「あんた、自分で言ってる意味をわかってるのか?」
あまりにも自分本位で傲慢。それを恥じるわけでもなく、花鶏は「ええ、勿論」と静かに、そしてやけにはっきりとした口調で即答するのだから取り付く島もない。
「私は貴方を失うことを惜しいと思っています。貴方とこうして交わる時間を恋しくも感じます。それは私に欲があるからでしょう」
「……、……あんたは」
「今まで築き上げた貴方とのこの関係を犠牲にしてまでも手にしたいものが私の中に生まれたのです。……ええ。貴方のお陰ですよ、準一さん」
気付けばすぐ目の前には花鶏が立っていた。じっとこちらを見つめていたその目から視線を反らすことすらもできなかった。それを見詰め返せば、花鶏はふっと小さく微笑むのだ。
「それがなんなのか、貴方に理解していただきたい」
「……っ、あんた、本当に自分勝手だな」
「ええ、最初から最後まで私はそうでしたよ。なんせ、死してなお現世に留まる人間の欲で出来ております故」
開き直りときた。伸びてきた花鶏の指が頬に触れそうになり、俺は咄嗟にその手を掴んだ。感触は、なかった。手応えも。空気を掴んだように指がすり抜ける。
花鶏に触れることは不可能だった。
「……断る、って言ったら」
「ご自分のことくらいわかってるでしょう。準一さん、貴方はそれを選ばないことを」
「あんたは俺たちに危害を加えた。助けてやるという義務だって、理由だってない」
「ああなるほど、理由が欲しいのですか? 私を助けることによって自分自身への負担を軽減するためのそれらしい理由が」
なるほど、なるほど。と花鶏は自分の顎先に指を触れさせ、そしてわざとらしく考える素振りを見せる。
「まあ、いいでしょう。このまま貴方を元の世界に戻します」
「……っ、花鶏さん、待てよ」
「理由がほしいと言いましたね。……恐らく、私がわざわざ与えずとも自ずと理由の方から貴方へ出向くことになるでしょう」
そのときはよろしくお願いしますね、と花鶏はにこりと微笑み、俺に背中を向けるのだ。カランコロンと下駄を鳴らし、そのまま暗闇の中に溶け込むように花鶏の姿は消えた。
次の瞬間には視界に光が戻り、俺は樹海のど真ん中で仰向けに倒れていることに気づく。
そして、花鶏の言葉はすぐに嫌でも理解させられることになるのだ。
ここにはいないというのはどういう意味なのか。
聞きたいことは色々あった。しかしあまりにも突然の出来事に目の前の現象を受け入れられずにいた。
「私の予想ではもっと感動的な再会になるはずだったんですけどねぇ」
「あんた、……どういうつもりだ」
「どういう、とは?」
「……なんで、普通に出てきてるんだ」
少なからず俺はある種の願望を抱いていたのかもしれない。
花鶏にとっては短い間でも、多少同じ時間を過ごした俺達をこんなことに巻き込んでしまったことへの後ろめたさや後悔――そんな“人間らしい”感情を抱いて俺の前に現れることを躊躇っている花鶏を。
けれど、目の前にいる男はどうだ。緩やかな笑みをその整った美貌に浮かべたやつはただ俺を真っ直ぐに見ていた。
「普通、でしたか。そうですか。私からしてみたらちょっとした『さぷらいず』……のつもりだったのですが」
「なにがサプライズだ、凛太郎は……――ッ」
「凛太郎凛太郎凛太郎……おや、妬けますねえ。もうすっかり他の男に鞍替えするつもりですか、貴方は」
浮気なお方ですね、と悪びれもせず微笑む花鶏。妙に噛み合わない会話も、あまりにもいつもと変わらない態度もなにもかもが不快感に繋がってしまう。
けれど、それすらも花鶏の思惑を感じてしまわずにはいられなかった。
「……あんたは、なにがしたいんですか。俺に頼みたいことって、こんなことだったんですか。あいつらも俺も、餌扱いにして……」
自分でも言いながらその違和感を感じた。花鶏はただ温度を感じさせない目でこちらをじっと見つめていた。
何故なにも言わないのだ。
「花鶏さん」と口にすれば、すぐに笑みを浮かべた花鶏は「失礼しました、少々想定外のことが発生しまして」と続ける。
