亡霊が思うには、

田原摩耶

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 こうして南波と二人でいると、どうしても南波の精神世界でのことを思い出す。
 南波に連れてこられたのはダイニングルームだ。「待ってろ」と奥の厨房の方へと引っ込んだ南波だったが、すぐに戻ってきた。その手には酒瓶が数本握られてる。そして片方の手には二人分のグラス。
 どかどかと大股で戻ってきた南波はそれらをテーブルに載せながら足で椅子を引く。そのままどかりと腰を下ろす南波。

「おい、何突っ立ってんだ?」

 ……もしかして、こんな時間から飲むんですか。
 なんて喉まで出かかって、やめた。俺達に時間という概念はない。俺は南波に促されるがまま、南波の隣の椅子を引けば「なんでそこだよ」と南波は眉根を寄せる。

「いや、顔が見えない方がいいのかと」
「っ、それは……余計なお世話だっての」
「す……すんません」
「別に怒ってねえよ」

 そうごにょ、と語尾を濁しながらも慣れた手付きで日本酒の瓶を開けていく南波はそのままグラスに注いでいく。雑だ。飛び散るのもお構いなしに、飲む量も関係なくグラスの限界まで注いでいく南波に内心はらはらしながらそれを見守っていると、そのグラスを俺の目の前に置いた。

「俺もいいんですか?」
「お前、苦手だったか」

 独占することだってできただろうに、こうしてあの南波が俺のために酒を注いでくれると思うと断ることができなかった。純粋に、その気持ちは嬉しい。いえ、と首を横に振る。……が、流石に注ぎ過ぎな気もしないが。

「……もらいます。けど、せっかくの南波さんのお酒なのにいいんすか?」
「別に俺のじゃねえよ」

 グラスに口を付け、そのままぐっと飲んだ矢先のことだった。
 あっけらかんと答える南波。ごきゅりと音を立てて喉の奥へと通る焼けるようなアルコールと喉越しに、俺は思わず固まった。

「花鶏の野郎が隠し持ってたやつ、俺が有り難く消費してやってんだよ」

 それは、つまり。

「準一さん、あんたも共犯だな」

 そうにっと笑う南波に、思わず俺は咽返る。

「あーあ、勿体ねえな。おい、零すなよ」
「南波さん……怒られますよ、絶対」
「いいんだよ、あいつ全然酒飲まねえし寧ろ荷物が減って掃除の手間が省けんだろ」

 この人は……。
 まあ、南波が楽しそうならそれでもいいのかもしれない。
 と思ったが、俺まで共犯にされてるのはおかしくないか。あと溢れるのは単純に南波が注ぎ過ぎだ。

「花鶏さんに聞かれたら南波さんのこと言いますからね」
「あ?……なんでだよ、旨いだろ」
「そ、そういう問題じゃないですよ」
「硬えこと言ってんじゃねえよ。おい、手ぇ止まってんだろ」
「ちょ……っ、まだ残ってますから……っ!」

 一口しか減ってないグラスに更に注がれ、流石に慌てる俺を見て南波は笑いながら自分のグラスに焼酎を注ぐのだ。そしてぐっとグラスを呷る南波を見て、観念した俺も続いてグラスに口を付ける。
 酒は得意ではない。このアルコールのすっと通るような爽やかな匂いとは裏腹に焼け付くような感覚に弱いのだ。
 一口飲んだだけで頭がぐらりと回るような錯覚に陥る。

「いー飲みっぷりだな」
「南波さん、これ、やっぱ入れ過ぎです」
「いいんだよ、どうせ飲むんだから。……つまみがありゃ最高なんだがな、んな気の利いたもんはこんなしなびれた場所にはねーから我慢しろよ」

「あったとしても、あのクソガキどもが勝手に食い散らかしてるしな」……幸喜と藤也のことだろうか。確かにあの二人ならしそうだな。

「そういえば、こういうのも差し入れ……じゃなくて、お供えしてもらうんですかね」

 なんとなく気になって尋ねたときだった。
 グラスを手にしていた南波の手がぴくりと反応する。

「さあな、そういうときもあるかもしれねえな」

 そう、俺から視線を外したまま南波は答えた。その反応に、あ、と思う。
 聞かない方がよかっただろうかと後悔しても遅い。そうなんですね、とだけ答え、俺は次の話題を探した。が、見つからない。

「この辺に住む物好きなやつが定期的に色々持ってくんだよ。……供養だかなんだかって、余程悪霊だと思われてんのかもな」

 口籠っていると、ふと南波はそんなことを口にする。
 その話を聞いて、俺は先程藤也から聞いたお坊さんの話を思い出した。

「それって、夏にだけくるお坊さん……ですか?」

 どこまで踏み込んでいいのかわからない。
 それでも好奇心を抑えきれなかったのは恐らく酒の助けもあったからだろう。
 南波は正面を向いたまま、無言でグラスの酒を喉奥へとぐっと流し込んだ。

「……誰に聞いた?」
「藤也に、少しだけ」
「あいつ、お前にはべらべら喋るのな」

 ま、いいけどよ。と、二杯目の酒を注ぐ南波。それからゆっくりと南波は話し始めた。

 この山には、毎年夏になるとこの樹海へとやってくるお坊さんがいる。
 南波曰く昨年も一昨年も来なかったらしいが、どうやら今年そのお坊さんがやってきたというのは知らなかったようだ。

「この樹海ではよく死人が出るからな、それの弔いだってよ。昔は結構な量のお供え物もあったが、やっぱ年々減ってきてんな」
「それって……」
「あるだろ、迷信だとか。俺も、聞いたことがあった。この森が樹海になる前、色々あったってよ」
「それって、聞いてもいいんですか?」

