亡霊が思うには、

田原摩耶

文字の大きさ
上 下
95 / 122
No Title

14

しおりを挟む
 この感覚には覚えがあった。
 何度も体験したが、やはり未だ慣れそうにはない。

「ぐ、いッ!」

 放り出された意識は自分の口から洩れ出した潰れるような声をきっかけに覚醒する。そして弾かれるようにぱち、と目を開いたときだった。
 暗い視界、遮るように鼻先数センチまで迫るそれが人の顔だと気付いた瞬間、「おわっ!!」と口から悲鳴が漏れる。

「おや、あんまりな反応では御座いませんか。……準一さん」

 元凶でもある和装の男がそこにいた。いつもと変わらない、ゆるりとした笑みを携えて。
 一瞬身構えたが、なんだか先ほどまでと雰囲気が違う。先程までの冷たさはなく、「立てますか」と真っ白な手をこちらへと差し出してくる男を見上げたまま、恐る恐る「あんた、凛太郎さんか」とその名前を口に出せば花鶏――花鶏凛太郎は微笑んだ。

「もしかして、さっきの今でもう私の顔を忘れてしまったのですか?」
「そうじゃないけど、……ややこしいんだよ、あんたらは」

 思わず突っ込んでしまったが、今はそんなに悠長にしている場合ではないことを思い出す。

「そうだ……それより、なんでここにあんたが」

 いるんだ、と凛太郎に目を向ける。
「何故だと思いますか?」そう聞き返してくる凛太郎の様子からして、花鶏がなにをしたのか、何故俺がここにやってきたのか分かってるのではないだろうか。そう思えるほど、凛太郎は落ち着いていた。

「まさか、あんたらグルか」
「ぐる……ああ、ぐるーぷ、ということでしょうか。準一さんがそう思っても致し方御座いません。それほどのことをあの子は行ったのですから」
「……」

 凛太郎の言葉の裏が読めない。言葉を額面通りに受け取るのならば、つまりそれは――助けてくれたということなのか。
 改めて辺りを見渡す。畳張りの和室の中、木製の頑丈な柵で覆われている。その天井は低く、立ち上がろうものなら中腰のまま頭をぶつけてしまいそうなほどの低さだった。
 窓すらも見当たらないそこは前に仲吉が持ってきた時代劇もののホラー映画で見たことがあった。座敷牢、と言われるものだ。湿気で腐り始めているのか、ところどころ柔らかくなったその畳の上。凛太郎は正しく座り直し、背筋を伸ばしてこちらをじっと見るのだ。その表情には笑みを携えたまま。

「凛太郎さん、まさかここは……」
「あなた方の言葉で言うのなら私の精神世界――」

 やはりそういうことなのか、だとしてもこの物騒な部屋は何なのだ。あのキャンパスの置かれた部屋はどこに、などと思案していると「と言いたいところですが」と凛太郎はぽんと膝の上で手を叩いた。

「残念なご報告と嬉しいご報告、どちらから聞きたいですか? 準一さん」
「ま、待ってくれ……どういうこと、ですか」
「ああ、そんな敬語など使わないでも結構ですよ。私の場合、これは染み付いてしまった癖のようなものですが、貴方はそうではない。友人である貴方にはもっと親身に接していただきたいそう思っておりますゆえ」
「……わ、わかった。わかったから、その悪い報告ってなんだよ」

 相変わらずマイペースな凛太郎にこちらの調子は狂わされっぱなしだった。促せば、「ああ、そうでした」と思い出したように凛太郎は頷く。

「まず、前提として伝えておきましょう。信じるか信じないかは貴方のご自由です」
「……ああ、なんだよ」
「一つ目、アレの言うことは、私の意志ではないということ」

 軽く右手を掲げた凛太郎は人差し指を立て、『1』を作ってみせた。アレ、というのは言わずもがな俺たちのよく知る花鶏のことだろう。俺の返事を待たずして、凛太郎は中指を立てる。『2』だ。

「二つ目、アレと私は別個体です。彼は私のために動いてくれているようですが、それは私にとって本意ではありません」

 さらりと口にする凛太郎に言葉を失った。
 どういうことだ、と頭の中が余計こんがらがる。そんな俺の顔をじっくりと見つめたまま、凛太郎は親指を立てた。

「三つ目、私はアレに呑まれそうになっていたあなた方を助けるつもりでしたが――失敗しました」
「っ、待ってくれ、失敗ってことは……」
「ここはまだアレの腹の中、ということです。咄嗟に貴方だけでもと先に私が呑みこもうとしたのですが、間に合いませんでした」

