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世界共有共感願望
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南波は宛もなく歩く。土砂降りの空の下、傘もささずに雨をまともに被りながら歩く。
まるでここがどこなのか知ってるかのような落ち着きっぷりに、なんとなく違和感を覚えた。
散歩と言うには足場が悪すぎる。屋敷を出て、南波はこの辺り一帯を歩き回った。
俺はというと視界の悪い中その後ろ姿を見失わないようにするのが精一杯だった。
一頻り歩き回ったとき、注連縄で囲われた木を見つける。
手を伸ばしかけた南波に、思わず俺は声を上げた。
「な……南波さん、その木に触ったらいけません!」
思いの外大きな声が出た。びっくりしたように目を丸くした南波はこちらを振り返り、そして「まだいたのか」と呆れたように口にした。
「す、すみません……気になって」
「で、なんで触っちゃ駄目なんだ?」
「なんというか……その、一応俺たち死んでるから……そこから先に行こうとしたらすごい痛くなるんです」
自分でももう少しうまい説明出来ないのかと呆れたが、これ以上に何も言えない。
南波は何も言わずに目の前の注連縄を掴んだ。
「えっ?」と驚く間もなく、焼けるような音ともに南波は手を離す。
「……っ、確かに……こりゃ目覚ましにはいいな……っ!」
「な、南波さん、大丈夫ですか?!」
「うるせえな、大丈夫だよ。……けど、嘘はついてないらしい」
「……」
疑われていたのか。
ショックではあるがこんな状況下だ、俺だって南波の立場だったら俺みたいな男のことを信用できるはずがない。
「けど……まあ、わかったこともあるしな。……俺が、ここで死んだってことは……そうか」
「……南波さん?」
「…………」
また、だ。何かを言いかけて、南波はそのまま押し黙る。
何かを思い出したのだろう、その目を見て、俺はつい言葉を飲んだ。
「そうか……俺はしくじったのか」
ノイズのように降り注ぐ雨音の中、聞こえてきたその一言がやけに耳にこびりついて離れなかった。
何を、なんて聞き出せるような雰囲気ではない。
けれどその一言からして、南波には自分が死ぬという心当たりが既にあったということだ。
それからすぐに俺たちはその場を移動することになった。
何も言わずにふらりと歩き出す南波だったが、屋敷には戻らず、近くの大木の下に歩いていく。
木の葉がいい塩梅に傘代わりになっている。
その木の根本、座り込んだ南波の横、俺は真似して座り込んだ。……ここまでついてこない方が良かったかもしれない。
思ったが、座ってしまった今いきなり帰るのも変な気がして動けない。
そんなことを考えていたときだ。
「お前もここで死んだってことは、何かやらかしたのか」
不意に、尋ねられる。
まさか南波の方から俺に興味持つとは思わなくて、つい反応に遅れる。
「やらかしたってか……俺は、その……遊びに来てたんです」
「遊びに?こんなところにか?」
「はい、なんつーか……肝試しで」
「そのとき、足滑って転落して」こうして他人に死因を説明する機会がまた来るとは思わなかった。
言葉にするとしょうもなく感じてしまうが、嘘はついていないのだから仕方ない。
南波は「肝試しィ?」と語気を強めた。
「こんなところに肝試しって……すげーな。こんなところによく来ようと思えたな」
「……一応、最近じゃここ心霊スポットとして有名になってたんですよ。……南波さんのときはそうじゃなかったんですか?」
「ねえよ。寧ろ、普通のやつなら近付かねえだろうな。今は大分手ぇ入れられてるが……ここは足場も悪いしおまけに視界も悪くて警察の手が入りにくい、死体捨てるのにはうってつけの場所だったんだ」
何食わぬ顔してそんなことを言い出す南波に、俺は思わず南波を見た。南波はこちらを見て、冷ややかな笑みを浮かべる。
「ああ、そうだよ。信じれないって顔だな。……まあ、見た感じ死体も遺物も見当たんねえし、ちゃんと捜索されるようになったんだろうな」
聞いてはいけないことを聞いてしまった気分だった。