 好奇心に負け、素直に尋ねれば南波はグラスの酒を呷る。そして、虚空へと視線を向けるのだ。
 まだ酔っているようには見えないが、ほんの少し耳が赤くなってるような気がする。

「詳しくは知らねえよ。けど、昔は今ほど拓けてなかった。足場も悪けりゃ一歩踏み間違えれば転落事、この辺の在駐の警察は年寄ばっかだからなかなか腰も重いんだ。行方不明になりゃもう諦める。余計死人が増えかねねえからな」

「だから、俺たちには丁度良かった」そうぽつりと呟く南波の言葉にああ、と思った。
 南波が埋めていた数々の死体、記憶の中の生前の南波もよくこの樹海へとやってきていた。

「人の手が入らねえってのは俺達みたいなのにとっては何かと都合がいいんだ、だから……他にも表沙汰になってないようなこともあったんじゃないか」
「……」

 南波が殺されたのもこの樹海なのだ。
 そう思うと、妙な説得力があった。どんな顔をすればいいのかも分からなかった。

「昔、あまりにも自殺するやつや死体遺棄が多いからこの樹海の木をすべて取っ払って森ごと潰そうって話もあったらしいが……」
「そうだったんですか?」
「ああ……けどまあ結果、俺達が未だここにいるって時点でお察しだけどな」
「それは……もしかして、花鶏さんが」
「さあな。けど、工事のための機材や車を運んでる途中におかしなことが起きたり、事故が起きて怪我人が出たり……危ねえから中止になったとよ。お陰で、このボロい館も立て壊しもできず気付けば権利者が誰かもわからないまま管理会社も潰れこのザマだしな」
「……そうだったんですね」
「噂だ噂。……話がそれたな。まあそんなこんなで、昔気質の人間が多い村の連中は祟だとかそう思ったんだろ。ここに住んでる神様の怒りに障ったからだ、こんなことが起きるのは」

 馬鹿にしたようなニヒルな笑顔だった。
 神様か、となんとなく花鶏のことを思い出した。……神様と呼ぶにはあまりにも人間らしく、そして、人間と呼ぶにはあまりにも浮世離れした男のことを。

「それで、毎年盆になるとどうか今年はこれで勘弁してくださいっつってな、こちらとありがたいけどよ……つか、まだやってるやつがいた方が驚きだな」

 言いながら更にグラスに酒を追加していく南波。
 だから、お坊さんなのか。確かに、この樹海に住む幽霊のせいで死んだ身としては間違いではないが……。
 なんとなく他人事のような不思議な気持ちで俺は南波の話を聞いていた。酔が回ってきたのか、首の辺りがぽかぽかしてきた……ような気がした。

「……なんか、不思議な話ですね」
「なにが」
「俺、お供え物とか貰う立場になったんだなって……」

 なんて口を開けば、ハっと南波は笑った。乾いた笑いだ。それから胸のポケットを探り、煙草を探していたようだが切らしてるらしい。苛ついたように髪を掻きむしる。

「……アンタは違うだろ」
「え?」
「………………なんでもねえよ」

 言い掛けて照れ臭くなったのかそのままやめる南波に思わずむずむずする。けど、しつこく聞いてせっかく打ち解けられたかもしれないのにまた避けられるようになるのは嫌だった。
 それから自分の発言が恥ずかしくなってくる。ああ、もしかして南波は俺が神様や仏様のような風格はないと言おうとしたのではないかと。自惚れるなと。

「……すみません、変なこと言って。なんか、……お酒飲むと、余計なこと言ってしまうみたいで」
「……別に悪かねえよ」

 南波がフォローしてくれた。その言葉が嬉しくて、つい「本当ですか?」と顔を上げれば思いの外近い位置にあった南波の顔に息を飲む。そして、こちらを見ていた南波も俺が急に顔を上げるとは思わなかったようだ。

「……っ、ち、近い……」
「あ、すいません。……まだ、やっぱ慣れないですか?俺とか、余計……」
「そういうんじゃねえよ。……けど、お前は………………駄目だ」
「え、駄目?」
「だ……駄目だ、急に顔上げるのもやめろ」
「す、すみません……」

 南波との距離感の計り方はまだ上手く行かない。けど、こうやって南波に直接言ってもらえるのはありがたい。
 ……それはそれとして、俺だけは駄目と言われたのは結構なショックだった。
 酔いが冷め始め、半ば誤魔化すようにぐいっとグラスの中のそれを喉奥へと流し込む。瞬間、頭の奥がカッと熱くなる。
 これは、思い込みなのだ。生前あまり強くはなかった、だからこそ余計苦手意識が増長され余計アルコールがキツく感じるのかもしれない。
 喉越しを感じる暇もなく一気に飲みなれない量の酒を飲んだお陰で視界がぶれた。
 空になったグラスをテーブルへと置こうとすればテーブルとの距離が上手く掴めず、大きな音ともにグラスの中の氷が鳴る。

「っ、じゅ……準一?」
「……もういっぱい、いいですか?」
「あ……ああ、いいぞ。けど、お前……」

 そう、南波が何かを言いかけたときだった。南波の視線が俺から、その背後へと向けられる。
 そして、俺の手の中からグラスが取り上げられた。
 あ、と伸びてきた白い手を追えば、そこには。

「おやおや……一献傾けるにはまだ日が高くはありませんか?……感心しませんねえ」

「準一さん」と肩に置かれる手。そこにはいつもと変わらない笑みを浮かべた花鶏が佇んでいた。
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