 情報量が多すぎて咀嚼し切れない。
 というか、待ってくれ。

「嬉しいご報告ってのは……?」
「ああ、もちろんございますよ。恐らく、見たところ貴方が気にかけていたようでしたので一緒に連れてきたのです」

 ……連れてきた?
 妙な言い回しをする凛太郎に小首を傾げたときだった。ごそごそと着物の袖の下を探っていた凛太郎はなにかを取り出した。その手に握られたのは、ボロボロの布切れ……ではない。

「これは……」

 手作り感溢れるフェルト製のぬいぐるみには見覚えがあった。俺が何度も縫い直した縫い目も残っている。間違いない。

「……っ、幸喜?」
「――ああ、そうでした。コウキ、と呼ばれてましたね。私の部屋に投げ込まれたので少しだけ味見しましたが、彼の精神力はとても逞しいようでこうやって残骸として残り続けていたのですよ」

「どうでしょう、貴方は嬉しいですか?」とニコニコと笑いながらこちらを覗き込んでくる凛太郎。正直、俺にはまだ感情がついていけるほど現状を理解しきれていなかった。
 けれど、と手の中の人形を撫でたとき、ほんの一瞬右手の部分がぴくりと動いた――ような気がした。
 こうして他人の精神世界でもまだ手元に残っているということはまだ幸喜は消滅したわけではない。相変わらずしぶといやつだと思う反面、それを理解してようやく安堵した。
 それでも、本当にギリギリの状態なのだろう。精神力の摩耗のあまり縮んでいた藤也のことを考えると、この幸喜の姿からして伺える。ならば、と強く願う。今なら多少精神力吸ってもいいぞ、そう念じて。
 返事は返って来ないが、それでも少しだけ手の中の人形がぽわりと暖かくなったような気がした。

「余程大切な方だったんですね。……ようやく貴方のほっとした顔が見れて安心しました」

 そんな俺のことをただじっと見ていた凛太郎は微笑むのだ。先程までとは違う、優しい笑みだ。
 ばつが悪い。かと言ってここで否定しても野暮な気がして、俺は何も言い返すことはできなかった。

 それにしても、と目の前の男を見る。凛太郎が何を考えているのか、俺にはまだ理解することはできなくて。

「あんたは、あの人と――花鶏さんの仲間じゃないのか」

 少なくとも、花鶏と俺たちが呼んでいたあの男は凛太郎のために働いていた。そのやり方はともかくだ、嘗て一緒に過ごしてきた相手を養分扱いするほどだ。

「仲間ですか。なかなかいい響きですね」
「はぐらかさないで下さい」
「少なくとも、私は家族のように思ってますよ。ええ、今でもね」

 ――家族。
 同じ顔、同じ名前、瓜二つな容姿からして無関係だとは思っていなかった。けれど、凛太郎が“家族”と口にした瞬間、違和感を覚えた。それは凛太郎に対するものではない。ほんの少し、空気がざらついたのだ。まるで雑音が混ざるようなそんな違和感だ。
 元よりこの世界自体が違和感の巣窟である、気にし始めたらそれこそキリがない。

「家族ってことは、その……兄弟ってことか? あんたたち、よく似てるよな。……名前も」
「準一さん、やはり貴方は素直で真っ直ぐな方ですね」
「な、なんだよ急に」
「見えるものだけがすべてではない、ということです」

 どうやら答えるつもりはないようだ。
 もう一人の花鶏よりも少しはまともだと思ったが、どうやら回りくどい言い方は同じようだ。
「それはどうも」とだけ返しておく。全然褒められた気がしねえ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

どうしょういむ

田原摩耶
BL
苦手な性格正反対の難あり双子の幼馴染と一週間ひとつ屋根の下で過ごす羽目になる受けの話。 穏やか優男風過保護双子の兄+粗暴口悪サディスト遊び人双子の弟×内弁慶いじめられっ子体質の卑屈平凡受け←親友攻め 学生/執着攻め/三角関係/幼馴染/親友攻め/受けが可哀想な目に遭いがち 美甘遠(みかもとおい) 受け。幼い頃から双子たちに玩具にされてきたため、双子が嫌い。でも逆らえないので渋々言うこと聞いてる。内弁慶。 慈光宋都(じこうさんと) 双子の弟。いい加減で大雑把で自己中で乱暴者。美甘のことは可愛がってるつもりだが雑。 慈光燕斗(じこうえんと) 双子の兄。優しくて穏やかだが性格が捩れてる。美甘に甘いようで甘くない。 君完(きみさだ) 通称サダ。同じ中学校。高校にあがってから美甘と仲良くなった親友。美甘に同情してる。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...