南波の口ぶりからして、完全に『捨てる側の人間』の言葉だったからだ。
そんな山に、南波が捨てられた。
いや、違う。南波が未だここで彷徨っているというということは、殺されたのはこの山だ。
そのことに気付いた瞬間、背筋が薄ら寒くなる。
「なんだ?……今更怖くなってきたのか?幽霊のくせに、死体は怖いのか」
「……そんなの、当たり前じゃないですか」
「でもやつらは何もしてこねえだろ。寧ろ、そう考えたら一番怖いのは死体よりも……」
そう、言いかけた矢先だった。
南波は言葉を止めた。そして、すぐに立ち上がる。
何事かと南波の視線の先に目を向ければ、いつの間にかそこにいたやつの姿を見てぎょっとする。
「……藤也?」
「別に、俺のこと気にしなくていいから。……続けなよ。……それとも、俺がいたら都合でも悪いわけ?」
表情はいつもと変わらない。
けれど、どこか刺々しいその言葉からしてやつが不機嫌だというのはすぐにわかった。
「藤也」と、現れたそいつの名前を呼ぶよりも先に南波の手の中に銃が握られるのを見て、ぎょっとする。
「待っ……待ってください、南波さん!そいつは……!!」
悪いやつじゃないから。
その先の言葉は雨音を裂く破裂音で掻き消される。
躊躇なく発砲された銃。その弾を避けることなく受けた藤也だが、放たれた弾は藤也の胴体を擦り抜け、消えていく。
「ハ……ッ!なるほど、こいつも化物かよ……!」
恐れるというよりも寧ろ楽しげな色が滲んだ南波の横顔に、一瞬、いつも悪態つく南波と重なった。
やっぱり根の好戦的なところは変わらないらしい……と、そんなことを考えてる場合ではなかった。
「っ、南波さん、早く銃を仕舞ってください……!」
藤也は幸喜と比べると比較的穏やか……というのも変な話ではあるが、まだ話が通じるやつだ。
それでも、元は幸喜とは同一人物。気の短さは幸喜と同じである。
「南波さ……」
そうもう一度。名前を呼びかけようと南波を見たときだ。
南波の目の前に音もなく現れた藤也の影を見て、息を飲む。南波が反応するよりも先に、その手に握られてる大振りのナイフを躊躇なく南波の首目掛けて振り翳した。
「っ、な゛……ぁ……」
「藤也!!」
思わず声を上げるが遅かった。裂かれた喉を抑える南波。その傷口から溢れる血。その断末魔は、気泡が混ざったような濁った声だった。
躊躇なくその腹にナイフを突き立てた藤也は、南波がずるりと膝をつくのを見て、そのまま手を離した。
「……ッ」
今まで双子に南波が甚振られてるのを見てきたが、それでも今の南波は別人にも等しい。
躊躇のない藤也に呆れ、言葉を失う。
「なんてことするんだ……」
「先に手を出してきたのは向こうだけど」
「……そう、だけど……でも、だからって……」
「記憶、ないんだろ。……この男」
この男、と滲む血溜まりの上、気絶する南波を足蹴にする藤也。
顔についた返り血を袖で拭いながら、藤也は何事もなかったかのように俺に接するのだ。
「あぁ」と小さく頷き返せば、藤也は相変わらず何を考えてるのかわからない無表情のまま南波を見た。
少なくとも、そこに温情といったものは一切ない。虫の亡骸でも見つめるかのような無感動さ。
「写真に写った偽物の男がこいつって言う可能性は?」
「……まだ、わからない。けど、この南波さんは自分が死んでることも知らなかった。死ぬ直前の記憶からすっぽり消えるなんてこと……幽霊でもあり得るのか?」
「別に珍しくもないんじゃないか。時間が経つにつれて記憶が薄れて生きてた頃の自分すらも忘れて形を留めることが出来なかったやつも見てきた。……南波さんの場合も、死ぬ前の記憶がないって聞いてる。」
「でも、それなら」
「……南波さんは特殊らしいね。今まで南波さんがここまで自我を保ってこれたのは死因によるショック、それが大きいらしい。……本人は忘れてるというか、忘れようとしてるんだけどそのときの恐怖が南波さんを生かしてるも同然だって」
「な……るほど……」
一つ一つ紐解いていく。
つまり、何かしらの発端……今回の場合では指輪だろう。あれがきっかけで南波は生前の記憶を取り戻した。
その代わり、幸か不幸か南波は死因もろとも忘れたせいでそれに紐づけされていた記憶も同時に失った……ということか?
