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世界共有共感願望
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南波がいなくなってからどれくらいが経ったのだろうか。
正確には多分、一日と少しくらいだろうか。
あのときの南波の笑顔、声、もしかして、と背筋が冷たくなる。成仏、なんて言葉が脳裏を過った。
本来ならば喜ばしいことなのだろう。南波は記憶を取り戻して、そしてトラウマを自ら克服した。
……それなのに、胸にはぽっかりと穴が空いたようだった。
せっかく、南波が俺の目を見て笑ってくれるようになったのに。素直に喜べない自分が嫌だった。けれど、この喪失感は誤魔化しようがなかった。
現実世界では俺と南波がいなくなってから数日経過していたようだ。俺の姿を見た藤也と奈都は安堵したように俺を出迎えてくれたが、「南波さんは?」と二人に聞かれても何も答えることができなかった。
幸喜はいつも通り、「準一がいない間退屈してたんだよ。よかった、どっかで野垂れ死んでるのかと思った」と笑っていた。南波については特に気にした様子もない。
ただ一人、花鶏だけは俺の様子から何かを感じたのか。何も聞かずに「おかえりなさい」と俺に微笑みかけたのだ。
「……南波の精神世界に行ってたんでしょう。無事でよかったです」
「花鶏さん……どうして……」
「わかりますよ、貴方の様子を見れば。……それにしても、元気がないのが少々気になりますが」
どうかしたんですか?と、優しい声で聞かれれば、相手が花鶏だとわかっていても我慢していたものが溢れ出しそうになった。
「っ、花鶏さん……」
「はい」
「南波さんが……っ」
「……南波がどうしたんですか?」
俺のせいで消えてしまった、と言い掛けたときだった。
「花鶏テメェ話はまだ終わってねえだろうがこのカマ野郎!!!!」
部屋の扉が勢いよく開き、現れたのは――先日俺の目の前から姿を消した南波だった。……そう、南波だ。いつものように巻き舌でチンピラよろしく飛び込んできた南波に、俺も、そして南波自身も凍りついた。ただ一人花鶏だけはニコニコと微笑んだまま。
「な、南波さん……?」
「あ、じゅ……準一……」
やべ、みたいな顔をしてそそくさと部屋から逃げ出そうとする南波に咄嗟に俺はその腕を掴んだ。
「南波さん、い、今までどこに行ってたんですか……!」
「あ、あーっと……」
「私の方から説明しましょうか。この捻くれヘタレ男、貴方に素直に色々こっ恥ずかしいことを言ってしまったことが耐えられずに逃げ隠れしてたんですよ。おまけにしっかりと人には文句を言いに来るくせに」
「な、……な……」
「お、おい!余計なこと言うんじゃねえぞこの……っ!」
つまり、また南波の逃避癖が出たってことか。
あんまりだ、とショックを受ける半面、またこうして南波の顔を見れたことにただひたすら安堵し、脱力した。
「お、俺……本気で南波さんが成仏したのかと……っ」
「わ、悪い……」
「今回ばかりは貴方が全面的に悪いですからね、南波」
「お、お前だって共犯だろうが!」
「おや、なんのことやら」
「……っ、南波さん……っ!」
「っ!お、おう……悪かったって……」
「……別に怒ってないです」
そうだ、と俺はポケットに仕舞っていた南波の落とし物を取り出した。そして、それを手渡せば、「これ」と南波は目を見張る。最上考次郎の結婚指輪。それは、俺が持っていていいものではない。
「……南波さんに返せてよかったです」
「準一……」
「言ったでしょう、南波。……準一さんは優しい方だと」
「……んなの、お前に言われなくても知ってっから」
ありがとな、と指輪を握り締めた南波はそう言って目を伏せた。
【ep.7 世界共感共有願望】END
「そういえば、どうして成仏できなかったんでしょうか。私は貴方の未練は記憶のことだとばかり思っていたのですが」
「……簡単な話だ。俺にはやらなきゃならねえことができたからな」
「貴方の部下だった彼のことですか」
「当たり前だ。……その後の組のことも気になる。それを調べる。今度は自分の目で確かめるんだ」
「それならば準一さんに協力を仰げばいいのではないですか?幸い、仲吉さんも居ますし簡単に情報を手にすることができるのでは?」
「あいつらにんなこと頼めるかよ。自分のケツくらい自分で拭く」
「……南波、こんなに立派になって……」
「一挙一動が腹立つんだよテメェはよぉ……!!つか、それに……」
「それに?」
「……こんなわけわかんねえやつしかいねえところにアイツだけ残しとくわけにも行かないしな」
「……アイツですか、貴方の部下ではないんですがね。準一さんは」
「チッ!うるせえな、言っとくがお前に一番信用ならねえんだからな」
「おやおや、すっかり嫌われましたねえ……。まあ、いいでしょう。ならば、心ゆくまでここにいるといいですよ。これからも末永くよろしくお願いしますね」
「冗談、さっさとここを出ていって成仏してやる」
