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ふたつでひとつ
弐
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「なにこれ、え?……血?」
薄野容の掌にべっとりとこびりついた赤黒いそれを覗き込んだ九鬼満月は蒼い顔をして呟く。
その単語に、ようやく事態を理解した容は息を飲んだ。
「……薄野君、ちょっと待って」
そう言って、大きな荷物の中からハンカチタオルを取り出した西島は容の首のそれを拭った。
ハンカチに付着した赤黒いシミを見て、僅かに眉を潜める西島。
「……血だね」
その西島の言葉に、一気に辺りに濃厚な血の薫りが充満したような気がした。
ぞくりと背筋が寒くなる。
それ以上に、腹の奥から込み上げてくる緊張に仲吉爽は胸を高鳴らせた。
突然の怪奇現象に目を輝かせたのは爽だけではない。
「もしかしてぇ、さっき仲吉センパイが連れてきた蜘蛛に咬まれたんじゃないんですかぁ?」
あくまでも変わらない間延びした調子で笑う佑太の口から出た『蜘蛛』という単語に、容は青褪めた。
「なっ、なななにっ……」
「大丈夫大丈夫、蜘蛛に噛まれてこんなに血が出るわけねえだろ!」
「だよねえ?蛇とかならともかく……」
「「「…………」」」
「何の沈黙だよ!何の!」
自分たちで言っておきながら、その可能性が捨てきれないということに気付き、無言で顔を見合わせる三人に容は益々顔色を悪くした。
というわけで、なにかに噛まれて出血した場合を配慮して容を休ませるため近くの岩場で小休憩を計るサークルメンバーたち。
「……取り敢えず、痛む?」
「いや、特に痛みはないけど……なんか気分悪くなってきた」
「大丈夫、薄野君。酔い止あるよ?」
「有り難いけど多分それ関係ねえな」
「傷はないみたいだけど……だとしたらどこから出てきたんだろう」
「ちょっと、本当に?ないの?」
「うん。……薄野君の首に傷はないみたい」
「へぇ、じゃあ誰の血なんですかねえ?」
薄野を取り囲んでわいわいと盛り上がる友人達。
(準一ならこんなことしねーだろうし、花鶏さんかな。いや、もしかしたら南波さんかもしんねえ)
考えてみればみるほど楽しくて、わざわざ自分たちを楽しみせようとしてくれている姿の見えない住人たちに爽は一人胸を躍らせた。
(それにしても……いつもならそろそろ準一が迎えに来てくれるはずなのに)
他の連中がいるから恥ずかしがっているのだろうか。
寂しさを覚え始めたとき、不意に気配を感じた。
後方から視線を感じ、振り返るがそこには辺りと変わらない真っ暗な闇が広がっているだけで。
「……」
「さーや?」
「んぁ?」
「どこ見てんの?なにか面白いもんでもあった?」
もしかしたらただの勘違いなのかもしれない。
それとも、準一はただ姿を見せないだけであって案外すぐ傍にいるか。
(だとすると、拗ねてるパターンだろうか)
一人考えながらも、爽は「いや、別に」とだけ返した。
「それでセンパイ、ちゃんと話聞いてましたかぁ?」
「話?聞いてねーわ」
「だからね、私たち、薄野君が落ち着くまでちょっと休んで行こうと思うの」
「……血のことも気になるし」
「んでー、俺らだけで先行っとこうか?って話」
どうやら自分がよそ見している間にどんどん話が進んでいたようだ。
グループに分かれるということだろう。
本来ならばこの時間帯、こんな山奥で少人数に分かれるというのは危険極まりないが各々我が道をいきたがる爽たちにとって然程珍しいことでもなかった。
そして、今回は佑太と蔵元尚和のAグループ、薄野容と西島學と九鬼満月のBグループの二つがあるわけだが。
「ボクは全然構わないんですけど、センパイはどうしますか?」
「俺的にはさぁ、佑太と二人きりは勘弁して欲しいんだよねえ?」
「それに、センパイがいないと道分かりませんし~?」
「でも、仲吉君が居てくれたほうが私達も助かるんだけどね」