考えれば考えるほど頭が混乱する。
「じゃあ……南波さんの死因がわかれば、元に戻るってことか?」
「……まあ、可能性でしかないけど」
「けど、それって……南波さんにとってどうなんだ……」
少なくとも、男に対するトラウマを抱いたのは死因が原因であるに違いないだろう。現に、生前の南波は俺を前にしても怯えることはない。それほどの記憶と傷を思い出させたとして、南波の為になるのか。
少なくとも、俺は今のままそっとしておくのが南波のためじゃないのか。……そう思ってしまう。
けれど、今まで一緒に過ごしてきた……というよりか怯えられてきただけかもしれないがそんな南波の存在が消えると思うと、何も言えなくなるのだ。
ようやく最近、ちゃんと話してくれるようになった南波。
正直、嬉しかった。出会った頃は扉越しでしか会話しかしてくれなかった南波が、まだ目を合わせてくれるまでは行かずとも普通に……多分普通に話ししてくれるようになったのだ。
「少なくとも、それを決めるのはあんたじゃないだろ」
藤也の言葉が響く。なんとなくその声はトーンが落ちていて、怒ってるような印象を受けた。
けれど、確かにその通りだ。
一抹の寂しさを覚えずにいられないが、……それでも南波が考えることだ。
「それよりも、写真のこと、確認した方がいいんじゃないの」
「写真?」
「……もう忘れた?青いシャツの男、どう見たってこいつだろ」
バタバタしていたせいで聞きそびれていた。
「それと、指輪と例の日付のことも」続ける藤也に、あ、となる。……というか、どうしてそのことを知ってるんだ。
奈都と花鶏にしかまだ話してなかったと思うのだが……。
「……奈都に聞いた」
「へ」
「なんで知ってるんだ、って顔してたでしょ。……奈都から聞いた」
「あ、そうか……でも、そうだな。確認……した方がいいよな。もしかしたら、何かの手掛かりになるかもしれないし……」
「……俺が聞こうか」
「え?」
「万が一のときがある。……暴れられたら面倒だし、俺が聞こうかって言ってんの」
……これは、藤也なりに俺のことを気遣ってるのだろうか。
それとも、別の考えがあるのだろうか。
わからないが、なかなか藤也からこうして提案してくるのは珍しいことのように思える。
藤也なら南波のことなら尚更、あんなやつ放っておけって言いそうなものなのに。……やはり藤也も今回の謎が気になってるということか。
「いや、大丈夫だ。……俺が聞く」
それに、さっきの藤也と南波のやり取りを思い出すと絶対次に南波が目が覚めたとき禍根が残ってるのは明白だ。
それならまだ、一度頭をぶっ飛ばされてる俺の方が南波と話せる……そう思えた。
藤也は「あっそ」と興味なさそうに吐き捨てた。
まるでここがどこなのか知ってるかのような落ち着きっぷりに、なんとなく違和感を覚えた。
散歩と言うには足場が悪すぎる。屋敷を出て、南波はこの辺り一帯を歩き回った。
俺はというと視界の悪い中その後ろ姿を見失わないようにするのが精一杯だった。
一頻り歩き回ったとき、注連縄で囲われた木を見つける。
手を伸ばしかけた南波に、思わず俺は声を上げた。
「な……南波さん、その木に触ったらいけません!」
思いの外大きな声が出た。びっくりしたように目を丸くした南波はこちらを振り返り、そして「まだいたのか」と呆れたように口にした。
「す、すみません……気になって」
「で、なんで触っちゃ駄目なんだ?」
「なんというか……その、一応俺たち死んでるから……そこから先に行こうとしたらすごい痛くなるんです」
自分でももう少しうまい説明出来ないのかと呆れたが、これ以上に何も言えない。
南波は何も言わずに目の前の注連縄を掴んだ。
「えっ?」と驚く間もなく、焼けるような音ともに南波は手を離す。
「……っ、確かに……こりゃ目覚ましにはいいな……っ!」
「な、南波さん、大丈夫ですか?!」
「うるせえな、大丈夫だよ。……けど、嘘はついてないらしい」
「……」
疑われていたのか。
ショックではあるがこんな状況下だ、俺だって南波の立場だったら俺みたいな男のことを信用できるはずがない。
「けど……まあ、わかったこともあるしな。……俺が、ここで死んだってことは……そうか」
「……南波さん?」
「…………」
また、だ。何かを言いかけて、南波はそのまま押し黙る。
何かを思い出したのだろう、その目を見て、俺はつい言葉を飲んだ。
「そうか……俺はしくじったのか」
ノイズのように降り注ぐ雨音の中、聞こえてきたその一言がやけに耳にこびりついて離れなかった。