「想定外って……」
「私から貴方へのお願いについてですが、その件に関してはきちんと貴方はこなしています。それと、なにか誤解をされているようですが別に私は準一さんのことを餌だとは思っていませんよ」
「……は?」
「信じられない、といった反応ですね。構いませんよ、物事においてどういう感想を抱くかは個々の自由ですし。……それに、『結果的にそうなっている』ということは変わりはありませんので」
「……っ、花鶏さん」
のらりくらりと口先一つで躱される。饒舌に紡がれる言葉からはなにひとつ花鶏の実態を感じることはなかった。
「あの男から何を聞いたのかは分かりませんが、少なくとも私の出自について聞かされたのでしょう。そして、幸喜とともに仲良く私の本体探し――といったところでしょうか」
花鶏の言葉に、今更驚きやしなかった。
やはり、この屋敷の敷地内にいる限り全てはこの男に筒抜けなのだろう。最初からそんな気はしていた。
あまりにも神出鬼没。亡霊という存在の中でも一際花鶏の存在は他に比べて異質に感じていた。
「知ってて、止めに来たんですか? ……俺たちに知られたくないから」
「ええ、そうなんです。……と言いたいところですが、実のところ私自身もよく分かっていないのですよ」
「……どういう……」
「本気で止めさせたいのならもっと確実な方法があります。あなた方を排除する、取り込む、屈服させる――不可能なわけでありません。ですが、こうしてわざわざ貴方に話しているということは私自身それを望んでいないということになります」
「あんた、自分で言ってる意味をわかってるのか?」
あまりにも自分本位で傲慢。それを恥じるわけでもなく、花鶏は「ええ、勿論」と静かに、そしてやけにはっきりとした口調で即答するのだから取り付く島もない。
「私は貴方を失うことを惜しいと思っています。貴方とこうして交わる時間を恋しくも感じます。それは私に欲があるからでしょう」
「……、……あんたは」
「今まで築き上げた貴方とのこの関係を犠牲にしてまでも手にしたいものが私の中に生まれたのです。……ええ。貴方のお陰ですよ、準一さん」
気付けばすぐ目の前には花鶏が立っていた。じっとこちらを見つめていたその目から視線を反らすことすらもできなかった。それを見詰め返せば、花鶏はふっと小さく微笑むのだ。
「それがなんなのか、貴方に理解していただきたい」
「……っ、あんた、本当に自分勝手だな」
「ええ、最初から最後まで私はそうでしたよ。なんせ、死してなお現世に留まる人間の欲で出来ております故」
開き直りときた。伸びてきた花鶏の指が頬に触れそうになり、俺は咄嗟にその手を掴んだ。感触は、なかった。手応えも。空気を掴んだように指がすり抜ける。
花鶏に触れることは不可能だった。
「……断る、って言ったら」
「ご自分のことくらいわかってるでしょう。準一さん、貴方はそれを選ばないことを」
「あんたは俺たちに危害を加えた。助けてやるという義務だって、理由だってない」
「ああなるほど、理由が欲しいのですか? 私を助けることによって自分自身への負担を軽減するためのそれらしい理由が」
なるほど、なるほど。と花鶏は自分の顎先に指を触れさせ、そしてわざとらしく考える素振りを見せる。
「まあ、いいでしょう。このまま貴方を元の世界に戻します」
「……っ、花鶏さん、待てよ」
「理由がほしいと言いましたね。……恐らく、私がわざわざ与えずとも自ずと理由の方から貴方へ出向くことになるでしょう」
そのときはよろしくお願いしますね、と花鶏はにこりと微笑み、俺に背中を向けるのだ。カランコロンと下駄を鳴らし、そのまま暗闇の中に溶け込むように花鶏の姿は消えた。
次の瞬間には視界に光が戻り、俺は樹海のど真ん中で仰向けに倒れていることに気づく。
そして、花鶏の言葉はすぐに嫌でも理解させられることになるのだ。
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