「あれ?あれあれあれ?満月ちゃんなに?さーや狙いだったわけ?」
「ばっ……!」
からかうような蔵元の言葉に逸早く反応したのは容だった。
わかりやすいくらい動揺する容に、にこにこと笑いながら佑太は「そこでなんで薄野先輩が慌てるんですか-?」と追い詰める。
いじめっ子二人に目を付けられてしまい青褪める容。
そんな三人に呆れた顔をした九鬼は「別に」と蔵元を軽く睨み付ける。
「別に変な意味はないけど。蔵元君、なんでもかんでもそういう風に考えるのやめた方がいいんじゃないかな」
「おお、怖。満月ちゃんが怒ったぞー」
「怒ってないから。大体、小学生じゃないんだから……」
サークル内でも九鬼と蔵元があまり仲がよくないのは周知の事実で。
というよりも九鬼が蔵元をよく思っていない節がある。
案の定蔵元に絡まれギスギスし始める九鬼に、西島は「二人とも、落ち着いて」と慌て二人の仲裁に入る。
「仲吉」
そんな中、腰を下ろしていた容に声を掛けられた。
「別に直ぐに追いつくから先行ってていいぞ」
「んじゃそうする」
「早いな!」
「そっちもちゃんとライト持ってんなら大丈夫っしょ。ま、なんかあったときはすぐに声を上げるってことで!」
正直早く先を行きたくてウズウズしていた爽は笑顔で提案する。
少しは心配してもらいたかったのか、複雑な表情を浮かべる容だったがサークルのメンバーの中で一番付き合いが長い爽のことはある程度把握しているのだろう。
「ああ」と諦めたように笑いながら頷く容の隣、「うん、分かった。気をつけてね」と九鬼は軽く懐中電灯を掲げてみせた。
「九鬼も、ユタカのこと任せたぞ」
「薄野君はちゃんと私達が見てるから心配しないで」
「なんか立場が逆のような気が……」
「……薄野君、気にしちゃ駄目だよ」
というわけで、一休みする容たちと短い間だが別れを告げてきた爽は待っていた蔵元たちの元へ向かった。
「さーやってさぁ、結構酷いよねえ?ま、こっち選んでくれて嬉しいけど」
「じゃ、早くいっちゃいましょうか~」
「幽霊さんたちがいなくなる前に」そう、愉しそうに笑う佑太の言葉を合図に、爽たちは道のない林へと足を踏み入れた。
薄野容の掌にべっとりとこびりついた赤黒いそれを覗き込んだ九鬼満月は蒼い顔をして呟く。
その単語に、ようやく事態を理解した容は息を飲んだ。
「……薄野君、ちょっと待って」
そう言って、大きな荷物の中からハンカチタオルを取り出した西島は容の首のそれを拭った。
ハンカチに付着した赤黒いシミを見て、僅かに眉を潜める西島。
「……血だね」
その西島の言葉に、一気に辺りに濃厚な血の薫りが充満したような気がした。
ぞくりと背筋が寒くなる。
それ以上に、腹の奥から込み上げてくる緊張に仲吉爽は胸を高鳴らせた。
突然の怪奇現象に目を輝かせたのは爽だけではない。
「もしかしてぇ、さっき仲吉センパイが連れてきた蜘蛛に咬まれたんじゃないんですかぁ?」
あくまでも変わらない間延びした調子で笑う佑太の口から出た『蜘蛛』という単語に、容は青褪めた。
「なっ、なななにっ……」
「大丈夫大丈夫、蜘蛛に噛まれてこんなに血が出るわけねえだろ!」
「だよねえ?蛇とかならともかく……」
「「「…………」」」
「何の沈黙だよ!何の!」
自分たちで言っておきながら、その可能性が捨てきれないということに気付き、無言で顔を見合わせる三人に容は益々顔色を悪くした。
というわけで、なにかに噛まれて出血した場合を配慮して容を休ませるため近くの岩場で小休憩を計るサークルメンバーたち。
「……取り敢えず、痛む?」
「いや、特に痛みはないけど……なんか気分悪くなってきた」
「大丈夫、薄野君。酔い止あるよ?」
「有り難いけど多分それ関係ねえな」
「傷はないみたいだけど……だとしたらどこから出てきたんだろう」
「ちょっと、本当に?ないの?」
「うん。……薄野君の首に傷はないみたい」
「へぇ、じゃあ誰の血なんですかねえ?」
薄野を取り囲んでわいわいと盛り上がる友人達。