何を、なんて聞き出せるような雰囲気ではない。
けれどその一言からして、南波には自分が死ぬという心当たりが既にあったということだ。
それからすぐに俺たちはその場を移動することになった。
何も言わずにふらりと歩き出す南波だったが、屋敷には戻らず、近くの大木の下に歩いていく。
木の葉がいい塩梅に傘代わりになっている。
その木の根本、座り込んだ南波の横、俺は真似して座り込んだ。……ここまでついてこない方が良かったかもしれない。
思ったが、座ってしまった今いきなり帰るのも変な気がして動けない。
そんなことを考えていたときだ。
「お前もここで死んだってことは、何かやらかしたのか」
不意に、尋ねられる。
まさか南波の方から俺に興味持つとは思わなくて、つい反応に遅れる。
「やらかしたってか……俺は、その……遊びに来てたんです」
「遊びに?こんなところにか?」
「はい、なんつーか……肝試しで」
「そのとき、足滑って転落して」こうして他人に死因を説明する機会がまた来るとは思わなかった。
言葉にするとしょうもなく感じてしまうが、嘘はついていないのだから仕方ない。
南波は「肝試しィ?」と語気を強めた。
「こんなところに肝試しって……すげーな。こんなところによく来ようと思えたな」
「……一応、最近じゃここ心霊スポットとして有名になってたんですよ。……南波さんのときはそうじゃなかったんですか?」
「ねえよ。寧ろ、普通のやつなら近付かねえだろうな。今は大分手ぇ入れられてるが……ここは足場も悪いしおまけに視界も悪くて警察の手が入りにくい、死体捨てるのにはうってつけの場所だったんだ」
何食わぬ顔してそんなことを言い出す南波に、俺は思わず南波を見た。南波はこちらを見て、冷ややかな笑みを浮かべる。
「ああ、そうだよ。信じれないって顔だな。……まあ、見た感じ死体も遺物も見当たんねえし、ちゃんと捜索されるようになったんだろうな」
聞いてはいけないことを聞いてしまった気分だった。
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そんな山に、南波が捨てられた。
いや、違う。南波が未だここで彷徨っているというということは、殺されたのはこの山だ。
そのことに気付いた瞬間、背筋が薄ら寒くなる。
「なんだ?……今更怖くなってきたのか?幽霊のくせに、死体は怖いのか」
「……そんなの、当たり前じゃないですか」
「でもやつらは何もしてこねえだろ。寧ろ、そう考えたら一番怖いのは死体よりも……」
そう、言いかけた矢先だった。
南波は言葉を止めた。そして、すぐに立ち上がる。
何事かと南波の視線の先に目を向ければ、いつの間にかそこにいたやつの姿を見てぎょっとする。
「……藤也?」
「別に、俺のこと気にしなくていいから。……続けなよ。……それとも、俺がいたら都合でも悪いわけ?」
表情はいつもと変わらない。
けれど、どこか刺々しいその言葉からしてやつが不機嫌だというのはすぐにわかった。
「藤也」と、現れたそいつの名前を呼ぶよりも先に南波の手の中に銃が握られるのを見て、ぎょっとする。
「待っ……待ってください、南波さん!そいつは……!!」
悪いやつじゃないから。
その先の言葉は雨音を裂く破裂音で掻き消される。
躊躇なく発砲された銃。その弾を避けることなく受けた藤也だが、放たれた弾は藤也の胴体を擦り抜け、消えていく。
「ハ……ッ!なるほど、こいつも化物かよ……!」
恐れるというよりも寧ろ楽しげな色が滲んだ南波の横顔に、一瞬、いつも悪態つく南波と重なった。
やっぱり根の好戦的なところは変わらないらしい……と、そんなことを考えてる場合ではなかった。
「っ、南波さん、早く銃を仕舞ってください……!」
藤也は幸喜と比べると比較的穏やか……というのも変な話ではあるが、まだ話が通じるやつだ。
それでも、元は幸喜とは同一人物。気の短さは幸喜と同じである。
「南波さ……」
そうもう一度。名前を呼びかけようと南波を見たときだ。
南波の目の前に音もなく現れた藤也の影を見て、息を飲む。南波が反応するよりも先に、その手に握られてる大振りのナイフを躊躇なく南波の首目掛けて振り翳した。
「っ、な゛……ぁ……」
「藤也!!」
思わず声を上げるが遅かった。裂かれた喉を抑える南波。その傷口から溢れる血。その断末魔は、気泡が混ざったような濁った声だった。
躊躇なくその腹にナイフを突き立てた藤也は、南波がずるりと膝をつくのを見て、そのまま手を離した。
「……ッ」
