亡霊が思うには、

田原摩耶

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世界共有共感願望

05

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 屋敷に戻ると、たまたま通り掛かったらしい奈都が俺の姿を見て驚いていた。

「準一さん、大丈夫ですか?すごい濡れてますよ。何か拭くものを……」
「いや、いい。大丈夫だから。ありがとな、奈都」
「いえ、そんな……あの、これ使ってください」

 言いながら、奈都はコートから取り出したハンカチを俺に手渡した。
 必要ないというのに、それでも差し出してくる奈都の気遣いは純粋に有り難い。「有難う」とそれを受け取った俺は雫が滴る額を拭った。

「藤也君から聞きました。……あれから何か分かりましたか?」

 そっと、奈都は尋ねてくる。
 あれから、というのは写真のことだろう。俺は、指輪のことを言おうか迷っていた。
 けれど、相手は奈都だ。少なからず他のやつらよりかは信用できる。俺は正直に話すことにした。

「何も分かんなかったんだけどな……地面を撮してた写真に指輪が浮かんでさ」
「指輪ですか?」
「ああ、それで今手当たりしだい墓場のところを掘り返してたんだが……これが出てきて」

 怪訝そうにする奈都に、俺はポケットからくすんだ銀の指輪を取り出し、奈都の目の前に差し出す。

「これって……」
「ほら、この写真なんだけど……これだよな?写真と違って随分と錆びてっけど……」

 現物だけ見せても仕方ない。俺はカメラを操作し、奈都に例の写真を見せた。
 画面には最後に見たときと同じ指輪の画面が表示されていて、それは奈都にも見えてるようだ。何度も見比べては、益々奈都は難しい顔をした。

「あの、これって……墓場から出てきたんですよね」
「ん、あぁ」
「だったら、もしかしてそれって……」

 そう、奈都が言いかけた矢先のことだった。

『てめぇー!クソガキ待ちやがれッ!!』

 遠くから聞こえてくる南波の声。
 そしてバタバタと喧しい足音が上の階から聞こえてくる。
 どうやら幸喜たちと追い掛けっこでもしているのだろう、元気だな、と飽きていると、奈都は指輪を隠すように俺の手を握りしめた。

「……奈都?」
「……あの墓は、確か花鶏さんと南波さんの死体が埋まっていると聞いてます。……他にもいらした方が埋まってるのかもしれませんが、もしかしたらあの二人のどちらかのものという可能性もあるってことですよね」
「これが……?」

 声を潜める奈都。
 確かに、持ち主のことを考えるならそうだろう。

「……本人たちは至って気にしてる様子もありませんし、もしかしたら第三者のものである可能性もありますが今現在残っている霊体からしてこんなことが出来る力があるのは僕達みたいに具現化出来る人物の可能性が大きいです」
「もしかしたら……義人みたいなやつがいるってことか?」
「その可能性もゼロとは言い切れないですが……僕は南波さんが気になります」
「南波さん?」

 確かに、南波は他のやつらに比べてアクセサリー類を身につけていることが多い。だとしたら、その内の一つをうっかり落としてしまったということだろうか。
 けれど、奈都の考えは違うようだ。

「本人は知らないと言っていましたが、他の写真にも南波さんの姿が写り込んでいました。もしかしたら、その指輪も南波さんの思念が無意識の内にカメラに影響を与えたのではありませんか?」

 考え込む奈都は静かに続ける。
 そんな中、頭の中に『呪い』という単語が浮かび上がる。
 そんなまさか、とは思ったが……否定しきれないのが現状だ。そもそもあの南波のそっくりさんとこの指輪が関係しているのかすら怪しいが、なんだろうか、奈都に言われるとそんな気がしてしまうのだ。
 ……けれど、そうするとだ。

「それなら本人に確かめた方がよくないか?指輪なら尚更、現物見た方が分かりやすいだろうし」
「そこが気になるんです。……もし本人が意識していないでこんな風に影響が出たとしたら、可能性としては二つ。一つは本人の中では封じているために本人の意識下で働いてしまった場合と、二つ目は嘘を吐いている場合です」
「どちらにせよ……ろくな思い出じゃないってことか」
「はい。……あくまで推測に過ぎませんが、僕は直接本人に伝えるのは危険だと思います」

 奈都の言葉には一理ある。慎重過ぎるのではないかとも思ったが、下手に動いて悪化してしまうことを考えるとそこまで注意すべきなのだろう。

「だったらこれはどうすりゃ……」

 いいんだ、と手元の指輪に視線を落とす。
 その銀は、窓の外で空を照らす雷光を反射し、鈍く光っていた。
 先程よりも雨が強くなったような気がしないでもない。

「雨が上がったら、もう一度写真を撮りに行きませんか?」
「それで、確かめるってか?残留思念が何を伝えようとしてんのかを」
「本人の口よりもカメラを通した方が雄弁のようですしそれが確実だと思います」