「おやおや……全くその減らず口も困りものですね。……まあ、死人よりかはマシでしょうが」
正確には多分、一日と少しくらいだろうか。
あのときの南波の笑顔、声、もしかして、と背筋が冷たくなる。成仏、なんて言葉が脳裏を過った。
本来ならば喜ばしいことなのだろう。南波は記憶を取り戻して、そしてトラウマを自ら克服した。
……それなのに、胸にはぽっかりと穴が空いたようだった。
せっかく、南波が俺の目を見て笑ってくれるようになったのに。素直に喜べない自分が嫌だった。けれど、この喪失感は誤魔化しようがなかった。
現実世界では俺と南波がいなくなってから数日経過していたようだ。俺の姿を見た藤也と奈都は安堵したように俺を出迎えてくれたが、「南波さんは?」と二人に聞かれても何も答えることができなかった。
幸喜はいつも通り、「準一がいない間退屈してたんだよ。よかった、どっかで野垂れ死んでるのかと思った」と笑っていた。南波については特に気にした様子もない。
ただ一人、花鶏だけは俺の様子から何かを感じたのか。何も聞かずに「おかえりなさい」と俺に微笑みかけたのだ。
「……南波の精神世界に行ってたんでしょう。無事でよかったです」
「花鶏さん……どうして……」
「わかりますよ、貴方の様子を見れば。……それにしても、元気がないのが少々気になりますが」
どうかしたんですか?と、優しい声で聞かれれば、相手が花鶏だとわかっていても我慢していたものが溢れ出しそうになった。
「っ、花鶏さん……」
「はい」
「南波さんが……っ」
「……南波がどうしたんですか?」
俺のせいで消えてしまった、と言い掛けたときだった。
「花鶏テメェ話はまだ終わってねえだろうがこのカマ野郎!!!!」
部屋の扉が勢いよく開き、現れたのは――先日俺の目の前から姿を消した南波だった。……そう、南波だ。いつものように巻き舌でチンピラよろしく飛び込んできた南波に、俺も、そして南波自身も凍りついた。ただ一人花鶏だけはニコニコと微笑んだまま。
「な、南波さん……?」
「あ、じゅ……準一……」
やべ、みたいな顔をしてそそくさと部屋から逃げ出そうとする南波に咄嗟に俺はその腕を掴んだ。
「南波さん、い、今までどこに行ってたんですか……!」
「あ、あーっと……」
「私の方から説明しましょうか。この捻くれヘタレ男、貴方に素直に色々こっ恥ずかしいことを言ってしまったことが耐えられずに逃げ隠れしてたんですよ。おまけにしっかりと人には文句を言いに来るくせに」
「な、……な……」
「お、おい!余計なこと言うんじゃねえぞこの……っ!」
つまり、また南波の逃避癖が出たってことか。
あんまりだ、とショックを受ける半面、またこうして南波の顔を見れたことにただひたすら安堵し、脱力した。
「お、俺……本気で南波さんが成仏したのかと……っ」
「わ、悪い……」
「今回ばかりは貴方が全面的に悪いですからね、南波」
「お、お前だって共犯だろうが!」
「おや、なんのことやら」
「……っ、南波さん……っ!」
「っ!お、おう……悪かったって……」
「……別に怒ってないです」
そうだ、と俺はポケットに仕舞っていた南波の落とし物を取り出した。そして、それを手渡せば、「これ」と南波は目を見張る。最上考次郎の結婚指輪。それは、俺が持っていていいものではない。
「……南波さんに返せてよかったです」
「準一……」
「言ったでしょう、南波。……準一さんは優しい方だと」
「……んなの、お前に言われなくても知ってっから」
ありがとな、と指輪を握り締めた南波はそう言って目を伏せた。
【ep.7 世界共感共有願望】END
「そういえば、どうして成仏できなかったんでしょうか。私は貴方の未練は記憶のことだとばかり思っていたのですが」
「……簡単な話だ。俺にはやらなきゃならねえことができたからな」
「貴方の部下だった彼のことですか」
「当たり前だ。……その後の組のことも気になる。それを調べる。今度は自分の目で確かめるんだ」
「それならば準一さんに協力を仰げばいいのではないですか?幸い、仲吉さんも居ますし簡単に情報を手にすることができるのでは?」
「あいつらにんなこと頼めるかよ。自分のケツくらい自分で拭く」
「……南波、こんなに立派になって……」
「一挙一動が腹立つんだよテメェはよぉ……!!つか、それに……」
「それに?」
「……こんなわけわかんねえやつしかいねえところにアイツだけ残しとくわけにも行かないしな」
「……アイツですか、貴方の部下ではないんですがね。準一さんは」
「チッ!うるせえな、言っとくがお前に一番信用ならねえんだからな」
「おやおや、すっかり嫌われましたねえ……。まあ、いいでしょう。ならば、心ゆくまでここにいるといいですよ。これからも末永くよろしくお願いしますね」
「冗談、さっさとここを出ていって成仏してやる」
「おやおや……全くその減らず口も困りものですね。……まあ、死人よりかはマシでしょうが」
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