今まで双子に南波が甚振られてるのを見てきたが、それでも今の南波は別人にも等しい。
躊躇のない藤也に呆れ、言葉を失う。
「なんてことするんだ……」
「先に手を出してきたのは向こうだけど」
「……そう、だけど……でも、だからって……」
「記憶、ないんだろ。……この男」
この男、と滲む血溜まりの上、気絶する南波を足蹴にする藤也。
顔についた返り血を袖で拭いながら、藤也は何事もなかったかのように俺に接するのだ。
「あぁ」と小さく頷き返せば、藤也は相変わらず何を考えてるのかわからない無表情のまま南波を見た。
少なくとも、そこに温情といったものは一切ない。虫の亡骸でも見つめるかのような無感動さ。
「写真に写った偽物の男がこいつって言う可能性は?」
「……まだ、わからない。けど、この南波さんは自分が死んでることも知らなかった。死ぬ直前の記憶からすっぽり消えるなんてこと……幽霊でもあり得るのか?」
「別に珍しくもないんじゃないか。時間が経つにつれて記憶が薄れて生きてた頃の自分すらも忘れて形を留めることが出来なかったやつも見てきた。……南波さんの場合も、死ぬ前の記憶がないって聞いてる。」
「でも、それなら」
「……南波さんは特殊らしいね。今まで南波さんがここまで自我を保ってこれたのは死因によるショック、それが大きいらしい。……本人は忘れてるというか、忘れようとしてるんだけどそのときの恐怖が南波さんを生かしてるも同然だって」
「な……るほど……」
一つ一つ紐解いていく。
つまり、何かしらの発端……今回の場合では指輪だろう。あれがきっかけで南波は生前の記憶を取り戻した。
その代わり、幸か不幸か南波は死因もろとも忘れたせいでそれに紐づけされていた記憶も同時に失った……ということか?
考えれば考えるほど頭が混乱する。
「じゃあ……南波さんの死因がわかれば、元に戻るってことか?」
「……まあ、可能性でしかないけど」
「けど、それって……南波さんにとってどうなんだ……」
少なくとも、男に対するトラウマを抱いたのは死因が原因であるに違いないだろう。現に、生前の南波は俺を前にしても怯えることはない。それほどの記憶と傷を思い出させたとして、南波の為になるのか。
少なくとも、俺は今のままそっとしておくのが南波のためじゃないのか。……そう思ってしまう。
けれど、今まで一緒に過ごしてきた……というよりか怯えられてきただけかもしれないがそんな南波の存在が消えると思うと、何も言えなくなるのだ。
ようやく最近、ちゃんと話してくれるようになった南波。
正直、嬉しかった。出会った頃は扉越しでしか会話しかしてくれなかった南波が、まだ目を合わせてくれるまでは行かずとも普通に……多分普通に話ししてくれるようになったのだ。
「少なくとも、それを決めるのはあんたじゃないだろ」
藤也の言葉が響く。なんとなくその声はトーンが落ちていて、怒ってるような印象を受けた。
けれど、確かにその通りだ。
一抹の寂しさを覚えずにいられないが、……それでも南波が考えることだ。
「それよりも、写真のこと、確認した方がいいんじゃないの」
「写真?」
「……もう忘れた?青いシャツの男、どう見たってこいつだろ」
バタバタしていたせいで聞きそびれていた。
「それと、指輪と例の日付のことも」続ける藤也に、あ、となる。……というか、どうしてそのことを知ってるんだ。
奈都と花鶏にしかまだ話してなかったと思うのだが……。
「……奈都に聞いた」
「へ」
「なんで知ってるんだ、って顔してたでしょ。……奈都から聞いた」
「あ、そうか……でも、そうだな。確認……した方がいいよな。もしかしたら、何かの手掛かりになるかもしれないし……」
「……俺が聞こうか」
「え?」
「万が一のときがある。……暴れられたら面倒だし、俺が聞こうかって言ってんの」
……これは、藤也なりに俺のことを気遣ってるのだろうか。
それとも、別の考えがあるのだろうか。
わからないが、なかなか藤也からこうして提案してくるのは珍しいことのように思える。
藤也なら南波のことなら尚更、あんなやつ放っておけって言いそうなものなのに。……やはり藤也も今回の謎が気になってるということか。
「いや、大丈夫だ。……俺が聞く」
それに、さっきの藤也と南波のやり取りを思い出すと絶対次に南波が目が覚めたとき禍根が残ってるのは明白だ。
それならまだ、一度頭をぶっ飛ばされてる俺の方が南波と話せる……そう思えた。
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