 そう、奈都は続けた。他人の過去を嗅ぎ回っているようでなんだか嫌だったが、持ち主が分からなければこの指輪を返すことも出来ない。

「……そうだな」

 俺はそう奈都に返した。気が付けば、全身は乾いていた。

 ◆ ◆ ◆

 雨が上がるのを待つため、奈都とともにロビーへと向かおうとしたときのことだった。

「おや、随分と遅い帰宅ですね」

 突然、声を掛けられ飛び上がりそうになる。
 振り返れば、いつの間にかそこには花鶏が立っていた。

「外の雨に打たれて冷えたでしょう。貴方のために暖炉に火を焚き、部屋を暖めておきました。どうぞ温まって下さい」

 そう、談話室の扉を開く花鶏は笑う。
 いくら雨の日とは言え、今はまだ残暑が厳しい夏だ。
 それよりも、まるで俺がどこで何をしていたのかを見ていたかのような口振りが引っ掛かった。

「……別に、冷えてませんよ。幸い、雨に打たれてもいませんでしたし」

 ちょっとした、反抗だった。雨に打たれ、濡れていた体も乾いていた今、何故花鶏がそのことを知っているのか。
 敢えて真実と逆のことを口にすれば、微かに花鶏の左目が開いた。

「おや、それでは余計なお世話でしたか……」
「……いや、せっかくなんで暖まらせてもらいますよ」
「……準一さん」
「なあ、奈都もどうだ?」

 何か言いたそうにする奈都に尋ねれば、奈都は少しだけ考え込んでそして小さく頷いた。
「僕でよかったら、ご一緒します」と。

 談話室に足を踏み入れた途端、廊下と違り独特の熱気を全身に感じた。
 壁に取り付けられた暖炉の中で揺らめく火を一瞥する。
 確かに濡れた体は渇いていたが、冷え切って凍えそうになっていた身としては花鶏のお節介が身に沁みた。

 けれど、俺はそれよりも気になることがあった。
 仲吉から聞いた、花鶏の写真の話だ。花鶏を撮影したはずの写真に写っていた焼死体。それが本当に花鶏だとしたら、花鶏の死因に火が関係すると思うのだけれど。

「これで、温かい紅茶などがあれば最高のお茶会になったのでしょうが……」
「でも花鶏さん、この天気では最高と言えないんじゃないんですか」
「おや、なかなか無粋なことを言いますね、奈都君は……」

 揶揄なのだろう。笑う花鶏に奈都が訝しげにしていたが、俺は何も言わずにソファーに腰を下ろした。
 花鶏の過去を詮索するつもりはなかったが、やはり、全く気にしないというわけにもいかないのが人間の性のようだ。

「……この火って、どうやって起こしたんですか」

 俺は、なんとなくを装って花鶏に尋ねた。
 それは純粋な疑問だった。
 着火方法となればこんな電気も通っていない山奥の寂れた場所じゃ限られてくるだろうが、俺としての問題はそれが花鶏の手で直接行われたのか、否かだった。

「どうやって、と言われましても……いくら私でもパイロキネシスは使えませんからね。勿論、これを利用しましたよ」

 そう、着物の裾から取り出したのは小さな箱を取り出した花鶏はそれを俺に差し出した。それはマッチだった。
 予想は付いていたが、俺が気になったのはマッチが入っているこの小箱だ。

「随分と……新しいですね」

 小箱には飲み屋の住所と電話番号か書かれていた。店で無料で貰えるものであったが、それを花鶏が持っているとなると違和感しかなかった。

「花鶏さんも飲み屋に行くんですね」
「そりゃあ私だって人間ですからね、酌を交わしたい日もありますよ。……と言いたいところですが、それ、私のものではないんですよね。この間遊びに来られて方が落としていかれたんですよ」

 まあ、そんなことだろうとは思った。
 遊びに来たやつって、薄野達のことだろうか。
 でも、花鶏が焼死したとして、自分から火を起こすような真似をするのだろうか。
 俺だったら自分を死に追いやったものに近付くような真似は出来ないだろう、と思ったが必要あれば崖を降りることもするだろうし、亡霊として長い間彷徨っているせいで生死の観念が薄らいできているのだろうか。
 気になったが、やはり踏み込んではいけないラインがあるように俺が探ろうとしていることがその『踏み込んではいけない』ラインである気がして、俺はそれ以上聞くことが出来なかった。

 外の雨の音はまだ鳴り止みそうにない。
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