(準一ならこんなことしねーだろうし、花鶏さんかな。いや、もしかしたら南波さんかもしんねえ)
考えてみればみるほど楽しくて、わざわざ自分たちを楽しみせようとしてくれている姿の見えない住人たちに爽は一人胸を躍らせた。
(それにしても……いつもならそろそろ準一が迎えに来てくれるはずなのに)
他の連中がいるから恥ずかしがっているのだろうか。
寂しさを覚え始めたとき、不意に気配を感じた。
後方から視線を感じ、振り返るがそこには辺りと変わらない真っ暗な闇が広がっているだけで。
「……」
「さーや?」
「んぁ?」
「どこ見てんの?なにか面白いもんでもあった?」
もしかしたらただの勘違いなのかもしれない。
それとも、準一はただ姿を見せないだけであって案外すぐ傍にいるか。
(だとすると、拗ねてるパターンだろうか)
一人考えながらも、爽は「いや、別に」とだけ返した。
「それでセンパイ、ちゃんと話聞いてましたかぁ?」
「話?聞いてねーわ」
「だからね、私たち、薄野君が落ち着くまでちょっと休んで行こうと思うの」
「……血のことも気になるし」
「んでー、俺らだけで先行っとこうか?って話」
どうやら自分がよそ見している間にどんどん話が進んでいたようだ。
グループに分かれるということだろう。
本来ならばこの時間帯、こんな山奥で少人数に分かれるというのは危険極まりないが各々我が道をいきたがる爽たちにとって然程珍しいことでもなかった。
そして、今回は佑太と蔵元尚和のAグループ、薄野容と西島學と九鬼満月のBグループの二つがあるわけだが。
「ボクは全然構わないんですけど、センパイはどうしますか?」
「俺的にはさぁ、佑太と二人きりは勘弁して欲しいんだよねえ?」
「それに、センパイがいないと道分かりませんし~?」
「でも、仲吉君が居てくれたほうが私達も助かるんだけどね」
「あれ?あれあれあれ?満月ちゃんなに?さーや狙いだったわけ?」
「ばっ……!」
からかうような蔵元の言葉に逸早く反応したのは容だった。
わかりやすいくらい動揺する容に、にこにこと笑いながら佑太は「そこでなんで薄野先輩が慌てるんですか-?」と追い詰める。
いじめっ子二人に目を付けられてしまい青褪める容。
そんな三人に呆れた顔をした九鬼は「別に」と蔵元を軽く睨み付ける。
「別に変な意味はないけど。蔵元君、なんでもかんでもそういう風に考えるのやめた方がいいんじゃないかな」
「おお、怖。満月ちゃんが怒ったぞー」
「怒ってないから。大体、小学生じゃないんだから……」
サークル内でも九鬼と蔵元があまり仲がよくないのは周知の事実で。
というよりも九鬼が蔵元をよく思っていない節がある。
案の定蔵元に絡まれギスギスし始める九鬼に、西島は「二人とも、落ち着いて」と慌て二人の仲裁に入る。
「仲吉」
そんな中、腰を下ろしていた容に声を掛けられた。
「別に直ぐに追いつくから先行ってていいぞ」
「んじゃそうする」
「早いな!」
「そっちもちゃんとライト持ってんなら大丈夫っしょ。ま、なんかあったときはすぐに声を上げるってことで!」
正直早く先を行きたくてウズウズしていた爽は笑顔で提案する。
少しは心配してもらいたかったのか、複雑な表情を浮かべる容だったがサークルのメンバーの中で一番付き合いが長い爽のことはある程度把握しているのだろう。
「ああ」と諦めたように笑いながら頷く容の隣、「うん、分かった。気をつけてね」と九鬼は軽く懐中電灯を掲げてみせた。
「九鬼も、ユタカのこと任せたぞ」
「薄野君はちゃんと私達が見てるから心配しないで」
「なんか立場が逆のような気が……」
「……薄野君、気にしちゃ駄目だよ」
というわけで、一休みする容たちと短い間だが別れを告げてきた爽は待っていた蔵元たちの元へ向かった。
「さーやってさぁ、結構酷いよねえ?ま、こっち選んでくれて嬉しいけど」
「じゃ、早くいっちゃいましょうか~」
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